第93話 反カツヤ派の期待の星

 シカラベ達は徹夜で準備を済ませて先行していた。シカラベ達の装甲兵員輸送車を中心にして、数台の車両がまっていた。


 アキラがその近くに車をめる。そして装甲兵員輸送車の外で賞金首討伐の作戦を練っているシカラベ達のもとに向かう。


 シカラベがすぐにアキラに気付く。


「アキラか。調子は?」


「問題ない」


「そうか。時間になったらすぐに出発する。それまでにあそこであいつに聞いて準備を済ませろ。準備が終わったら待機だ。適当に暇を潰しておけ。俺はしばらく忙しい。聞きたいことがあったら、ヤマノベやパルガや他のやつに聞け」


 シカラベが装甲兵員輸送車を指差す。装甲兵員輸送車の後部の扉が開いており、その近くに他の同行者の姿が見えた。周囲にめられている車にも他のハンターらしき人物の姿が見える。


 アキラはシカラベの指示通り装甲兵員輸送車に向かって賞金首討伐の準備を始める。装甲兵員輸送車で受け取った物を持って自分の車に戻った。


 アキラが受け取ったものはいろいろだ。対大型モンスター用のロケットランチャーとその弾。通信機と通信コード。使用する情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの成分表と情報収集機器用の調整データ。シカラベ達が集めた賞金首の情報。CWH対物突撃銃の専用弾も受け取った。アキラも自分で持ってきたが、予備は多い方が良いので有り難くもらうことにした。


 アキラは各種データを情報端末の短距離通信で受け取っている。アキラの情報端末はアルファが掌握済みだ。つまり各種データはアルファも参照できる。既にアルファは各種情報の解析を済ませていた。情報収集妨害煙幕ジャミングスモーク使用時の情報収集機器の性能低下は最小で済むだろう。


 アキラは準備を終えて車で出発時刻を待っていた。しかしそのまま座っているとまた眠ってしまいそうだったので、アルファの勧めで眠気覚ましを兼ねて車の外で柔軟体操を始めた。


 アキラがアルファの動きを真似まねて体を動かしている。アキラの前で大胆に肌を露出させた水着姿のアルファが手本を見せている。


 アルファは手足を大きく広げ、四肢をくねらせ、腰をねじり、爪先から手先まで伸ばし、片足を上げて器用に立つ。アルファの動きと姿勢により、アルファの魅力的な身体の部位が強調される。いろいろと見慣れているとはいえ、今のアルファの姿を見て然程さほど反応を示さないアキラはいろいろと相当鈍いのだろう。


 アキラは強化服を着たまま柔軟体操をしている。アキラの伸ばしが足りていない場合は、アルファがアキラの強化服を操作して、その身体を少々強引に伸ばそうとする。


『アルファ。ちょっと痛い』


『少し体が硬いのね。怪我けがの予防のためにも、動作の効率化のためにも、体の柔軟性は大切なのよ。強化服の訓練と調整も兼ねて、これからも続けた方が良いわね』


『お、お手柔らかに頼む。い、痛い』


『大丈夫。回復薬があるわ』


 アルファは微笑ほほえみながらそう答えた。


『それは大丈夫だって言う返答として、絶対間違ってる!』


 アキラがアルファに文句を言いながら柔軟体操を続ける。止めろとは言わなかった。


 アルファがアキラに開脚前屈の手本を見せている。アルファは両脚を一直線に大きく開き、胸を地面に押しつけて、余裕の表情を浮かべている。アキラは軽い苦悶くもんの表情を浮かべながら何とかアルファの動きを真似まねようとしているが、かなり不格好だ。


