第47話 カツヤの不満
弾薬費の支払という不安から逃れたアキラが少し上機嫌で弾薬をしまっていると、レイナがどこかおずおずとアキラのところに来る。シオリやカツヤ達も一緒だ。
アキラはレイナをちらっと見て、何も言わずに弾薬をしまう作業に戻る。シオリは
レイナはアキラの様子を見て何かを話しかけ、少し黙って発言内容を1度整理してからアキラに尋ねる。
「えっと、さっき本部からあの戦闘の報酬に関する説明を聞いたわ。推定討伐数を3分割でって話だけど、あってる?」
「ああ。聞かれたからそう答えた」
レイナの表情に困惑の色が加わる。それを見たアキラの表情にも困惑の色が加わる。アキラもレイナもお互いの発言の意図を考えていた。しかし思考の方向性が完全に逆であることにどちらも気付いていなかった。
互いの誤解が解ける前に、アキラが先に結論を出した。そして少し不機嫌そうにレイナに話す。
「あの戦闘はサポート依頼の最中の出来事だった。俺は飽くまで対象をサポートしただけであり、あの戦闘の報酬を受け取る権利は全て自分にある、とでも言う気か?
シオリが明確に機嫌を損ねた様子を見せるアキラを見て警戒を高める。カツヤ達も少し警戒する。
レイナはアキラの発言内容をすぐには理解できずにいた。しかし話の意味を理解すると、慌てて首を横に振って答える。
「違う! そうじゃない! そうじゃないわ! 逆よ!」
「逆?」
「大半のヤラタサソリを倒したのはそっちでしょ? 3分割だとこっちの取り分が大幅に増えるのよ? それで良いの?」
「3人で倒したんだから3分割だろ? まあ、弾薬費が自払いなら弾薬費を引いてから3分割にしてほしいところだけど、俺の弾薬費は依頼元が持つことになっているからな。俺からその辺をごちゃごちゃ言う気はない。そっちはその辺で何か
「な、ないけど……」
「なら3分割で良いだろう。討伐依頼とかで報酬を単純に討伐数で割ると、索敵専門のハンターなんか圧倒的に不利だろ。敵を探すだけで全然倒していないからお前の報酬は無しだ、何て言ったら相当
あの時レイナ達がいなければ、アキラはヤラタサソリの群れに前後から挟まれていたのだ。レイナ達は十分活躍していた。アキラは
それにアキラ達は事前に報酬分配の相談など何もしていなかったのだ。急造のチームで等分割より
レイナはアキラの説明に理解を示したが完全に納得してはいなかった。レイナもアキラの足手
レイナが反論内容を考えていると、シオリが1歩前に出て口を挟む。
「お嬢様。既に相手が納得しており、こちらも報酬額の減額等がない以上、大人しく引き下がるべきかと。余計な口論は
アキラと再び
「わ、分かったわ。そうね。
「話はそれだけか?」
アキラにそう問われて、レイナが何かを言う前にシオリが口を挟む。
「以上になります。お手数をお掛けしました。お嬢様。戻りましょう」
シオリはレイナに迅速に戻ることを強く求めた。シオリに
アキラから離れた後でレイナがシオリに尋ねる。
「えっと、注意したつもりだったけど、私の態度はまだいろいろ
レイナとしては
シオリが少し険しい表情で答える。
「少なくとも、相手の誤解だとしても不必要に機嫌を悪くさせたのは確かかと。
「もう少し話をしてみたかっただけなんだけど……」
「お嬢様が数度怒鳴りつけ、そんなやつ一人で死ねば良いのよ、とまで言った相手です。不必要な会話は、余計な会話は、しばらく冷却期間を置いて謝罪した後にするべきかと。お嬢様の暴言を笑って許すカツヤ様と同じように考えてはいけません」
「そ、そうよね。分かったわ」
レイナがどの程度活躍できていたのか。アキラはレイナの活躍をどう判断していたのか。それをアキラに聞いてみたかったのだが、その機会は当分後になりそうだ。レイナはそう考えて、その機会を失わせた自分の言動を改めて後悔した。
