第112話 案内役

 深夜。早朝にはまだ早い時刻。自宅のベッドで眠っているアキラをアルファが起こそうとしている。


『アキラ。起きて』


 アルファの声がアキラの脳に直接響いている。優しく静かな口調だが、その音量はかなり大きい。揺すって起こすなどということはアルファにはできないからだ。


 アキラが寝ぼけた意識で辺りを見渡す。暗い部屋の光景がまだ夜だとアキラに分かりやすく伝えている。昨日は少々早めに床に就いたが、それでも自然に目が覚めるには睡眠時間が足りていない。アルファの様子からも緊急事態ではないことは確かだ。少々不満げにアルファに尋ねる。


「……何だよ。まだ夜だろ? 何かあったのか?」


『エレナからテキストメッセージが届いているわ。こんな時間だから無視しても良かったのだけれど、私はちゃんと伝えたからね。次から私も無視しても良いけれど、何ですぐに教えてくれなかったんだ、なんて言わないでよ?』


 アキラは少し不思議そうな表情を浮かべた。アルファはメッセージの内容を確認して、アキラを起こしてでも確認させた方が良いと判断したのだろう。少なくとも起こさずに朝まで放置しておくと、怒る可能性があると判断した。それぐらいはアキラも分かった。


 アキラが欠伸あくびをしながら近くに置いてある情報端末に手を伸ばす。まだ眠そうにしながら情報端末を操作してメッセージの内容を確認する。


 エレナからのメッセージの内容は、要約すると依頼の誘いだ。現在ミハゾノ街遺跡では大規模な戦闘が発生していて、戦闘区域に取り残された人からの援護、救援、救出依頼が続出しているらしい。エレナ達は登録している依頼斡旋あっせん業者からの仲介で、手頃な依頼を引き受けるそうだ。アキラの都合が良ければそれに加わらないかという誘いだった。


 後からエレナ達に合流しても良いし、アキラ個人で行動しても良い。勿論もちろん、アキラにも予定や都合があるのだから引き受けなくても良い。興味があるなら連絡してほしい。そのようなことが書かれていた。


 アキラはエレナからのメッセージの内容を数度読み直し、いろいろ考えて表情を険しくさせる。


「アルファ。エレナさん達はセランタルビルに行くと思うか?」


『分からないわ。既にミハゾノ街遺跡の状況も私達の時とは一変しているようだしね。ただ、この大規模な戦闘がセランタルビルの周辺で行われている可能性はあると思うわ。昨日のハンターオフィスの通知は覚えているでしょう? 多数のハンターがセランタルビルに向かっていたはずよ。彼らが脱出困難になって救出の依頼を出したのかもしれないわ』


 アキラは自分達がいた時の状況を思い出す。あの時は外に連絡を取ることもできなかった。


「あのビルの中に入って、外に連絡が取れるのか?」


『今はできるのかもしれない。あるいは一定時間経過しても帰還できなかった場合に救出してもらうように事前に依頼を出していたのかもしれない。時限式の緊急依頼ってやつね。勿論もちろん、全く関係ない可能性もあるわ』


 アキラは黙ってベッドから降りると、そのまま出発の準備を始めた。


 アルファが一応確認を取る。


『エレナ達の誘いを受けるってことで良いのね?』


「ああ」


『昨日あんなことがあったのに?』


「……それはそれ、これはこれだ」


 アルファがれ見よがしにめ息を吐いた。アキラは気にせずに準備を続けた。


 アキラの反応はアルファの予測通りだった。それはアルファがアキラの行動パターンを正確に把握している証拠だ。アキラを制御するために収集した情報と、そこから導き出した演算結果の正しさを検証できたことは喜ばしいことだ。


 しかしその演算結果はこうも出力されている。アルファがアキラを止めても、アキラはエレナ達への合流を強行するだろう。無理に行くつもりならばサポートをしないと告げても行くだろう。


 以前アキラはクズスハラ街遺跡でエレナ達の命を助けた。そしてカツラギ達と一緒にモンスターの群れに襲われた時にはエレナ達に命を助けてもらった。


 その貸し借りを相殺して、貸し借り無し。アルファならそう判断する。しかしアキラの中ではなぜか借り二つとなっているようだ。そのアルファには不可解なその判断基準を理解すれば、アキラの制御も容易たやすくなるのだろう。しかし今のところその目処めどは全く立っていない。アキラがエレナ達に借りを返し終えるまで、エレナ達はアキラの意思決定の優先順位の上位に食い込み続けるだろう。


