第28話 統企連の依頼

 アキラ達を乗せたトラックが出発地点の広場に戻った。広場は出発時より混雑していた。巡回用の荒野仕様車両が並び、それに乗り降りするハンター達でごった返している。


 アキラは荷台から降りると、まだ少し残していた警戒と緊張をようやく解いた。その精神的な疲労を吐き出すように息を吐く。


 アルファがうれしそうに笑ってねぎらいの言葉を掛ける。


『お疲れ様。問題なく生還できたわね』


『そうだな』


『本当に良かったわ。これも私のサポートのおかげね』


『……そうだな』


『14に行けと指定された時に、私も柄にもなくアキラの不運を過度に警戒してしまったけれど、気にする必要はなかったわね』


 アキラが怪訝けげんな顔と視線をアルファに向ける。


『だから、それはどういう意味なんだ?』


『大丈夫よ。気にしないで』


 アルファは変わらずに微笑ほほえんでいた。まだいぶかしんでいるアキラを、辺りに響く職員の声が中断させる。


「ハンター証を提示して依頼の完遂処理を受けろ! 報酬を手渡しで受け取りたい者はオフィスの受取窓口まで取りに行け! 支払開始時刻は本日18時からだ! 支払開始から48時間以内に受け取らない者は受け取りを放棄したと見做みなす! 繰り返す! ハンター証を提示して……」


 ハンターオフィスの職員は巡回から戻ってきたハンター達に向けて、毎回同じように叫んでいる。支払に関するめ事を出来る限り減らすためだ。


『アキラ。早く行って依頼を正式に完了させましょう。これを忘れたら大変よ。ほら、早く』


『分かったよ。分かったから、い加減に服を元に戻せ』


『あら、この格好がそんなに気に入らない?』


 アルファがアキラに向けて見せ付けるような体勢を取りながら悩ましく微笑ほほえむ。都市に戻ったことで意識を荒野用の緊張状態から元に戻したアキラには、少々刺激的な格好と仕草だ。


 アキラがぶっきらぼうに答える。


『良いから戻せ』


『仕方無いわね』


 アルファが笑って着替える。少なくとも水着よりは露出の少ない格好になった。それでも大分露出の多い姿なのだが、アキラは取りえずそれで良しとした。下手にいろいろ言った所為せいで、また気が散る服に着替えられても面倒だからだ。


 その後、依頼の完遂処理を行う列に並んで、職員の端末に自分のハンター証を読み取らせた。読み取り音がアキラに巡回依頼の完遂を告げた。


 アキラが軽い達成感を覚えていると、アルファから情報端末でハンターオフィスのサイトにつないで依頼履歴を確認するように促される。アルファに情報端末の操作を手伝ってもらいながら、ハンターオフィスの各ハンターの個人ページにつなぎ、依頼履歴の最新情報を確認する。そこには先ほど完遂した依頼が追加されていた。


 そこから依頼の詳細情報を閲覧する。依頼の件名、日時や期間、依頼の難易度、具体的な仕事の内容、具体的な達成内容など、様々な項目が並んでいる。そして報酬金額の欄に算出中と記述されていた。


『そういえば、報酬はどうやって受け取るんだ?』


『口座振り込みにしておいたわ。基本報酬は5000オーラム。追加報酬が幾らになるかは分からないけれど、アキラが倒したモンスターは1体だけだから、余り期待しない方が良いわね。支払開始時刻になったらハンターオフィスから振り込まれるはずよ。ハンターランクの上昇に関しては私にもよく分からないわ。ランク上昇の算出方法は非公開になっているそうよ』


 今のアキラにはハンターランク上昇より今日の宿代の方が重要だ。暫定の報酬額に少しだけ顔をしかめる。


『……まだ風呂付きの部屋に泊まれる金額じゃないな』


『まだ午前中の初回の依頼が終わっただけよ。今日の稼ぎを合算すれば多分大丈夫よ』


『そうだと良いけどな』


 巡回依頼は午前に3回、午後に4回に分けて行われている。巡回中に遭遇するモンスターの量に応じて消費する弾薬の量もまちまちなので、弾薬の残量に支障が出ない程度の時間で帰還できるように巡回時間を分けているのだ。


