第97話 戦闘での活躍とその評価

 トガミが情報端末を操作している。ハンターオフィスに記載されているアキラの情報を閲覧しようとしているのだ。


 アキラは自分のハンターランクを21だとトガミに答えた。それを聞いた時、トガミはアキラが自分より下のランクだと知って嘲るような態度を取っていた。しかし今はあれが自分を揶揄からかためうそであってほしいと願っていた。


 トガミはアキラの実力を間近でまざまざと見せつけられた。その実力差を、自分より明確に格上であることを心底思い知らされた。しかしそれは然程さほど重要ではない。問題はアキラがハンターランク21にしては強すぎることだ。それもまだ大きな問題ではない。


 大きな問題は、アキラの態度が余りにも普通だったことだ。その実力に応じた態度、おごりや誇りや自信などが全く感じられないことだ。あれだけの実力を誇示する態度を全く出していないことだ。


(……もしかして、ハンターランク21ならあの程度は普通なのか? あれぐらい当然のことなのか? いや、幾ら何でもそんなわけがあるか! あれは絶対におかしい! あいつが異常なだけだ! いや、まさか、そんなはずは……)


 ハンターランクに比べてアキラが相対的に強すぎるのなら辛うじて問題ない。だがそうではないのなら、あの実力がハンターランク相応のものならば、トガミは相対的に弱すぎることになる。今まで自分の実力に自信を持ち、誇りに思い、誇示していたトガミには、それは耐えがたいことだった。


 トガミが祈るような気持ちでアキラのハンターランクを確認する。その表情が崩れる。ハンターオフィスに記載されているアキラのハンターランクは、間違いなく21だった。


 トガミが半ば愕然がくぜんとしながらシカラベに尋ねる。


「……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 トガミは反カツヤ派だが、同時に若手ハンター派だ。つまりトガミはシカラベが嫌っている大分類に属する人間だ。シカラベはトガミ個人に関心はないため、トガミへの対応はその大分類に属する人間へのものとなる。


 シカラベが余り好意的ではない態度で返事をする。


「何だ?」


 普段のトガミならばシカラベの態度に何らかの反感を抱いていただろう。しかし今のトガミはそれどころではない。険しい表情で話を続ける。


「あのアキラってやつは、……一体なんなんだ?」


なんなんだって、俺が雇ったハンターだ。ドランカムに所属はしていないけどな。外部のハンターを同行させたことに対して、お前に文句を言われる筋合いはないぞ」


 勘違いをしているシカラベに、トガミが必死になって訴える。


「そうじゃない! そんなことじゃない! あんな、あんなハンターランク21がいるのか!? 絶対におかしいだろ!?」


 シカラベはトガミの見幕けんまくに少し驚いたがすぐに状況を察した。一瞬だけ意地が悪い笑顔を浮かべると、すぐに普通の表情に戻してトガミに答える。


「ハンターランクは、ハンター稼業の実力の目安だ。別に戦闘能力の目安ってわけじゃない。極端な話、神がかり的な隠密おんみつ能力の持ち主なら、モンスターとの遭遇を避けて旧世界の遺跡から大量の遺物を運び出すことも可能だろう。高値の遺物を大量にオフィスに売却すれば、たとえその人物の交戦能力が皆無でもハンターランクは問題なく上昇する。逆に非常に戦闘能力が高い人物でも、旧世界の遺物を見つけ出すのが非常に苦手なら、遺物売却によるハンターランクの上昇は鈍いだろう。まあ、現実的に考えれば、そういうのはまれだけどな。旧世界の遺跡に向かう以上モンスターとの戦闘は避けられない。その戦闘能力は必要だ。戦闘能力に自信があって遺跡探索が苦手な人物は、討伐系の依頼を受けてハンターランクを上げるだろう。だからハンターランクをハンターの戦闘能力の目安にするってのも、間違っているわけではない」


