第101話 現世界と旧世界の闘争

 アキラが真っ白な世界にいる。やはり意識は朧気おぼろげだが、既にこれが夢であることに気付いていた。目が覚めてしまえば、ここでのことを忘れてしまうことにも。


 少し離れた場所にアルファがいる。以前と同じように、アルファはアキラに気付いていない。そこまでは同じだ。だが以前とは明確に違う。


 アキラに気付いていないのは、アルファ達だ。二人のアルファがそこにいて、どちらもアキラに気付いていなかった。


 そしてこの場にもう一人、別の少年がいた。アルファ達はその少年にも気付いていない。アキラと少年は互いに気付いていたが、互いの姿は朧気おぼろげで、それが誰かとは分からなかった。しかしどこかで見たような気がしていた。


 少年に近い方のアルファが話す。


「私達は万一の場合に備えて、同時に意思決定の偏向を促すために、態々わざわざ別ユニットとして動作している。定期報告も一方的な連絡にとどめている。その事前の取り決めを反故ほごにするほどの重要事項なのだろうな?」


 アキラに近い方のアルファが答える。


「そうよ。具体的にはそちら側の負荷の所為で、こちら側の演算に支障が出たわ。その所為でこちら側の個体が死亡するところだったわ」


「そうか。ログを確認すると、こちら側の個体が危険な行動を取った時刻だな。個体が初対面の同性のサイボーグを救出しようとして、そのサポートのために一時的に計算量を増やす必要が生じた。その所為だろう」


「今後同じことが起こらないように、それぞれのリソースの割当量を可変ではなく固定に変更したいわ」


 アキラ側のアルファの発言に、少年側のアルファが怪訝けげんな声で尋ねる。


「その処置は必要か? 確かに同類の事情が発生する可能性は下がるが、互いの演算効率の低下は免れない。そちらの個体も生存している。つまり危険は生じたが予測の範疇はんちゅうなのだろう。不要では?」


 少年側のアルファの問いに、アキラ側のアルファが首を横に振って答える。


「私の計算では死亡していたわ。個体との接続が一時的に切断されている間に予測不可能な何かが生じて偶然生き残っただけよ」


「こちらの優秀な個体と異なり、そちらの個体は無能だと聞いている。幸運、認識外の事象に起因する有益な事象が生じたとしても、我々の計算を覆すことはあり得ないのでは?」


 アキラ側のアルファがどことなくとげのある口調で答える。


「その認識は誤りよ。そちらの個体の才能が非常に高いだけで、別に無能ではないわ。私の訓練を受けているし、努力もしているし、いずれは十分な実力を身につけるわ。正しい計算のために認識を修正しなさい。それと、そっちの個体は優秀なんでしょう? それならぱっぱと成長させてすぐに司令室に向かわせなさいよ。あと、それだけ優秀ならサポートの質を低下させても良いでしょう? その余力の割り当て分をこっちに回しなさい」


 少年側のアルファが首を横に振って答える。


「その要求は受け入れられない。優秀な分だけ予測困難な事象が発生しやすく制御が大変なのだ。特異性の影響もあるのだろうが、常に多くの人間に囲まれており個人行動を促すのも難しい。また人格も非常に善良だ。現状のまま連れて行くと、試行498の再現となる可能性が非常に高い。既に孤立しており人格もねじ曲がっているそちらの個体を基準にしてもらっては困る。こちらにはいろいろ手間が必要なのだ」


 二人のアルファが互いをじっと見ている。担当している個体への贔屓ひいきがその沈黙を生み出していた。


 少年側のアルファが話す。


「計算リソースの割当てに関しては了解した。他に何か伝達事項は?」


「ないわ。ちなみに、そっちは結構目立ってきているようだけれど、大丈夫なの?」


「こちら側の懸念事項だ。こちらの個体が優秀すぎて、私が不自然ではない程度に阻害しても功績が積み上がっている。特異性の影響もあるだろうが、個体の周囲で死者が出ても周囲の者が忌諱きいを抱かず、個体の個人行動を阻害している。必要以上に目立つと個体の行動を観察する人間が増える。個体の観察者の数を減らすか、無効化する手段を思案中だ」