 やはり何らかの対処が必要だ。アルファはそう思案しながらアキラをじっと見ていた。


 アキラが強化服を着用しながら情報端末の操作をアルファに頼む。


「アルファ。エレナさんにつないでくれ」


『分かったわ。……駄目ね。つながらないわ。通信可能範囲外よ』


「テキストメッセージは届いたのにか?」


『メッセージの送付はそこまで即時性があるわけではないわ。通信のルートやら経路の機器の負荷など、いろいろな要因で結構遅延するのよ。通話と通知による通信形式の違いとかもあるしね』


「仕方ないか。参加するってテキストで送ってくれ。送付ぐらいはできるんだよな?」


 アキラは文面を考えてアルファに念話で送った。口頭で伝えるより早い。


『了解。送ったわ。定期的に通話がつながるか確認もしておくわね』


「頼んだ」


 強化服を着用したアキラは部屋に置いてある情報端末と銃を持って車庫へ向かう。車に積んだままの弾薬等を確認して、不足している分を車に積み込んでいく。何が起こるか分からないので、しっかりと多めに積み込んでおく。


 出発の準備を済ませたアキラが運転席に座って車を動かそうとする。しかしそこでアキラが動きを止めた。


 助手席に座っているアルファが不思議そうにアキラに尋ねる。


『どうしたの? やっぱり止めるの?』


「いや、すぐに出発する。でもその前にちょっと思いついた」


 アキラはそう答えると情報端末を操作し始めた。アキラの操作内容を把握したアルファが意外そうな表情を浮かべる。情報端末は通話要求を送信していた。10秒ほどで相手とつながった。


 情報端末から通話先の相手の声が聞こえてくる。


「キャロルよ。アキラからこんなに早く連絡をもらえるとは思わなかったわ。それはうれしいのだけど、でも私の副業の方の用件でなければちょっと失礼な時間よ? 期待しても良いのかしら?」


 キャロルは誘うようななまめかしい声でアキラにそう話した。


 アキラがあっさり答える。


「悪いな。本業の方の用件だ」


 キャロルが少し揶揄からかうような口調で答える。


「あらそう。それなら切ってもかまわないかしら?」


「そうだな。こんな時間に悪かった。じゃあな」


 アキラが通話を切った。アルファが横で少し楽しげに苦笑している。


 アキラが情報端末を置いて車を動かし始め、車が車庫を出た辺りで、情報端末にキャロルからの通話要求が届く。


 アルファが笑いながら情報端末を指差してアキラに話す。


『運転は私がやるわ』


「そうか? 頼んだ」


 アキラはアルファに運転を任せてハンドルから手を離すと、情報端末を手に取ってキャロルの通話要求に応える。


「アキラだ」


 キャロルの不満げな声が聞こえてくる。


「……いきなり切ることはないでしょう。愛想が足りていないわよ?」


「こっちも結構急いでるんだ。用件を聞いてもらうための交渉時間も無いんだ。本業の話だけど、取りあえず話を聞く気はあるってことで良いんだな?」


「そうよ。あんなことをされたら何の話だったか気になるじゃない。で、どんな話なの?」


「キャロルはセランタルビル、それを含めたミハゾノ街遺跡について詳しいんだろう? その情報を売ってほしい。売る気があるなら金額を提示してくれ。口座振り込みで良ければすぐに支払う。現金なら、今は手持ちがないし、払いに行く時間もないから後払いになる」


「それは構わないけど、具体的にどういう情報が欲しいの? ちょっと範囲が漠然としすぎているわよ」


「現在ミハゾノ街遺跡では大規模な戦闘が発生しているらしい。セランタルビルがその中心となっている可能性がある。その辺りでの戦闘、捜索、救出、撤退、生還に役立つ情報が欲しい。これでも十分広範囲なんだろうが、これ以上は絞れない。今からミハゾノ街遺跡に向かうんだけど、具体的に遺跡のどこに行くかは決まってないんだ」


