第99話 いろいろな後始末

 ハンターオフィスの職員がアキラの所までやって来た。アキラが一応ハンターオフィスに連絡したからだ。撃破済みとされていた賞金首と見間違えるようなモンスターが荒野を彷徨うろついていたという報告は、ハンターオフィスが職員を派遣するのに十分な内容だった。


 派遣された職員のリーダーはキバヤシだった。ハンターオフィスに届いた妙な報告の発信源がアキラだと聞きつけて割り込んできたらしい。


 現場に到着したキバヤシは、アキラから軽く話を聞いて状況や経緯を把握すると、爆笑していた。その後で何とか笑いを堪えて確認する。


「倒したのか? こいつを? お前一人で? 一度、車両ごと、食われかけて? な、内部を突き抜けて、ぶ、ぶ、ぶち破って、出てきた……」


 キバヤシの話が笑いで中断される。自分で話してつぼに入ったらしい。


 既にアキラから戦闘時の高揚は抜けていた。残っているのは疲労と、大量に消費した弾薬費の心配と、自分の車が廃車確定になったことへの嘆きによる機嫌の悪化だ。


 アキラが非常に不機嫌そうに答える。


「……そうだよ」


 アキラの態度が更にキバヤシの何かを刺激したようだ。キバヤシは更にしばらく笑った後で、何とか笑いを抑えて上機嫌で話す。


「相変わらず無理無茶むちゃ無謀を地で行っているようで何よりだ。ますます気に入った」


「そうか。そりゃどうも」


 アキラが過合成スネークを指差す。


「それで、ハンターオフィスの見解は? 俺が倒したこいつはどういう扱いになるんだ?」


「ああ。残念ながら、こいつは賞金首とは扱われない。同種か亜種か別種か子供かは知らんが、よく似た別のモンスター。その程度の扱いだ。倒すのに随分苦労したようだが、言っちゃ悪いが、ハンターオフィスはお前が一人で倒せる程度のモンスターに賞金を懸けたりしねえよ。まあ、汎用討伐依頼の撃破報酬に少し多めに色が付くぐらいだな。あ、汎用討伐依頼を受けていないのなら、受けていたってことにしてやる。それぐらいはしてやろう」


「そりゃどうも」


 対外的には、ハンターランク21ぐらいの実力の者が頑張れば一人で倒せる程度のモンスターとして扱われるのだろう。アキラもそれは理解できるのだが、機嫌の悪化までは避けられなかった。


 キバヤシが不機嫌そうなアキラを見て、やはり楽しげに笑って話す。


「不満そうだな。まあ苦労して賞金首っぽいモンスターを倒したのにろくに金も手に入らないなら当然か」


「ああ。弾薬だって随分使ったんだ。大赤字だ。車だって、もうあれは駄目だろう。あの車は、最近買ったばっかりのやつなんだぞ?」


「それなら多少は補填ほてんしてやろう。お前が倒した過合成スネークもどきを俺達に売るなら、俺が掛け合って最低でも弾薬費ぐらいにはしてやる」


「車は!?」


 食いついてくるアキラに、キバヤシが首を横に振って答える。


流石さすがに車の補填ほてんまでは無理だ。悪いな」


「……そうか。まあ、弾薬費だけでも助かるよ。……もう帰って良いか? 正直、疲れた」


 アキラが心底疲れたという表情で答えて、表情をゆがませる。


「だから、その車がないんだよ! ああ! くそっ!」


 嘆くアキラをキバヤシがなだめる。


「安心しろ。都市までは送ってやるさ。まあ、疲れているようだし、仮眠でも取れよ。着いたら起こしてやる」


「……そうか。本当に助かる。……はあ」


「ま、それぐらいは、な」


 項垂うなだれているアキラとは対照的に、キバヤシはどこまでも上機嫌だった。




 キバヤシ達は先にクガマヤマ都市へ戻ることになった。他の職員はアキラが倒した過合成スネークの調査などでしばらく残るようだ。


 アキラが車の後部座席で死んだように眠っている。運転しているキバヤシに、助手席に座っている職員が尋ねる。


「良いんですか? あんなことを言って。あの死骸を見る限り、相当な量の弾薬を使っているはずです。色を付けると言っても、汎用討伐依頼の撃破報酬では補えないと思いますよ?」