 そこにシカラベがやって来た。


「何をやってるんだ?」


「見れば分かるだろう。柔軟体操だ」


 シカラベが聞きたかったことは、なぜ今そんなことをしているのか、だったのだが、あることを思いだして別のことを尋ねる。


「……そうか。興味本位で聞くんだが、その強化服、追従式か? それとも読み取り式か?」


「えーっと……」


 アキラはシカラベの質問の意味自体がすぐに分からなかった。アルファがアキラに教える。


『読み取り式よ』


「読み取り式だ」


 シカラベが少しだけ険しい表情で話す。


「そうか。アキラは大丈夫だろうが、注意してやれよ」


 アキラが不思議そうに聞き返す。


「注意って、何をだ?」


「強化服について詳しくないハンターの中には、強化服にいろいろ幻想を持っているやつもいるからな。着るだけで誰でもすぐに使えると思っているやつもいる。昔、読み取り式の強化服を裏ルートで安く手に入れたやつがいてな。そいつは手に入れた強化服を早速ろくに調整もせずに着たんだ。他人のデータが残ったままの強化服をな。目的の遺跡まで普通に歩いている分には問題なかった。そいつは待ち時間に暇潰しと強化服の動作確認を兼ねて軽い柔軟体操を始めた。その強化服は読み取り式だった。強化服が他人のデータ、前の持ち主なら問題ない動きでそいつの関節を曲げて、そいつの靱帯じんたいを引きちぎったことがあった」


 アキラの表情が少し強張こわばった。シカラベが話を続ける。


「追従式の強化服なら本人の動きを超えることはないから、そういう事故は起こりにくいんだがな。神経伝達を読み取るタイプの強化服は、反応速度を上げるために本人よりも早く動くこともある。着用者がサイボーグの場合は関節の可動域が通常と異なる場合もある。だからそういう事故がたまに起こる」


「……安全装置とかは付いていなかったのか?」


「前の使用者が無効化していたらしい。そういうやつは多いぞ? たとえ無茶むちゃな動きで本人の骨が折れるとしても、そうしないと生き残れない場合はあるもんだ。そういう場合は安全装置が逆に足枷あしかせになるからな」


「そいつはその後どうなったんだ?」


「回復薬を山ほど飲んで何とかその場はしのいでいたな。ただ、強化服がトラウマになってそれ以降は身体能力強化拡張と防護服の組合せに変えたようだが」


 アキラがアルファを見る。アルファは和やかに微笑ほほえんでいる。回復薬の話はきっとアルファの冗談だ。アキラはそう思い込むことにした。


 アキラは今の話を頭から追い出すために話題を変えることにする。立ち上がってシカラベに尋ねる。


「……それで、何の用だ? そろそろ出発か?」


 アキラに指摘されて、シカラベがここに来た理由を思い出す。


「おっと。そうだった。じきに出発するが、そのことじゃない。ちょっと頼みがあってな。アキラの車にこいつを乗せてほしいんだ」


 シカラベの後ろにはハンターの少年が立っていた。少年はアキラと同じぐらいのとしだ。彼がアキラに挨拶する。


「トガミだ。よろしく」


「アキラだ。……シカラベ、確認しておきたい。俺が彼の手助けや護衛をする必要はあるのか?」


「いいや? アキラは基本的に好き勝手に戦う。そういう契約だ。トガミはトガミで勝手に戦う。無理に連携する必要もない」


「彼が俺の邪魔をした場合、俺は彼を車外に投げ飛ばすかもしれない」


「止めはしないが、可能なら俺の車へ投げ込んでくれ」


 アキラはシカラベの要求を気分的には断りたかった。しかしアキラの依頼に対する姿勢では断るほどの要求でもなかった。そのためアキラはシカラベにいろいろ言ってみたのだが、シカラベはアキラの要求をあっさり受け入れた。そしてトガミも表情を不機嫌にしただけで、アキラの車に乗ることを拒否してはいない。