レイナ達はアキラから離れていったが、カツヤ達はまだその場に残っていた。そのカツヤが少し言い
「あー、ちょっと聞きたいんだけど、サポート依頼って何の話なんだ?」
アキラが素っ気なく答える。
「本人に聞いてくれ」
カツヤはアキラの態度に少しむっとしたが、それを堪えて再度アキラに尋ねる。
「俺達はドランカム所属のハンターで、彼女達とはチームを組んでいるんだ。一応俺がリーダーをしている。チームを離れていた時の行動とかを知っておきたいんだ。ドランカムに報告の義務があったりもする。報酬がどうこうとかいう話があるといろいろあるんだ。教えてくれないか?」
「本人に聞け」
アキラはやはり素っ気なく答えた。取り付く島もない。
カツヤが口調を強めてアキラに問いただす。
「お前には何か話せない事情でも、隠しておかなければならない何かでもあるって言うのか?」
「本人に聞けば済む話だろ? お前は受けた依頼の内容を他者に
アキラは依頼に対して一応誠実であろうと考えている。口止めはされていないが、言いふらせとも言われていない。何よりアキラは1度シオリとかなり危険な領域まで
カツヤが本人に聞けば済む話だ。レイナ達が話せば話しても良いことなのだろう。黙っているならばそういうことなのだろう。アキラはそう判断して、本人に聞けと答えた。
アキラの態度にカツヤの
ユミナが心配そうにカツヤを見ている。
カツヤには自分が正しいと考えたことに対して若干盲目的な所がある。カツヤは単純に仲間の心配をしているだけだ。そしてチームのリーダーとしての責任があると考えている。カツヤがいない時にレイナ達がモンスターと交戦していた。その時の状況を知りたいだけだ。発端はそれだけなのだろう。
その状況を知っている人間がそのことを話そうとしない。カツヤが
このままではカツヤはアキラに怒鳴りつけ、力尽くで聞き出そうとしかねない。ユミナは厄介な騒動になる前にカツヤを
「カツヤ。戻りましょう。レイナに聞いた方が早いわ」
「ユミナ!?」
ユミナがカツヤではなくアキラの肩を持った。そう勘違いしたカツヤが驚きの声を上げた。
カツヤの反応と内心を予測し把握しているユミナが素早く続ける。
「そんなどこの誰かも分からない人の言っていることを聞いても、話の内容を信用なんかできないでしょう? 同じチームの仲間から聞いた方が早いし信用できるわ。ね?」
ユミナはそう言ってカツヤに優しく
ユミナは意図的にアキラを見下す口調でそう話した。普段のユミナからは考えられない態度だ。
ユミナはカツヤを落ち着かせる
「同意する。曖昧で不確かな内容や虚偽の内容ではカツヤが困る」
アイリの発言は素だ。
ユミナとアイリに
「そうだな。こんなやつに聞いても仕方ないな。戻ろう」
捨て
アキラがカツヤ達の言動を気にしているような素振りはない。アキラはカツヤ達を見てすらいない。それでもユミナはアキラに謝罪の意を込めて頭を下げ、その後にカツヤ達の後を追った。
アルファが不敵に
『4分の3が
『大げさだな』
『そうかしら? カツヤとユミナ。あの2人の関係は良好で付き合いも長そうね。きっと何度も似たような事態の仲裁に割って入って、何事もないように場を収めてきたのでしょうね』
『もしそうなら、大変そうだな』
『彼女はそれを善意で好きでやっているのでしょうけど、彼がそんな彼女に無意識に甘えているから、彼の性格がああなった可能性も多少はあるかもね。まあ、私達には関係ないわ』
『……。そうだな』
ユミナには悪いが、カツヤ達が起こす
アキラはアルファと雑談を続けながら警備を続けていた。
既にアキラはヤラタサソリの群れと3人で戦うという成果を残している。その疲労も残っている。アルファも警備を兼ねてアキラに訓練をさせようとはしなかった。
勘の良い職員が気を抜いて周囲の警戒を
