第17話 運が悪い者達

 アキラが荒野に出る準備を済ませて宿を出ると、外でシェリルが待っていた。


「アキラ。おはよう御座います」


「おはよう。朝から何か用か? 今から遺跡に行くから手短にしてくれ」


「あ、はい」


 シェリルは自分なりに好感を得やすい笑顔を作って笑いかけたつもりだった。だがアキラの反応はひどく鈍いもので、過去の成功例のような反応は全く感じられない。


 手強てごわい。僅かな戸惑いを覚えながら内心でそう思いつつ、すぐに気を取り直して手短に用件を伝える。徒党の現在の状況。拠点の場所。アキラと連絡を取るにはどうすれば良いか。新入りと顔合わせをしたいので、今日の夜に拠点に来てほしい。それらのことを要点をまとめて説明し終えると、相手の来訪をとても期待しているような、どこかびるような表情や仕草をりげ無く向ける。


「後ですね、出来れば定期的に私の拠点に顔を出していただけないでしょうか? その、暇な時で構いませんので」


「暇な時で良いのなら、俺は貧乏暇無しでいろいろと忙しいから、その機会は無いな」


 シェリルが笑顔を引きらせる。アキラの態度から冗談ではなく素で本気で言っていると理解したからだ。


 実際にアキラは定期的な予定を加えることで、今後の行動に制限が加わるのを無意識に嫌がっていた。明日をも知れぬ身のハンター稼業。それを受けると場合によっては定期的に約束を破る契機となり兼ねない。ならば守れない約束はしない。自覚はないが、そう考えていた。


 シェリルもそこまでの機微は読み取れず、少し焦って食い下がる。


「そ、そこを何とかお願いできませんか?」


 暇なら顔を出してほしいという明確な日時の指定すら無い曖昧な頼みすら断られるようだと、今後の徒党の運営に多大な支障が出る。スラム街の者達から、アキラに切り捨てられた、と思われた時点でシェリルは詰む。アキラが拠点に全く顔を出さなければ、その危険は跳ね上がる。何とかしなければならなかった。培った経験を駆使して表情を作り、アキラを見詰めて懇願する。


 だがアキラの反応は鈍かった。面倒そうな態度まで出して、少し強引に話を切り上げる。


「……その辺は後で相談しよう。まあ、行ければ今日の夜ぐらいに一度顔を出すよ。詳しい話はその時だ」


 取りえず約束は取り付けたと、シェリルは半分自身をごまかして安堵あんどした。そしてこれ以上機嫌を損ねないように話を切り上げる。


「わ、分かりました。では詳しいことはその時に拠点で相談するということで。お待ちしています」


「用件はそれだけか?」


「はい。……あ、そういえば、実は私の拠点の前に死体が転がっていたんですけど」


「死体? スラム街なんだ。別に珍しくないだろう」


「いえ、まあ、ちょっと死体の数が多かったので、物騒だなと思っただけです。アキラなら大丈夫だと思いますけど、立ち寄る際には一応御注意をと、それだけです」


「そうか。分かった。じゃあな」


「はい。お気を付けて」


 シェリルはアキラを愛想の良い笑顔で見送った。そしてその姿が見えなくなると、その顔を怪訝けげんそうなものに変える。


(……あいつらを殺したのはアキラかもしれないって思って聞いてみたけど、外れかしら? でも、話をごまかしたような感じもあったわ。やっぱりアキラの仕業なの? でもあいつらが私を襲おうとして、どこかに隠れていたアキラに返り討ちにされたのだとしても、それを隠す理由なんか思いつかないし……、もしそうならむしろアキラから話して私に恩に着せるべきよね。分からないわ。……まあ、何らかの抗争に巻き込まれて殺されただけかもね)


 シェリルは身に着けているペンダントを何となく見てみる。昨日アキラにもらったものだ。


(……やっぱり安物よね。昨日はこれで私がアキラのお気に入りだって通したけど、少し無理があった気がするわ。アキラに金を渡してでも、もうちょっと良いやつを買ってもらった方が良いかしら?)


