第95話 タンクランチュラ

 アキラはシカラベ達よりも早くタンクランチュラを発見していた。アルファの索敵の成果だ。


 アルファが荒野の先を指差す。


『アキラ。賞金首を発見したわ』


 アキラが双眼鏡でアルファの指差す先を見る。そこには巨大なモンスターの姿があった。


『あれが8億オーラムの賞金首か……。デカいな』


 タンクランチュラの外見は、3階建ての家ほどの大きさがある巨大な金属製の蜘蛛くもに似ている。足は16本で腹部からも生えており、全身が装甲板のような外骨格で覆われている。腹部の上面には戦車の砲塔らしき金属部位が存在しており、2門の大砲が備わっている。体の下部には複数の巨大なタイヤと無限軌道が付いていた。


 タンクランチュラは焼け焦げ半壊した車を足で突き刺して口元に運び咀嚼そしゃくしていた。車の残骸が強靱きょうじんな歯のような粉砕器に千切られ潰されて巨体の中に取り込まれていく。


『車を食ってる……。食事中か?』


『返り討ちにしたハンターの車かもしれないわね。下手に近付くと、アキラの車も同じ目に遭いそうね。注意しましょう』


『主食が金属なら、持ち主は逃げ帰れたのか? それとも先に食われたのか?』


『ああいうのは大抵雑食よ。それに装備している重火器や金属部の多い強化服を食べるのに、態々わざわざ分けて食べるとは思えないわ』


『それもそうか。雑食ではなかったとしても、俺の車を食わせる気はないけどな』


 アキラが大金を出してせっかく買った車だ。タンクランチュラの食料にするわけにはいかない。


『あの類いのモンスターは、食事の量に応じて大きくなるの。放っておくと更に巨大になって、更に食事の量を増やすわ。大抵の場合はそこまで大きくなる前に他のモンスターに倒されるのだけれど。あれがヨノズカ駅遺跡の奥から来たモンスターなら、偶然餌がたっぷりあったのかもね』


 アキラはヨノズカ駅遺跡の通路、戦闘の痕跡はあったが死体等が見つからなかった場所のことを思い出した。まだ幼体だったタンクランチュラが食事をしながら通路を通過できる大きさまで成長し、遺跡の外に出た後に周辺の残骸を食べて更に成長したのかもしれない。


 車で近付きながらタンクランチュラの巨体を確認する。鋼の外骨格は非常に頑丈そうで、車を貫いている太い足は非常に強靭強力そうだ。砲塔の2門の大砲も見るからに強力そうである。その見るからに強力そうなモンスターを見て、アキラが怪訝けげんそうに話す。


『それにしても、あいつを倒せば8億オーラムか。8億オーラムの賞金が懸かるって、一体どれだけ強いんだ?』


『賞金額が賞金首の強さを決めるわけではないけれど、少なくとも8億オーラム払ってでも、あれに早急に死んでもらいたい誰かがいることは確かよ。徘徊はいかいしている場所がちょうど輸送ルートを塞いでいるとか、その場所に強力なモンスターに住み着かれると周辺のモンスターの分布が悪化してしまうとか、賞金を懸ける理由はいろいろあるわ。その上に強くて簡単には倒せないからこそ賞金首になるの。いままで倒してきたモンスターとは格が違うと思ってね』