 キバヤシが上機嫌に笑って答える。


「良いんだよ。楽しげな戦闘記録ももらったしな。お前は気にするな」


「はあ、そうですか」


 キバヤシの笑みには何らかの優越感のようなものが漂っていた。職員はそれを見て少し不思議そうにしていたが、キバヤシの悪評を知っているので深くは気にしなかった。


 カツヤ達が倒した過合成スネークと、アキラが倒した過合成スネークは同一の個体だ。過合成スネークは内部に本体を持つモンスターだった。比較的小さい本体が、捕食したモンスターなどを元に生成した巨大な外部を操作していたのだ。人間が巨大な人型兵器を操作するように。


 カツヤ達が倒したのはその人型兵器の部位だった。本体は戦闘中に逃げ出していたのだ。そして本体を逃がすためにおとりとなって暴れていたのだ。


 アキラが倒したのがその本体部分だ。正確にはその中にも更に小さい本体があったのだが、分離するまえにアキラに倒されていた。山ほど撃ち込んだ銃弾が命中していたのだ。


 過合成スネークを本当に倒したのはカツヤ達ではなくアキラだと言っても良い。キバヤシはそれに気付いていた。


 恐らくアキラも気付いていないそのことを、自分だけが知っている。それがキバヤシの機嫌をどこまでも良くしていた。


 キバヤシはそのことを報告する気などない。報告しても無意味だからだ。ハンターオフィスは既に過合成スネークの撃破判定を出しているのだ。その撃破判定を取り消して別のハンターに付け替えるなど、どう考えても非常に大変なめ事になる。ドランカムも巻き込んだとても大きな問題になるだろう。


 また、賞金首に認定されるほどに強力で危険な部位を倒したのは確かにカツヤ達なのだ。表向きの報告を変更するほどのことではないのだ。


(まあ、弾薬費の補填ほてんぐらいはやってやるよ。そうすれば、またお前の無茶むちゃを楽しめそうだからな)


 キバヤシはアキラを気に入っている。今回の件でますます気に入った。アキラの次の無理無茶むちゃ無謀を期待しながら、キバヤシは機嫌良く笑っていた。




 アキラが自宅の風呂に入っている。いつも以上に魂を湯に溶かしながらいつも以上にぼんやりとしている。


 自宅まで戻ったアキラは倒れ込むように横になって仮眠を取っていた。そして夜中に目を覚ましたのだ。激戦の疲労は残ったままだった。目を覚ました後は眠いのに眠れないという状態が続いていた。アキラは頑張って身を起こし、ほとんど無意識に風呂場に向かったのだ。


 いつものように一緒に入浴しているアルファが、いつ眠ってしまっても不思議のなさそうなアキラにくぎを刺す。


『アキラ。そのまま寝ないように気を付けなさい。できれば上がった方が良いと思うわ。下手をすると、溺れ死ぬわよ?』


「……大丈夫、だ。回復薬をあんなに、……飲んだんだ」


怪我けがの治療が主な効用の回復薬で、溺死を防げるかどうかは微妙よ。それに、それはいつ頃の話なの?』


「……あの時だよ。……あの時。…………ああ、そうだった。アルファ、いなかったな」


 アキラの返答はだった頭から出たものだ。過合成スネークの体内で服用した回復薬の持続時間などとっくに終わっている。その時にアルファとの接続が切れていたことも忘れていた。


 アルファが表面上は微笑ほほえみながら、注意深く尋ねる。


『後で教えてもらう約束だったわね。今なら大丈夫よね。その時に何があったの?』


「あー」


 アキラはその時の経験を話そうとして、何かを口にしようとして、黙った。別に話したくないわけではない。アキラに口頭で上手うまく説明する技量がないだけだ。


 アキラが口答で説明するのを諦めて、代わりにその時の光景を思い浮かべてアルファに送る。念話ならば、思考や想像、時には感情まで送信が可能だからだ。


 しかし所詮はアキラの記憶から再現されたものだ。その精度は非常に悪い。発火炎マズルフラッシュが照らした内壁の光景がぼやけて浮かんでいるだけだ。しかもアキラの主観で浮かんだものだ。その時の精神状態なども省かれている。少々錯乱気味だったこともあって、無我夢中で気が付いたら外に出ていたという程度の内容でしかない。


 よく分からないけれど助かった。アルファはアキラからその程度の情報しか得られなかった。アキラが自覚していていない様々なことを、アルファが欲していた情報を把握することはできなかった。


