第77話 雨宿り
ヒガラカ住宅街遺跡に到着したシェリル達は早速遺物収集を始めた。
かつてヒガラカ住宅街遺跡はクガマヤマ都市の近場にある旧世界の遺跡として、大勢のハンターで
しかしそれでも価値の低い遺物ならばまだまだ残っている。シェリル達がヒガラカ住宅街遺跡で収集するのは、そのような価値の低い遺物だ。
ハンターがわざわざ移動手段を用意して持ち帰るほどの価値はない。それでもシェリル達には十分な価値がある。スラム街の路地裏では手に入らないものがたっぷり残っているのだ。安全な移動手段さえあれば、スラム街の人間が
つまりその程度の遺物ならまだまだ残っているヒガラカ住宅街遺跡は、シェリル達には十分宝の山なのだ。
シェリル達は遺物収集の手順を事前に決めている。まずは車で家の
家の周りを巡回しているアキラが、荷台に徐々に積まれていく遺物を見て足を止める。荷台には様々な物が運び込まれている。穴の開いたカーテン、ボロボロの寝具、ひび割れた食器類、
アルファがアキラを不思議そうに見ている。
『アキラ。どうかしたの? 高値になりそうな遺物なんて混じっていないわよ?』
『いや、俺も少し前にああいうものを集めてたなって思ってさ』
アキラが僅かに懐かしむような気持ちを覚えていると、アルファがそれを切って捨てる。
『やっていることは今も同じでしょう? 危険な遺跡にある高値の遺物を取りに行く。より危険な遺跡へ、より高額な遺物を。違いはそこだけよ』
『……。それもそうか』
アキラは荷台に積まれていた遺物を見て、似たような物を集めていた以前の自分を思い出していた。その頃の自分とは随分変わったものだと思っていたのだが、アルファの指摘で今もやっていることに
スラム街の路地裏がアキラにとって
ヒガラカ住宅街遺跡の中でもモンスターとの遭遇はあった。だがアキラの尽力によりシェリル達は遺物収集を順調に進めていた。
アキラは目の前の家からの遺物収集を終えて車に戻ってきたシェリルに尋ねる。
「シェリル。今日はどの程度まで続けるつもりなんだ? いや、俺は別に日付が変わるまで続けても良いけど、荷台の空きがなくなってきているぞ? あいつらを荷台に山盛りにした遺物の上に乗せるのはシェリルの勝手だけど、荷台から落ちても俺はしらないからな。帰り道でモンスターの群れと遭遇した場合に、モンスターを
シェリルは荷台の様子を確認する。アキラの指摘通り、シェリルの部下達は荷台に積まれた遺物に追いやられ少々窮屈そうに見える。
しかし
アキラがどのような意図でシェリルの依頼を引き受けたのかはシェリルには分からない。それが分からない以上、シェリルには同じ機会がまたあるとは思えなかった。
シェリルは少し迷った後でアキラに答える。
「次で最後にします。それぐらいなら大丈夫だと思いますので」
「分かった」
アキラが運転席に座る。シェリルも助手席に座る。アキラが車を動かそうとした時、アキラの目の前に雨粒が落ちた。
アキラが空を見上げる。いつの間にか雨雲が空に広がっていた。
「雨か。天気予報は晴れだったぞ? やっぱり無料の情報だと精度が悪いのか?」
『アキラ。今すぐ移動して』
『ん? 雨宿りなら別にそこの家でも……』
アキラが横目で
シェリルが助手席の背に押しつけられ、荷台の子供達も慌てて車体を
アルファの表情から普段の
アキラは車の制御装置に表示されているナビゲーターに従って車を走らせる。目的地は遺跡の奥にある大きな
「アキラ!? 急にどうしたんですか!?」
車を急発進させた理由をシェリルが尋ねるが、アキラはシェリルを手で制して答えない。そもそもアキラにも答えられないのだ。
『アルファ。状況は?』
『悪いわ。すぐにモンスターの群れに襲撃されるとか、そういう理由ではないから安心して』
『そうか。それで急ぐ理由は?』
『高濃度の色無しの霧と同様の効果がある領域から速やかに脱出するためよ。あの場に