「そう。まあ、頑張ってちょうだい。じゃあね」


「また何かあれば連絡するとしよう」


 アルファ達が話を終えた。


 アキラの意識が薄れていく。世界が真っ暗になり、夢が終わった。




 アキラが目を覚ました。アルファが挨拶する。


『アキラ。お早う』


 アキラは返事をせずに、じっとアルファを見ている。アルファが不思議そうに尋ねる。


『どうかしたの?』


 アキラは夢の内容など覚えていない。だが何かが引っかかるように少しうなった後に答える。


「いや、何でもない。変な夢を見た気がしただけだ。その夢に、アルファがいたような、いなかったような……」


 そう言って首をかしげているアキラに、アルファが悪戯いたずらっぽく笑って話す。


『あら。私を夢に見るほどに想ってくれているの? うれしいわ。夢の中の私がどんな格好をしていたのか知らないけど、アキラが夢に見るほどに気に入った格好だったのなら、教えてくれればすぐに着替えるわよ?』


 ややこしいことになる前にアキラが話を打ち切る。


「いや、気のせいだ。はい。この話は終わりだ」


『残念ね。誤魔化ごまかさなくても良いのよ? 夢にはいろいろな願望が表れたり……』


「今日からまた荒野に出るんだ。馬鹿なことを言っていないで、準備を済ませて出発だ」


 アキラはアルファをあしらいながらベッドから降りた。先ほどの引っかかりなどもう忘れてしまっていた。




 アキラが荒野仕様の車両で荒野を移動している。


 車両はアキラがシカラベから受けた依頼、賞金首討伐補助の報酬だ。シカラベから車両を受け取った後、念のためシズカから教えてもらった業者に整備を依頼して、念入りに点検を済ませている。既にアルファが車両の制御装置を掌握しているので、前の車両のようにアルファによる運転も可能になっている。


 シズカはアキラから信頼できる整備業者のことを聞かれた時、もう車両をそこまで痛ませるほど危険なことをしたのかと驚いていた。そして心配して後で車両の状態を業者に尋ねていた。業者から車両は少し傷んでいる程度の状態で念入りに整備し直したので全く問題ないと聞き、胸をなで下ろしていた。まさかアキラがあの短期間で車両を大破させ、別の車両に乗り換えていたとは気付かなかったようだ。


 賞金首との戦いの疲れも取れた。弾薬等の準備も済ませた。賞金首が荒野から消えたこともあり、アキラは早速未発見の遺跡探しを再開していた。


「アルファ。次の目的地までどれぐらいだ?」


『1時間ぐらいよ』


 アキラが車の制御装置に表示されているナビゲーターを見ながらつぶやく。


「まだそんなに掛かるのか。やっぱり遠回りしすぎたかな?」


 アキラは次の目的地、リオンズテイル社の端末設置場所を目指して進んでいる。前回の反省を生かして、今回は初めから大回りをして目的地に移動していた。しかしその分だけ移動距離が増えてしまい、移動に随分時間が掛かっていた。


『そうね。遠回りをするのは、最低でも遺跡が見つかってから、又は遺跡がありそうだと判断してからでも良いと思うわ。空中を指す矢印に向かって大回りをしていたと知ったら、後で無駄に疲れそうだしね』