『大変だったのね』


「ああ。大変だった」


 アキラが僅かに表情を緩ませて話す。


「でもまあ、意外に何とかなるものなんだな。正直死ぬかと思った。まあ、そんなことを考えられるってことは、即死しなかったってことだから、まだまだ余裕な状況なのかもしれないけど」


 アルファがとてもすまなそうな表情で話す。


『その時に私がアキラをサポートできれば良かったのだけれど。ごめんなさい』


 アキラが気にした様子もなく答える。


「そういうこともあるさ。アルファのサポート無しで行動する訓練をしておいて良かったな。多分あれが役に立ったんだ」


 アルファが思案する。アキラは自力で窮地から脱したことで少し自信を持ったのだろう。それ自体は問題ない。アキラの戦闘能力の向上にも役立つだろう。しかしその自信がアキラのアルファへの精神的な依存を弱めるのならば、対処が必要だ。アキラがアルファを不要と判断する前に、何らかの対処が。


 アルファが微笑ほほえんで話す。


『私がサポートできる時はしっかりサポートするから、これからも頼ってちょうだいね』


 アキラも笑って答える。


勿論もちろんだ。これからも頼む」


『それなら早速役に立ちましょうか。シカラベから通話要求がきているわ。私がつなぐから普通に話して良いわよ』


 アルファがそう話すと、シカラベの声が聞こえてくる。アルファが情報端末を介して中継しているのだ。


『シカラベだ。報酬の件で話があるんだが、時間はあるか?』


「大丈夫だ」


『時間があるなら直接話すか? 俺達はこの前の酒場にいる』


「今風呂に入っているんだ。まずはこのまま話を聞きたい。それとも、じかに会う必要があるほどめる話なのか?」


『それはアキラ次第だが、まあ単刀直入に話そう。賞金から経費を抜いて残りを頭割り。それがアキラへの報酬だ。そういう契約だ。だがな、まあ予想しているだろうが、弾薬費が予定より大幅にかさんだんだ。それで、お前への報酬額を計算すると、正直お前の奮闘振りに見合う額にはならないんだ』


 アキラが厳しい表情で話す。


「しょぼい報酬でも我慢しろってくぎを刺すため態々わざわざ連絡したのか?」


『そう怒るなって。俺もお前の奮闘振りを認めてるんだぜ? だが報酬を増額する気はない。依頼が終わった後でその辺の計算を修正するような真似まねは避けたい。その手の変更は増額でも減額でも遺恨の元になるからな。金が絡むことなんだ。それは理解してくれ』


 アキラが黙る。理解できるし納得もできる。だが機嫌の悪化を抑えるだけで、悪化そのものは避けられない。シカラベもアキラの沈黙からそれを把握している。


『だがさっきも言った通り、俺はお前の活躍を認めている。その活躍に対してはした金を渡して済ますってのは俺も思うところがあるわけだ。そこでだ。報酬は金じゃなくて物にしないか?』


「物?」


『ああ。例えば車だ』


「車!?」


『他にもいろいろあるがな。今回の賞金首討伐にはドランカムが本腰を入れて参加していたんだ。高い銃やら強化服やら車両やらを用意してな。戦闘で破損したものも多い。それで新しい装備品を一括購入するんだが、小破ぐらいの少し修理すればまだまだ使える車両とかも、この際だからって一緒に新車に更新したりするんだ。その小破した車両とかを報酬の代わりに譲ってやろう。名目上は支払う予定の報酬で買ったことになる。修理代や整備代込みでな。同じ金で新車を買うよりはかなり高性能な車が手に入るってわけだ。つまり、報酬額の増額はできないが、代わりにその手のコネを報酬に加えてやろうってことだ。まあ、金の方が良いなら無理強いはしないが……』


 アキラが必死になって答える。


「車が良い! 車だ! 車にしてくれ!」


 アキラの剣幕けんまくに、シカラベの少し引き気味な声が返ってくる。


『そ、そうか。分かった。手配しておく。受け渡しの日時とかは後で連絡する。じゃあな』


 シカラベとの通話が切れると、アキラがとてもうれしそうに笑った。アルファが苦笑しながら話す。


『良かったわね』


「ああ。これでシズカさんにあの車をもうぶっ壊したなんて説明せずにすむ。新車を買う金も節約できる。良かった。ついてたな」


 大赤字で終わりそうなアキラの賞金首討伐だったが、これで今後のハンター稼業に支障がでる事態は避けられた。懸念事項が解決したアキラは顔を緩ませて機嫌良く入浴を続けた。