 シカラベはそこまで話して、意味ありげにトガミを見る。


「ただ、その、何だ、ハンターランクと戦闘能力を直結させるやつがいるとする。しかもそいつがランクの上がりやすい依頼ばかり受けて、更に他の実力者と一緒に依頼を受けて、加えて本人が散々足を引っ張っていたことに気付いていなかったとする。そうやって数字だけ上げたハンターランクを、もし自分の実力と勘違いしているやつがいたら、そいつの実力は一般的なハンターのランク相応の実力とは、かなり差異が出てしまうだろうな。しかも質が悪いことに、そういうやつに限って自分の実力を欠片かけらも疑っていないから、調子に乗っていろいろらかすんだ。……あ、トガミがそうだとは言ってないぞ? そういう感覚には個人差があるしな。ただ、その、何だ、自分が所属している組織の悪口は慎みたいんだが、最近のドランカムにはそういうやつが増えてきているって、心無い陰口を言われているのも確かだ。装備だけのやつらが調子に乗っているってな。いや、トガミは違うと思うぞ? こうやって賞金首討伐に選抜されるほどなんだ。誰がどういう基準で選んだのかは知らないが、ハンター上がりの幹部が選んだのなら、そんな勘違いはしないだろう。多分な」


 トガミはシカラベの話を黙って聞いていた。顔色がかなり悪くなっている。青ざめていると言ってもいい。


「……ちょっと風に当たってきます」


 トガミはそう言ってその場を離れた。その足取りはかなりふらついていた。


「ハンターオフィスの職員が到着する前には戻ってこい」


 去っていくトガミを、シカラベはそう言って見送った。


 トガミが十分離れた後、笑いを堪えていたパルガが吹き出した。


「シカラベ。お前、性格悪いな。あれはどう考えてもアキラが強すぎるだけだろう。あいつが言う通り、あんなランク21は普通いねえよ。ハンターランク21の億超えハンターなんて聞いたことねえぞ?」


 シカラベが笑いながら答える。


「失礼なことを言うなよ。俺はうそなんか言ってないぞ? しかもトガミは違うってちゃんと言ったじゃないか。その上で本人がどう捉えたかは、本人の責任だろ? 自分の実力を正しく理解していれば何の問題もない話だ」


 ヤマノベも笑いながら話す。


「しかし一応あいつは反カツヤ派だろ? シカラベ的には良いのか?」


「良いんだよ。あいつは単純にカツヤがちやほやされているのが気に入らないってだけだ。若手の優遇処置をしっかり受けているし、調子にも乗っているしな。ああいうやつに限って、カツヤに実力を認められたり褒められたりした途端、ころっと態度を変えるんだ。断言してもいい。そういう意味じゃ、あいつは潜在的なカツヤ派だよ」


「あー、確かに。あり得そうだな」


 ドランカムの若手ハンターに対する鬱憤が多少は晴れたのだろう。シカラベ達は上機嫌で笑い合っていた。


 パルガが気を取り直してシカラベに尋ねる。


「シカラベ。この後の予定を確認しておきたいんだが、どうするんだ? 次の賞金首に直行か?」


「分からん。状況次第だ。弾薬をかなり消費したが、移動ルートによっては途中で補給できるかもしれないしな。俺達だけでやるか、他の賞金首討伐チームに合流する形になるかどうかも状況次第だ」


「他のチームに合流する場合は、俺達が連れてきた他の連中の扱いはどうするんだ? ハンターオフィスの介在なしで雇った連中だ。連れていくと面倒なことになるんじゃないか?」


「できれば俺達だけで次の賞金首も倒したいが、他のチームに合流する場合はあいつらは連れていかない。パルガの言う通り面倒事になるからな。ドランカムのハンターだけで行くことになる。俺達とトガミの4人だ。表向きはその4人だけでタンクランチュラを倒したんだからな」


 ヤマノベが残念そうに話す。


「そうか。アキラとネルゴぐらいは連れていきたいところなんだけどな。あの2人は予想以上に役に立ったからな」


 シカラベ、アキラ、ネルゴの3人がおとりとなったため、ヤマノベとパルガはタンクランチュラに問題なく近付くことができた。当初の予定では、他の人員がおとりになるのを嫌がってタンクランチュラに近付こうとしなかった場合には、強制的にタンクランチュラに近づけさせる手段を使用する予定だったのだ。


 他の車の何台かはシカラベ達が用意した物だ。車の制御装置には外部からの操作を受け付けるように細工がしてあり、シカラベが乗っていた車から遠隔操作ができるようになっていた。勿論もちろん、彼らに無理矢理やりおとりになってもらうためだ。その手段を使う必要はなかったが、手段は用意していた。