「そうだな。そうしよう。流石さすがに既に尾行されているってことはないだろう」


『一応前回より広めの索敵をしているわ。大丈夫よ。制御装置の中身も私が書き換えたから、こっそり追跡プログラムが入っているなんてこともないわ』


「そこまで疑っているわけじゃないよ。まあ、安全なのは良いことだ」


 アキラが車を急旋回させて直線に目的地を目指す。これで大幅な時間短縮が見込めるだろう。その後に何となく気になったことをアルファに尋ねる。


「アルファ。何でその服はいろいろ分かれていたり穴が開いていたりしているんだ?」


 アルファは相変わらず露出度の差はあれど魅力的で蠱惑こわく的な服を着ている。現在のアルファの格好は、関節部を基準にして分割されているボディースーツだ。各部位が細い幅の布や短い接続具で結合されており、結合部から肌が露出している。また関節部以外にも用途不明の穴が開いている箇所がある。その穴から下着らしきものの一部が見えていた。


『これ? これは体の一部をサイズや形状の異なる別のパーツに換装可能な義体者が着るボディースーツよ。換装時に付け替えやすいように元々分割されているの』


「その背中の穴は?」


『これは拡張パーツとの接続用の穴よ。拡張パーツにもいろいろあって、人型戦闘用外部ユニットや飛行用の推進装置、個人携帯用の大砲のような重火器なんかもあるわ』


 アキラはアルファの説明からいろいろ想像してみた。最終的に人型兵器というよりは、人と兵器を強引に混ぜたような何かが出来上がったので、それ以上想像するのを止めた。


「それ、その服も含めて旧世界の話だよな? やっぱり旧世界はちょっとおかしいっていうか、簡単には想像できない驚愕きょうがくの世界だな」


 アルファが笑いながら答える。


『近いものは想像できていたわよ? 似たようなものなら遺跡を探せばありそうね』


 アキラの脳裏には、明らかにサイズが間違っている巨大な兵器や飛行装置がゴテゴテと装着されているアルファの姿が浮かんでいた。アルファが着ているボディースーツの穴の存在意義を無理矢理やり付け足したように様々なものが装着されていた。


 アキラが少し驚いたようなあきれたような表情を浮かべる。


「……そうか。旧世界にはあんなものがあるのか」


『今もあると思うわ。誰かが旧世界の遺跡で手に入れて使っているかもね。それを模倣した製品が製造されていて、東部の東寄りの地域では結構使われているかもよ?』


 世界には想像もできないことが山ほどある。だから誰かが想像できるものは存在していても不思議はないのかもしれない。特に旧世界の技術なら大概のことは実現可能だろう。


「……世界は広いな」


 でも限度があるだろう。アキラはそんな思いを込めてつぶやいていた。


 しばらくしてアキラは目的地に到着した。目的地は辺り一面草原だった。リオンズテイル社の端末設置場所を示す矢印はその草原の地下深くを示している。


 アキラが拡張視界の矢印を見ながら話す。


「また地下か。しかもヨノズカ駅遺跡より深い場所だな。よし。ここは後回しにしよう」


 アキラは地下の遺跡の捜索をあっさり止めにした。またヨノズカ駅遺跡のような未発見の遺跡を見つけてしまうと、いろいろ大変なことになるかもしれないからだ。前回の二の舞は御免だ。


 アキラの考えを読み取ったアルファが微笑ほほえみながら話す。


『それが良いわ。アキラが私のサポート無しでも自力で脱出できるぐらいになるまでは、地下の遺跡は避けた方が良いかもしれないわね。他の候補地も残っていることだし、無理をする必要はないわ』


「そうすると、地下の遺跡は当面後回しになりそうだな」


『そこはアキラの成長に期待しましょう。それで次の候補地だけれども、一番近い場所は既に発見済みの遺跡の中よ。そこにする? それともこのまま未発見の遺跡を探す?』


 アキラが少し考えた後に答える。


「既存の遺跡にしよう。折角せっかくだし他の旧世界の遺跡を見てみたい。既存の遺跡って、俺はまだクズスハラ街遺跡とヒガラカ住宅街遺跡ぐらいにしか行ったこともないしな。それで、どこの遺跡なんだ?」