 アキラは諦めてトガミを車に乗せることにする。


「……分かった。それで良いなら乗せるよ」


「悪いな。すぐに出発する。遅れるなよ」


 シカラベはそれだけ言って、トガミを置いて装甲兵員輸送車の方へ戻っていった。




 アキラ達が賞金首を討伐するために動き出す。シカラベ達が乗っている装甲兵員輸送車の先導で暗い荒野を進んでいく。


 アキラの車の助手席にはトガミが乗っている。ロケットランチャーなどのトガミの荷物はアキラの荷物と一緒に車の後部に積んでいる。


 トガミは乗車する前から不機嫌な表情のままだ。アキラとシカラベの会話が相当気に入らなかったようだ。


 トガミが忌ま忌ましげにアキラに話しかける。


「おい、さっきの会話はどういう意味だ?」


 アキラは前を向いたまま普通に答える。


「どういう意味って、聞いたままだ。補足が必要な内容だったか?」


 アキラの返答を聞いて、トガミがますます不機嫌になる。


「ふざけるなよ? 俺が足手まといになるようなことを言いやがって。お前のハンターランクは幾つだ? 言ってみろ」


「21だ」


 アキラのハンターランクを聞いたトガミが嘲笑しながら自信のある声で話す。


「21? その程度のランクで俺にそんな態度を取っているのか? 俺はランク27だ!」


 アキラはトガミをチラッと見て、すぐに視線を前に戻した。


 アキラの態度を見たトガミの機嫌が再び悪化する。


「おい! 聞いているのか!?」


 いろいろ面倒になったアキラはトガミを無視することにした。


 アキラの隣の空中に腰掛けているアルファがトガミを指差しながら尋ねる。


『放っておいて良いの?』


『騒音以外の邪魔をしてきたらシカラベの車に投げ込もう』


 アキラはあっさりそう答えた。シカラベの許可は取っている。アキラは本当にやるつもりだった。


 トガミはその後もいろいろ言っていたが、アキラが完全に無視しているため、しばらくすると吐き捨てるように舌打ちして、不機嫌そうにアキラとは反対側の荒野へ顔を向けた。




 アキラ達を先導する装甲兵員輸送車には、シカラベ、ヤマノベ、パルガの3人が乗車している。この装甲兵員輸送車の定員は10名だ。7名分の空きにはシカラベ達が用意した弾薬等が積まれている。それでもトガミを乗車させる空きぐらいはある。


 運転しているのはヤマノベだ。車の制御装置の表示部には賞金首のおおよその位置が表示されている。ドランカムの偵察班がこの装甲兵員輸送車に賞金首の予測位置を送信しているのだ。ヤマノベは無駄な戦闘を避ける道程を選んで運転していた。


 ヤマノベがシカラベに尋ねる。


「なあ、何であのガキを連れてきたんだ?」


「ガキって、どっちの方だ?」


「トガミの方だ。アキラの方は昨日のあの出来事である程度実力を把握できた。アキラを同行させることに文句を言う気はない。……トガミの方は、使い物にならないとは言わないが、別に要らないだろ? 第一、あいつも一応若手ハンターの派閥のやつだ。何で連れてきたんだ?」


 シカラベの表情が嫌そうに曇る。


「俺だって好き好んであいつを連れてきたわけじゃない。押しつけられたんだ。賞金首討伐の予算の調整をしている時に、予算の増額を条件にな」


「……押しつけられたって、その条件を呑んで大丈夫なのか?」


「条件は参加だけだ。生還させろとは言われていない。死んだら死んだで構わねえよ。俺達の車に同乗させると面倒そうだから、アキラに押しつけたけどな」


 シカラベはそう言って笑った。ヤマノベが苦笑しながら話す。


「昨日のアキラの様子だと、本当に車から投げ飛ばしそうだな」


 パルガが怪訝けげんな表情でシカラベに尋ねる。


「あいつを連れてきた事情は分かったが、そもそもあいつは何故なぜ俺達の方で賞金首討伐に参加しているんだ? 普通に若手の連中に混ざれば良いだろう。何故なぜわざわざこっち側に?」


 シカラベが少し面倒そうな表情を浮かべる。その表情はドランカム内部のごたごたに向けられたものだ。シカラベが面倒そうな嫌そうな表情でパルガの質問に答える。


「それはトガミが反カツヤ派の人間だからだ」


 シカラベはドランカムの幹部であるアラベといろいろ付き合いがあり、アラベからの情報でドランカムの内部事情もいろいろ把握している。シカラベがヤマノベ達にその事情を説明する。


 ドランカムの若手の派閥は大まかに分けると二つだ。カツヤ派と、反カツヤ派だ。カツヤ派の者とカツヤ派ではない者。そう言い換えても良い。


 カツヤ派は若手優遇策を持ち出した幹部を後ろ盾にしている。そして後ろ盾となっている幹部を頂点にしてかなり組織化されており多数の依頼を成功させている。そのためカツヤ派はその幹部の権限と今までの実績によって、今回の賞金首討伐に多額の資金を費やして参加しているのだ。


 対して反カツヤ派は、カツヤ派ではない若手ハンターをまとめてそう呼んでいるという程度の存在だ。強固な結束があるわけでもない。しかもカツヤ派を何らかの理由で毛嫌いしている者や、深い理由があってカツヤ派に加われない者以外は、徐々にカツヤ派に取り込まれている。