『見れば分かる。あんなのが荒野にごろごろいてたまるか』


『もっと東の地域なら、あの程度のモンスターぐらいごろごろしているわ』


『そ、そうなんだ』


『そしてあの程度のモンスターを簡単に倒すハンターもごろごろしているわ。だから同じ強さのモンスターがいても、その地域では賞金首にはならないのでしょうけれどね』


『世界は広いなぁ……』


 アキラは感慨深くつぶやいた。


 通信機からシカラベの戦闘開始の指示が届く。指示を聞いて気を引き締めるアキラに、アルファが不敵に微笑ほほえむ。


『賞金首との戦闘開始ね。覚悟はできている?』


勿論もちろんだ』


『良し。それでは始めましょうか』


『あ、ちょっと待ってくれ』


『どうかしたの?』


 アルファが不思議そうな表情を浮かべる。


『一応確認しておかないとな』


 アキラがトガミの方を向いて宣言する。


「俺は俺の好き勝手に戦う。シカラベともそう話を付けている。お前のことは一切考慮しない。降りるなら、今降りてくれ」


 元々苛立いらだちを高めていたトガミがアキラの言葉を聞いて叫ぶ。


「はぁ!? ふざけるな!」


「降りないんだな? 確認は取ったぞ」


 アキラはそれだけ言ってアルファの方に顔を向ける。


『始めよう』


『了解したわ。彼が車から投げ出されても自己責任ってことで、自力で何とかしてもらいましょう』


 アルファは笑ってそう言うと、車の運転をアキラから引き継ぎ、車を急加速させた。


 トガミが急加速の勢いで座席に押しつけられて、思わず慌てた声を出した。


 賞金首との戦闘を考慮した運転のためにアルファの運転は非常に荒っぽい。アキラは着用している強化服にアルファが動きの補正を掛けているので問題なく動けるが、トガミは大変な思いをすることになるだろう。


 アキラが後部座席に移動してCWH対物突撃銃を車から取り外す。両手でしっかりとCWH対物突撃銃を構え、まだかなりの遠距離にいるタンクランチュラに向けて照準を合わせる。


 タンクランチュラの巨体でも肉眼では豆粒より小さく見える距離だ。加速のために車体は大きく揺れている。アキラは照準器越しにタンクランチュラの姿を捉える。アキラの視界にはアルファのサポートにより様々な情報が表示されている。


 アキラはアルファが計算した弾道予測の線をタンクランチュラに合わせる。そして意識を集中し、一瞬の密度を可能な限り圧縮し、車体の揺れが収まったような感覚を覚えた瞬間、照準を合わせて引き金を引いた。


 弾丸が大気を貫いて目標へ向けて飛んでいく。弾丸は弾速により相対的に圧縮された空気の層を強引に貫き、威力を減衰させながらも目標に命中した。


 タンクランチュラに命中した弾丸は、強固な金属製の外骨格にあっさりはじき返された。


 タンクランチュラは既にアキラ達に気付いていた。ただ食事中であることと、アキラ達との距離が離れていることから、対処の優先順位を落として食事を優先していただけだ。しかし自身に攻撃が届いたことで、攻撃を受けても無傷であろうとも、アキラへの対処の優先順位を上げた。


 タンクランチュラの砲塔が動き始める。好物である金属の塊に向けて、大砲の照準を合わせようとしている。


 アキラが照準器越しにタンクランチュラの様子を確認している。


『当たったかな?』


『命中したけれど、はじき返されたわ。もっと近付かないと、幾ら撃ってもダメージにはならないわね』


『そうか。それならもう少し近付かないとな。おとり牽制けんせいが役割だ。報酬分の仕事はしよう』


おとりになることには成功したわ。もう狙われている。相手の大砲を避けるために、これから運転がもっと荒っぽくなるから注意してね』


『了解』


 アキラは左手を銃から離して車体をつかんだ。


 タンクランチュラがアキラの車に大砲の照準を合わせる。轟音ごうおんとともに砲弾が発射された。砲撃の反動がその巨体を揺らしていた。だが体勢は全く崩れていない。多数の足で砲撃の反動を殺しているのだ。砲撃が断続的に続く。複数の砲弾が放物線を描いてアキラへ向けて飛んでいく。


 タンクランチュラが放った砲弾は、アキラを周辺ごと吹き飛ばそうとしている。アルファは素早く弾道予測を済ませると、車の乗員を無視して勢い良く進行方向を変えて着弾地点から離れようとした。


 乗員であるアキラとトガミに車の速度に応じた慣性が襲いかかる。アキラは立ちながら強化服の握力で車体をつかみ、車体から振り落とされるのを防いだ。助手席に座っていたトガミは激しくドアに押しつけられたが、車体から放り出されずに済んだ。


 地面にめり込むように着弾した砲弾が爆発して爆煙と土砂と瓦礫がれきを巻き上げる。振動と爆風がアキラ達の車体を更に揺らす。車体が少しだけ空中に投げ出され、そのまま着地する。アルファの運転技術により車は無傷で済んだ。積んでいる荷物も無事だ。