 また、巡回依頼を受ける者には駆け出しハンターも多い。そして駆け出しハンターなどは、事前に依頼の手続きをしても、現場には来ないことも多い。その理由は様々だ。単純に依頼をすっぽかした。複数回の依頼を受けたが、初回にモンスターに襲われて、怖くて次回以降の依頼から逃げだした。そして、モンスターの攻撃で死亡を含めた戦闘不能状態に陥った。駆け出しハンターによくある理由だ。


 ハンターオフィスはこれらの理由を区別しない。その理由が何であれ、該当のハンターの意思と実力が不足していることに違いはないからだ。


 アキラは次は11時開始の依頼を受けている。弾は3発しか使っていないので、弾薬補給に向かう必要はない。次の依頼までアルファとの雑談などで暇を潰していると、偶然近くをエレナが通りかかった。アキラに気付くと笑って声を掛けてくる。


「やっぱりアキラだわ。久しぶりね」


 アキラが丁寧に頭を下げる。


「お久しぶりです」


「シズカの店でその内に会えるだろうと思っていたけど、最近は来ていなかったみたいね。何かあったの?」


「シズカさんに強化服を注文してからは、それが届くまでハンター稼業を中断して宿に籠もっていました。その強化服がようやく届いたので、今日からハンター稼業再開です」


「そうだったの。前の怪我けがで何かあって休んでいた訳じゃないのね。良かったわ」


 エレナがアキラの強化服に着目する。


「それがその強化服ね? うん。結構似合ってるわ。格好良いわよ」


「ありがとう御座います」


 アキラは少し照れた様子を見せた。エレナはその様子を微笑ほほえましく思った後、表情を少し真面目なものに変える。


(……こうして見ていると、アキラも普通の子供に見えるわね。でも……)


 そして、エレナの変化に気付いて少し不思議そうにしているアキラに、エレナは丁寧に頭を下げた。


「今更だけど、私からも言っておくわ。サラと私を助けてくれてありがとう。本当に感謝しているわ」


 どこか戸惑っているような様子を見せているアキラに、エレナはしっかりと目を合わせて真剣な口調で続ける。


「サラから話を聞いたわ。私もサラと同じように、アキラに余計なことを聞かないし話さない。約束する。誓うわ」


 アキラは一瞬複雑な表情を浮かべた後、僅かにごまかすように笑った。


「……あ、はい。分かりました。お願いします」


 エレナはアキラの態度を見て少しだけ残念に思う。


(……やっぱりそのまますぐには信用してもらえないか。まあ、当然よね)


 エレナはアキラの態度を自分達への不信と捉えて僅かに心を痛めた。同時に納得もしていた。


 恐らくアキラは旧領域接続者で、それを他者に知られる危険性も十分に理解しているのだろう。ならば自分達を信じられなくとも仕方がない。それを他者に知られる意味は、時に命より重いのだ。エレナはそう考えている。だからこそ、アキラを出来る限り安心させるように優しくも誠実で力強く微笑ほほえんだ。


「これでもそれなりに実績のあるハンターとして、信用の重みを理解しているつもりよ。サラとシズカにも嫌われたくないしね。勿論もちろんアキラにも。だから、安心して」


「あ、いや、別にエレナさんとサラさんを疑っている訳では……」


「そう? 信頼してくれてありがとう。うれしいわ」


 エレナがうれしそうに笑いかける。するとエレナの自分に対する誠実な態度に少し慌てていたアキラが、気恥ずかしそうな様子で別の意味で軽く慌て始めた。


 エレナはアキラの様子から自分達に対する不信を感じられないことをうれしく思って顔をほころばせた後、少し名残惜しそうに続ける。


「もう少しいろいろ話したいところだけど、実はちょっと急いでいるのよ。またシズカの店とかでゆっくり話しましょう。ここにいるってことはアキラも巡回依頼なんでしょうけど、久々のハンター稼業ってことなら油断は禁物よ。十分気を付けなさい。じゃあ、また今度ね」