 ヤマノベが思いついたことを言ってみる。


「他の連中を単純な外部要員として、別の依頼として連れていくってのはどうだ?」


 シカラベがあっさり答える。


「その物すごめそうな依頼の交渉と、その後の対応や尻持ちはお前がやれよ? 俺は嫌だ」


「俺も嫌だ。仕方がない。諦めるか」


 ヤマノベはあっさり引き下がった。賞金首の討伐は、報酬の面でもはくの面でも危険度の面でも非常に扱いが難しい。更にドランカムの他の派閥の賞金首討伐チームと合流する場合、他の派閥との交渉まで加わるのだ。流石さすがにその責任を持つのはヤマノベも御免だった。




 その後しばらくしてハンターオフィスの職員達が到着した。


 シカラベ達が賞金首討伐の手続きを済ませる。き集めたタンクランチュラの残骸がトラックの荷台に積まれていく。


 ハンターオフィスとの手続きが終わった後は、今度はドランカムとの手続きがある。シカラベが情報端末でドランカムの人間と話している。かなり機嫌が悪いようだ。


「……ああ。……分かった。合流地点を送ってくれ。……ああ、そっちの連中も俺が回収するよ。準備が済み次第出発する。……分かってる! アラベは指揮権をやつらに絶対渡すな! 絶対だ!」


 シカラベが通話を切って舌打ちした。パルガがシカラベに尋ねる。


「何があった?」


「賞金首が残り1体になった。多連装砲マイマイに向かったドランカムの討伐チームは失敗。多連装砲マイマイは別のハンターチームに倒された。そして過合成スネークは、……カツヤの連中が倒したってさ」


 シカラベが非常に不機嫌な表情で続ける。


「最後の1体、ビッグウォーカーを討伐するために、ドランカムの全ての賞金首討伐チームを合流させるそうだ。他の連中に配った装備を回収してくれ」


 ヤマノベが少し不思議そうにシカラベに尋ねる。


「分かった。それで、シカラベがそこまで荒れている理由は? カツヤ派の連中はあれだけ準備に予算をぎ込んでたんだ。あいつらが過合成スネークの討伐に成功することぐらいシカラベも予想していただろ?」


 シカラベが非常に不機嫌で嫌そうに答える。


「合流の順序や各チームの規模やらの所為で、部隊の総指揮をカツヤが取る可能性があるそうだ! 今、幹部連中でその指揮権を取り合っている! ビッグウォーカーの賞金は30億だ! 30億の賞金首の討伐部隊を指揮する人間にはいろいろはくが付くんだろうよ! 俺はあのガキの指揮下で戦うなんてのは死んでも御免だ!」


 ヤマノベとパルガが納得したようにうなずいた。シカラベのカツヤ嫌いは2人もよく知っているのだ。




 荒野でエレナとサラが疲れた表情を浮かべていた。車の運転席と助手席に座ってぐったりとしていた。


 エレナ達の近くにはカツヤ達が討伐した過合成スネークの姿がある。以前エレナ達がヨノズカ駅遺跡で遭遇した暴食ワニの亜種が変異成長した姿だ。


 大型の車両や人型兵器すら一みにできそうな巨大な口を持ち、胴体の横幅はちょっとした建物よりも大きく、全長は十数台の大型トレーラーが連なったように長い。


 その巨体は過合成スネークが捕食したモンスターのモザイクだ。長い巨体のうろこは生物系モンスターの毛皮のような部分もあれば、機械系モンスターの装甲のような部分もある。様々な大量のモンスターを捕食して巨大化したのだ。車のタイヤのようなものも見える。恐らくハンターの車両なども捕食したのだろう。


 ハンターオフィスの職員達が過合成スネークの死体を重機で運搬しようと作業を続けている。その近くには賞金首討伐に成功して喜んでいる若手ハンター達の姿も見える。友人に死傷者が出て項垂うなだれている者達の姿も見える。


 ハンターオフィスの職員と話しているカツヤの姿も見える。過合成スネークの討伐に成功した部隊の隊長としていろいろ話しているようだ。カツヤのそばにはカツヤ派の後ろ盾である女性の姿も見える。ドランカム幹部のミズハだ。


