第77話 雨宿り

 ヒガラカ住宅街遺跡に到着したシェリル達は早速遺物収集を始めた。


 かつてヒガラカ住宅街遺跡はクガマヤマ都市の近場にある旧世界の遺跡として、大勢のハンターでにぎわっていた。しかし高値の遺物が持ち出された現在では既に寂れている。遺物探索用の遺跡としての価値は低い。基本的にクガマヤマ都市のハンターには用のない遺跡だ。


 しかしそれでも価値の低い遺物ならばまだまだ残っている。シェリル達がヒガラカ住宅街遺跡で収集するのは、そのような価値の低い遺物だ。


 ハンターがわざわざ移動手段を用意して持ち帰るほどの価値はない。それでもシェリル達には十分な価値がある。スラム街の路地裏では手に入らないものがたっぷり残っているのだ。安全な移動手段さえあれば、スラム街の人間がこぞってここの遺物を取りに来るだろう。


 つまりその程度の遺物ならまだまだ残っているヒガラカ住宅街遺跡は、シェリル達には十分宝の山なのだ。もっともアキラへ相場の護衛料や移動料を支払えば一瞬で赤字になるが、今回はその心配はないのだ。


 シェリル達は遺物収集の手順を事前に決めている。まずは車で家のそばまで近づける一軒家を目標にして玄関近くに乗り付ける。アキラが先行して家の中を探索し、モンスターの駆除を済ませる。その後シェリルの部下達が家の中に入り、遺物を持ち出して荷台に積み込む。その間、アキラは家の周辺を巡回してモンスターの襲撃に備える。その家からの遺物収集が終わったら、シェリルが情報端末でアキラを呼び出して、合流して次の家に向かう。その繰り返しだ。


 家の周りを巡回しているアキラが、荷台に徐々に積まれていく遺物を見て足を止める。荷台には様々な物が運び込まれている。穴の開いたカーテン、ボロボロの寝具、ひび割れた食器類、ゆがんでいる家具、機械部品の少なそうな小物類などいろいろだ。アキラはそれをじっと見ていた。


 アルファがアキラを不思議そうに見ている。


『アキラ。どうかしたの? 高値になりそうな遺物なんて混じっていないわよ?』


『いや、俺も少し前にああいうものを集めてたなって思ってさ』


 アキラが僅かに懐かしむような気持ちを覚えていると、アルファがそれを切って捨てる。


『やっていることは今も同じでしょう? 危険な遺跡にある高値の遺物を取りに行く。より危険な遺跡へ、より高額な遺物を。違いはそこだけよ』


『……。それもそうか』


 アキラは荷台に積まれていた遺物を見て、似たような物を集めていた以前の自分を思い出していた。その頃の自分とは随分変わったものだと思っていたのだが、アルファの指摘で今もやっていることに然程さほど違いはないと気付いた。


 スラム街の路地裏がアキラにとって然程さほど危険な場所ではなくなっただけであり、そこに転がっている物では割に合わなくなっただけだ。より一層の利益を求め、より危険な場所へ、より高額なものを手に入れに行く。そのことに違いはないのだ。それだけだ。


 ヒガラカ住宅街遺跡の中でもモンスターとの遭遇はあった。だがアキラの尽力によりシェリル達は遺物収集を順調に進めていた。牽引けんいんしている荷台に積まれた遺物の量も、シェリルの部下達が座る場所を圧迫し始めていた。


 アキラは目の前の家からの遺物収集を終えて車に戻ってきたシェリルに尋ねる。


「シェリル。今日はどの程度まで続けるつもりなんだ? いや、俺は別に日付が変わるまで続けても良いけど、荷台の空きがなくなってきているぞ? あいつらを荷台に山盛りにした遺物の上に乗せるのはシェリルの勝手だけど、荷台から落ちても俺はしらないからな。帰り道でモンスターの群れと遭遇した場合に、モンスターをくために車の速度をあげたりしても問題ないようにしてくれよ?」


 シェリルは荷台の様子を確認する。アキラの指摘通り、シェリルの部下達は荷台に積まれた遺物に追いやられ少々窮屈そうに見える。


 しかし折角せっかくこの遺跡に来たのだから、シェリルは限界ぎりぎりまで遺物を収集しておきたかった。シェリル達が再びヒガラカ住宅街遺跡にくる機会はもう二度とないかもしれないのだ。