「はい。気を付けます。エレナさんもお気を付けて」


 エレナが軽く手を振って去っていく。その姿が視界から消えた後、アキラは僅かにうつむいて大きく息を吐いた。その胸中には、サラに礼を言われた時と同じ強く重い感情が生まれていた。


 アルファが察して声を掛ける。


『アキラ』


 アキラも以前アルファに言われたことを思い出す。


『分かってる。大丈夫だ』


 次は誰かを殺す口実としてではなく、エレナ達を助けるために助ける。そのための実力を身に付ける。エレナ達のために、そして自分のために。アキラは改めてそう決意して気を取り直した。


 その様子を見てアルファが微笑ほほえむ。


『それなら良いわ。そろそろ次の依頼の時間よ。移動しましょう』


『分かった』


 アキラは顔を上げてしっかりとした足取りで歩き出した。




 次の巡回依頼の時間が近づいてくる。アキラが前回と同じように指定された車両に向かっていると、そのそばでアルファが少しだけ表情をしかめていた。


『……またこの番号ね。アキラには縁のある番号なのかしら』


 指示された番号はまた14番だった。また意味ありげなことを意味ありげな顔で口にしたアルファを見て、アキラも少し顔をしかめる。


『だからさ、そういう気になる発言をするのなら、番号の意味を教えてくれ』


『大した意味はないわ。げんを担ぐ意味で、少々縁起の悪い数字ってだけよ』


『……ああ、なるほど。俺の運が悪いって意味なのか』


『そういうことよ』


 アキラはそれで納得した。アルファもそれ以上詳しくは話さなかった。


 次の巡回依頼が始まる。荷台を見渡して同乗者を軽く確認すると、前回の依頼で一緒だった者も数名乗っていた。ドランカムのハンター達とハザワの姿はなかった。


 今回の若手ハンターはアキラだけだった。前のような騒ぎはなかったが、足手まといと見做みなした視線をアキラに向ける者はいた。だがアルファのサポートによる精密射撃で数回モンスターを仕留めた後は、その視線も無くなった。


 その高精度な射撃技術から、アキラを義体者だと考えた者もいた。一見類いまれな精密射撃も、高性能な狙撃ソフトを義体の制御装置に入れた義体者ならそこまで困難ではない。そして体を新しい義体に変更した有能なハンターが、義体の慣らしのために低難度の依頼を受けていても不思議はないからだ。


 巡回依頼は特に問題なく進んでいった。モンスターの強さも襲撃頻度も普段より少し多く若干強い程度のものだ。追加報酬を期待するハンター達にとっては、今回は当たりだったことになる。


 アキラも他のハンター達に混ざって多くのモンスターを倒した。支払われる追加報酬を期待して、僅かに顔を緩ませていた。


 巡回を済ませたトラックが帰路に就くと、多額の報酬を期待できそうなハンター達が報酬の使い道を笑いながら話し始めた。歓楽街での豪遊など、気前の良い会話も聞こえてきた。


 アキラも上機嫌だった。倒したモンスターの数から報酬額を予想する真似まねなどは出来ないが、周りのハンター達の様子から、結構期待できそうだと考えていた。


『これなら風呂付きの部屋に泊まれそうだな。今日はゆっくり風呂に入ろう』


 アキラは2回の巡回依頼を完遂して少し余裕を覚えていた。アルファが微笑ほほえみながらくぎを刺す。


『午後も巡回依頼を受けるのだから気を抜いては駄目よ? 明日以降も風呂付きの部屋に泊まるために頑張りなさい』


『分かってる。でもあの程度なら大丈夫だ。次の依頼だけ難易度が高かったりするのか?』


『受けた依頼の難易度は同じよ。でも依頼の説明上の難易度と、実際の難易度が異なることはよくあるわ。特にこういう討伐系の依頼はね。アキラならその意味はよく理解できるでしょう? 何しろ同じ日にモンスターの群れに2度も襲われた経験があるのだからね』