 シカラベ達が前回の酒場で飲んでいる。彼らがはべらせている女性達には、この前シカラベが祝杯の時に呼ぶと約束した者も含まれている。シカラベはその手の約束を律儀に守る男だった。


 アキラとの話を終わらせたシカラベに、ヤマノベが楽しげに尋ねる。


「どうなったんだ? アキラと殺し合わずには済みそうか?」


「ああ。拍子抜けになるぐらいにすんなり終わった。随分車を欲しがっていたようだな」


「車? あいつは自前の車で参加したんだろう? 何でそんなに車を欲しがるんだ。タンクランチュラとの戦闘で故障でもしたのか? でも普通に帰ってたよな?」


「さあな。まあ、どうでも良いさ。懸念事項はなくなったんだ。飲もうぜ」


 シカラベは特に気にせずに仲間達と祝杯を挙げた。アキラがシカラベ達と別れた後に賞金首もどきと戦って車両を失っていたことなど、流石さすがに分からなかった。




 クガマヤマ都市の下位区画にハンター向けの整備場がある。義体者やサイボーグのハンターが自分達の体を修理調整改造する施設だ。病院と工場を混ぜたような施設で、病院に近い区域には義体者が多く、工場に近い区域にはサイボーグが多い。その中間地点では、戦闘用の体と日常生活用の体を換装する設備もあったりする。


 そこにネルゴがいた。結構な料金を取られる個室で、備え付けられている機材を自分で操作して、賞金首との戦闘で故障した箇所を修理している。四肢が備わっている機体は一見問題がないように見えるが、僅かなフレームのゆがみなどが存在している。それを検知して修正しているのだ。


 ネルゴに秘匿通信で連絡が入る。外部に音声が出ない方式でそれに答える。


『私だ』


 通信先から、僅かに戸惑いを含む男の声が返ってくる。


『……えっと、今は何て呼べば良いんだっけ?』


『ネルゴと呼べ。貴様に同志と呼ばれるのは気に入らん』


『今はネルゴか。前はケインでその前は、何だったっけ?』


『それは大義にささげられた仮初めの名にすぎない。私の最初の名前も既に大義にささげた。ゆえに私に名はないのだ。名は私を示さず、大義が私を示す。ゆえに私は同志なのだ』


 男が少しあきれの含んだ声を返す。


『ちょくちょく名前を変えるのは勝手だけどさ。だったら俺も同志って呼んでも良いじゃないか。それなら呼び間違えないしな』


『駄目だ。貴様が私をそう呼ぶには、貴様には功績と信念が足りていない。特に同志のクズスハラ街遺跡での失態は大きい。我々が都市のエージェントだと誤認したハンターの所為で、我々は遺物の奪取に失敗したのだ。同志がそのハンターに関する情報を我々に教えていれば、あの事態は避けられたのだ』


 男の声に融通の利かない頑固者を小馬鹿にするような色が僅かに含まれる。


『俺を同志と呼ぶくせに、俺に同志と呼ばれるのは駄目なのか。基準がよく分からないな。俺も世のため人のため、頑張っているんだけどね。第一、あの件はその後の後始末に俺も協力しただろう?』


『計画が順調に推移していれば、その後始末そのものが不要だったのだ。失態の穴埋めにはならん』


 男の軽いめ息が聞こえる。そして気を切り替えたように明るい声がする。


『まあいいや。それで、どうなったんだ? あの後に俺が渡した情報があるっていうのに、態々わざわざドランカムに潜入してそのハンターの正体を確認するつもりなんだろう? 上手うまく行ったのか? 経歴を偽造したのは俺なんだ。その点の不手際は無いはずだぞ?』


 ネルゴも気を切り替えて答える。


『その件だが、確認自体は済んだ。今日偶然そのハンターに遭遇した。あのハンターはカツヤではなく、アキラという別のハンターだった。かなりの実力者で、少年型の義体でもない。貴様からもらったデータとも一致している。都市のエージェントではなく、都市側が失態を隠すためにそう偽装しただけの少年だ』