 アルファが余裕の微笑ほほえみで話す。


『相手の照準の精度は結構悪いみたいね。これなら問題なくもっと近づけるわ』


『それは良かった! できればもうちょっと着弾点から離れてくれ!』


 アキラは車体から両脚が浮いた感覚を覚えていた。左手でしっかり車体をつかんでいなければ危なかったかもしれない。


『大丈夫よ。あの程度の威力なら、直撃を受けても1発ぐらいは耐えられるわ』


『それは車のことだよな!?』


流石さすがにアキラの強化服であれを防ぐのは無理よ。もっと高性能なやつを買わないとね』


無茶むちゃ言うな。そんなの一体幾らするんだよ』


『アキラが1人でタンクランチュラを倒せば、多分その賞金で買えると思うわ』


『そんな金はない!』


『それならもっと稼がないといけないわね。頑張って稼ぎましょう』


『ああ、そうだな!』


 当たり前のように微笑ほほえむアルファを見て、アキラが少し自棄やけ気味に答えた。




 シカラベ達がアキラの戦闘を車載カメラの映像で確認している。大型の表示装置に映っているアキラの無謀とも思える戦闘の光景を見て、シカラベ達は楽しそうに笑っていた。


 ヤマノベが不敵に笑って話す。


「やるな。流石さすがは億超え。良い度胸だ」


 パルガが余裕の笑みで話す。


おとりとしては十分だ。少し早いが、俺達も出るか。シカラベ、開けてくれ」


 シカラベが車の端末を操作すると、車両後部の扉がゆっくりと開いていく。シカラベが一応念を押す。


「無理はするな。仕事を済ませたらすぐに戻ってこい」


 ヤマノベが笑って答える。


「分かってる。確かにあれを見て、俺も少しはき付けられた。だからって、俺も良いところを見せよう、なんてつもりはない」


 パルガが少し嘲笑あざわらうように答える。


「拍手喝采の中で死ぬ気はない。そういうのは別のやつの仕事だ」


 シカラベが2人の様子を見て安心したように少し表情を崩した。


「2番。作戦開始だ」


「3番。作戦開始だ」


 ヤマノベとパルガが走行中の車の中からバイクに乗って飛び出していく。空中でタイヤの回転を加速させ、そのまま地面に着地する。2人はそのままシカラベが乗っている車を追い越し、二手に分かれてタンクランチュラに向けて走り続けた。




 アキラがタンクランチュラの砲撃をくぐりながら敵との距離を縮めていく。敵の砲撃の合間を縫ってCWH対物突撃銃の専用弾で銃撃を続ける。アルファの運転技術と弾道予測のおかげで、車も今のところは無傷だ。


 CWH対物突撃銃の専用弾がタンクランチュラの装甲に着弾する。弾丸が装甲に減り込み、装甲と弾丸が大きく変形する。着弾地点の装甲がタンクランチュラから剥がれて落ちていく。剥がれた装甲の下には別の無傷の装甲が有り、内部から新しい装甲がせり上がってきてすぐに元に戻る。今のところ、タンクランチュラに損傷らしい損傷は与えられていない。


 アキラが怪訝けげんそうな表情でタンクランチュラを見ている。


『当たってるよな?』


『しっかり命中しているわ。着弾時に与える被害も上昇している。少なくとも着弾した箇所の装甲が少し剥がれる程度にはね』


 アキラが少しうなる。今までCWH対物突撃銃の専用弾が着弾した敵は大抵一撃で倒されていた。例外はクズスハラ街遺跡で遭遇した重装強化服ぐらいだ。その例外に対しても、着弾さえすれば少しは効果があったのだ。しかしタンクランチュラにはほとんど効果が出ていない。アキラは8億オーラムの賞金首の強さを改めて思い知った。