『雨が原因なら、すぐ横にあった家に入れば良かったんじゃないか?』
『いつの間にか家の周囲をモンスターに包囲されていて、狭い室内で交戦せざるを得なくなった。そんなことは避けたいでしょう? 十全に戦える空間が必要なのよ。あの館なら問題ないわ。万一館の中がモンスターだらけでも、空き部屋にシェリル達を避難させておけば戦いやすいからね』
アキラがアルファと話している間にも、雨は少しずつ強くなっていく。アキラはゴーグルに表示されている有効索敵範囲が徐々に狭くなっていることに気付いた。
『おいおい、こんな小雨でも影響があるのか? 小雨でこれなら土砂降りになったらどうなるんだ?』
『最悪の場合、屋外は情報収集機器がまるで役に立たない状態になるでしょうね。屋内にもある程度影響が出るはずよ』
『アルファの予想だと、どの程度になりそうなんだ?』
『悪いけど、全く分からないわ。だから最悪を想定して急がせているのよ』
アキラが顔を
「詳細な説明は省くけど、より高い安全を確保するために急いでいる。安心してくれ」
シェリルは笑顔でアキラに返事をする。
「分かりました。お願いします」
たったそれだけの説明を聞いただけで、アキラのからの簡素な説明を聞いただけで、シェリルは落ち着きと余裕を取り戻していた。
本当ならシェリル達をクガマヤマ都市に送るまでアキラの訓練は続くはずだった。しかし事態は十分想定外だ。アキラはぎりぎりまでアルファに頼らないつもりだったが、この状況でそれにこだわってシェリル達を無駄な危険に
『アルファ。訓練は中止だ。手を貸してくれ』
『了解。運転を代わるわ』
車の運転がアルファに切り替わると、車体の揺れが明らかに小さくなった。アキラは運転席から立ち上がって後部座席に移動する。
アキラが後部座席に移動する際、いままでのアキラは制御装置の操作パネルを操作して、自動運転に切り替えてから移動していた。今回のアキラはそれをしていない。シェリルが少し慌ててアキラに尋ねる。
「あの、運転大丈夫なんですか?」
「自動操縦に切り替えたから大丈夫だ」
「制御ユニットを操作して切り替えたりしなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。高性能なやつだからな」
アキラははっきり言い切った。言い切ることで
アルファが軽く笑いながら話す。
『そうよ。高性能なんだから。……もうちょっとちゃんと
『大丈夫だ。……多分』
次から気を付けよう。アキラは
アキラは車に積んでいた迷彩シートを荷台にいるシェリルの部下達に投げる。
「それで何とかしろ!」
アキラはそれだけ言って、折りたたみ式の屋根を組み立て始めた。シェリルの部下達が荷台に迷彩シートを広げて自分達と積んだ遺物を雨から守る。アキラが乗る車にも屋根ができる。雨は次第に強くなっているが、全員ずぶ
アキラ達が目的の
アキラは車に設置していたDVTSミニガンとCWH対物突撃銃を取り外して両手に持つ。両方とも相当の重量がある武器だが、それを片手で持つことができるのは、以前のものより格段に性能が高い新しい強化服の身体能力の
片手で発砲時の反動等を制御できるかどうかはまた別の話だが、アルファのサポートがある場合は全く問題ない。
アキラは自分よりも早く
「俺より先に中に入るな。下がってろ」
呼び止められたシェリルの部下が不服そうに言う。
「何でだよ。早く入れてくれ」
雨は徐々に
「俺達より先にここに雨宿りに来たモンスターと、俺よりも早く対面したいのなら好きにしろ」
アキラがそう言うと、シェリルの部下達は慌ててアキラの後ろに下がった。
アキラが周辺の安全を確保した後、シェリル達は
部屋の中はがらんとしている。既に多くのハンターが家具などを部屋から持ち去った後だからだ。高級そうな
アキラがシェリル達に指示を出す。
「雨が
「分かりました。お願いします」
シェリルは頭を下げて部屋から出るアキラを見送った。