『だからそう言っただろう。もっと俺を信用してほしいね。ん? 確認が済んだってことは、ドランカムへの潜入は取りめか?』


『いや、継続する。元々ドランカムに所属しているハンターを同志にするためのプロパガンダを兼ねた潜入工作は予定されていた。賞金首と戦ってまでドランカムに所属したというのに、加入を取りやめるのも不自然だ』


『そうか。まあ順調で何よりだ。じゃあ俺はドランカムの情報でも集めておこう。後で送るよ。じゃあな』


『まて。質問がある』


 男の明るい声が返ってくる。


『何だ? 何でも聞いてくれ。話し合い、分かり合うことが大切だ。人と人をつなぐ大切な要素だ。それができない対象は、もうモンスターとして扱うしかない。何しろ、分かり合えないんだからな』


『貴様は何故なぜ旧領域接続者を探している?』


何故なぜって、それ、疑問に思うことか? いれば便利だろう? だから統企連も建国主義者も頑張って旧領域接続者を探してるんだ』


『質問を変えよう。何故なぜクガマヤマ都市にいる旧領域接続者を探している? いや、クズスハラ街遺跡にいた旧領域接続者か?』


 男が沈黙を返す。ネルゴが真剣な声で続ける。


『貴様の優秀さは私も理解している。統企連もだ。その優秀さを見込まれて、貴様に統企連から誘いが来ていることも知っている。単純に旧領域接続者を探しているのならば、統企連の上層部に食い込み、東部全域から探せば良い。貴様の実力ならより高い地位に就き、それを実行する権限を得ることも可能だろう。何故なぜ統企連の誘いを断ってまで、東部の一都市にしか過ぎないクガマヤマ都市にとどまっている? 貴様をそこまでここに固執させる理由は何だ?』


 しばらくの沈黙の後、男が僅かにおどけたような口調で答える。


『不特定多数の人間の幸福、救済の実現とその継続だよ。建国主義者である君達も似たようなことをよく言っているだろう? 君達は統企連の統治下ではそれが困難だと思っているから、建国を目指しているんだろう? 俺も同じだ。だからこうして君達に協力しているんだ。じゃあな』


『その言葉が本心であることを祈ろう』


 秘匿回線が切断される。ネルゴが内心を察しにくい機械の顔を僅かに変形させる。


 ネルゴはかつてケインと呼ばれていた。いずれはかつてネルゴと呼ばれていた誰かになるのだろう。名を捨てた男が、通信相手の人物を思い返す。


(……貴様は確かに優秀だ。だがその才に見合う大義がない。それでは駄目だ。同志とは呼べない。正しく同志となってもらいたいものだが、どうだかな)


 ネルゴの近くにいた女性が彼に声をかけてくる。


「ネルゴさん。調子はいかがですか?」


 ネルゴが愛想の良い声で答える。


「おかげさまで大きな故障箇所は見当たりませんでした。今は細かい調整をしているところです。ミズハさん。とても良い整備場を紹介していただいて、本当にありがとう御座いました」


 ミズハが愛想良く答える。


「良いんですよ。これからは同じ職場で働く同僚ですから。当然のことです」


「全く有り難いことです。以前の職場では真面まともな整備も難しくて、助かりました。あ、助かったと言えば、カツヤという少年にも礼を言っておかなければ。彼に助けてもらわなければ今頃どうなっていたか。是非直接礼を言いたい。あ、新入りがこんなことを言っても大丈夫ですかね?」


 ネルゴはビッグウォーカーとの交戦中に危ないところをカツヤに助けられていた。


 ミズハが少し驚く。ネルゴはシカラベの伝でドランカムに加入した人物だ。そのため派閥としては古参側だと思っていたのだ。


 ネルゴの実力はかなりのものだ。カツヤに対して隔意がないのなら取り込んでおいて損はない。ミズハはそう判断して愛想良く微笑ほほえんで答える。


「大丈夫ですよ。私から後でカツヤにネルゴさんを紹介する時間を取るように伝えましょう」


「ありがとう御座います」


 ネルゴは愛想の良い声で答えた。


 確かにカツヤはネルゴを助けていた。だがネルゴが危機に陥っていた状況が意図的なものであり、カツヤ派に取り入るための演技だと気付いた者はいなかった。




 クガマヤマ都市の防壁内にある高層ビルの一室で、先ほどまでネルゴと話していた男が薄笑いを浮かべている。


「俺もお前達の大義は、信念は立派だと思うよ? だが駄目だ。足りていない。その大義を実現させる力が圧倒的に足りていない。俺ならその力が手に入る。もう一度、あの場所に行きさえすれば」