アキラはその問いに正確に答えた。
職員が少し意外そうにアキラに話す。
「なんだ、ちゃんとやっているのか。疑って悪かったな」
「いえ、確かにさぼっているように見えたかもしれません。疲れているのは事実ですから。少しふらついていたかもしれません」
アキラはしれっとそう答えた。職員には見えないが、アキラの横でアルファが笑っていた。
「ああ、お前が未調査部分に
「分かりました」
職員が戻っていく。アルファが
『
アキラが少し不敵に笑って答える。
『まあ、良いじゃないか。これもアルファのサポートのおかげだ。誠に助かっております。それにアルファのおかげとはいえ、仕事自体はちゃんとやってるんだ。それが駄目だって言うなら、そもそも俺がここにいる時点で駄目だろう。俺は思いっきりアルファに頼っているからな』
『それもそうね』
アルファがアキラのサポートを止めた場合、ここにいるアキラはただの足手
その弊害として、周囲の警戒を少し
アキラはそのまま警備を続ける。何事もなく時間が過ぎていった。
クズスハラ街遺跡の地下街の調査、制圧を兼ねたヤラタサソリの巣の駆除依頼は24時間続けられている。地下街に生息しているモンスターに昼夜などないからだ。地下街の拠点を確保するためにも警備は常に行われている。
アキラの勤務時間はその内の8時間だ。これは勤務時間の下限だ。より稼ぎたいのなら24時間地下街にいても良い。当然だがアキラは8時間ちょうどで帰るつもりだ。
アルファからそろそろ時間だと教えられたアキラが本部と連絡を取る。
「こちら27番。本部、応答を求む」
「こちら本部。どうした?」
「そろそろ時間のはずだ。交代要員を送ってくれ」
「えー、ちょっと待ってくれ。確認する。27番か。……最低経過時間は満たしているな。了解した。そこの配置人数に問題はないから、そのまま帰って大丈夫だ。お疲れさん」
「端末の返却はどうすれば良いんだ?」
「契約期間中はそのまま持っていて構わないぞ。紛失等が心配なら仮設基地の職員に一度返してくれ。面倒ならそのまま持って帰っていい。明日はその端末を着けて直接ここの1階に来てくれ。なくしても端末代が報酬から引かれるだけだ。所詮量産品だ。予備もたっぷりある。戦闘中に壊すやつも多いからな」
「了解した。本日はこれで帰還する。以上」
「気を付けて帰りな。帰り道で襲われても、その分の報酬は出ないぞ。以上。お疲れ」
本部との通信が切れる。これで本日のアキラの仕事は終わりだ。
アルファが
『お疲れ様。今日も無事に生き延びたわね。これで後6日間。頑張りましょう』
『まだ今日は終わってない。都市に戻るまでは、いや、仮設基地に着くまでは、最低でも地上に出るまでは安心できない。地下から出ればアルファの探索能力は元に戻るんだよな?』
『そうよ。それではさっさと地上に出ましょう。一段落付いても気を緩めないのは良い傾向よ。成長の
アルファはアキラの成長を素直に称賛した。アキラも褒められて悪い気はしなかった。
さっさと帰ろうとしたアキラの視界にカツヤ達の姿が入る。アキラが地下街に入った時に既にカツヤ達は地下街にいたので、カツヤ達の拘束時間がアキラと同じなら、カツヤ達も既に帰ることができるはずだ。
『あいつら、まだ帰らないのか』
『仕事熱心ね。
『そうだな。早く帰ろう。帰って風呂だ』
そう言って機嫌良く帰ろうとするアキラにアルファが
『お風呂は銃の整備を終えてからよ? アキラの疲労状態から考えると、先にお風呂に入ると銃の整備をする前にアキラは眠ってしまう可能性があるわ』
アキラが無駄な抵抗を試みる。
『明日に回すってのは……』
アルファが笑って切り捨てる。
『駄目』
『……はい』
しっかり
レイナは立ち去るアキラの姿を何となく目で追っていた。そのことに特に理由はない。少なくともレイナに自覚できるような理由ではない。