アキラはシェリル達がいる部屋を中心にして少しずつ索敵範囲を広げていく。
アキラは以前にもこの
『アルファ。何かモンスターの死骸が多くないか?』
『確かに前に来た時に比べてかなり増えているわ。生態系が少し変わったのかもね』
『生態系?』
『ほら、前に来た時、暴食ワニが死んでいたでしょう? 多分ハンターに倒されたんでしょうけれど、それで暴食ワニが主食にしていたモンスターが増えたのかもしれないし、今まで暴食ワニを警戒して近寄らなかったモンスターが
『そういうこともあるのか。前に来た時は結構安全な場所だと思っていたけど、今はそうでもないってことだな。実は結構危険だったりするのか?』
『大丈夫よ。死骸から察するにあんまり強くないモンスターよ。今のアキラなら十分倒せるわ。シェリル達がいる部屋も防衛に適した場所を選んだから心配ないわ』
『そうか』
アキラは少し気が楽になった。
アルファがアキラに言い聞かせるように少し口調を変える。
『アキラ。そんなに気負いすぎると余計に疲れるわよ。言ったでしょう? これはシェリル達にも利益になる話だって。アキラは自分の訓練になるし、シェリル達は遺物が手に入る。確かに危険はあるけれど、見合う報酬は渡している。アキラが過度に気にすることではないわ』
アキラも理解して納得もしている。変則的ではあるが、お互い納得の上での事だ。それでもアキラには微妙な後ろめたさが残っていた。
今回の依頼は、アキラの訓練の
シェリル達にも利益があることはアキラも理解している。しかしどうしてもシェリル達を甘言で釣って死地に向かわせている感覚が少し残っていた。
それは裏を返せばアキラの自信の無さの表れだ。シェリル達を守り切れないかもしれないという不安の表れである。アキラが十分に強いのならば、シェリル達を全く問題なく造作もなく守り切る自信が有るのなら、その感情は生まれないからだ。
アルファがアキラに
『どうしても気になるなら強くなりなさい。アキラがその程度のことなら片手間でできるほどに強くなれば、シェリル達に一方的に利益を渡していることになる。その時はシェリル達を甘言で釣っているのではなく、単に甘やかしているだけになるわ。それならアキラも気にならないでしょう? 大丈夫。そのサポートは私がしっかりやるわ』
『……そうだな。俺が強くなれば解決だ。そうすれば、アルファに頼まれている遺跡の攻略も早くなるしな』
アキラは軽く笑って答えた。
『期待して待っているわ』
アルファも笑顔で返事を返した。
周囲の確認を終えたアキラはシェリル達がいる部屋に戻った。アキラが銃を床に置いて休憩を取る。
アキラが窓の外を見る。雨は
アキラが素朴な疑問をアルファに尋ねる。
『そういえば、どうして雨が降ると色無しの霧が濃い時と同じ状況になるんだ?』
『諸説あるわ。有力な説は、上空にある非常に高濃度な色無しの霧の成分が雨に混ざって落ちてくるって話ね』
『そうすると、雨が
『それは雨が
『……その説、合ってるのか?』
『言ったでしょう? 諸説あるって。世の中に解明されていないことはたくさんあるのよ』
アキラはどこか釈然としなかったが、深く気にすることは止めておいた。
シェリルの部下達は思い思いに暇を潰している。遺物収集中に見つけたトランプで遊んでいる者もいる。
シェリルが他の者達から離れてアキラの
「あの、隣に座っても
座ってシェリルを見上げるアキラに、シェリルはアキラの機嫌を伺いながら精一杯の
「一応護衛の仕事中だ。抱き付いたりするのは止めてくれ。何かあった時に動きやすいように、密着するのも止めてくれ」
シェリル達はアキラを護衛に付けてヒガラカ住宅街遺跡に遺物収集に来ているが、これは一応ハンターオフィスを介した正式な依頼となっている。ハンターオフィスのサイトに表示されるアキラの依頼履歴にも記載される正式な依頼だ。
依頼の報酬は1万オーラムだ。ハンターオフィスへの仲介料を含めると2万オーラムとなる。個人