 結構無茶苦茶むちゃくちゃなことを言っているアキラに、キャロルが少し思案してから答える。


「そう言われてもね。私もアキラとめたくないし、情報の受け渡し方法とか、情報の内容や精度に対する情報料とか、いろいろ決める必要があるでしょう? 私が保有しているミハゾノ街遺跡の地図情報を売っても良いけど、アキラに閲覧できる情報形式とは限らないし、独自にいろいろ拡張してあるし、一部は暗号化もしてある。そもそも昨日アキラに教えたような重要な情報は、私の頭の中にしかないわ」


 アキラはキャロルの説明を聞いて納得する。少し考えれば当然のことでもある。アキラがそれを省いてしまったのは、アキラの曖昧な質問や要望に対して、アルファやシズカがほぼ最適解を出していたためだろう。


 アルファはアキラのそばにいて逐次対応してくれている。シズカはアキラの丸投げに近い要望に対して的確に商品を選んでくれている。それに慣れてしまっていたのかもしれない。アキラは自覚し、反省し、アルファとシズカに改めて感謝の念を抱いた。


 キャロルと両者納得のいく交渉をする時間はない。アキラは諦めることにする。


「……そうだな。この話は忘れてくれ。変な時間に変な話をして悪かった。じゃあな」


 通話を切ろうとしたアキラをキャロルが止める。


「待った。切る気ね? ちょっと待ちなさい」


「何だ?」


「アキラはこれからミハゾノ街遺跡に向かう。遺跡の危険な場所に行くかもしれない。セランタルビルにもう一度行く可能性もある。だから安全を高めるためにミハゾノ街遺跡に関連する情報が欲しい。ここまでは良い?」


「ああ」


 キャロルがどことなく楽しげな声で提案する。


「それなら私を案内役に雇わない? そうね、まずは1000万オーラムで良いわ。遺跡を探索してその額を超える有益な情報が必要になったら、別途その場で交渉する。どう? 悪くない話でしょう?」


 アキラはキャロルからの予想外の提案に驚きながらも、余り迷わずに聞き返す。


「俺は今、クガマヤマ都市の下位区画を車で移動中だ。すぐに合流できるのか?」


「大丈夫。私も下位区画にいるわ。準備に、そうね、40分もらえるかしら」


「俺がキャロルを護衛するわけじゃない。積極的に戦わせる気はないが、キャロルにも最低限の自衛をしてもらう。昨日みたいに俺が身をていしてかばったりするとは思わないでくれ」


「それも大丈夫よ。まあ、まもってもらえればうれしいけどね。そういうことがあったら、護衛料として情報料を含む報酬から差し引くってことでどうかしら」


 アキラが即答する。


「分かった。雇う。合流場所を送ってくれ。合流場所は車で行ける場所にしてくれ。ミハゾノ街遺跡への移動手段がないなら、俺の車に乗ってくれ」


「同乗させてもらうわ。すぐに合流場所をそっちに送るわね。それじゃあ、後でね」


 誘うような声を最後に、キャロルとの通話が切れた。


 アルファがアキラに尋ねる。


『エレナ達の承諾を得ずに、勝手に雇って良かったの?』


「俺が個人的に雇っただけだし、大丈夫だろう。もしエレナさん達に怒られたら、俺達はエレナさん達とは合流せずに、何かあったら合流できる程度に離れておくことにする」


 そういう問題なのだろうか。アルファはそう考えたが、深く追及するのは止めておいた。この件でアキラとエレナ達の仲がこじれて疎遠になるのならばアルファには好都合だ。


『そう。まあ良いわ。合流場所が届いたから、そこまでは私が運転するわね』


 アキラ達はそのままキャロルとの合流場所を目指した。




 下位区画のマンションの一室でキャロルがシャワーを浴びている。キャロルはナノマシンによる身体強化改造を、戦闘面での身体能力強化の他に、多くの男性の視線を集める体型の形成にも費やしている。その肉体は多額の資金をぎ込んだだけはあって非常になまめかしい。


 キャロルが浴びているお湯もただのお湯ではない。肉体に合わせて調整された回復薬が混ざっている。肌の日常生活で負った僅かな傷までしっかりと治して、輝くような肌を維持しているのだ。


 キャロルがシャワー室を出ると部屋の壁から強風が吹き出して体に着いている余分な水滴を吹き飛ばした。キャロルは全裸のままで装備置き場である別の部屋まで歩いていく。


 部屋に着いたキャロルは、まずは肌着の代わりにもなる薄手のボディースーツを身に着ける。そしてその上に別の強化服を着用した。明確な女性用で旧世界風のデザインの強化服だ。