『もっと近付かないと駄目か?』


『これ以上近付くのは危険よ。囮としての役割は十分果たしているわ。シカラベ達に何か作戦があるようだし、この距離を保って攻撃を続けましょう』


『そうだな。了解だ。引き続き安全運転を頼む』


『了解よ』


『自分で言って何だが、安全運転の意味が問われるな』


 アルファが悪戯いたずらっぽく笑って答える。


『あら、私はちゃんと安全に運転しているわ。私の知らない間に怪我けがでもしたの?』


『いいや』


 アルファはうそは言っていない。それはアキラも分かっている。乗車している人間への考慮に差があるだけだ。そしてアキラも自分のことで手一杯だ。他者を気遣う余裕はないのだ。


 トガミは必死になって車にしがみついていた。両手両脚で体を車体に固定し、車外にはじき出されないように必死に耐えていた。何か話せば舌をみそうなのでずっと歯を食いしばっていた。


 アルファはタンクランチュラの砲弾を避けるために非常に荒っぽい運転を続けていた。敵に的を絞らせないために、急停止、急加速、急旋回を繰り返していた。


 アキラはアルファの強化服の操作により、事前に車の動きに合わせて体勢を変えたりしていたので、激しく揺れる車体の上でも問題なく立ち続けることができている。


 しかしトガミはそうはいかない。アルファの運転に加えて砲弾の爆風や衝撃がトガミの体を激しく揺さぶっていく。一瞬でも気を抜けば車外に放り出されそうな衝撃に辛うじて耐えていた。敵を攻撃する余裕などない。それどころではないのだ。


 トガミはアキラが態々わざわざ確認を取った理由をようやく理解した。アキラは宣言通り、トガミのことなど全く考慮に入れていない。トガミが本当に車外に放り出されても、アキラは欠片かけらも気にしないだろう。そのことをトガミは身に染みて思い知った。


 文句を言おうにも口を開けば舌をみそうだ。下手に動けばそのまま投げ出されそうだ。現状維持がトガミの限界だった。


 トガミは辛うじて首を動かして後部座席のアキラを見る。アキラは少し険しい表情を浮かべたままタンクランチュラへ攻撃し続けている。


(……な、何なんだこいつは!? これがハンターランク21のハンターだって!? ふざけるな! こんなランク21がいてたまるか! ふざけるな! 何なんだこれは!? どうしてこんな状況になっているんだ!?)


 激しく揺れる車体の上で、状況に付いていけずに混乱したまま、トガミは自分でもよく分からない何かへの罵倒を繰り返していた。それがトガミの精一杯だった。




 タンクランチュラは自分の食事の邪魔をした目障りな相手に砲撃を続けていた。目障りな相手とは、自分に効きもしない鬱陶しい攻撃を続ける者達だ。


 まずはアキラだ。次にシカラベだ。シカラベは装甲兵員輸送車に搭載されている機銃でタンクランチュラを銃撃している。一発一発が並みのモンスターなら木っ端微塵みじんになる威力だが、タンクランチュラに対しては牽制けんせいが精々だ。それでも敵の動きを制限することはできている。銃弾を浴びせ続ければ、タンクランチュラの照準を多少狂わせるぐらいはできていた。


 そしてもう1人は4番のハンターだ。彼はネルゴという名前の戦闘用サイボーグのハンターだ。義体とは異なる分かりやすく機械的な体をしており、4本の腕で強力な火器を構えてタンクランチュラを銃撃していた。


 ネルゴは金ではなくドランカムへのコネを求めてこの賞金首討伐に参加していた。彼はシカラベからドランカムへの加入の条件として今回の作戦での貢献を求められていた。そのため借金返済のために参加しているような他のハンター達とは異なり、分かり易い活躍が必要だった。


 ネルゴはアキラと同じように自前の車でタンクランチュラまでかなり接近して、巨大な銃で巨体を攻撃し続けている。高い運転技術で敵の砲撃をくぐり、非常に反動が大きそうな銃を構え、大型の弾丸を敵に放っていた。


 その他の雇われの者達は、更に離れた場所から一応タンクランチュラに攻撃を加えていた。シカラベの期待通りの活躍である。つまりほとんど役に立っていない。


 時々飛んでくる砲弾が近くに着弾してから慌てて位置を変えて、自分達の位置を知らせる以上の意味はない攻撃を続けている。彼らの近くに砲弾が飛んできているので、一応敵だと認識はされているのだろう。あるいは、後で彼らの車両を食おうと思っての行動かもしれない。