 エレナ達はドランカムに所属していないハンターという建前で、部外者として彼らから離れた場所で休息を取っていた。それはミズハからの指示でもあった。


 サラが運転席に座っているエレナに疲れた口調で話す。


「……エレナ。愚痴をこぼしても良い?」


 エレナが同じく疲れた口調で答える。


「……良いわよ。内容も想像できるしね」


「……そう。じゃあ、遠慮なく……」


 サラは一度大きくめ息を吐いてから愚痴をこぼす。


「正直、割に合わない仕事だったわ……」


「同感よ……。私の失態ね……。次は契約内容をもう少し考慮するわ……」


「良いのよ……。エレナの所為じゃないわ……」


「ありがと……。サラが相棒で良かったわ……」


 エレナとサラは表情を変えずに互いをねぎらった。


 エレナとサラは気力体力ともに消耗しきっていた。その原因は当然だが賞金首との戦闘によるものだ。より正確には、戦闘でのエレナとサラの負担の大きさの所為だ。


 賞金首討伐という緊張や、巨大な過合成スネークを目視することによる恐怖、経験不足による混乱などから、若手ハンター達は組織的な行動を取ることが困難だった。


 全体の指揮は途中で何度も中断された。過合成スネークの攻撃で転倒した車体に取り残された仲間を助けるために、カツヤが指揮を中断して助けに行ったからだ。


 エレナ達が敵に近付きすぎている若手ハンター達にもっと下がるように教えると、逆にカツヤの指示ではないからと言って強情にその場にとどまって攻撃を続ける者もいた。指示系統に従うという点では正しいのかもしれないが、彼らは敵の攻撃で吹き飛ばされて重傷を負うことになった。


 その彼らを可能な限り生還させるのもエレナ達の仕事だ。エレナ達は可能な限り彼らを回収して安全な場所まで運んだ。


 エレナ達は忙しく動き回り可能な限り賞金首討伐に貢献した。戦場での情報収集や全体の補助など地味な部分が多いが、重要な仕事だ。


 しかし若手ハンター達の中には、エレナ達がカツヤの指示に従わずに戦場をうろうろしていると判断した者もいた。


 確かに過合成スネークを倒したのはカツヤ達だ。派手なロケットランチャーを山ほど撃ったのはカツヤ達だ。絵的に分かりやすい活躍をしたのは彼らの方だろう。エレナ達がいなくとも問題ないように見える。大量に使用したロケットランチャーを、エレナの誘導補助なしで命中させることが可能ならばだ。


 そしてそれは可能だ。低い命中率を数で補えるほどに、カツヤ派は大量に弾薬を用意していたのだ。しかしエレナ達がいなければその効率は低下していたはずだ。その分だけ過合成スネークを倒しきるまでの時間が延び、カツヤ達により多くの被害が出ていたはずだ。


 だがそれをどの程度考慮するかは個人差が出る。特に、特定の人物の功績を高めたい時などには。それが意識的なものであろうとも、無意識なものであっても。


 エレナ達は非常に疲れていた。サラがエレナに尋ねる。


「エレナ……。この後どうするんだっけ?」


「……取りあえず、過合成スネーク討伐成功の手続きが終わるまでは、この場で待機よ。その後は……、その時の状況次第よ」


「……そっか」


「……回復薬、使う?」


「もう使ったわ……」


「そう……」


 回復薬で体力がある程度回復しても、気力まではそう簡単には回復しない。エレナもサラも敵襲でもあれば気を切り替えて素早く戦闘態勢に移ることはできるだろう。しかしそのような事情がない限り、2人はとにかく休んでいたかった。


 そのエレナ達の所にカツヤ達がやってくる。そこにはミズハの姿もあった。


 エレナはミズハの姿を見つけると、限界まで下げていた座席から身を起こした。交渉はエレナの役割だからだ。サラは助手席でうつぶせのままだ。それほどまでに疲れているのだ。


 ミズハは自分がおもむいたのにうつぶせのままのサラの姿を見て、僅かに不快感を示した。しかし指摘はせずにエレナに話しかける。


「エレナさん。依頼に関する話をしたいのですが、よろしいですか?」


「分かったわ」


 エレナは疲労を覚えながらも意識を集中させてしっかりと返事を返した。サラのためにも、エレナはぼやけた意識で交渉などするわけにはいかないのだ。


 ミズハはまず過合成スネークの討伐結果をエレナに説明した。ミズハは部隊の生還率などエレナ達の報酬に関わる内容を意味ありげにエレナに説明する。部隊の生還率は当初の予定を下回っていた。