 カツヤ派の勢いをぐために反カツヤ派を明確な勢力にする必要がある。そう考えた他の派閥の人間がトガミのような若手ハンターに目を付けた。カツヤに反感を持っていてそれなりに実力のある若手ハンター達を抵抗勢力としてまとめるのだ。


 賞金首討伐というはくを付ければカツヤ派にも対抗しやすくなる。その実績作りのためにトガミはシカラベ達に同行しているのだ。トガミ以外にも複数の反カツヤ派の若手ハンターが賞金首討伐に参加していた。


 パルガが少しあきれたような表情で話す。


「何だ。つまりはカツヤへの嫌がらせか。ああ、シカラベはあいつを嫌ってたな。ん? その理由だと、トガミを生かして返さないと不味まずいんじゃないか?」


「そう要求されたが断った。護衛がないと生きて帰れない程度の実力しかないなら、はくを付けても剥がれるだけだって言ったら黙ったよ」


「まあ、確かにカツヤへの抵抗勢力にするつもりなら、その程度の実力は必要か。確か……、今のカツヤのハンターランクは……」


 パルガがカツヤのハンターランクを思い出そうとする。パルガが思い出す前にシカラベが答える。


「32だ。あのとしでハンターランク32のやつはそうはいない。あの女が目を付けるのも当然と言えば当然だな」


 シカラベが言うあの女とはミズハという女性で、カツヤ派の後ろ盾となっているドランカムの幹部だ。ミズハは若手優遇策を発案して今も推進し続けている。それはカツヤ派を含む若手ハンターの戦力を増強させ、彼らの後ろ盾となっているミズハの力を大きくしていた。


 シカラベが忌ま忌ましげに表情をゆがめて話す。


「あの女はカツヤをドランカムの広告塔にするつもりだ。この賞金首討伐にカツヤを参加させたのも、その広告の一環だ。ほぼ若手ハンターだけの賞金首討伐チームを組織したのもあの女だ。当然チームリーダーはカツヤだ。討伐に成功したら、各所に宣伝するんだろうな。若くて美形で才能があるハンター。防壁の内側にいるスポンサー様にはさぞ受けが良いんだろうよ」


 ヤマノベが苦笑しながら話す。


「確かに、あいつは面も良いからな。俺達じゃ無理だな」


 一緒に笑っていたパルガが索敵反応に気付いた。そして笑って話す。


「進行方向にモンスターだ。それじゃあ、試しに反カツヤ派の期待の星候補の実力を確認するか」


 パルガが通信機を操作してトガミへ指示を出す。


「8番! 進行方向にモンスターだ! 先行して蹴散らしてこい!」




 シカラベ達が同行者に配った通信機には番号が振られている。トガミの番号は8番、アキラの番号は9番だ。


 トガミはずっと不機嫌そうに外を見ていたが、シカラベ達からの指示を聞いて不敵に笑う。


「8番了解! すぐに終わらせる!」


 トガミがアキラの方を向いて指示を出す。


「おい! すぐにモンスターの近くまで移動させろ!」


 アキラは黙って車を急加速させる。急加速の勢いで車が大きく揺れてトガミが体勢を崩して助手席から転げ落ちそうになった。


 トガミは慌てて体勢を立て直すと、アキラに文句を言う。


「おい! もっとちゃんと運転しろ! 何考えてんだ!?」


 アキラはチラッとトガミを見て、小さくめ息を吐き、視線を前に戻した。トガミが内心の憤りを込めた表情でアキラをにらむ。


「てめえ……」


 アキラは全く気にせずに、車の速度も全く落とさずに目標のモンスター達へ向けて運転を続けた。


 目標のモンスター達はアキラ達の車ほどの大きさの肉食獣だ。モンスター達は自分達に近付いてくる車の存在に気付くと激しい咆哮ほうこうを上げて走り始めた。モンスター達とアキラ達の距離が急速に縮まっていく。


 アキラがトガミの方を見ずに尋ねる。


「それで、どこまで近付けば良いんだ?」


「……適当にその辺でめろ!」


 トガミが吐き捨てるように答えた。アキラは黙って車をゆっくりめた。


 トガミはシカラベ達を除いた他の人員を、賞金首討伐に参加できるほどの実力者だとは思っていない。実力不足を数で補うために用意した格下だと考えている。アキラのような子供や、傷んだ防護服を着用している者など、他の人員は装備や外見から大して強そうには思えない者が多かったからだ。