 ヤマノベとパルガはタンクランチュラに一切攻撃せずに距離を詰めていた。2人とも砲弾の中をくぐる覚悟を決めていたが、予想以上におとりが役に立ってくれたおかげで、楽に距離を詰めることができた。


 タンクランチュラに十分近付いたヤマノベが、バイクを止めてネルゴの奮闘振りを見ている。


「アキラの他にも頑張り屋がいたか。あれだけの腕があるなら幹部連中もあいつの加入を納得するだろう。昨日聞いた事情も大したことはなかったしな。……あの腕なら別に賞金首討伐の功績がなくても、少し金を積めば良かったんじゃないか? その金がなかったのか?」


 ヤマノベは少し疑問に思ったが、気にしないことにする。


「いいか。今は仕事だ。おとりのおかげで楽ができるんだ。早く済ませるか」


 ヤマノベはバイクにまたがったまま対物狙撃銃を構え、タンクランチュラに照準を合わせる。そして引き金を引く。勢いよく飛び出した弾丸に似た形状の物体がタンクランチュラに命中してそのまま張り付いた。それは強い粘着性を持つ物体に包まれた小型の機械だった。


 ヤマノベが更に銃撃を続ける。発射された物体は全く攻撃力を持たないため、タンクランチュラの注意がヤマノベに向かう事は無い。複数の小型の機械が巨体の至る所に貼り付いていく。


「こちら2番。マーキングは済んだ」


 通信機からパルガの声がする。


「こちら3番。了解だ。先に戻ってろ」


「お前が外したら大変だから、一応残っておくよ」


「言ってろ」


 ヤマノベの軽口にパルガが笑って答えた。


 パルガは別の場所でタンクランチュラとの距離を詰めていた。囮のおかげで自分から攻撃さえしなければ相手からの攻撃対象にならない境界のぎりぎりの位置にいた。そしてヤマノベからの連絡を受けると、不敵に笑ってその境界を踏み越えた。


 タンクランチュラの砲塔が自身に向けられるよりも早く、パルガがバイクで素早く距離を詰めながら無反動砲を構えて引き金を引く。発射された砲弾は敵の巨体に命中する直前で爆発し、周囲に煙をき散らした。


 パルガが移動しながらバイクの弾薬庫から自動装填される砲弾を次々に発射する。幾つかの砲弾は同じように爆発して周囲の煙を濃くしていき、残りの砲弾はそのままタンクランチュラに貼り付いた。


 濃い煙が立ち込める中、パルガが素早くその場から離脱する。タンクランチュラがパルガを大砲で攻撃しようとする。しかし大量の煙の為に、正確に狙うことができなかった。巨大な砲塔から発射された砲弾が見当違いの場所に飛んでいく。


 単純な煙幕ならば、タンクランチュラは問題なくパルガを狙うことができた。しかし可視光のみならず、赤外線や超音波など、相手を捕捉するためのあらゆる情報が狂っており、攻撃対象の位置の捕捉が全くできなくなっていた。


 パルガが発射したものは、高性能な情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの発生器だった。




 シカラベがパルガからの連絡を受ける。


「こちら3番。こっちも終わった」


 自分達の勝利をほぼ確信したシカラベが笑って指示を出す。


「了解。2人ともすぐに距離を取れ。近くにいると巻き込まれるぞ」


 パルガとヤマノベが返事を返す。


「分かってるよ」


「さっさと始めてくれ」


 シカラベが通信機の通信先を全員に切り替える。


「こちら1番! 配布したロケットランチャーの使用を許可する! 全員タンクランチュラをロック可能な距離まで接近しろ! こちらの合図で一斉に発射する! 絶対に遅れるな!」




 アキラが煙に包まれたタンクランチュラを見ている。


『煙幕か? 全然見えなくなったぞ』


『あれは情報収集妨害煙幕ジャミングスモークよ。事前に対処情報を渡されているから、内部の確認もできるわ』


 アルファがアキラの視界を拡張する。煙に覆われて見えなくなっていたタンクランチュラの姿がはっきり分かるようになる。アキラがかなり驚いている。


『こんなにはっきり分かるのか。しかもあれで向こうからはこっちの位置とかは分からないんだろう? 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークって本当に便利なんだな』