 アキラの協力を取り付けたものの、まだまだ前途多難な状況だ。シェリルは次の手を思案しながら帰っていった。




 アキラがクズスハラ街遺跡の近くで拡張視界上のモンスターを標的に射撃訓練を続けている。


 標的はもう攻撃されるまで棒立ちの的ではなく、周辺を彷徨うろつく移動目標に変わっている。更にはアキラに気付いて襲い掛かるように変更されている。背から生やした銃器類で反撃するもの。食い殺そうと勢い良く駆け寄ってくるもの。映像だけの存在とはいえ、様々なモンスターを相手に動じず、騒がず、冷静に銃撃する訓練が続く。


 落ち着いて照準を合わせたとしても、今のアキラの実力ではモンスターの弱点を正確に撃ち抜くのは至難の業だ。倒しきれなかったモンスターの攻撃で、アキラの死亡判定も増えていく。そのたびに死因に応じた負傷を負ったアキラの死体が積み重なっていく。


 身体部位の欠損どころか、上半身や下半身を丸ごと失ったもの。全身に銃弾を山ほど浴びてき肉と化したもの。映像だけの存在とはいえ、無数のアキラが無惨な死体と化し、積み重なって山となっていた。


 アキラがその山を見て、顔をゆがめながらつぶやく。


「訓練とはいえ、作り物とはいえ、自分の死体を見るのは慣れないな」


 アルファが少し真面目な顔で忠告する。


『慣れてもらっても困るわ。訓練だからと軽んじずに真剣にやりなさい。実戦で同じ目に遭わないようにね』


「分かってるよ。それはそれとして、東部にはあんなモンスターが山ほどいて、ハンターにはそれを鼻歌交じりで倒せる連中が幾らでもいるんだよな。いや、それがハンターの実力としては普通なのか? 真面まともなハンター登録を済ませてようやく普通のハンターになったと喜んでたけど、この調子だと実力の方もその普通になるのは一体いつになるんだか……」


 訓練を続け、成長の手応えは感じている。だが現時点の実力と目指すべき実力との差をそれ以上に実感し、アキラはめ息を吐いた。


 たとえ目指す先がはるか遠方であっても地続きならばと、歩みを止めずに進み続ける者もいる。だが大半の者は遠すぎるからと歩む前に諦める。あるいは途中で挫折する。依頼達成の道半ばでアキラに挫折してもらってはアルファも困る。そこでアキラを元気付けるように明るく笑い、その道程の印象の書き換えを図る。


『装備の差も大きいからそこまで悲観することはないわ。金をめて良い装備を買えば結構何とかなるものよ?』


「そうなのか?」


『そうよ。参考までに教えると、以前にアキラが助けたエレナとサラなら、今アキラが戦っているモンスター程度、相手が群れでも多分余裕で倒せるわ。鼻歌交じりかどうかまでは知らないけれどね」


 アキラはかなり驚いていた。幾らアルファのサポートを得ていたとはいえ、自分が助けなければ恐らく死んでいた者達が、そこまで強いとは思っていなかったのだ。


「あの2人、そんなに強いのか? じゃあ何であの時は負けてたんだ?」


 このある意味でエレナ達に対する不当な評価は、アキラの戦闘経験の浅さや自身の実力の軽視による部分が大きい。アルファはそれを分かった上で、えてそこには触れずに答える。


『対人戦と対モンスター戦の違いもあるし、色無しの霧の影響なども関係するけれど、一番の要因を挙げるなら、物すごく運が悪かった、としか言えないわ。あの2人はアキラの足跡を追っていたようだし、アキラの不運でも移ったのかしらね?』