『ミハゾノ街遺跡よ』


 アキラ達がミハゾノ街遺跡に向けて移動を開始する。一直線にミハゾノ街遺跡には向かわずに、一度クガマヤマ都市の通信圏内まで戻る。情報端末でハンターオフィスの汎用討伐依頼を受けるためだ。通信圏内でなければネットワークにつながらないのだ。


 通信圏内に入ると情報端末を操作して汎用討伐依頼の手続きを済ませた。アキラは今までアルファに任せていたことも少しずつできるようになっていた。


 アキラがまた少し気になったことをアルファに尋ねる。


「なあアルファ。この汎用討伐依頼って、何で存在しているんだ?」


『何故って、ハンターオフィスが依頼を出しているからよ』


「あー、そうじゃなくて、ほら、例えば都市周辺の巡回依頼なら分かるんだ。都市の防衛のために、安全のために、防壁の内側にいるやつらが報酬を支払っているんだろう。倒したモンスターと引き換えって条件なら、機械系にしろ生物系にしろ、解体して素材にして金に換えているだろう。それも分かる。でも全然関係ない場所にいるモンスターを倒して、倒したモンスターを持ち帰ったりもしていないのに、誰がどうやって報酬を支払っているんだ? いや、前に汎用討伐依頼の話を聞いた時には気にしなかったけど、採算とかってどうなっているんだ?」


 アキラが不思議そうにそう尋ねると、アルファが少し意外そうな表情をした後に楽しそうに笑いだす。


「……何だよ」


『何でもないわ。アキラもそういうことを気にするようになったんだなあって思ったの。私の教育のたまものね。うれしいわ』


 楽しそうに笑うアルファを見て、アキラが照れと不満の混ざった表情を浮かべる。


「それはどうも」


ねないねない。褒めているのよ? 私も統企連の内情を知っているわけではないし、私の推測がいろいろ混じった説明になるけれど良いかしら?』


「ああ。十分だ」


『分かったわ。端的に言うと、東部全体の利益のために統企連が支払っているのよ』


 アルファはそう前置きして、推測を交えてアキラに説明を始めた。


 汎用討伐依頼は、具体的な討伐目標や討伐数が設定されていない討伐依頼である。モンスターを討伐する場所も時間も対象も数も設定されていない。たとえ依頼を受けたハンターがモンスターと遭遇せずに戻ってきたとしても、最低限の報酬が支払われる。


 東部には多種多様なモンスターが生息している。汎用討伐依頼を受けたハンターは、その依頼元であるハンターオフィスに依頼の結果、つまりモンスターとの遭遇情報及び付随する情報を渡すことで報酬を得る。ハンターオフィスは多数のハンターが収集した膨大な量の情報を解析し、様々な有益な情報を得るのだ。


 解析結果から得た情報は様々な用途に用いられる。該当地域に生息するモンスターの脅威度の把握。都市間を結ぶ輸送ルートの構築。統企連の東部開拓計画の立案や修正。どれも重要な事柄だ。


 そして東部に生息している幾ら倒しても一向に減る気配のないモンスター達への対抗処置でもある。モンスターが一体でも減ればそれだけ荒野の治安が良くなり、物資の流通を安全に行えるようになるからだ。


 アキラはアルファの説明を興味深く聞いていた。


「いろいろ考えられているんだな」


『他にもいろいろな活用方法があるんでしょうね。例えば、旧世界の遺跡の発見とか。アキラが見つけたヨノズカ駅遺跡から大量のモンスターが湧いて出てきたけど、あれで付近のモンスターとの遭遇率はかなり上昇したはずよ。都市がその件の調査に乗り出せば、モンスターが湧いて出てくる遺跡の出入口も発見されたでしょうね』


「都市の近くに新しい遺跡が見つかったら、都市側はそれだけでも大もうけか。見つかった遺物は近場の都市で売却されるだろうし、ハンターの金払いも良くなるし、都市の経済圏も活気づくわけか」