『かなりの高級品を使っているようね。敵の情報収集を可能な限り阻害した上で、味方の情報収集の阻害を抑えているわ。この手の物は安物だとただの煙幕と変わらない効果しかないものも多いのだけれど、賞金首を相手にするために随分奮発したみたいね。……経費を抜いた後に賞金が残っていると良いわね?』


『……だ、大丈夫だろう』


 アキラは少し不安になった。


 シカラベからロケットランチャー使用の連絡が来る。アキラはCWH対物突撃銃を置き、ロケットランチャーの準備を始める。


 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で、タンクランチュラは的外れな方向に砲撃をしている。砲撃を中断し、移動して情報収集妨害煙幕ジャミングスモークから逃れようとするが、情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの発生源はその巨体に貼り付いており、その巨体を多少移動させてもすぐに煙に塗れてしまう。


 被弾する可能性が劇的に下がったのでアルファが車を止める。トガミがよろよろと体勢を立て直した。


「……お、おい」


 トガミはアキラに文句を言おうとしたのだが、アキラは勘違いしてロケットランチャーとその弾をトガミに投げて渡した。トガミは何とかそれを受け取って、再び体勢を崩した。


 アキラがロケットランチャーの準備を済ませる。ロケットランチャーの照準器には既に目標の捕捉と自動追尾が有効になっていることを示す内容が記されていた。


 通信機からシカラベの指示が聞こえる。


「15秒後に攻撃する! このために連れてきたんだ! 攻撃に参加しなかったやつは報酬を減らすからな!」


 トガミが慌てて準備を始める。


「5! 4! 3! 2! 1!」


 アキラは既にロケットランチャーを構えている。トガミも辛うじて間に合った。


「ゼロ!」


 シカラベの号令でアキラ達は一斉にロケット弾を発射した。


 無数のロケット弾がタンクランチュラに向けて飛んでいく。それらは宙を飛び敵にある程度近付くと、一度上昇して集まっていく。そして無数のロケット弾は飛距離と発射時のずれを空中で修正し、ほぼ同時に一斉にタンクランチュラに直撃した。


 大爆発が起こった。周辺の何もかも吹き飛ばすような爆発だった。閃光せんこうが荒野を駆け、爆煙が立ち上り、爆風がアキラの場所まで届いていた。


 アキラは大分弱まった爆風を身に受けながら、唖然あぜんとしながら爆発地点を見続けていた。


『……すごいな。賞金首を倒すためには、ここまでしないと駄目なのか』


 アルファが勝ったつもりでいるアキラを注意する。


『アキラ。まだ倒したと決まったわけではないわ』


 アキラが思わずアルファの方へ顔を向ける。誰もいない方向へ急に顔を向ける不審者の行動だ。それだけアキラは驚いていた。


『えっ!? いや、幾ら何でも死んだだろう!? いや、生きているとしても、あの爆発に巻き込まれたんだ。もうボロボロだろう。後はゆっくり全員でロケット弾の雨でも降らして止めを刺せば……』


 アルファがタンクランチュラを指差す。


『見て』


 アキラがタンクランチュラを見る。爆発で情報収集妨害煙幕ジャミングスモークが吹き飛ばされたため、アルファのサポートがなくともしっかりその姿を見ることができる。


 あの爆発にもかかわらず、タンクランチュラは原形を保っていた。


 足が数本吹き飛ばされている。砲塔らしき金属部位も吹き飛んでいる。巨大な腹が大きくゆがんで破れている。下部の巨大なタイヤと無限軌道も破壊されている。タンクランチュラはその巨体を残った脚で無理矢理やり動かそうと試みて、足が更に数本折れて轟音ごうおんを立てて崩れ落ちた。