 アルファが冗談交じりにそう言うと、アキラが非常に嫌そうな顔を浮かべる。


「……そういうわれの無い中傷はめようじゃないか」


『あら、ごめんなさい』


 アルファは軽く笑って謝った。アキラは黙って射撃訓練に戻った。その沈黙には心のどこかで、そうかもしれない、と思ってしまったことへのごまかしが含まれていた。そしてそのごまかしを兼ねて訓練に熱を入れた結果、遠すぎる目標への印象などすぐに忘れてしまった。


 その結果に、アルファは満足げに笑っていた。




 アキラは射撃訓練を終えると、続けて索敵訓練を兼ねた遺跡探索を開始した。まずはいつものように双眼鏡で遺跡周辺の様子を確認する。問題なければそのまま遺跡に進み、慎重に奥を目指すことになる。


 だが今回はいつも通りにはならなかった。アキラが自力で周辺の安全確認と移動ルートの思案を続けていると、アルファから普段は自力での訓練だからと止めていた指示が出る。


『アキラ。双眼鏡を情報端末に接続して』


「ん? 分かった」


 指示通りに双眼鏡から端子を伸ばして情報端末につなげると、アルファが制御下の情報端末を介して双眼鏡を操作し始める。画像の拡大率が急激に変わり続け、レンズの稼動部が上下左右に動き続ける。レンズの可動域の外は、アキラがアルファの指示通りに双眼鏡を動かして対処する。


 双眼鏡越しの景色は目紛しく変化し続けており、アキラには何が映っているかの判別も難しい状態だ。だがアルファはその全てをしっかりと認識していた。そして急に表情を険しくすると、叫ぶように指示を出す。


『アキラ! すぐに遺跡へ急いで! 早く!』


 その理由を問う時間が命取りになる。アキラは以前の経験とアルファの態度からそれを察し、すぐさま走り出した。


『何があったんだ!?』


 本来ならここまで急いで走りながら会話など出来ない。だが念話ならば呼吸を乱すこともなく、全く問題ない。これも念話の利点だ。


『遺跡の中でトレーラーがモンスターの群れに襲われているわ』


『待ってくれ。何でそれで、遺跡の方へ急ぐんだ? 逃げるなら方向が逆だろう?』


『アキラ。何を聞いても立ち止まらずに走り続けてね。モンスターの群れはそれなりに規模が大きいの。トレーラーの人達も応戦しているけれど、殺されるのは時間の問題よ』


 アキラの顔が怪訝けげんゆがむ。だが走る速度は緩めない。指示に逆らうと死ぬ危険が跳ね上がる。その経験が生きていた。


『だから、それなら尚更なおさら走る方向が逆だろう? 見ず知らずの人を命懸けで助けに行く義理はないぞ?』


 自分の都合とはいえ、アキラは以前にその見ず知らずのエレナ達を助けていたのだが、それを完全に棚に上げていた。アルファも普段ならその指摘ぐらいはしていたが、今は割愛する。


勿論もちろんよ。アキラの命を最優先に、一番安全な場所に誘導しているわ』


『だから、何で、それで、その群れの方向に急がなきゃいけないんだ?』


 そのもっともな疑問に、アルファが状況のひどさを添えて答える。


『残念だけれど、アキラも既にモンスターの群れに捕捉されているのよ。今から都市の方向へ逃げ出しても、確実に追い付かれて殺されるわ。何の遮蔽物も隠れ場所もない荒野で、あの数のモンスターと戦っても勝率はゼロよ。今のところはトレーラーの人達を最優先に襲っているけれど、それが済んだら次はアキラの番になるわ』


 アキラが表情を険しく嫌そうにゆがませる。


『各個撃破される前に合流して応戦しないと、全員殺されるってことか!』


『そういうことよ。それに最悪アキラだけが生き残るとしても、そのためにはクズスハラ街遺跡の中に入っておく必要があるわ。クズスハラ街遺跡の中なら私のサポートも十分に機能する。アキラ1人でも逃げ延びられる可能性が上がるわ。でもそれはトレーラーの人達との合流に失敗した場合よ。合流して一緒に応戦した方が生存の可能性が高いからね。だから急ぎなさい。遅れると、アキラ1人でモンスターの群れと戦う羽目になるわよ』