 キャロルの首から下の肌が全て隠れたが、全裸の時に比べても異性を蠱惑こわく的に誘う魅力は然程さほど落ちていない。それは強化服のデザインがその下に存在する肉体を強く想像させ引き立てているからだろう。


 装備の固定具を簡易装甲と一緒に着用し、大型の銃と情報収集機器などを装備して、弾薬等が入ったリュックサックを背負う。キャロルは最後に準備を終えた自分の姿を鏡で確認して妖艶に微笑ほほえむ。鏡には凶悪なモンスターにも年頃の男性にも非常に効果的な格好の女性が写っている。


「これで良し。……後10分か。急ぎましょう。私が少しでも遅れると、アキラは黙って私を置いていきそうだわ」


 アキラの性格をある程度把握したキャロルがそう言って苦笑した。




 アキラは合流地点でキャロルを待っていた。


 キャロルから指定された合流地点は下位区画でも結構治安の良い場所の近くだ。つまりそれなりに地価の高い場所である。警備会社の警備員が巡回していて、不審者を見つけると声を掛け、必要なら排除することで治安を維持している。排除対象がハンター並に武装した人間であってもだ。その経費を問題なく支払える者達が住む区域だ。


 警備員に用事を聞かれたアキラは、ハンターの連れを待っていると答えた。警備員はアキラの装備や車を見ると、納得して去っていった。


 アキラが感慨深い表情でアルファに話す。


『ハンターに成り立ての頃の装備だったら、絶対追い返されていたな』


『アキラもハンターとして順調に成長しているってことね。この調子で行きましょう。そのためにもちゃんと黒字にするつもりで行動しましょう』


 アルファがアキラにくぎを刺した。


『えっ? ああ、そうだな。勿論もちろんだ』


 アキラは一瞬だけきょかれたような反応を返したが、すぐに取り繕った。誤魔化ごまかすように続ける。


『エレナさんも赤字になるような依頼に誘ったわけじゃないだろうし、大丈夫だって』


『それなら良いわ。念のために安全のためにキャロルを雇ったとはいえ、既にキャロルへの支払いで今のところ赤字だってことも忘れないでね?』


 アキラが深くうなずきながらはっきり答える。


勿論もちろんだ』


 そう答えはしたものの、アキラの意識では黒字達成の優先順位は下から数えた方が早かった。アキラは無意識にアルファから視線をらしていた。アキラに黒字達成の意識が薄いことは当然アルファに気付かれていた。


 実のところアルファは金銭的な赤字そのものを問題視しているわけではない。問題は、アキラが赤字前提で行動することを許容することだ。エレナ達の存在がそれだけアキラの意思決定に影響を与えていることだ。


 エレナ達に同行したことで大赤字になり、それが原因でアキラとエレナ達が疎遠になるのならば、アルファはそれを必要経費と割り切るだろう。


 だがエレナ達は収支が黒字になる前提でアキラを誘っている。借りのある相手から金になる依頼を斡旋あっせんしてもらい、報酬を得て、アキラは少し負い目を感じつつも喜び感謝する。そしてまた少しアキラの意思決定に与える影響を強めるのだ。


 程なくしてキャロルが到着する。アルファはキャロルを見て、キャロルがアキラとエレナ達との関係にアルファにとって都合の良い何かを引き起こすことを期待した。


 キャロルがアキラに笑いながら尋ねる。


「お待たせ。待った?」


「5分前だ。問題ない」


 キャロルが異性との待ち合わせに対する情緒など欠片かけらも感じさせない返事を聞いて苦笑する。


「私のような女性と待ち合わせたっていうのに、もうちょっと気の利いた常識的な返事を返せないの?」


「悪いな。常識には疎い方なんだ。鋭意勉強中だ。乗ってくれ」


 キャロルが荷物を車の後部に置いて助手席に座る。アキラはすぐに車を出発させた。


 アキラ達はクガマヤマ都市を出て再びミハゾノ街遺跡に向かう。アキラはクガマヤマ都市の通信可能圏内から出るまでエレナ達と連絡を試みたが、残念ながらつながることはなかった。仕方がないので、エレナ達にミハゾノ街遺跡に詳しいハンターを雇ったというアキラ側の現状を伝えるテキストメッセージの送信を済ませてから、通信可能域の外に出た。