 アキラが驚きの表情でアルファに話す。


『あ、あれでまだ動けるのか!? いや、でもほら、もう動けないみたいだし、大丈夫だろう?』


 通信機を通してシカラベから指示が出る。


「もう一度だ。誘導装置の取り付けが終わり次第、同じように攻撃する。各自ロケットランチャーの準備をしておけ」


 通信機からヤマノベの声がする。


「こちら2番。了解だ。すぐに済ませる」


 通信機からパルガの声がする。


「こちら3番。俺はどうする? 一応情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを付け直すか?」


 シカラベが答える。


「ちょっと待ってろ。確認する。……敵は遠距離攻撃能力を消失しているし、大丈夫だろう。次の賞金首との戦闘でも使うんだ。残しておけ。状況が変わって必要だと思ったら使え」


「了解だ。確かに敵の大砲は破壊済みだ。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークは要らないか……なんだありゃ!?」


 パルガの慌てた声が通信機を通して全員に伝わった。


 この場にいるハンター達の認識は様々だ。勝利を確信して完全に気を緩めてしまっている者もいる。一応まだ生きているのだからと一定の警戒を残している者もいる。しかし程度の差はあれど、自分達が圧倒的に優勢であり、残りは後片付けのようなものだと考えていたことに違いはなかった。


 その全員の予想を覆す光景がハンター達の前に現れる。既に一部が裂けていたタンクランチュラの腹部が更に大きく割れる。そしてその裂け目から大量の小型のタンクランチュラが湧き出てきたのだ。


 無数の機械の子蜘蛛ぐもが周囲に広がっていく。小型といっても親蜘蛛ぐもとの比較での話だ。大きさにばらつきはあるものの、体長2メートルほどの個体も大量に混ざっている。その小型タンクランチュラの群れが、タイヤと無限軌道を勢いよく動かしてアキラ達に向かってきていた。


 子蜘蛛ぐもの一体が小型の砲塔を動かして砲をアキラの車に向ける。砲弾が発射され、車の近くに着弾して爆発した。その威力は親蜘蛛ぐもの大砲より格段に低いが、何度も食らえば荒野仕様の車体とはいえ長くは持たないだろう。


 アルファが車を勢いよく発進させる。無数の子蜘蛛ぐも達が一斉に砲弾を放つ。車の後方に無数の砲弾が次々に着弾していく。トガミが叫び声を上げていた。


 激しく揺れる車体の上で、アキラがCWH対物突撃銃を構えて引き金を引く。発射された専用弾が群れの一体に命中する。子蜘蛛ぐもが機体を大破させて後方へはじき飛んだ。


 アキラが険しい表情を浮かべる。


『CWH対物突撃銃の専用弾がちゃんと効いているな! 親よりはもろいか! でも数が多すぎるぞ!』


 子蜘蛛ぐもの数が多すぎるのだ。数体倒した程度ではほとんど意味がない。


 アルファが険しい表情で話す。


『それでも倒せば減っていくわ。すぐに次を狙って』


『分かったよ!』


 アキラはすぐに次の個体に照準を合わせて引き金を引いた。CWH対物突撃銃の専用弾の直撃を食らった個体が粉砕されて、機械部品をき散らしていく。


 別の個体が同種の残骸を踏み潰して次々に前進する。前進しながら砲撃を続ける。アルファが高度な運転技術でその砲弾の雨を回避していく。


 周囲の爆音を肌で感じたアキラが、歯を食いしばってアルファに頼む。


『ちゃんと避けてくれよ!?』


『大丈夫よ』


『そうか!』


『あの程度の威力なら多少食らっても移動に支障はないわ』


『だから! それは! 車の話だよな!? 俺は!?』


『体に当たるのが嫌ならできる限り敵の数を減らしなさい。僅かでも数を減らしていけば、それだけ被弾する確率が確実に下がるのよ?』


『やれば良いんだろう! やれば!』


 アキラが少し自棄やけになりながら精神を集中して引き金を引く。集中し、体感時間を圧縮させ、全弾命中させるつもりで狙いを付けて、引き金を引く。アルファのサポートによる照準補正も加わり、CWH対物突撃銃から放たれた弾丸が、全弾正確無比に子蜘蛛ぐもを粉砕し続けていく。


 それでも状況は改善していない。同種が倒されている間に他の個体がアキラとの距離を詰めていき、照準を少しずつ正確にしていく。一斉攻撃の前よりも、状況はむしろ悪化していた。

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