 ミズハは軽く詰問するようにエレナに尋ねる。


「この生還率に対して、そちらから何か釈明はありますか?」


「ないわ。報酬は事前の取り決め通りに引いてちょうだい」


 エレナは表情を変えずに答えた。ミズハが少し表情を険しくして確認する。


「……それだけですか?」


「……そうね。強いて言えば、この生還率に対して、そちらから何か釈明はある?」


「どういう意味です?」


「そのままの意味よ。そちらも意味の分からない質問をしたわけではないでしょう?」


 エレナとミズハは無言で視線を合わせ続ける。


 エレナは自分もサラも十分仕事をしたと判断している。自分達の実力を十全に発揮して賞金首討伐に貢献したと判断している。自分達の不手際で要らぬ犠牲を出したとは思っていない。だからこそ、エレナは当初の予定より部隊の生還率が下がったことに対して、ミズハに意図的に謝らなかった。


 そしてエレナはミズハに尋ねている。ドランカム側の不手際はないのかと。


 ミズハがエレナの問いに答える。


「釈明ですか。ありませんね」


 ミズハは今回の賞金首討伐のために十分な準備をしたと判断している。多額の資金を使用して高性能な装備を用意し、それを使用する人員をそろえた。賞金首を相手にするにはハンターランクが足りない人員も多少混ざっているが、練度の不足を補えるだけの装備は車両等も含めてしっかり用意したと判断している。


 当初の予定より生還率が悪いのであれば、ミズハの準備が及ばない部分に原因がある。ミズハはそう判断していた。つまり外部の人間の働きだ。


「そう」


 エレナは短くそう答えた。そして再び2人の間に無言の時が流れる。言葉を交わさずとも、2人の間には最低限の意思疎通が取れていた。


 エレナは練度不足の人員を派遣したドランカム側に原因があると考えている。ミズハはエレナ達が十分に仕事を全うできなかったことに原因があると考えている。お互いに相手に非があると考えていることだけは、しっかりと伝わっていた。


 エレナとミズハ。カツヤが尊敬の念を覚えている2人が無言で視線を合わせている。カツヤは非常に居心地の悪さを感じながらも、部隊の隊長として口を挟む。


「あ、あの、この後の予定の話をしたいのですが、良いですか?」


 エレナとミズハの視線がカツヤに移る。互いが互いに向けていた視線がそのままカツヤに移り、カツヤが少したじろぐ。


「い、移動の準備がもうすぐ終わるから、今のうちに次の予定を話しておきたいんですが……」


 エレナは疲労などが自分の意識の平静さを乱していることを自覚して、軽く意識して呼吸し、気を落ち着かせた。ミズハは賞金首討伐部隊の隊長の顔を立てるために、内心の不満をこの場は抑えることにした。


 ミズハがカツヤに微笑ほほえみながら話す。


「そうね。ではカツヤ隊長。説明をお願いするわ」


 エレナも落ち着いた表情でカツヤの説明を待っている。カツヤは軽い安堵あんどを覚えながら説明を始めた。


 賞金首が残り1体であること。最後に残った賞金首を討伐するために、ドランカムの賞金首討伐部隊を合流、再編させること。その総指揮を誰が取るかは現在調整中であること。これから合流場所に移動すること。エレナ達には引き続きカツヤの指揮下で戦ってもらう予定だが、総指揮の調整の結果によっては別の人間の指揮下に移る可能性があること。カツヤはそれらをエレナに伝えた。


「そういう訳ですので、エレナさん達は取りあえず俺達の後に付いてきてください」


 エレナはカツヤの説明を黙って聞いていた。そして状況を再確認し、黙って思案する。脳内で様々な仮定や推論を思案し、結論を出した。


 エレナがミズハに確認を取る。


「ミズハさん。カツヤ隊長の説明に間違いはない?」


「ええ。我々ドランカムはこれから賞金首の最後の1体、ビッグウォーカーの討伐に乗り出します。他のハンターチームも連合を組んでビッグウォーカーを狙っているという情報もありますので、移動は少々急ぎ気味になるでしょう」


 エレナが軽く息を吐いてから話す。


「そう。それなら私達は事前の取り決め通り、ここで抜けさせてもらうわ」


 カツヤが驚きの表情を浮かべる。ミズハも表情を怪訝けげんなものに変化させる。


 カツヤが慌てながら話す。


「エレナさん!? ここで抜けるって、ちょっと待ってください!」


 ミズハが僅かな不快感を隠して、表向き平静を保ちながら尋ねる。


「理由を聞かせていただいても?」


 エレナが落ち着いた表情で答える。


「カツヤが指揮する賞金首討伐部隊に補助要員として同行して作戦を支援する。状況が著しく変化した場合はそこを区切りとして、新しい別の依頼として再度交渉する。状況の変化が戦闘中に発生した場合は、戦闘終了まで戦闘を継続すること。それが私達が受けた依頼よ。部隊が再編される上に、指揮官まで変更される。その上に他のハンターチーム連合との共闘若しくは偶発的な戦闘すらあり得る状況。状況は別の依頼として再交渉するのに十分なほど変化したわ。それによって事前の取り決め通り、今回の依頼は終了したと判断させてもらうわ」