 男が右手に持つカードを見て笑う。その黒いカードには目立つ紋章が記されていた。


「鍵は手に入った。後は扉の前に行くだけだ。その手段さえあれば、もう一度、あの場所に辿たどり着ける」


 その紋章は旧世界の国家の国章だ。その国家はクズスハラ街遺跡をその一部に含む大都市を首都としていた。そしてこのカードはクズスハラ街遺跡の奥部から入手した旧世界の遺物だ。男が統企連の特殊部隊を率いて入手した貴重品だ。


 クズスハラ街遺跡のモンスターの大部分をクガマヤマ都市に誘導し、都市の防衛隊に大量に駆除させて、遺跡奥部の難易度を一時的に著しく低下させ、その上で最前線の装備まで取り寄せて対応した。そこまでしなければ入手できない貴重品で、そうするだけの価値がある極めて重要な遺物だ。


 しかしその価値を知っている人間は極めて少ない。具体的には、この男ぐらいだ。


「俺は旧領域接続者を探しているわけじゃない。その後ろにいるかもしれないやつを探しているんだ。俺の夢を邪魔したあいつを。今度こそ邪魔されないように見つけておきたいだけだ」


 男の表情が険しくなる。


「探しているんだろう? 次のやつを。だがお前を見える旧領域接続者はそうはいないはずだ。それとも、もう見つけ出したのか? だとしても、そう簡単にはあの場所に辿たどり着けないはずだ。時間はあるはずだ」


 男が窓の外を見る。遠景にクズスハラ街遺跡が見える。


「先を越されてたまるか」


 窓の外をにらみ付けていた男は、ヤナギサワだった。




 賞金首討伐は様々な人間に様々なものをもたらした。この日々が大きな転機になる者もいれば、変わらない日常だった者もいる。得た者も、失った者も、生き残ったのならば日々が続いていく。今までのように、これからのように。


 その日、クガマヤマ都市周辺の賞金首は全て討伐された。




 翌日、アキラは再び下位区画の歓楽街を訪れていた。


 歓楽街がにぎわう時間帯には少々早い。それでも多くのハンターと擦れ違う。建ち並ぶ商店には時間を問わずに一定の需要が存在しているのだろう。


 アキラは再び以前シカラベ達に呼び出された酒場に向かっていた。ただし今回アキラを呼び出したのは、コルベとその雇い主であるトメジマだ。


 前にアキラがカドルという借金持ちのハンターを殺しかけたことについて、トメジマがアキラと手打ちの交渉を求めている。アキラはコルベからそう聞かされた。無視しても良いのだが、放置すると面倒事が大きくなりそうな気配がしたので、少し面倒に思いながらも酒場まで足を運ぶことにした。


 酒場に向かう途中の道で、アルファがアキラに尋ねる。


『アキラ。交渉自体は私も止めるつもりはないけれど、アキラはどうするつもりなの? 適当な和解金でももらって済ませるの?』


 アキラが少し困り気味の表情を浮かべる。


『……どうしようか。実はあんまり良い案がないんだ。相手だって大金を出すつもりはないだろう。小銭で済ませるのもそれはそれで問題だ』


 アキラを殺そうとしたこと。それを小銭で解決する程度の問題だと判断されては今後のアキラの命に関わる。安値を付けられた命はそれだけ容易たやすく殺されるのだ。


 割に合わない。相手にそう判断させること。それこそが最大の自衛方法だ。少なくともアキラはそう考えていた。


『良い落とし所があれば良いんだけどな』


『その辺りは手を出してきたのは向こうなのだし、向こうにたっぷり悩んでもらいましょう。もし変な真似まねをしてきたら後悔してもらうことも含めてね』


『そうだな』


 アキラは前回と異なりCWH対物突撃銃とDVTSミニガンを背負ってきている。念のためだ。


 アキラはトメジマ達をシカラベ達ほど信用していない。それにハンターが少々大きめの装備を持ち込んでも怒られるような店ではないことは前回確認済みだ。自分から騒ぎを起こす気はないが、相手の対応までは分からない。既に一度、相手は実例を示しているのだ。


 繁華街があでやかな一面を見せる時刻にはまだ少々早い。アキラは別の一面を見せている繁華街を眺めながら酒場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る