 暗い荒野をアキラ達はかなりの速度で進んでいく。日の出の前にはミハゾノ街遺跡に到着できるだろう。


 アキラは移動中にキャロルに状況を伝えた。キャロルは状況を把握すると、少し意外そうな表情を浮かべて尋ねる。


「状況は分かったけど、私を連れて行って大丈夫なの?」


 アキラがキャロルの疑問に答える。


「それを決めるのはエレナさん達だ。エレナさん達が知らない人間を同行させたくない場合、俺達は別行動だ。俺達が合流した場合の報酬の分配方法とかはまだ決まっていない。エレナさん達と連絡が取れていないからな。俺はキャロルに遺跡の案内役を超える働きを強いるつもりはないけれど、俺以外からも報酬を受け取るつもりなら、その分はちゃんと働いてくれ」


 キャロルが自分の疑問とは大分ずれた内容の返事を聞いて苦笑する。


(確かにそれも重要なことだけどね。私はアキラが女性と合流するっていうのに、別の女性を連れて行って大丈夫なのかって意味で聞いたんだけど。まあ、ハンター稼業に性別は関係ないってことかしら。あるいは、別の男性を連れて行くよりはましってことかしら。どっちにしろ、雇い主はアキラなんだし、私が気にすることじゃないわね)


 アキラがキャロルを雇って連れて行くのだ。その責任はアキラにある。


 むしろ何か問題が起きれば、キャロルがアキラに付け込む契機になるかもしれない。キャロルはそう考えて、不敵に笑って答える。


「大丈夫よ。その手の報酬交渉には慣れている方だから」


「そうか」


 キャロルは懸念を感じさせない笑顔を浮かべていた。それを見て取りあえず安心したアキラが別の疑問を尋ねる。


「それにしても、昨日あんなことがあったのに、よく案内役なんて引き受けたな。もう一度セランタルビルに入る可能性もあるんだぞ?」


「それはお互い様じゃない? アキラだって、あの窮地を余裕で突破したようには見えなかったわ」


 アキラが誤魔化ごまかしながら答える。


「俺はその……、まあ、良いじゃないか。別のすごいハンター達と合流する予定だから、大丈夫だと判断しただけだ」


 うそは言っていないが、主要な理由ではない。そしてアキラはミハゾノ街遺跡に嫌々向かっているわけでもない。キャロルにもその程度のことは分かった。更に合流する予定のハンターは女性だ。キャロルはいろいろ推察したくなったが、昨日の自分に対するアキラの態度を思い出して、軽めの推察に抑えておく。


 少なくともアキラが色香に惑わされている可能性は低いはずだ。アキラにその手の強い欲があるのなら、昨日の態度はあり得ない。キャロルはそう判断した。


「そう。私が案内役を提案したのは、装備さえしっかり整えておけば、あれぐらいなら何とかなると判断したからよ。昨日の装備は戦闘の回避を前提としたものなの。勝手知ったる遺跡の中。そう考えて油断しすぎたわ」


 アキラがキャロルの装備を改めて確認する。キャロルの強化服は確かに昨日の装備より強そうに高性能に見える。


「昨日もそれを着ておけば良かったんじゃないか?」


「これは運用費用が結構かさむタイプなの。普段から使うと利益に響くのよ。こそっと忍び込んで、そこそこの遺物を持ち出す分には、昨日の装備で十分なのよ。昨日のような万一の事態に備えるのも大切だけど、それで毎回赤字になったら意味がないでしょう? 今回は、昨日の今日で、アキラからの報酬が確定していて、しかもミハゾノ街遺跡で大規模な戦闘が発生しているって言うから、念のために奮発したってわけ」