『トレーラーの人達! 俺が行くまで頑張ってくれ! ちくしょう! これも俺の不運の所為せいか!? 今後の運を使い切った影響なのか!?』


『誰の不運かは知らないけれど、もしそうなら、今のところはトレーラーの人達がアキラの不運を肩代わりしてくれているってことね。……やっぱりアキラは、私との出会いで運を使い切ったみたいね。まあ、その分のサポートは私がきっちりやるけれど、アキラも頑張ってね?』


 アルファは苦笑を浮かべている。つまり、真剣で険しい表情よりは顔を緩ませていた。


 アキラはそのアルファの様子を見て、その程度には状況が改善したと思いながら、自身の運の悪さを肯定するアルファの言葉に表情をゆがめつつ、生き残るために全力で走り続けた。




 アキラが射撃訓練を続けていた頃、1台のトレーラーがクズスハラ街遺跡の東の荒野を進んでいた。過酷な荒野の長距離移動を前提に設計された大型トレーラーだ。屋根には機銃も搭載されている。


 トレーラーにはカツラギとダリスという男達が乗っていた。カツラギは主にハンターを商売相手にしている武器商人だ。移動店舗を兼ねたこのトレーラーで長年商売を続けている。ダリスはカツラギの相棒として店の護衛や店員などをやっていた。


 統企連の支配地域である東部、その更に東には未調査領域や未踏領域などと呼ばれる広大な地域が広がっている。山のように巨大なモンスターが平然と闊歩かっぽしており、その余りにも過酷な環境の所為せいで、統企連の力をもってしても一向に調査の進まない危険地帯だ。だがそこには、そのようなモンスターを生み出せるほど高度な文明の遺跡も多数存在している。その危険に見合う利益を生み出す旧世界の英知の宝庫なのだ。


 東部の東端地域は統企連の支配地域とその危険地帯の境であり、最前線と呼ばれている。未踏領域に眠る英知を求める統企連が、領域踏破のため莫大ばくだいな金をぎ込み続けている場所だ。


 当然、そこで活動するハンターは高ランクの一流ばかりであり、ハンター稼業においても最前線である。大企業でさえ気を使うハンターチームや、統企連に喧嘩けんかを売れるほどの実力を持つ個人など、最高峰のハンター達が活動する場所だ。


 カツラギ達はその最前線付近で商品を仕入れた後に、クガマヤマ都市に戻る途中だった。最前線への道も当然危険で輸送費も相応に高額になる。普通は大企業の輸送業者などが多数の護衛を雇って運送する。そこを危険を顧みずに個人で輸送すれば、命を賭けるに莫大ばくだいな金が手に入る。


 もっともそれは商品の売り先があればの話だ。最前線付近で使用される装備品は、当然その危険地帯に見合った一級品ばかり。クガマヤマ都市の周辺で活動するハンターにとっては余りに高額高性能な品であり、ある意味で無用の長物。普通は買い手など付かない。


 だがカツラギは自身の商才をもって、その賭けに近い商談を成立させた。自前のトレーラーにその商品をたっぷりと積み込み、遠路遥々はるばる輸送し続けて、クガマヤマ都市までの距離は後少し。カツラギ達の賭けは実りつつあった。


 だが今は、背後から延々と追ってきている危険から逃れるために、急遽きゅうきょ進路を変更していた。


 乗り心地より、とにかく速度を。その共通認識での運転の所為せいで激しく揺れる車内の中、ダリスが声を荒らげる。


「カツラギ! だからもっと真面まともな護衛を雇えって言っただろうが!」


 カツラギが叫び返す。


「うるせえ! その真面まともな護衛を雇える金が無かったんだから仕方ねえだろうが! お前だって納得しただろう! 第一お前が移動ルートを途中で変更なんかするから、こんなことになったんだろうが!」