『そうだな。気を付けるよ』


 アキラは苦笑して一度緩んだ気を引き締めた。前例があるだけに、自分の運の悪さは理解しているのだ。




 次の巡回依頼の手続きを済ませたアキラが、広場でハンター向けの栄養食をかじっている。次に乗り込む車両の番号はまたも14番だった。


『これ、多分同じ番号を使い回しているんだろうな』


 アキラは縁起が悪いと教えられた数字が続いていることに微妙な表情を浮かべていた。逆にアルファはもう気にしていない様子で微笑ほほえんでいた。


『多分そうよ。気にすることはないわ。それで、次の巡回依頼の開始時刻まで少し時間があるけれど、どうする?』


『どうするって言われても……、残弾には余裕があるから弾薬補給に戻る必要もないし……、食事も済んだし……、特に思い付かない』


『それならもう巡回車両に向かって、そこで仮眠を取ると良いわ。依頼を調子良く終わらせた高揚で、疲れを自覚していない恐れもあるからね。念のために休んでおきなさい。軽い仮眠でも随分楽になるわ』


『そうか? 分かった』


 アキラは巡回用のトラックに向かうと、まだ誰もいない荷台に上がって隅の席に座った。そしてリュックサックを足下に降ろして仮眠の体勢を取った。


 アルファが微笑ほほえみながら優しげな声を出す。


『時間が来たら起こすわ。おやすみなさい』


『頼んだ。おやすみ』


 アキラは軽くうなずいて目を閉じた。するとすぐに眠気が襲ってくる。アルファの指摘通り、自覚していない疲労がまっていたのだ。そのまま気を緩めて眠気に逆らわずに眠りに就く。


 スラム街の裏路地で過ごしていた頃のアキラには、この環境下で気を緩めて眠ることなど無理だ。武装した者達だらけの中で起きるなど自殺まがいの行為だと考えてしまい、絶対に眠れない。アキラにその自覚は無いが、それを出来るようになったのは、アルファへの信頼に他ならなかった。




 広場は巡回依頼関連のハンターや商売人などでにぎわっている。そこで人を待っているエレナ達は他の者達よりも視線を集めていた。


 その原因はサラの胸元にあった。その胸元が大きく開けられているのだ。ナノマシンの補充量を誤った所為せいで、その保管場所でもある豊満な胸を防護服に仕舞しまい切れず、前面のファスナーを大きく開くというその場しのぎの対応をした結果だ。


 開放部がそれ以上開かないように、装備固定用の頑丈なベルトを胸の上下に巻き付けて締めている。それにより美しく豊艶な胸が更に強調されていた。しかも開放部の隙間からのぞかせる胸の谷間は素肌で、インナー類を着けていないことが一目瞭然だ。


 エレナが苦笑する。


「やっぱり上に何か羽織るか、下に何か着るかした方が良いんじゃない?」


 サラが少し開き直ったように笑う。


「下手な物を羽織ると動きを阻害するから駄目なのよ。インナー類はもう全部破れたわ。多分防護服との相性が悪かったのね。予備も残っていないし、身体強化拡張者の動きに耐える物は高いし、仕方がないからしばらく我慢するわ」


「サラの防護服はナノマシンの性能向上機能も兼ねているから、インナー類もその辺の相性とかもあるのよね。旧世界製の下着なら単純に頑丈だから大抵は大丈夫だけど、それを余分に確保するほどの余裕は私達にはまだないか。まあ、仕方無いわね」