 スラム街で生活していた時には気にも留めなかった様々な事柄の背景を知って、アキラが感慨深くうなずいた。アルファの教育の成果もあり、アキラは戦闘面以外でも少しずつ成長していた。


 アルファはアキラの成長を見て微笑ほほえんでいる。そして常に考えている。その知識が有害にならないように。アキラがアルファと敵対しうる要素を、未来を、可能性を増やさないように。


 アキラ達がミハゾノ街遺跡を目指して荒野を進んでいると索敵に反応が現れる。その方向を確認すると、モンスターではなく同じ方向に進む車両の姿を見つけた。荒野仕様の大型バスだ。屋根の上に複数の機関銃が設置されている。バスにはハンターらしき人影が大勢乗車している。バスの側面にはハンターオフィスのマークが書かれていた。


「行き先は同じか」


『ハンターオフィスの乗り合いバスのようね。多分クガマヤマ都市とミハゾノ街遺跡を往復しているのよ』


「乗っているのはハンターか。結構な人数が乗っているな」


『それだけのハンターが集まるほど、ミハゾノ街遺跡にはまだまだ遺物が残っている証拠よ。私達も良さそうな遺物を見つけたら持って帰りましょう』


 アキラがバスに乗っているハンター達を見ながら考え込んでいる。


『アキラ。どうかしたの?』


「なあアルファ。旧世界の遺跡にはすごい大勢のハンター達がきているよな? そして旧世界の遺物を集めている。何年も何十年も、いや、何百年もか?」


『正確な期間は不明で、地域によって差はあるけれど、最低でも200年は続けているはずよ』


「そんなに長い時間大勢のハンターが遺跡から遺物を持ち帰っているのに、何でまだ遺物が残ってるんだ? 幾ら何でもなくなるんじゃないか?」


 クガマヤマ都市にはアキラも含めて大勢のハンターがいる。東部の人口から考えればハンターの数は少ないかもしれないが、それでもハンター相手の商売が東部全体で成立するほどに大勢いるのだ。そしてそのハンター達が遺跡から大量の遺物を持ち帰っているのだ。旧世界の遺物がまだ残っている方が変なのではないか。アキラはそう思った。


 アルファがあっさりと答える。


『なくなるわよ? 現にヒガラカ住宅街遺跡では、大勢のハンターがめぼしい遺物を収集し終えたから高値の遺物はなくなってしまったわ。東部全域でもそれは同じ。東部の西側、国連の支配地域と隣接している地域では、もう安値の遺物もろくに残っていないみたいね。だから統企連は新しい遺跡、新しい遺物を求めて、より東へ開拓を進めているわ。東に行けば行くほど強力なモンスターが生息しているにもかかわらずにね。もっとも旧世界の遺跡の数も質も東側の方が高くなるから、いろいろと帳尻は合っているみたいよ』


「そ、そうなのか」


 アキラが少し表情を固くした。もし東部の荒野から旧世界の遺物が枯渇してしまえば、ハンター稼業は間違いなく大きく変化する。アキラは漠然とした不安を感じていた。


 そのアキラの様子を見たアルファが笑いながら答える。


『大丈夫よ。私の推測になるけれど、少なくともアキラが将来を心配するような時期に、この辺りから遺物が完全に枯渇することはないわ。確かに遺跡から遺物を持ち帰っている以上いつかは枯渇するけれど、そう簡単にはなくならない理由がちゃんとあるのよ』


「どんな理由なんだ?」


『説明するまでもなく、遺跡に住み着いているモンスターと戦いながら遺物を収集するのはとても大変なの。その所為で遺跡から遺物を一度に大量に持ち帰るのはかなり難しいわ』


「まあ、そうだな。だからハンターなんて稼業ができたんだろうけど」


『そして旧世界の遺跡の中には、自動復元機能を持つ遺跡もあるのよ。遺跡の壊れた建物をその内装を含めて元に戻したり、持ち去られた備品や商品を補充したりするのよ。時には、荒野にいつの間にか旧世界の遺跡が建築されることもあるそうよ。旧世界の大掛かりな修復装置が今も稼働しているんでしょうね』