「うるせえ! 護衛の契約期間が短くて当初の迂回うかいルートだと間に合わなかったんだろうが! もっと金があれば最短ルートなんか通らずに済んだんだよ!」


「金か! やっぱり金がない所為せいか!」


「金だ! やっぱり世界は金だな!」


 カツラギ達が豪快に笑う。半分自棄やけになっている笑い声が運転席に反響した。


 カツラギ達を自棄やけにさせる要因はトレーラーの背後にあった。モンスターの群れが地響きと咆吼ほうこうを響かせ砂塵さじんを巻き上げながら、強靱きょうじんな体力でカツラギ達を延々と追い続けているのだ。


 トレーラーの屋根の機銃で弾倉を空にするまで撃ち続け、無数のモンスターを肉塊に変えても無駄だった。群れは欠片かけらひるまずに、死んだ仲間の肉塊を踏み潰しながら走り続け、執拗しつように追ってくる。しかも移動中に周辺のモンスターを巻き込んで次第に規模を拡大させていた。


 護衛として雇っていたハンター達は、群れの規模が自分達には手に負えなくなるほど拡大した時点で、カツラギ達を見捨てて逃げていった。


 護衛達を擁護するのであれば、そもそもモンスターの群れに追われる羽目になった原因は、輸送を急いだカツラギ達が契約上の走行ルートとは異なる道を通った所為せいだ。要は契約違反が招いた結果であり、護衛達を不義理と呼ぶかどうかには解釈の余地がある。


 加えて別れた時に群れの半分を引きつけてくれたので、料金分の仕事はしたとも言える。その点において、逃げた護衛達に感謝するべきかもしれないが、それでカツラギ達に感謝の念が湧くかどうかは別の話だ。


 カツラギ達の笑い声が次第に小さくなる。命の危機の所為せいで変な高揚状態だったが、笑い声が消えるとその高揚も消えていった。


 落ち着きを取り戻したダリスが自身の冷静さを保つために半ば暗示を兼ねて真面目な表情を浮かべる。無理矢理やり平静を保った頭は現在の悲観的な状況をその冷静さで自身に理解させ、軽いめ息を吐かせた。


「……で、どうするんだ? このままだと本気でやばいぞ?」


 カツラギも険しい表情で真面目に答える。


「分かってる。取りえず目的地は変更だ。クズスハラ街遺跡へ向かう」


「あそこへ? 何でだ?」


「このままクガマヤマ都市に向かったら、俺らの生死にかかわらず、俺らは終わりだろうが」


 モンスターの群れから逃れようと、それらを引き連れて都市に入ろうとする者の末路は決まっている。都市に武力で群れごと粉砕されるのだ。それで大抵は死ぬ。仮に生き残った場合は、都市からその防衛費に加えて治安維持への悪化等などを名目とした損害賠償などを請求される。全財産の没収程度では全く足りない巨額の負債を背負わされ、その返済のために死んだ方がましな扱いを受ける。


 しかしそれが周知されていても、どうしようもなくなった者が一縷いちるの望みを賭けて都市に入ろうとすることがある。アキラが過去に経験したモンスターによるスラム街の襲撃は、大体はそのような者が原因だった。


「あのな、カツラギ、俺もそれぐらい分かってる。聞いているのは、クズスハラ街遺跡へ向かう理由だ」


「遺跡はそこのモンスターの縄張りだ。俺らを追っている連中もその縄張りを意識して、遺跡の中までは追わないかもしれない。それにあそこの奥部はこの辺でも屈指の高難度だ。あいつらぐらい一掃できるハンターがいるかもしれない。緊急依頼はもう出したよな?」


「ああ。依頼を受けてくれるハンターがいれば良いんだが……」


 通常ハンターオフィスを介して依頼を出す場合、依頼内容の確認等を含めた審査を通すので、それなりに時間が掛かる。しかし今すぐに助けてほしい状況など即時性を求める場合は、緊急依頼とすることで最低限の審査のみでの即時依頼が可能になる。