「継続交渉の権利はこちらにもあると思いますが?」


勿論もちろんよ。決裂前提の交渉を始めたいのなら、私も付き合うわ。ドランカム側の都合で、一応交渉をしたという経緯が必要ならね」


 エレナとミズハが静かに笑い合う。遠くから見れば談笑しているように見える。しかし近距離で見れば、よほど鈍い人間でなければ、両者の間に流れる敵対に近い空気を感じ取るだろう。


 カツヤはエレナ達がこの場で離脱することを、部隊の隊長として戦力が低下する意味でも、個人的な心強さからも、できれば避けたかった。


 カツヤが少しすがるような表情でエレナに尋ねる。


「エレナさん。どうしても無理なんですか?」


 エレナが少し申し訳なさそうな表情で答える。


「悪いけど、無理よ。見れば分かると思うけど、私もサラも非常に疲労しているわ。十分な働きを発揮できる状態ではないの。私達が足手まといになる可能性だってある。そんな状態で別の依頼を継続して受けることは、私達のハンター稼業に対する道義からも容認できない。だから無理よ」


「そうですか……」


 カツヤは残念そうに肩を落とした。


 ミズハは交渉の余地がないことを確認して、エレナ達の同行をあっさり諦めた。余所よそ向きの表情に取り繕い直してエレナに微笑ほほえみながら告げる。


「分かりました。少々変則的ですが、エレナさん達の依頼は完了とします。機会があればまた御助力をお願いいたします。支給品の返還を忘れずにお願いいたします」


「そちらから借りた装備なら未使用の弾薬等と一緒に全部返したわ。……サラ、帰るわよ。帰る前に挨拶ぐらいしなさい」


 エレナがサラを揺さぶって起こす。サラがゆっくり身を起こす。


 眠るつもりはないが、その気になればすぐに眠ってしまいそうな程度には、サラの意識はぼんやりとしていた。サラがエレナに簡潔に確認する。


「……帰るの?」


「そうよ」


「……分かったわ」


 エレナがカツヤに軽く笑って話す。


「それじゃあ、私達はこれで引き上げるわ。カツヤ。隊長として皆を指揮するのは大変だろうけど、気負いすぎずに頑張りなさい」


 サラは疲れた顔でカツヤに微笑ほほえむ。


「……カツヤ。頑張ってね。その上で十分気を付けて。荒野から生きて帰ることこそが、ハンター稼業の一番の成果なんだから」


 カツヤは笑って返事をする。


「はい。サラさん達も気を付けて帰ってください。ここは荒野ですから」


 エレナが車を発車させようとする。その時、エレナ達を呼び止めるような大声が響く。


「あんた達がそれを言うの!?」


 周辺の者達の視線が、声の発生源に集まる。叫んだのはリリナだった。カツヤ達の後ろに立っていたリリナが、前にいる者達を押しのけてエレナ達のところまで来る。


 サラが疲労と面倒だと思う気持ちの混じった表情を浮かべてエレナに尋ねる。


「エレナ、私、何か変なことを言った?」


「私かもしれないわ。心当たりはないけど」


 エレナも面倒そうな表情を隠さずにサラに返答した。


 リリナは憎悪に近い憤りをあらわにして、叫ぶような声で言う。


「両方よ!」


 互いを見ていたエレナとサラの視線がリリナに戻る。


 リリナがエレナ達をにらみ付けながら続けて話す。


「聞いたわよ! あんた達の仕事には、私達の護衛も含まれていたって! 私達が死んだらその分報酬が減るって! あんた達がもっと真面目にやっていれば、皆死なずに済んだのよ!」


「依頼の詳細については、守秘義務があるから私からは話せないのだけれど……」


 エレナがそう話してミズハを見る。ミズハが代わりに答える。


「部隊全体の生還率向上のために鋭意努力する。基準となる生還率と実際の生還率の差に応じて、彼女たちに支払う報酬が増減する。依頼の詳細にそのような内容が含まれていることは事実です」