カツヤがそのレイナの様子に気付く。
「レイナ。どうかしたのか?」
レイナがどことなく機嫌の良い様子で答える。
「ん? 何でもないわ」
カツヤはなぜかレイナの返事に
カツヤはその僅かな
「……本当か?」
レイナはカツヤにしては珍しい態度を少し
「……まあ、強いて言えば、私達より後に来た人が私達より先に帰っているなあって思ったわ。私達の交代要員はどうなってるのよ?」
レイナはそう話しながら自分も帰りたいのに帰れない状況であることを思い出し、口調を強めてカツヤに聞き返した。
カツヤが慌てて答える。
「さ、催促はしてるって。もうちょっと待ってくれ」
やぶ蛇だった、とカツヤは後悔しながらレイナを
「そう言ってもう3時間
レイナの機嫌が次第に悪くなっていく。レイナは話しながら自分の状況を再確認し、確認した状況に対し更に腹を立てていた。
アキラと一緒に戦った時のレイナは疲れを忘れて全力で戦っていた。その疲労は今もレイナに残っているのだ。交代で休んでいるとはいえ、硬い地下街の床に座っているだけでは、レイナの疲労は大して回復していなかった。その疲労がレイナの
余計なことを言うんじゃなかった。カツヤが少し後悔しながらレイナを
「派遣するハンターの調整に手間取っていたんだって。もう向かってるって。もうちょっとだって」
ユミナも何とかレイナを
「レイナも落ち着いて。カツヤを責めても仕方ないでしょ? もう少しの辛抱よ」
アイリは端的に話す。
「カツヤの責任ではない」
レイナの表情が僅かに引き
カツヤ達の予想通りレイナは自身の不満を大声でぶちまけようとした。
しかしそこでレイナは予想を裏切ってそれを
「……そうよね。悪かったわ」
カツヤ達が予想外の出来事に驚いている。
レイナがカツヤ達の態度を見て不満げに話す。
「何、その顔。文句でもあるの?」
「いや、ないぞ。なあ?」
「え? ええ」
「一々騒がなくなったのは良いこと」
最後のアイリの発言を聞いてレイナが若干眉をつり上げたが、それだけだった。レイナは自身を落ち着かせるために軽く息を吐く。
アキラはレイナのことを
そのアキラが何でもないことのようにレイナ達と報酬を等分割している。自分と同等の報酬を受け取る資格がある。レイナはそれだけの実力があると示した。あれほどの実力を見せつけたアキラにそう評価された気がして、レイナは上機嫌だった。
シオリはそのレイナを複雑な目で見ていた。レイナの成長は確かに喜ばしいことだ。しかしそのレイナの成長を促す切っ掛けとなったのは、今日のアキラとの出会いだ。シオリはできることなら自分がその切っ掛けになりたかった。シオリはレイナを助け支えるために彼女の
カツヤがシオリと雑談しているレイナを見ている。以前のレイナにあったどこか張り詰めた雰囲気は今のレイナからは感じられない。レイナが
レイナがいつ変わったかはカツヤにも分かっている。レイナがアキラを追いかけた後だ。
レイナはカツヤの制止を振り切ってアキラの後を追いかけた。カツヤがレイナと合流すると今のレイナになっていた。
カツヤがレイナに自分達と分かれていた間のことを聞くと、レイナは自慢げに自分がヤラタサソリの群れといかに戦ったかを話した。自画自賛に足る戦いぶりだったと語り、一緒にいたシオリもそれを認めた。
カツヤ達と再会した後のレイナは基本上機嫌だった。納得の行く戦いができたことで、レイナの気分が高揚しているだけだとも考えられるが、カツヤにはそれだけだとは思えなかった。
カツヤの仲間がカツヤの嫌う人間と同行した結果、その仲間は明確に成長して上機嫌で帰ってきた。カツヤは自覚こそないものの、そのことに不快感を覚えていた。
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