 基本的に切羽詰まっている者が依頼主なので報酬も比較的高額になりやすく、受けて損は無いと多くのハンターが引き受ける。後が無いからと報酬に虚偽を記載すると、ハンターオフィスへの詐欺となり相応の報いを受けるので、依頼を受けるハンター側も比較的安心できる。それらの理由により、広域通信で助けを無差別に求めるよりは救援が来る可能性が高く、荒野で窮地に陥った者がよく利用していた。


 カツラギが真剣な表情で話を打ち切る。


「このまま都市には向かえない以上、一番助かりそうな場所はそこしかない。後はもう俺らの運試しだ。行くぞ!」


 カツラギ達はそのままクズスハラ街遺跡に乗り込んだ。そして大型トレーラーでも通行可能な道を選んで突き進む。だが遺跡内の地形など知っている訳がなく、ネットから適当に手に入れた地図にも間違いがある。そのまま奥まで逃げ進めるかどうかは運だった。


 そして不運となった。カツラギ達は瓦礫がれきが散乱する袋小路に飛び込んでしまい、トレーラーを一度めるしかなくなった。不運は更に続いた。追ってきたモンスターの群れは、縄張り意識など無視してそのまま遺跡に入ってきたのだ。


 ダリスが覚悟を決めて叫ぶ。


「カツラギ! ここで迎え撃つぞ! 急いで機銃に予備の弾薬を装填しろ! 装填が終わったら運転席に戻って機銃で応戦しろ! この期に及んで弾代がどうこうとか馬鹿なことをほざくんじゃねえぞ!」


「分かってる! お前も気を付けろ!」


 ダリスが車外に出て銃を構える。カツラギも予備の弾薬の用意を急いだ。




 アキラは既にモンスターの群れを視認できる距離まで遺跡に近付いていた。群れの方もアキラに気付き、その一部が襲撃対象をカツラギ達からアキラに切り替えて迫ってくる。


 アキラが走りながらAAH突撃銃を握り締め、表情をより険しくする。


『アルファ! 気付かれたぞ! このまま進んで大丈夫なのか!?』


 アキラを先導しているアルファの表情も同様に険しい。だがその指示に揺らぎはない。


『大丈夫! このまま進みなさい! 移動ルートは適時指示するわ! それと、今の内に回復薬を服用しておいて!』


『また負傷前提で戦うのか!?』


『その回復薬には体力の消費を抑える効果もあるの! もう休憩する暇なんかないと思いなさい! 後は訓練と同じように、私の指示通りに動けば大丈夫よ!』


『俺は訓練で何度も死んでるんだけど!?』


『死ななかった時と同じようにやるの! 急ぎなさい! 来るわよ!』


 アキラは走りながら回復薬を取り出し、視界の先にいるモンスターの群れを見ながら飲み込んだ。そして、その回復効果を必要とする戦闘への覚悟を決めた。


 指示に従って立ち止まり、敵の群れに向けて銃を構える。同時に視界がアルファのサポートにより戦闘用に拡張される。迫りくるモンスター達に、撃破の優先順位が表示される。個体ごとの弱点も強調表示される。銃口から伸びる弾道予測の軌道も視界に加わる。


 アキラは真剣な表情で最優先の撃破対象へ銃口を向け、照準を敵の弱点に合わせて引き金を引いた。


 荒野に銃声が響き渡り、銃口から勢い良く撃ち出された弾丸が、アキラを目指すモンスター達に直撃する。弱点に命中しなくとも、対モンスター用の弾丸の威力をもって、その肉を引き裂き、骨を砕き、内臓を破壊して致命傷を負わせる。腕や脚に被弾した個体が動きを鈍らせながら転倒し、運悪く急所に被弾した個体が即死して、駆けてきた勢いのままに地面を転がっていく。


 視界に表示されていた銃撃箇所の点が線に変わる。その線に合わせて銃を横に振りながら引き金を引き続け、敵の群れをぎ払う。無数の銃弾を浴びたモンスター達が倒れ、ひるみ、動きを止める。