 アキラがどのような意図でシェリルの依頼を引き受けたのかはシェリルには分からない。それが分からない以上、シェリルには同じ機会がまたあるとは思えなかった。


 シェリルは少し迷った後でアキラに答える。


「次で最後にします。それぐらいなら大丈夫だと思いますので」


「分かった」


 アキラが運転席に座る。シェリルも助手席に座る。アキラが車を動かそうとした時、アキラの目の前に雨粒が落ちた。


 アキラが空を見上げる。いつの間にか雨雲が空に広がっていた。


「雨か。天気予報は晴れだったぞ? やっぱり無料の情報だと精度が悪いのか?」


『アキラ。今すぐ移動して』


『ん? 雨宿りなら別にそこの家でも……』


 アキラが横目でかすアルファを見る。アルファの表情を確認したアキラは車を急発進させた。


 シェリルが助手席の背に押しつけられ、荷台の子供達も慌てて車体をつかむ。荷台に積まれていた遺物が少し崩れた。


 アルファの表情から普段の微笑ほほえみが消えている。それはアキラの命に関わる程度には状況が悪いことを示している。


 アキラは車の制御装置に表示されているナビゲーターに従って車を走らせる。目的地は遺跡の奥にある大きなやかただ。アキラが旧領域接続者であることをアルファに教えられた切っ掛けの場所でもある。


「アキラ!? 急にどうしたんですか!?」


 車を急発進させた理由をシェリルが尋ねるが、アキラはシェリルを手で制して答えない。そもそもアキラにも答えられないのだ。


『アルファ。状況は?』


『悪いわ。すぐにモンスターの群れに襲撃されるとか、そういう理由ではないから安心して』


『そうか。それで急ぐ理由は?』


『高濃度の色無しの霧と同様の効果がある領域から速やかに脱出するためよ。あの場にとどまっていると、敵に奇襲される可能性が飛躍的に上がるわ。速やかに雨の入ってこない屋内に入る必要があるのよ』


『雨が原因なら、すぐ横にあった家に入れば良かったんじゃないか?』


『いつの間にか家の周囲をモンスターに包囲されていて、狭い室内で交戦せざるを得なくなった。そんなことは避けたいでしょう? 十全に戦える空間が必要なのよ。あの館なら問題ないわ。万一館の中がモンスターだらけでも、空き部屋にシェリル達を避難させておけば戦いやすいからね』


 アキラがアルファと話している間にも、雨は少しずつ強くなっていく。アキラはゴーグルに表示されている有効索敵範囲が徐々に狭くなっていることに気付いた。


『おいおい、こんな小雨でも影響があるのか? 小雨でこれなら土砂降りになったらどうなるんだ?』


『最悪の場合、屋外は情報収集機器がまるで役に立たない状態になるでしょうね。屋内にもある程度影響が出るはずよ』


『アルファの予想だと、どの程度になりそうなんだ?』


『悪いけど、全く分からないわ。だから最悪を想定して急がせているのよ』


 アキラが顔をしかめる。アキラの表情を見て、シェリルが不安そうにしている。そのシェリルの様子にアキラが気付いた。


「詳細な説明は省くけど、より高い安全を確保するために急いでいる。安心してくれ」


 シェリルは笑顔でアキラに返事をする。


「分かりました。お願いします」


 たったそれだけの説明を聞いただけで、アキラのからの簡素な説明を聞いただけで、シェリルは落ち着きと余裕を取り戻していた。


 本当ならシェリル達をクガマヤマ都市に送るまでアキラの訓練は続くはずだった。しかし事態は十分想定外だ。アキラはぎりぎりまでアルファに頼らないつもりだったが、この状況でそれにこだわってシェリル達を無駄な危険にさらす気はない。


『アルファ。訓練は中止だ。手を貸してくれ』


『了解。運転を代わるわ』


 車の運転がアルファに切り替わると、車体の揺れが明らかに小さくなった。アキラは運転席から立ち上がって後部座席に移動する。


 アキラが後部座席に移動する際、いままでのアキラは制御装置の操作パネルを操作して、自動運転に切り替えてから移動していた。今回のアキラはそれをしていない。シェリルが少し慌ててアキラに尋ねる。


「あの、運転大丈夫なんですか?」


「自動操縦に切り替えたから大丈夫だ」


「制御ユニットを操作して切り替えたりしなくても大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ。高性能なやつだからな」