「あってるじゃない!」


 ミズハの説明を聞いたリリナが、エレナ達に強く言い放った。


 エレナが面倒そうに答える。


「それを貴方あなた何故なぜ護衛と解釈したかはいておいて、私達は貴方あなた達の生還率の向上に、最大限貢献したつもりよ?」


「ふざけないで! 8人も死んだのよ!? それで貢献した? しかも途中で部隊から抜けるですって? あんた達は何を考えてるの!?」


 エレナが軽い頭痛を覚えながら、リリナの発言内容から相手の言いたいことを推測する。リリナの頭の中にあるであろう判断基準を推察し、頭痛を深めて結論を出して、一応確認する。


「つまり貴方あなたは、生還してこそハンターだと考えている人物が、不真面目に、あるいは自分の生還を優先して、本来するべき仕事をおろそかにした。私達がカツヤの指示に正確に従ってもっと真面目に仕事をしていれば、部隊から死者は出なかったはずだ。そう言いたいのね?」


「そうよ! どう責任を取るつもりなの!?」


 リリナはより強く言い放った。


 エレナとサラが非常に疲れた表情で、大きくめ息を吐いた。エレナが2人の気持ちを代表して答える。


「その辺の愚痴は、私達を雇った人間に言ってちょうだい。きっと何らかの返事と対処が返ってくるわ。じゃあね」


 エレナはそれだけ言って車を走らせた。


 リリナが去っていくエレナ達に向かって叫ぶ。


「待ちなさいよ! 逃げる気!?」


 エレナ達は速度を落とすことなく、むしろ更に上げてそのまま荒野へ去っていった。


 リリナがミズハに詰め寄る。リリナの表情には仲間を失った悲しみと悔しさが浮かんでいた。


「ミズハさん! どうしてあんなやつらを雇ったりしたんですか!?」


 ミズハが残念そうな表情を浮かべて話す。


「彼女達を雇ったのは、カツヤの推薦があったからよ。とても有能なハンターだと聞いていたのだけれど、買いかぶり過ぎたようね。私がちゃんと対処するわ。だから落ち着いて。ね?」


 ミズハは優しい声でリリナをなだめた。それでリリナはある程度落ち着きを取り戻し、完全には納得していない態度で答える。


「……分かりました。お願いします」


 リリナはミズハに軽く頭を下げると、移動の準備に戻っていった。


 カツヤが複雑な表情でエレナ達が去っていった方向を見続けている。カツヤは驚き慌て、勢いに呑まれ、声を掛ける機会を逃し、エレナ達が去るまで何も言えずにいた。


 ミズハはそのカツヤの表情を見ると、僅かに顔をしかめた。カツヤの表情は様々な感情が入り交じったカツヤの内心を表したものだ。そしてそこにはエレナ達への未練も浮かんでいた。


 ミズハが笑顔を取り繕ってカツヤに声を掛ける。


「カツヤ隊長。貴方あなたも準備に戻って」


「……。分かりました」


 ミズハに隊長と呼ばれて、カツヤは自分の役割を思い出した。カツヤにもいろいろ思うところはある。しかし今は隊長としての役割を果たさなければならない。


 カツヤは皆のもとに戻るためにきびすを返した。




 エレナ達がクガマヤマ都市に向けて車を走らせている。


 エレナ達の車は自動運転でクガマヤマ都市に向かっている。車の制御装置による自動運転のため、エレナの運転より乗り心地は悪くなっている。エレナが運転する場合、移動する道の選択や速度などに細かい調整を入れるので、もっと乗り心地は良くなるだろう。しかしエレナの疲れ具合も理解できるので、サラも文句は言わなかった。


 エレナとサラはだらしなく座席に寄りかかっている。とがめる者などいないため、2人はかなりだらけていた。それほど2人が疲れているとも言える。それでも2人とも普通に会話ができる程度には回復していた。


 サラがつぶやくように話す。


「それにしても、大変だったわね」


 心底同意を込めてエレナが答える。


「本当、もう、いろいろ大変だったわ」


「リリナだっけ? 始める前は私達なんか不要だと言い切って、終わった後は私達の努力が足りない? 本当に自分達でできるなら、私達の助力なんか不要でしょう? 貴方あなた達の尻ぬぐいをするために、エレナがどれだけ苦労したと思っているのよ」