 そのすきにアキラは地面に表示されている移動ルートに沿って指示通りに走り、次の最適な銃撃位置に移動すると、再び指示通りに銃撃を開始した。


 アルファは非常に的確な指示を常に出し続けている。その指示はその全てが、モンスターの動きを予知に近い領域で予測し、アキラの未熟な動きによる失敗すら計算に入れた、最大効率の内容だ。


 アキラはその指示に自分の能力が許す限り従い続けた。その結果、アキラの傍目はためからの実力は、本来の実力をはるかに超えたものとなっていた。それは自分でもその余りの戦果に驚愕きょうがくするほどだった。


 その戦果を出し続け、モンスターの群れを蹴散らしてようやく遺跡まで辿たどり着いた頃、アキラの頭にある疑問が浮かぶ。


『アルファ。ちょっと聞いて良いか?』


『こんな時に余裕ね。何?』


『倒したモンスターの中に、訓練で戦った記憶のあるやつが混じっていたんだけど、何か弱くないか?』


『いいえ。大体あんなものよ』


『……じゃあ何で俺は訓練で何度もやられてたんだ?』


『訓練の個体は、戸惑ったり、ひるんだり、おびえたり、逃げたりしないからよ。息絶えるまで機械的にアキラを襲うように行動パターンを設定したわ。訓練で下手に簡単に勝ってしまったら、モンスターは恐ろしいものという感覚が鈍るかもしれないでしょう? その予防よ。おかげでアキラはこんなに必死になって戦って、ここまでの成果を出しているわ。訓練、役に立ったでしょう?』


 アルファは少し得意げに微笑ほほえんでいた。


『……まあ、そうだな』


 今は戦闘中で、実際に役に立ったのだ。アキラはそう考えることにして少しだけ湧いた感情を抑えると、気を切り替えて先を急いだ。




 カツラギ達は必死の抵抗を続けていた。既にトレーラーの周囲にはモンスターの死体の山が幾つも出来ている。機銃掃射で原形の大半を失った死体からは血が大量に流れ出ており、積み重なった死体の山から流れ出た血が集まって、地面に赤く広い池を作っていた。


 その血臭が遺跡のモンスターを呼び寄せる前に片を付けなければならない。もなくば、荒野と遺跡の両方のモンスター達を相手にする羽目になる。


 これだけ殺したのだ。ひるんで逃げてくれても良いだろうが。そう無意識に望むカツラギ達を嘲笑あざわらうように、モンスターの群れは仲間の死体など気にも止めず、肉塊と化した同胞を遠慮無く踏み付け、血で泥濘ぬかるんだ地面を蹴り、意気揚々と次々に襲い掛かる。


 カツラギがトレーラーに近付くモンスター達を機銃で片っ端から粉砕している。ダリスは目標が物理的に動けなくなるまで銃弾を撃ち込み続けている。銃撃を緩めれば、目の前の死体の山と血の池に、自分達の血肉を加えることになる。それを阻止するために全力を尽くしている。


 火力はカツラギ達が圧倒的に上回っている。モンスターの死体の山は今も増え続けている。それでも群れは一向に減る気配を見せなかった。カツラギ達の焦燥が色濃くなっていく。


 カツラギが余りの敵の多さに悪態を吐く。


「クソ! 切りが無い! 俺なんかをお前らで分け合っても、分け前はソーセージ1本分にもならねえだろうが! そこらの死体でも食ってろ! 山ほど有るだろうが! ダリス! 機銃の弾が切れる! 予備の弾薬を再装填するまで、そっちはつか!?」


 ダリスが表情を非常に険しくする。機銃の掃射が一時的にでも止まると、そこから一気に追い込まれ兼ねない。だが駄目だとも、無理だとも口には出せない。機銃の援護が完全に止まれば、どちらにしても詰むからだ。