 その認識も一部は正しい。借金持ちのハンターに高性能な装備を貸し出して、そのまま持ち逃げされたら大変だ。そのためシカラベ達が彼らに渡した武器は、誰が使っても一定の戦果が期待できる使い捨ての物を基本にしている。単体で売っても高値では売れず、大量に持って逃げることは困難な装備ばかりだ。


 トガミは自分がシカラベのような実力者に混じって賞金首討伐に参加できたのは、自分の高い実力をドランカムの上層部に正当に評価されたためだと考えている。それ自体は正しい認識だ。そしてトガミが自分の実力を正しく認識しているかどうかは別の問題だ。


 モンスターとの距離はもう大分近付いてきている。トガミは自分の装備を持って車から降りる。そしてアキラを馬鹿にして見下すように笑って話す。


「指示されたのは俺だけだ。俺1人で十分だってことだ。お前は大人しくそこで黙って見ていろ。実力の違いってやつを見せてやる」


 トガミはアキラにそう言った後、効果的な攻撃位置に向けて走っていった。


 攻撃位置に着いたトガミは、対賞金首用に用意した大火力の銃をモンスターに向けて構え、自信満々に引き金を引く。照準の多少の狂いを十分補えるだけの無数の銃弾が連続して放たれる。銃弾がモンスターの皮と肉と血と骨を穿うがっていく。強靱きょうじんな生命力を持つモンスターにとって、被弾の一発一発は弱点部位でもない限り大した負傷ではない。しかしそれを全身に食らえば十分致命傷だ。短時間、十分優秀な時間で1体目が倒される。


 1体目が倒された間に、残りの2体は更に距離を詰めてくる。トガミはモンスターの周辺に銃弾をばらまいて敵の動きを鈍らせながら、確実にモンスターを負傷させていく。残りのモンスター達の動きが負傷で鈍り、仲間を倒されたことに気付いてひるみ始める。トガミは残りのモンスター達を銃撃し続けて、急がず余裕を持って倒しきった。


 トガミの採点では自分の実力を知らしめるのに十分な内容の戦闘だった。自分の実力を理解したアキラの反応を楽しみにしながら、アキラの車まで戻っていく。


 しかしトガミの期待は裏切られた。アキラは運転席に座ったまま、暇そうに前を見ていた。シカラベ達の車がアキラ達の横を通り過ぎていく。


 トガミが車の脇に立ち、非常に不服そうな表情でアキラを見ている。トガミは先ほどの戦闘に対するアキラの何らかの反応を求めていた。それが好意的なものであろうとなかろうと、アキラから何らかの反応があれば、ある程度満足しただろう。それが称賛ならばそのまま受け取り、中傷ならば負け惜しみとして受け取り、どちらにしろトガミの自尊心を満足させたことだろう。


 しかしアキラは全く反応を示さなかった。単にトガミを無視しているのではない。特記すべきことは何もなかった。アキラの態度はそうトガミに告げているようだった。


 トガミは不機嫌を隠さずにアキラに尋ねる。


「……おい、俺に何か言うことがあるんじゃないか?」


「早く乗ってくれ。追いつけなくなるだろう?」


 アキラの返答はどこか呆れを含むものだった。


 トガミの表情がより一層険悪なものになり、怒号を発する直前のそれに変わる。トガミの逆上を止めたのは、通信機からのパルガの声だった。


「8番、9番、大分離されているぞ。さっきの戦闘で車にトラブルでも出たのか?」


 アキラが答える。


「こちら9番。車体に損傷無し。理由は不明だが8番が車に乗ろうとしない。置いていって良いか?」


「8番は近くにいるのか? 8番、負傷で動けないのか?」


 トガミが不服そうに答える。


「い、いや、そういう訳じゃ……」


「だったらとっとと乗れ!」


 パルガはトガミを叱咤しったして通信を切った。


 トガミは身を震わせ歯を食いしばって内心の激情を何とか抑えて車に乗り込んだ。


 アキラがすぐに車を動かす。アキラは随分離されてしまったシカラベ達に追いつくために、かなりの速度でシカラベ達の後を追った。




 アキラ達は問題なくシカラベ達に追いついた。問題なく、とは車間距離の話だ。


 アキラは表面上は黙って、裏ではアルファと雑談しながら運転を続けている。アキラの横ではトガミが黙ってアキラとは反対方向の荒野を眺めている。トガミの内心の激情は決壊寸前だったが、2人の間に会話がないことと、走行中の車で騒ぎを起こしてアキラが運転を誤ればトガミも被害を受けることが、何とか場の平静を保たせていた。