 アキラははっきり言い切った。言い切ることで誤魔化ごまかした。事実運転に問題はないため、シェリルは誤魔化ごまかされた。


 アルファが軽く笑いながら話す。


『そうよ。高性能なんだから。……もうちょっとちゃんと誤魔化ごまかしたら?』


『大丈夫だ。……多分』


 次から気を付けよう。アキラはひそかにそう考えた。


 アキラは車に積んでいた迷彩シートを荷台にいるシェリルの部下達に投げる。


「それで何とかしろ!」


 アキラはそれだけ言って、折りたたみ式の屋根を組み立て始めた。シェリルの部下達が荷台に迷彩シートを広げて自分達と積んだ遺物を雨から守る。アキラが乗る車にも屋根ができる。雨は次第に強くなっているが、全員ずぶれになることは避けられそうだ。


 アキラ達が目的のやかたに到着する。アルファが避難場所に選んだやかたはかなりの大きさで駐車場まで存在していた。近くには機械系モンスターの残骸などが散らばっていた。このやかたの警備装置だったのかもしれないそれらの残骸は、風雨にさらされ鉄屑てつくず同然になっている。アキラはその近くにあるやかたの出入口のそばに車をめた。


 アキラは車に設置していたDVTSミニガンとCWH対物突撃銃を取り外して両手に持つ。両方とも相当の重量がある武器だが、それを片手で持つことができるのは、以前のものより格段に性能が高い新しい強化服の身体能力のたまものである。


 片手で発砲時の反動等を制御できるかどうかはまた別の話だが、アルファのサポートがある場合は全く問題ない。


 アキラは自分よりも早くやかたの中に入ろうとしていたシェリルの部下達を制止する。


「俺より先に中に入るな。下がってろ」


 呼び止められたシェリルの部下が不服そうに言う。


「何でだよ。早く入れてくれ」


 雨は徐々にひどくなっていた。早くやかたの中に入りたい気持ちはアキラも分かるが、彼らの護衛としてはそれを止める必要がある。


「俺達より先にここに雨宿りに来たモンスターと、俺よりも早く対面したいのなら好きにしろ」


 アキラがそう言うと、シェリルの部下達は慌ててアキラの後ろに下がった。


 アキラが周辺の安全を確保した後、シェリル達はやかたの一室に集まった。大きめの部屋で全員が中に入っても余裕のある広さだ。


 部屋の中はがらんとしている。既に多くのハンターが家具などを部屋から持ち去った後だからだ。高級そうなやかたにある物だから、きっと高価な物のはずだ。多くのハンターがそう考えて、あらゆる物を持って帰ったのだろう。


 アキラがシェリル達に指示を出す。


「雨がむまではここで待機だ。俺は周辺の部屋を確認してくる。危ないから勝手に部屋から出るな。シェリル。何かあったら連絡してくれ」


「分かりました。お願いします」


 シェリルは頭を下げて部屋から出るアキラを見送った。


 アキラはシェリル達がいる部屋を中心にして少しずつ索敵範囲を広げていく。


 アキラは以前にもこのやかたに来たことがある。しかしその時とはどこか様子が少し違う気がした。


『アルファ。何かモンスターの死骸が多くないか?』


『確かに前に来た時に比べてかなり増えているわ。生態系が少し変わったのかもね』


『生態系?』


『ほら、前に来た時、暴食ワニが死んでいたでしょう? 多分ハンターに倒されたんでしょうけれど、それで暴食ワニが主食にしていたモンスターが増えたのかもしれないし、今まで暴食ワニを警戒して近寄らなかったモンスターが彷徨うろつくようになったのかもしれないわね』


『そういうこともあるのか。前に来た時は結構安全な場所だと思っていたけど、今はそうでもないってことだな。実は結構危険だったりするのか?』


『大丈夫よ。死骸から察するにあんまり強くないモンスターよ。今のアキラなら十分倒せるわ。シェリル達がいる部屋も防衛に適した場所を選んだから心配ないわ』


『そうか』


 アキラは少し気が楽になった。


 アルファがアキラに言い聞かせるように少し口調を変える。


『アキラ。そんなに気負いすぎると余計に疲れるわよ。言ったでしょう? これはシェリル達にも利益になる話だって。アキラは自分の訓練になるし、シェリル達は遺物が手に入る。確かに危険はあるけれど、見合う報酬は渡している。アキラが過度に気にすることではないわ』


 アキラも理解して納得もしている。変則的ではあるが、お互い納得の上での事だ。それでもアキラには微妙な後ろめたさが残っていた。


 今回の依頼は、アキラの訓練のためにある。明確な格下、足手まといを連れて旧世界の遺跡を探索して、一緒に無事に帰ることでアキラの戦闘技術向上を促す訓練。つまりシェリル達はその訓練の出汁だしに使われているのだ。