 サラが悪戯いたずらっぽく笑いながら提案する。


「エレナが私と同じように前を大きく開けてくれれば、注目も多少はそっちに移るわ。私を助けると思ってやってもらえる?」


 エレナが笑ってあっさりと答える。


「嫌よ」


「残念」


 サラは少し大袈裟おおげさに残念そうに笑って返した。


 ちょうどその時、待ち合わせていた者達の一人である少年が駆け寄ってきた。エレナ達の前まで来ると、うれしそうに笑って張り切った様子を見せる。


「エレナさん! サラさん! 今日はよろしくお願いします!」


 少年はカツヤだった。僅かに遅れてユミナとアイリも到着する。


 ユミナはカツヤへのあきれが混ざった世話焼きの苦笑を浮かべていた。


「カツヤ。一人で先に行かないでよ。……随分張り切っちゃって」


 ユミナは僅かな嫉妬が混ざった不満の言葉を誰にも聞こえない小さな声でつぶやいてから、我に返ったように気を切り替えて丁寧に頭を下げる。


「エレナさん。サラさん。今日はよろしくお願いします」


 アイリも少し感情の起伏に乏しい表情で続ける。


よろしくお願いします」


 カツヤ達はエレナ達を慕っていた。そこに付随する感情は様々だが、自分達より格上であると認めて尊敬の念を向けているのは同じだ。単純に自分達よりも格上のハンターはドランカムにも多数在籍しているが、自分達を含めた若手ハンターを軽んじる傾向がある所為せいで好感は持てなかった。一方エレナ達は過去に何度か一緒に仕事をした時も、自分達を若手だと軽んじたり、侮蔑や嘲笑、嫌悪などの態度を見せたりしなかった。明確に実力の劣る相手に対する配慮などを感じたことはあったが、それは仕方が無いと考えていた。むしろその気遣いをうれしく思っていた。


 そのような事情もあり、カツヤは強くて優しくて尊敬できる上に美人なエレナ達と一緒にハンター稼業をすることに浮かれ気味で、かなり張り切っていた。


 ユミナとアイリは同じ女性ハンターとしてエレナ達を自分達の理想像だと考えていた。だからカツヤの浮かれようもある程度は仕方無いと思って我慢していた。


 カツヤ達から少し遅れてシカラベがやってくる。シカラベは露骨にやる気を出しているカツヤ達に若干あきれた様子を見せた後、仕事の態度に切り替えてエレナに声を掛ける。


「遅れたか?」


「いいえ。大丈夫よ」


「そうか。じゃあ後は頼んだ。適当にしごいてやってくれ」


 ドランカムはエレナ達にカツヤ達と一緒に巡回依頼を受けるように別枠で依頼を出していた。その名目は様々だが暗黙的にカツヤ達の世話焼きや訓練、護衛が含まれていた。要は新人ハンターの子守だ。エレナ達もそれは承知の上で依頼を受けていた。


 ドランカム所属の若手ハンターは一定の経験、実力、実績を身に着けるまで、世話役のハンターの下で活動することを徒党から義務付けられている。これはただでさえ死にやすいハンター稼業の中で、更に死にやすい若手の生還率を上げるためであり、一種の優遇措置でもある。


 カツヤはその才能を見込まれて、ドランカムでもかなりの実力者であるシカラベの下に付けられていた。これにはその類いまれな才能を見いだしたのがシカラベだという理由もある。


 しかしシカラベはその才能を認めはしたものの、カツヤ個人には好感を持っておらず、かなり嫌々面倒を見ていた。依頼を名目にしてカツヤ達の世話をエレナ達に押し付けようとしているのも、そういう理由があってのことだ。


 自分の仕事は終わったと言わんばかりの様子を見せているシカラベに、エレナが少し申し訳なさそうに告げる。


「それなんだけど、ごめんなさい。急で悪いけど、この依頼はキャンセルさせてもらうわ」


 今回の依頼を楽しみにしていたカツヤが驚きの声を上げる。


「ええっ!? ど、どうしてですか!?」


 シカラベも驚きながら少し不機嫌な顔をエレナに向ける。


「どういうことだ? 直前で依頼をキャンセルするんだ。相応の説明はしてもらえるんだろうな」


勿論もちろんよ。ハンターオフィス経由で依頼の割り込みが入ったの。悪いとは思っているけど、私達はそちらを優先させてもらうわ」


 エレナの説明を聞いても、カツヤ達は強めの困惑が混ざった不満げな様子を見せる程度だ。しかしシカラベはそうはいかない。ドランカム側の人間として、その程度の理由で依頼を断ろうとするエレナ達に不快感を見せた後、軽く威圧しながら話を続ける。