 アキラは納得してうなずいた。


「そうだな。そういう費用の問題って大切だよな」


 アキラはしげしげとキャロルの姿を見ている。正確にはキャロルの強化服や装備を見ているのだが、そうすると当然その魅惑の体もアキラの目に入る。


 キャロルは自慢の肉体をアキラに見せつけるように体勢を変えて、妖艶に微笑ほほえみながらアキラの反応を確認する。


「私の体に興味があるなら、私の副業の方を頼めば、たっぷり楽しめるわよ?」


 アキラは少しだけキャロルの言葉の意味を計りかねて戸惑ったが、すぐに気付いてキャロルに尋ねる。


「……ん? ああ、違う違う。ちょっとその服が気になっただけだ。その強化服、もしかして旧世界製か?」


 自慢の肉体に対してとことん興味がないアキラの態度に、キャロルが若干機嫌を損ねながら返答する。


「違うわ。どうしてそう思ったの?」


「前に見た旧世界製の戦闘服と、雰囲気が似ているような気がしたんだ。勘違いか」


「販売元が旧世界製の戦闘服のデザインを模しているのよ。そういうイメージも製品の売り上げには大事だから」


「ああ。なるほど」


 アキラは何でもないことのように答えた。しかしキャロルはアキラの話を不思議に思って尋ねる。


「ところでアキラ。旧世界製の戦闘服なんて、並みの戦車より値の張る代物を一体どこで見たの?」


 アキラが言葉に詰まった。見覚えがあるのは、旧世界製の戦闘服を着たアルファの姿を何度も見ているからだ。しかしそれを話すわけにはいかない。


「…………忘れた。多分ネットワーク上の画像か何かだと思う」


「実物を見たことがあるような言い方に聞こえたけど?」


「気のせいだ」


「そう」


 アキラは誤魔化ごまかしきったと思っていたが、キャロルには見抜かれていた。


(……絶対どこかで実物を見たことがあるわね。この年齢であれだけの実力を持っていることも含めて、得体の知れない子ね。合流する予定のハンターにいろいろ聞いてみようかしら)


 キャロルは体勢を戻して闇夜やみよの荒野を眺める。そして横目でアキラを見てみる。アキラとは昨日会ったばかりだが、その実力を身につけた方法や経緯、そして先ほどの話など、興味の尽きない人物だ。しかし普通にいろいろ尋ねてみても、アキラはきっと核心を話そうとはしないだろう。


(ベッドの上でなら、いろいろ聞き出せる自信が有るんだけど。本当、残念ね)


 キャロルはそんなことを考えて、少しだけ笑った。


 アルファがアキラにくぎを刺す。


『アキラ。さっきので誤魔化ごまかせたと思っているなら、大きな間違いだからね』


『じ、実物を見たことがないのは本当だ。ああ言い切っておけば大丈夫だろう』


『確かにあの程度のことで私のことを感づいたり、アキラが旧領域接続者だってことに気付いたりはしないと思う。でも絶対興味を持たれたわ。キャロルに迂闊うかつなことを言わないように注意はしておいて』


『分かった』


 アルファはアキラの返事を聞いて満足そうに微笑ほほえむ。


『それはそれとして、アキラが旧世界の戦闘服に興味を持っているなら、私が幾らでも着てあげるわ。こんなのはどう?』


 アルファはそう話すと、自分の服装を旧世界製の戦闘服に変更した。


 アルファが身に着けている戦闘服は、肌に張り付くような薄手の素材を基準にしていて、体の線を強く浮き立たせている。戦闘服には意図不明の開放部分があり、アルファの肌を露出させている。ゴムとも金属とも思える素材が、着用者の身体部位を際立たせるような造形で、戦闘服の表面の一部に配置されている。素材の一部はそれが浮力の代わりとでも言うように発光し、専用服の周囲には光の障壁のようなものまで浮かんでいる。


 実用性など初めから一切考慮せずに設計したような旧世界製の戦闘服だ。そして着用するためには旧世界の服装の感覚を肯定しないと少々勇気が要る形状の戦闘服だ。それでいて現行の戦闘服をはるかに超える性能がある。正に旧世界の戦闘服なのだ。


 その類いの服を着て楽しげに誘うように笑うアルファの姿は、ある意味何も身に着けていない姿より蠱惑こわく的だ。更にアルファの美貌や身体の造形は、アキラの好みを強く反映させたものなのだ。アキラが様々な格好をするアルファの姿に慣れつつあると言っても、それは戦闘時や訓練時、そして特定の状況下ならば、ある程度は無視できるということである。つまり、それ以外の状況下ならばアキラも一定の反応は示すのだ。


 アキラはキャロルとは反対側にいるアルファから目をらした。照れ隠しに表情を固くして、視線を前方に戻し、ぶっきらぼうに答える。


『……そういうのは後にしてくれ』


『分かったわ。後でね』


 アルファは自分の姿を見たアキラの反応に満足して、楽しげに笑っていた。

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