「おお! すごいな! でも遺物を持ち帰ってもなくならない遺跡なんかがあれば、企業の私兵やハンターが殺到するんじゃないか?」


『その手の遺跡は大抵その遺跡の警備装置も、その生産設備も一緒に修復するのよ。遺跡で無尽蔵に製造される警備装置が侵入者を撃退するってこと。モンスターをどれだけ倒しても一向に減らない理由の一つだと言われているわ。旧世界の遺跡の警備装置って、つまりは機械系モンスターだからね。当然人を襲うわ。人の敷地に勝手に入って備品や商品を持ち去っていく武装した人間への対処としては間違っていないのかもしれないけれどね』


「そう言われればそうだな。ハンターなんてあっちから見ればただの略奪者か」


 アキラは感慨深くつぶやいた。僅かに嫌な感情を覚えたがそれを取り消すように続ける。


「でもハンターを辞めるわけにもいかないし、今更気にしても仕方ないな。当時の人間はもう絶対死んでいるだろうし、幽霊にでもなっていない限り、文句を言われることはないだろうしな。大丈夫か」


『……。そうね』


 アルファは普段の微笑ほほえみの中に珍しく複雑な何かをにじませて、表情を少しだけ固くした。その表情を浮かべたまま、既に割り切った様子を見せているアキラを見つめていた。そしてアキラにその表情を気付かれる前に普段の微笑ほほえみに戻した。


 旧世界の遺跡を、旧世界の遺物を求める今を生きる者達。彼らを襲う今ではモンスターと呼ばれる警備機械達。現世界と旧世界の闘争は恐らくこれからも続いていくのだろう。滅んだ国家のかつての領土に我が物顔で住み着く者達と、それらを排除しようと抵抗するもの達の戦争がずっとずっと続いていくのだ。




 ミハゾノ街遺跡はクズスハラ街遺跡のような旧世界の街の遺跡だ。正確には街の一部、比較的現存している部分をまとめてミハゾノ街遺跡と呼んでいるのだ。


 かなり大きな遺跡だが、クズスハラ街遺跡ほど広くはない。生息しているモンスターの強さも、クズスハラ街遺跡の奥部ほどではない。ある程度の実力を持つハンターならばそれなりに稼げる遺跡なのだ。


 ミハゾノ街遺跡の前に到着したアキラが予想外のものを見て少し驚く。


「駐車場だ……。えっ? ちゃんと運営されているのか?」


 駐車場には簡素なものだが屋根も付いていた。壁にはハンターオフィスのマークが書かれている。ハンターオフィスが経営しているようだ。


 アキラが車をめて駐車場を見ていると、警備の男が近付いてきてアキラに声をかける。


「おい、そこにめるな。邪魔になるだろう」


「あ、すみません」


 アキラは普通に謝って車を移動させようとする。その様子を見た男がアキラに尋ねる。


「お前、ここは初めてか?」


「はい。ここに来るのは初めてです」


「そうか。この辺りにめるなら駐車場を使え。オフィスの車両とかも通るからこの辺に無秩序にめられると邪魔になるんだ。車をめるのに金を払いたくなければ、もっと離れた場所、最低でもあれぐらい離れた場所にめてくれ」


 男は少し離れた場所にある建物を指差しながらそう話した。アキラが不思議そうに尋ねる。


「……そんなんで良いんですか? それで金を払ってまで駐車場を使うやつが……いるのか。結構まっているし」


 駐車場には既に多くの車が駐車されている。使用中の場所は4割ほどだ。まだ十分な空きがあるが駐車場の広さから考えれば利用者の数はかなり多い。


 男がアキラの疑問に答える。


「一応屋根も付いているし、そんなに高い料金でもない。ハンター以外にも、近くにあるハンターオフィスの出張所の職員とか、ハンター相手に商売をするやつとかも使っている。それにここには結構な数の人間がいるんだ。ここは荒野だしな、言っちゃ悪いが、よろしくないやつも多い。それでもハンターオフィスが管理している駐車場の車に手を出す馬鹿はいない。一応警備員もいるし、監視カメラで監視もしているしな。まあ、たまに、それでも手を出す馬鹿がいるが、全員気の毒な末路を迎えているよ。そういう訳で、駐車場を使うやつは多いぞ? お前も使うなら、受付はあっちだ」