「その程度のことでドランカムから一度受けた依頼を蹴る気か? それでこっちが納得すると本当に考えているのなら、こっちも相応の対応を取る必要が出てくるぞ?」


 だがそのシカラベの態度も、エレナの次の言葉で急変する。


「その依頼元が統企連でも?」


「……統企連!?」


 シカラベが驚きをあらわにする。それはエレナ達への不満を消し飛ばすのに十分な理由だった。


 東部統治企業連盟、通称統企連は東部を事実上支配している巨大組織だ。ハンターオフィスもその傘下組織の一つにすぎない。ハンター達にとって、依頼元にこの名前を出される意味は絶大だ。統企連からの依頼を下手に断ると、最悪の場合、東部全体を敵に回すことになり兼ねない。


「依頼自体はクガマヤマ都市周辺の巡回任務で、ちょっと危険度が高い地域ってだけなんだけど、依頼元が統企連になっていたの。普通はその程度の依頼ならクガマヤマ都市が依頼元になるはずなんだけどね。理由は分からないけど、ハンターオフィスを介しての正式な依頼だから単純なミスとは思えないわ。悪いけど、私達も知り合いとそこら辺を見て回る程度の理由で統企連からの依頼を断る度胸はないの。キャンセル料はハンターオフィスが代わりにドランカムに振り込むから、それで納得してちょうだい」


 エレナがそこまで説明してから少し挑発的に微笑ほほえむ。


「それとも、ドランカムが全責任を負って統企連と交渉してくれる? そこまでするって言うのなら、私達も考えるけど」


 シカラベが苦笑して首を横に振る。


無茶むちゃを言うな。分かった。ドランカム側には俺から連絡する。……しかし統企連か。何が起きているんだ?」


「さあね。そういうことだから、私達はいろいろ準備もあるし忙しいの。悪いけど、もう行くわ。じかに会って断って筋は通した。ドランカム側にはそう伝えて」


 ハンターオフィスが統企連名義で依頼を出すのは、基本的に最前線近辺で活動するような一流ばかりだ。エレナ達もクガマヤマ都市近辺で活動するハンターとしてはなかなかの実力者だが、統企連が相手をするほどではない。シカラベもエレナ達もそれを分かっているので、依頼に対する疑念を深めていた。


 サラがカツヤ達に軽く声を掛ける。


「まあ、そういう訳なのよ。今日はごめんなさい。また今度ね」


「……あ、はい。残念だけど、仕方無いですね」


 カツヤは少し不満そうではあったが、エレナ達に我がままを言う訳にもいかず、残念そうにそう答えた。同時に視線がサラの胸の谷間に吸い込まれたが、すぐに戻した。サラは軽く苦笑していた。


 エレナ達が去っていく。その後、シカラベはドランカムに事情を連絡して今後の対応を協議していた。


 カツヤがめ息を吐く。


「統企連からの依頼か……。驚いたけど、それで俺達との仕事が邪魔されるなんて残念だ。……次の機会はいつになるんだろう」


 ユミナ達は今回の依頼が完全に流れたことをカツヤと同じようにひどく残念に思いながらも、そのカツヤの様子を見て複雑な思いを抱き、それを僅かに顔に出していた。


 ユミナが気分の切り替えを兼ねて意地の悪い笑顔を浮かべる。


「次の機会なんて、もう無いかもしれないわね。カツヤはサラさんの胸の谷間を凝視していたし、嫌われたかも」


 カツヤが軽く吹き出した。そして慌てながら焦りを顔に出す。


「お、俺、そんなに露骨に見てたか?」


 アイリがユミナの発言を肯定するように真顔で追撃する。


「見てた」


 更に焦り始めたカツヤが自身に言い聞かせるように言い訳する。


「……いや、あれは見れていたんだ。仕方が無いことだったんだ。あれは見てしまうって。男なら皆同意するはずだ。だからサラさんも分かってくれるはず……」


 ユミナが楽しげに追撃する。


「サラさんは女性だから分かってくれないと思うわ」


 アイリも冷静に追い打ちする。


「希望的観測は時に致命的な状況を招く。諦めた方が良い」


 明らかに揶揄からかっているユミナとは異なり、端的に事実を述べているようなアイリの態度に、カツヤが動揺を強くする。


「ち、違うんだ。サラさんが珍しくペンダントを着けていて、そのペンダントトップの弾丸が珍しくて、それが胸の谷間に挟まっていたから、ちょっと気になっただけなんだ。仕方が無いんだ」