報酬はハンターオフィスが個人から仲介する依頼での最低額だ。しかも移動手段はシェリル達の分も含めてハンター側持ち。更に弾薬費までハンター側が負担。加えて護衛対象は戦闘能力皆無の子供達。拘束時間はほぼ一日中で、おまけに依頼料は成功報酬かつ全額後払いだ。
この依頼にハンターが殺到するのならば、もう何らかの不正か異常を疑う内容である。当然だがこの依頼を受けたのはアキラだけだった。念のため、アキラの依頼の受け付け処理を済ませた後に募集を締め切ったので、別のハンターが追加で依頼を受けることもない。
だからアキラは今も仕事中だ。仕事中にシェリルに抱き付かせておく訳にはいかない。
「分かりました」
シェリルはアキラの半身ほど離れた場所に腰を下ろす。アキラの機嫌も外にいた時より良くなっている気がして、シェリルは少し安心した。
「雨、
「天気予報は晴れだったんだけどな。統企連の公開情報の天気予報だったけど、そんなに精度は高くないのか? いや、クガマヤマ都市周辺の予報であって、ヒガラカ住宅街遺跡周辺の予報はまた別だった可能性もあるな。そうだな。荒野の天気予報なんか都市防壁の内側の住人は見ないだろうしな」
「ずっと降り続けられても困りますけど、
「
雨の感想、情緒を話すシェリルと、雨の影響、対策を語るアキラ。微妙に食い違ったことを話す二人を見てアルファが笑いを堪えている。そのアルファの様子にアキラが気付いた。
『……なんだよ』
『何でもないわ。ほら、シェリルの服はこの前アキラがあげたやつよ?』
アルファの指摘を受けて、アキラは改めてシェリルが着ている服を見る。アキラはよく覚えていなかったが、確かにこの前アキラが遺跡で手に入れた服だった。
アキラの視線にシェリルも気付いた。シェリルが
「アキラから頂いた服を着てみました。どうでしょうか?」
アキラがシェリルにあげた衣服のサイズは、シェリルの体格と一致していないものも多い。シェリルはその服を着
なお下着類は着心地を保った上で不思議なほどの伸縮性があり、どちらかと言えば小柄なシェリルでも問題なく身に着けることができた。少々
シェリルとしては軽い称賛、似合っている、程度の
アキラはシェリルの服装をじっと見た後、少し眉間に
「……問題は、ないと思う。多分」
「そ、そうですか」
予想外の微妙な返答を
アキラとシェリルの間に妙な間が流れる。その後、アキラが白状したかのように話す。
「あー、なんだ、実はこの前シェリルにあげた衣類は、俺がある遺跡で見つけたものだ。ただ、それを特に考えずに渡したから、デザインの確認とかは全くしていないんだ。もしかしたら、とても微妙なデザインのものを贈ってしまったかもしれない。もしそうなら、その、無理して着なくても良いぞ?」
アキラは自分にファッションセンスがあるとは
以前にアキラがアルファと近接戦闘の訓練をした時、アルファが旧世界製の戦闘服に着替えたことがあった。ある意味全裸よりも
そしてアキラがシェリルに贈った衣服も、同じ旧世界製の衣服だ。もしかしたら程度の差はあれ似たような服を、旧世界のデザインに慣れつつあるアキラには分からないが、普通の人が見たら着用者のファッションセンスを多々疑ってしまうものを贈ってしまったのではないか。急に不安になったアキラは、恐る恐るシェリルに予防線を張りながら答えたのだ。
シェリルはアキラの話を聞いてアキラの態度を納得した。アキラを安心させるように
「私はこの服をとても気に入って着ていますので、その点は大丈夫だと思います」
「そうか? それなら良いんだ。そういうことなら、うん、似合っていると思うぞ」
着ている本人が気に入っているのなら問題ないのだろう。アキラは安心して返事をした。
「ありがとう御座います」
シェリルはアキラから
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