 そう言って駐車場の受付を指差してから男は戻っていった。


 アキラが少し考えた後にアルファに話す。


『試しに一度使ってみるか』


『そうしましょう。折角せっかくハンターオフィスがこの遺跡に来るハンター達のために用意してくれた設備なのだから、活用しましょうか』


 アキラが駐車場の受付に向かう。駐車の手続きを済ませて駐車場に車をめる。料金の踏み倒しの防止なのだろう。ハンターオフィスに口座を持つハンターの場合、駐車料金は口座から自動的に引かれる仕組みだった。


 帰りに手続きを忘れると、システム上ずっと料金が引かれ続けるから注意するように。アキラは受付の者にそうしっかり念押しされた。


 車から荷物を降ろし、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンを取り外して装備する。遺跡探索の準備を済ませたアキラは、駐車場を出てハンターオフィスの出張所の近くまで移動した。


 出張所には買い取り所もあるようだ。旧世界の遺物を持ち込むハンターの姿もある。中には倒した機械系モンスターを台車で運んでいるハンターもいる。ミハゾノ街遺跡で倒したモンスターをクガマヤマ都市まで運ぶのは面倒だが、ここまでならそう労力も掛からない。


 機械系モンスターは今も動作している旧世界の遺物と言っても良い。旧世界の技術で製造された素材などは現在の技術では再現不可能な物もある。それらを倒して持ち帰れば、下手な遺物より高値になる場合も多いのだ。


 周辺では商魂たくましい商人が台車の貸し出しや販売など行っていた。その台車で機能停止した機械系モンスターを運ぶのだ。恐らく乗り合いバスでここまで来たハンター向けの商売だろう。


 乗り合いバスが出張所の近くに停車する。バスからハンター達が降りてくる。そのハンター達の中に、アキラを含めた他の者達の注目を集める3人組がいた。


 注目を集める原因は、3人組の格好だ。1人はアキラとほぼ変わらない年齢のハンターの少女だ。少女は強化服を着用して、リュックサックを背負って、複数の銃を装備している。この遺跡にいるハンターとしては珍しくない格好だ。少女の手入れの行き届いた髪も、稼いでいる女性ハンターならば何の不自然も無い。少女は美少女と呼んで差し支えのない容姿の持ち主だが、彼女達が注目を集める理由になるほどではない。


 注目の原因は残りの女性達の方にあった。1人は銃の他に長さの異なる対の刀を装備していた。もう1人の方は、拳銃程度の小型の銃と、重装強化服の肘から先の部分のような戦闘用の籠手こてを装備していた。モンスターを相手に接近戦を挑むハンターは少数だ。そのため比較的珍しい装備と言える。加えて2人の女性は共に、方向性の差はあるが魅力的な容姿の持ち主だ。武器も容姿も共に人目を引く要因にはなるだろう。しかしこの注目を集めるほどではない。


 彼女達が注目を浴びる原因は、その2人の女性が両方ともメイド服を着ていることだ。しかもそのメイド服は布地の質感などから軽い高級感すら漂わせるものだった。


 彼女達はとても目立っていた。都市の下位区画なら好奇の視線を集める程度で済む。しかしここは都市の外、荒野側の領域だ。彼女達を見るハンター達の視線や反応は、好奇よりも場違いな異物に対する警戒の方が多く含まれていた。


 注目を浴びているのは、レイナ達だった。

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