 シェリル達にも利益があることはアキラも理解している。しかしどうしてもシェリル達を甘言で釣って死地に向かわせている感覚が少し残っていた。


 それは裏を返せばアキラの自信の無さの表れだ。シェリル達を守り切れないかもしれないという不安の表れである。アキラが十分に強いのならば、シェリル達を全く問題なく造作もなく守り切る自信が有るのなら、その感情は生まれないからだ。


 アルファがアキラに微笑ほほえみかける。


『どうしても気になるなら強くなりなさい。アキラがその程度のことなら片手間でできるほどに強くなれば、シェリル達に一方的に利益を渡していることになる。その時はシェリル達を甘言で釣っているのではなく、単に甘やかしているだけになるわ。それならアキラも気にならないでしょう? 大丈夫。そのサポートは私がしっかりやるわ』


『……そうだな。俺が強くなれば解決だ。そうすれば、アルファに頼まれている遺跡の攻略も早くなるしな』


 アキラは軽く笑って答えた。


『期待して待っているわ』


 アルファも笑顔で返事を返した。


 周囲の確認を終えたアキラはシェリル達がいる部屋に戻った。アキラが銃を床に置いて休憩を取る。


 アキラが窓の外を見る。雨はむどころか更に強くなっている。情報収集機器で外の様子を確認すると、有効索敵範囲が非常に狭くなっており、大して役に立たない状態になっていた。


 アキラが素朴な疑問をアルファに尋ねる。


『そういえば、どうして雨が降ると色無しの霧が濃い時と同じ状況になるんだ?』


『諸説あるわ。有力な説は、上空にある非常に高濃度な色無しの霧の成分が雨に混ざって落ちてくるって話ね』


『そうすると、雨がんでもしばらくは動けないのか?』


『それは雨がむまで分からないわ。雨がむと急激に回復する場合もあるのよ。逆に悪化する場合もあるわ』


『……その説、合ってるのか?』


『言ったでしょう? 諸説あるって。世の中に解明されていないことはたくさんあるのよ』


 アキラはどこか釈然としなかったが、深く気にすることは止めておいた。


 シェリルの部下達は思い思いに暇を潰している。遺物収集中に見つけたトランプで遊んでいる者もいる。


 シェリルが他の者達から離れてアキラのもとにやってくる。


「あの、隣に座ってもよろしいでしょうか?」


 座ってシェリルを見上げるアキラに、シェリルはアキラの機嫌を伺いながら精一杯の微笑ほほえみを返す。


「一応護衛の仕事中だ。抱き付いたりするのは止めてくれ。何かあった時に動きやすいように、密着するのも止めてくれ」


 シェリル達はアキラを護衛に付けてヒガラカ住宅街遺跡に遺物収集に来ているが、これは一応ハンターオフィスを介した正式な依頼となっている。ハンターオフィスのサイトに表示されるアキラの依頼履歴にも記載される正式な依頼だ。


 依頼の報酬は1万オーラムだ。ハンターオフィスへの仲介料を含めると2万オーラムとなる。個人ての依頼として出したわけではないので、全く面識のないハンターが依頼仲介サイトでこの依頼を受ける可能性もある。しかし現実的にそれはあり得ない。


 報酬はハンターオフィスが個人から仲介する依頼での最低額だ。しかも移動手段はシェリル達の分も含めてハンター側持ち。更に弾薬費までハンター側が負担。加えて護衛対象は戦闘能力皆無の子供達。拘束時間はほぼ一日中で、おまけに依頼料は成功報酬かつ全額後払いだ。


 この依頼にハンターが殺到するのならば、もう何らかの不正か異常を疑う内容である。当然だがこの依頼を受けたのはアキラだけだった。念のため、アキラの依頼の受け付け処理を済ませた後に募集を締め切ったので、別のハンターが追加で依頼を受けることもない。


 態々わざわざハンターオフィスを仲介した依頼にしたのは、アキラなりのけじめだ。依頼として引き受けた以上、しっかりその仕事を、シェリル達の護衛を完遂する。その意気の表れだ。そして事実上ただで護衛を引き受けたからといって、仕事をおろそかにするつもりはないとシェリルに示す意味もある。