 サラは珍しく少し強めの怒りを出して話していた。エレナの仕事を非難されたのが気に入らないのだ。


 エレナが苦笑して答える。


「あの様子だと、私達がカツヤ達をかばって死んだとしても、いろいろ文句を言いそうだわ。その程度で死ぬなんて、一体何を考えているの? ってところかしら」


 疲労のためか、エレナも珍しく少し意地の悪い言い方だった。


 サラがエレナの珍しい態度に苦笑して話す。


「きっとそんな感じね。護衛がどうこうとか言っていたけど、私達が本当に護衛だったとしたら、まずは自分の実力不足を疑ってほしいわ。護衛が必要なほど実力不足だと上から判断されているんだから。護衛付きで賞金首討伐なんて、どこの大富豪のお嬢様よ。生まれてからずっと護衛付きで過ごしてきて、それが当然だとでも思っているのかしらね?」


 サラの皮肉交じりの冗談を聞いて、エレナはドランカムのあるうわさ話を思い出した。ドランカムに所属しているハンターの中には、本当にどこかのお嬢様がいるといううわさだ。


 エレナは今までそのうわさを真に受けておらず、本当だとしても自分達には関わり合いのない話なので、大して気にしてはいなかったのだ。


「エレナ、どうかしたの?」


「ん? 何でもないわ。もし本当にドランカムにどこかのお嬢様がいたとしたら、ドランカム内の若手ハンターの優遇策は、そのためかもしれないって思っただけよ」


「ああ。なるほど。そのお嬢様を特別扱いすると周囲の反発とかが生まれるから、若手ハンター全体を優遇して誤魔化ごまかしているってわけね。面白い考察だけど……、ちょっと無理がない?」


「分かってるわ。ちょっと思っただけよ」


 サラは冗談だと思って軽く笑い、エレナも同じように笑って返した。


 エレナが話を続ける。


「謎の大富豪がドランカムの若手ハンターの支援をしていないとすると、あの若手ハンターの装備品の代金はドランカムが出していることになるわ。その代金を若手ハンターの稼ぎで支払えるとは思えないから、元々ドランカムに所属していた他のハンターの稼ぎから支払ったことになる。……ドランカムは若手ハンターとそれ以外のハンターの間で対立が生まれているらしいけど、納得しちゃうわね」


「しかも若手ハンターの中には、あんなのまで混ざっているのよね。ある意味当然の結果か」


「重要なのは、彼女のような人物が混ざっていることではないわ。あれだけ若手ハンターがいれば、1人ぐらいああいう人物がいても不思議はないもの。問題は、彼女を止めようとした人物が誰もいなかったことよ。彼女と完全に同意見、諸手もろてを挙げて賛成、とはまではいかなくても、ある程度同意見、一理ある、その程度の考えは全員持っていたのでしょうね。あのドランカムの幹部も含めて」


「それって、ドランカムの若手ハンターは程度の差はあれど、大体あんな感じってことよね」


流石さすがに、全員あれだとは思いたくないわ」


 エレナとサラは似たような事を想像して、深くめ息を吐いた。サラがつぶやく。


「シカラベの愚痴の意味が、本気で理解できたわ」


「私もよ」


 エレナも苦笑して答えた。




 ハンターオフィスの職員達が過合成スネークの死体を調べている。車両で運搬するにもこの巨体だ。どの程度の重量があるか調べなければ輸送車両の手配も難しいからだ。


 検査機の結果を見ていた職員が不思議そうな顔をする。それに気付いた別の職員が尋ねる。


「どうかしたのか?」


「いや、これなんだけどさ、こいつの内部の断面図だ。ここを見てくれ」


「これは……、空洞……か?」


 過合成スネークの死体の中に細長い空洞が存在していた。職員が不思議そうな表情で話す。


「胃や消化器官じゃないな。いたようにも見えるし、なんだこれ、ここに何か入っていたのか?」


「分からん。脱皮した中身じゃないってことは確かだ」


 職員の冗談に、別の職員も楽しげに笑って答える。


「この巨体が実は全部皮だってか? 無理があるだろう。第一、見た目が蛇っぽいから過合成スネークなんて名前が付けられただけで、別にこいつは蛇じゃないしな」


「ああ、確か合食再構築類の一種らしい。まあ、詳しい調査は研究所に運んだ後でそこの研究者がやるんだろうけどな」


 職員達は笑いながら作業に戻った。

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