 ユミナとアイリが相談も無しに息を合わせる。


「そういえば、サラさんにしては珍しくペンダントを着けていたわね。武骨な感じだったけど似合ってたわ。誰かからのプレゼントかしら?」


「サラさんやエレナさんが自分で選んだとは考えにくい。誰かから贈られた物である可能性は高い」


「恋人からもらったのかもしれないわね」


 カツヤが軽く衝撃を受ける。


「こ、恋人……。いや、でも、エレナさんとサラさんは2人だけでチームを組んでいるって話だし、恋人がいるならそれは不自然じゃ……」


「恋人はハンターではないのかもしれないわ。それなら別に不自然じゃないわね」


「ハンターだとしても既に別のチームで活動していて、メンバー間の人間関係の問題で一緒にハンター稼業を行うのが難しいのかもしれない。その場合は別に不自然ではない。又は移籍交渉の途中かもしれない」


 ユミナ達が他の女性に意識を向けるカツヤをへこまして遊んでいる。カツヤはそれに翻弄され続けていた。


 シカラベが不満げな様子で通話を切る。交渉が不調に終わっていたことに苛立いらだちながら情報端末を仕舞しまい、気を切り替えてカツヤ達に結果を伝える。


「お前達が希望するなら今日は解散しても良いことになった。解散しない場合は、午前中に受けた巡回依頼を俺と一緒にもう一度やることになる。どうする? エレナ達との仕事は流れたんだ。今日はもう解散で良いんじゃないか?」


 シカラベとしてはこの場で解散したいのだが、立場上それを口には出せない。代わりに察してほしいような視線を向けながら返答を待つ。


(……解散にしろ。俺から解散とは言い出せない事情を察しろ。エレナ達の会話の中にも不穏な空気が流れていただろう。お前達だって俺と一緒に巡回依頼をするのは嫌なはずだ。エレナ達と一緒に行動する機会はまたすぐに回ってくる。俺の下で頑張る必要はないだろう。めておけって)


 シカラベの意味深な無言の訴えはカツヤには届かなかった。カツヤがユミナ達に尋ねる。


「どうする? 俺は折角せっかく準備をしてきたんだし、少しでも依頼を受けて早めにハンターランクを上げたい。俺達のハンターランクだと自分で依頼も受けられないし、遺跡探索にも行けないからな」


 現状ではどちらもシカラベの許可が要る。カツヤは早くその立場から抜け出したかった。そうすれば自分を軽んじる者も減ると思っているのだ。


「カツヤがそう言うのなら私は構わないわ」


「問題ない」


 ユミナもアイリも基本的にカツヤの意志に従う。カツヤに対する淡い恋心がそれを助長していた。


 シカラベがその3人の様子を冷ややかな目で見ている。その視線は特にカツヤに対する非難を強く示していた。


(……また表向きだけ多数決か。その2人はお前が先に意見を言ったら嫌だとは言わねえだろうが。自覚してやってるのか? それとも自覚無しでやってるのか?)


 以前はシカラベの下に5人の若手ハンターが就いていた。しかし今はカツヤ達3人だけだ。何かを若手だけで決める時に多数決を取ると常にカツヤの意見が通るので、嫌気が差した残りの2人が他のチームに異動を願い出たからだ。