 移動中に日の出になった。荒野に日の光が満ちていく。アルファが朝日を浴びながらアキラに微笑ほほえむ。


 夜と朝が切り替わる僅かな時間の光景。日の光を浴びた場所は朝に変わり、光の届いていない影の下は夜のままの、朝と夜が同時に存在している刹那の時の景色。その景色の中で、朝日を浴びたアルファが髪や肌に幻想的な輝きをまとわせていた。


『アキラ。朝日よ』


『そうだな』


『……反応が鈍いわね。もっとこう、何か感想はないの?』


『そんなこと言われてもな……』


 アキラも辺りの光景とアルファの姿を見て、全く無反応というわけではない。しかし内心にわき上がった感情を適切に説明できるほど語彙に優れてはいなかった。


『まあ、スラム街で見る日の出よりは、記憶に残る光景だな』


 アキラは言ったのはそれだけだ。たったそれだけの言葉を口にできるようになるためには様々なものが必要で、以前のアキラはそれを何一つ持っていなかった。


 例えば日の出を見ることができる場所だ。寝ている間に殺されないように、寝床は注意して選ぶ必要がある。そんな場所は日の出の光など届かない。


 例えば日の出を眺めていられる余裕だ。誰かに襲われないように常に警戒しなければならない。視線を向けるべき場所は日の当たる場所ではなく、暗がりや路地の曲がり角の先、奇襲される可能性が高い場所だ。


 その他いろいろな要素が、ゆっくり日の出を眺めるなどという贅沢ぜいたくをかつてのアキラに許さなかった。


 そして今この場所にも、アキラにその贅沢ぜいたくを続けさせない要素が存在していた。


 アルファが荒野の先を指差す。


『アキラ。モンスターよ。もう気付かれている。こっちに近付いてくるわ』


 アキラは自分でもよく分からない苛立いらだちを覚え、その気持ちに従って黙って車の後部に向かう。車の後部に設置されているCWH対物突撃銃を遠距離にいるモンスターに向けて構える。そしてどことなく不機嫌な表情でしっかり狙いを定め、迷うことなく引き金を引いた。


 発射されたCWH対物突撃銃の専用弾は、アルファのサポートによる精密射撃により、モンスターの弱点部位である眉間に正確に命中した。モンスターの頭部を粉砕した弾丸は、そのままモンスターの胴体を貫通して、衝撃で四肢を派手に破壊して、荒野の先へ消えていった。


 通信機からパルガの指示が出る。


「9番。右手から大型のモンスターだ。移動速度からして放っておくと追いつかれる。対処してくれ」


「こちら9番。終わった」


「……は?」


 通信機からアキラの返答を聞いたパルガの短い疑問の声が返ってきた。少しの間の後、索敵反応の確認等を済ませたパルガが軽い驚きをにじませて話す。


「……あー、こちらでも確認した。次もその調子で頼む」


「9番、了解」


 アキラはどことなく不機嫌なまま運転席に戻る。アキラの様子を見ていたアルファが楽しそうに笑っている。アキラはそのアルファの様子に気恥ずかしさを覚えながら、それを誤魔化ごまかすように話す。


『何だよ』


『何でもないわ。アキラも邪魔されて怒る程度には、日の出の光景を楽しんでいたようね』


『……。まあな』


 日の出の光景だけを楽しんでいたわけではないが、アキラはぶっきらぼうにそれだけ答えた。


 アルファはアキラ以上にいろいろ気付いた上で微笑ほほえんでいる。アルファのいろいろな姿に見慣れつつあるアキラだったが、朝日を浴びるアルファの姿はアキラの慣れをそれなりに上回っていたようだ。


 運転に戻ったアキラの横では、アキラの行動を見ていたトガミが唖然あぜんとし続けていた。




 アキラが倒したモンスターから少し離れた場所に別のモンスターがいた。体長1メートルほどの鋼で造られた蜘蛛くもっぽいモンスターだ。頭部の目はカメラになっていた。そのモンスターはそのカメラでアキラの狙撃を見ていた。


 アキラ達が離れてしばらくした後で、そのモンスターはカシャカシャと音を立てながらどこかに移動していった。

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