 だからアキラは今も仕事中だ。仕事中にシェリルに抱き付かせておく訳にはいかない。


「分かりました」


 シェリルはアキラの半身ほど離れた場所に腰を下ろす。アキラの機嫌も外にいた時より良くなっている気がして、シェリルは少し安心した。


「雨、みませんね」


「天気予報は晴れだったんだけどな。統企連の公開情報の天気予報だったけど、そんなに精度は高くないのか? いや、クガマヤマ都市周辺の予報であって、ヒガラカ住宅街遺跡周辺の予報はまた別だった可能性もあるな。そうだな。荒野の天気予報なんか都市防壁の内側の住人は見ないだろうしな」


「ずっと降り続けられても困りますけど、たまに降る分には良いと思います。乾いていた空気や土が柔らかくなって、少し優しくなった気がして」


たまに降る分には構わないが、それが予定日に重ならないように天気予報を確認したってのに。泥濘ぬかるみにタイヤがはまったりしないと良いけど。帰りは少し移動ルートを変えるか」


 雨の感想、情緒を話すシェリルと、雨の影響、対策を語るアキラ。微妙に食い違ったことを話す二人を見てアルファが笑いを堪えている。そのアルファの様子にアキラが気付いた。


『……なんだよ』


『何でもないわ。ほら、シェリルの服はこの前アキラがあげたやつよ?』


 アルファの指摘を受けて、アキラは改めてシェリルが着ている服を見る。アキラはよく覚えていなかったが、確かにこの前アキラが遺跡で手に入れた服だった。


 アキラの視線にシェリルも気付いた。シェリルが微笑ほほえんでアキラに話す。


「アキラから頂いた服を着てみました。どうでしょうか?」


 アキラがシェリルにあげた衣服のサイズは、シェリルの体格と一致していないものも多い。シェリルはその服を着こなしの工夫等で何とか違和感なく身に着けている。シェリルの着こなし技術の成果なのだ。鏡の前で何度も試行錯誤した結果なのだ。


 なお下着類は着心地を保った上で不思議なほどの伸縮性があり、どちらかと言えば小柄なシェリルでも問題なく身に着けることができた。少々蠱惑こわく的なデザインの下着だったが、普通の動きで誰かに見られるものではないし、それを見せる相手はアキラだけなのでシェリルとしては何の問題もない。


 シェリルとしては軽い称賛、似合っている、程度のめ言葉が欲しかっただけだ。アキラから贈られた服なのでそれぐらいはもらえるだろうと考えて、軽い気持ちで尋ねただけだった。


 アキラはシェリルの服装をじっと見た後、少し眉間にしわを寄せ、軽い困惑の色を顔に出し、その後で少し慎重に答える。


「……問題は、ないと思う。多分」


「そ、そうですか」


 予想外の微妙な返答をもらったシェリルは、笑顔を崩さずに何とかそう答えた。


 アキラとシェリルの間に妙な間が流れる。その後、アキラが白状したかのように話す。


「あー、なんだ、実はこの前シェリルにあげた衣類は、俺がある遺跡で見つけたものだ。ただ、それを特に考えずに渡したから、デザインの確認とかは全くしていないんだ。もしかしたら、とても微妙なデザインのものを贈ってしまったかもしれない。もしそうなら、その、無理して着なくても良いぞ?」


 アキラは自分にファッションセンスがあるとは欠片かけらも思っていない。少し前まで丈夫で穴の開いていない服ならば、それだけで上等だと考える生活を送っていたのだ。今も外出時は基本的に強化服を着ているので、自身のファッションセンスが試される機会とは無縁の生活を続けている。


 以前にアキラがアルファと近接戦闘の訓練をした時、アルファが旧世界製の戦闘服に着替えたことがあった。ある意味全裸よりも蠱惑こわく的で扇情的な格好のアルファを見て、アキラは旧世界のファッションセンスを大いに疑ったことがある。


 そしてアキラがシェリルに贈った衣服も、同じ旧世界製の衣服だ。もしかしたら程度の差はあれ似たような服を、旧世界のデザインに慣れつつあるアキラには分からないが、普通の人が見たら着用者のファッションセンスを多々疑ってしまうものを贈ってしまったのではないか。急に不安になったアキラは、恐る恐るシェリルに予防線を張りながら答えたのだ。


 シェリルはアキラの話を聞いてアキラの態度を納得した。アキラを安心させるように微笑ほほえんで話す。


「私はこの服をとても気に入って着ていますので、その点は大丈夫だと思います」


「そうか? それなら良いんだ。そういうことなら、うん、似合っていると思うぞ」


 着ている本人が気に入っているのなら問題ないのだろう。アキラは安心して返事をした。


「ありがとう御座います」


 シェリルはアキラからようやく期待通りの言葉をもらえて、うれしそうに笑った。

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