 シカラベはその多数決の暴力の片鱗へんりんを見て、ますますカツヤが嫌いになった。


 カツヤがシカラベに自分達の決定を告げる。


「巡回依頼を続けます」


「……分かった」


 シカラベが再びドランカムに連絡を入れて依頼の手続きなどを済ませようとする。情報端末を取り出しながらカツヤ達に背を向けると、嫌そうな表情で小さくめ息を吐いた。


(くそっ。こいつらの面倒さえなければ、統企連からの依頼の裏を今からでも調べられるってのに。若手の育成に力を入れるのは分かるが、そいつらの装備代を稼いでるのは俺達で、そいつらの訓練に付き合わされて安い依頼を受ける羽目になっているのも俺達だ。幹部連中にはその辺の事情をもう少し考慮してもらいてえな)


 それはドランカムの方針でありカツヤ達の所為せいではない。シカラベもそれは理解している。しかしそれでも恩恵を得る者と不利益を被る者の間で、悪感情が発生するのは仕方が無い部分もある。シカラベはそこまで割り切れなかった。




 エレナとサラが自宅の車庫で依頼の準備をしている。自前の荒野仕様車に弾薬等を積み込み、搭載している機銃や大型情報収集機器の状態を確認する。車に装甲を念入りに追加して、車両用のエネルギータンクも余分に積み込む。そこらの荒野を巡回する程度の準備としては少々大袈裟おおげさだ。


 基本的に車の運転は機銃や情報収集機器の操作も含めてエレナの仕事だ。サラは車両から身を乗り出して両手の銃でモンスターを掃討するのが主な仕事だ。それぞれの仕事に責任を持って、念入りに準備を整えていた。


「ねえエレナ。今回の依頼、エレナはどう思う?」


「ちょっと調べたけど、大したことは分からなかったわ。ただ、近場の遺跡にいるハンターにも似たような依頼が届いているらしいわ。私達程度のハンターに統企連の名で依頼を出したことを考えれば、他にも相当数のハンターに同様の依頼が出ていると考えて良いでしょうね。一帯のハンターを都市に戻そうとしているのかもしれないわ」


 サラが怪訝けげんな様子を見せる。


「そうすると、モンスターの大規模な襲撃でも探知したとか? うーん、でもその程度のことで統企連の名前を出すってのは変か。その程度なら、都市の防衛隊が張り切れば済むわ。防衛隊の維持費が高いって文句を言う客に、存在意義をアピールする絶好の機会でもあるし、活躍の場を奪うハンターを態々わざわざ都市に集めるってのもね」


 エレナも少し難しい顔で同意する。


「そうなのよ。だから私も依頼の意図が読めないわ。何らかの保険。そういうことなら良いんだけどね。私達は何があっても良いように、しっかり準備をしておきましょう」


 エレナは気を引き締めるようにそう答えた後、表情と口調を和らげた。


「まあ、大丈夫よ。最近は調子も良いし、そのおかげで稼ぎも順調。装備も新調できた。以前の不調がうそのようだわ。上手うまく行かない時はとことん上手うまく行かないものだって話を聞くけど、本当に大変だったわね」


 サラがしみじみと答える。


「あの頃は大変だったわね……。あの悪い流れが引っ繰り返ったのは、ちょうどアキラに助けられた時か。私達の命を助けてもらって、私達の運勢まで引っ繰り返してもらって……、本当に感謝しきれないわ」


 エレナも同意するように微笑ほほえんでうなずいた。


「アキラと言えば、今日偶然会ったわ。私達を助けてもらった礼をやっと直接言えて、私もようやく少し気が楽になったわ。ちゃんとサラと同じように私も余計なことを聞かないし話さないって約束しておいたから安心して」


「アキラと会ったの? シズカの店でその内に会えるだろうと思っていたけれど、見掛けなかったのよね。どこで会ったの?」


「カツヤ達もいた広場よ。アキラも巡回依頼を受けているみたいね。シズカの店で強化服を注文して、それが届くまでは宿で大人しくしていたって話よ。確かに、折角せっかく強化服を買ったのにそれが届く前に荒野に出て怪我けがでもしたら台無しよね」


「アキラもハンターとして装備を着実に調えている訳か。私達も頑張りましょう」


「ええ。そうしましょう」


 エレナ達は軽く笑い合って機嫌良く準備を続けた。統企連からの依頼という少々裏の読めない事態が発生しているが、今の自分達なら問題ないと自信を持っていた。

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