「……急げ!」


 ダリスは代わりにそう叫んだ。


 機銃の掃射が一時的に止まる。群れの大半、今まで制圧射撃で抑えていた分が、一気に襲い掛かってくる。ダリスは自分の対応能力を明確に超える敵の群れが迫りくる光景を見て、自身の冷静な部分が冷たく告げる言葉を聞いた。


 無理だ。その言葉を疑えず、ダリスは死を受け入れた。


 次の瞬間、それを現実にするはずだったモンスターが、眉間に被弾して派手に転倒した。転倒した個体が障害物となり、他の個体の攻撃を僅かな時間だけ食い止める。その僅かな時間の間に、更なる無数の銃弾がモンスター達に浴びせられる。そして次々に死んでいく。


 我に返ったダリスが応戦しながら銃声の方向を見る。そこには、近くのビルの窓辺から銃撃を続けるアキラの姿があった。


 アキラの援護により場の均衡がカツラギ達の方へ傾いていく。本来は、AAH突撃銃が1ちょう加わった程度でどうこう出来る状況ではない。だがアルファの指示通りにモンスターを倒すことで、まずは機銃掃射再開までの時間稼ぎに成功する。続けてアルファが最も効果的な指示を出し続け、アキラがそれに応えることで、全体の効率を最大まで上げ続けていた。


 モンスターの死体の山を見て、自身の銃撃でその山を少し大きくしながら、アキラが顔をゆがめている。


『幾ら何でも多すぎるだろう。俺はあんな数のモンスターに襲われるところだったのか?』


 アルファがその微笑ほほえみで状況の有利を伝えながらくぎを刺す。


『その可能性はまだ消えていないわ。援護の手を緩めては駄目よ』


『当たり前だ。あんなのに襲われてたまるか』


 アキラは訓練の成果を最大限出しながら、この機を逃したら後は無いと、必死になって応戦し続けた。


 カツラギもアキラの援護にすぐに気付く。機銃の装弾を続けながら笑ってつぶやく。


「……緊急依頼の成果が出たか? よし。運が向いてきた。もう少しだ」


 そして制圧射撃を再開すると、ダリスとアキラと協力し、互いに援護しながら敵の殲滅せんめつに移る。その後、更に2回の機銃の弾薬補充を費やして、ようやく場のモンスター達を倒し終えた。




 戦闘終了後、カツラギ達は自分達を援護していた者が子供だと知ってかなり驚いていた。だが子供だからと軽んじるつもりは全く無い。今し方、その実力を証明し終えたばかりだからだ。


 カツラギが安堵あんどの笑みで愛想良く声を掛ける。


「助かったぜ。緊急依頼のハンターか?」


 アキラが少し不思議そうに答える。


「緊急依頼? 違う。俺も襲われて逃げてきたんだ」


「そうなのか? お互いについてなかったな」


 カツラギは自分達があの群れを連れてきたとは教えなかった。聞かれなかったからだ。アキラも深くは尋ねなかった。自分の不運の所為せいならば、おとり役を押し付けたようなものだからだ。


 場に僅かに流れた微妙な空気をき消すように、カツラギが豪快に笑う。


「俺はカツラギだ。あっちのやつはダリスだ。このトレーラー兼店舗で商売をしていて、クガマヤマ都市へ戻る途中だったんだ」


「俺はアキラだ。一応ハンターをやっている。この辺にいたのは偶々たまたまだ」


「おっ! ハンターならお客さんだな。これも何かの縁だ。助けてもらったことだし、何か買うなら安くしておくぜ? ダリス! お前も礼ぐらい言っておけ!」


 機銃の整備で離れていたダリスが叫ぶ。


「分かってるよ! 俺はダリスだ! ありがとうな!」


「俺達は機銃の整備が済み次第、クガマヤマ都市に向かう。乗っていくか? こんなことがあったんだ。今更遺跡探索でもないだろう」


 アキラも流石さすがにこれから訓練を再開する気にはなれない。


『アルファ。帰っても良いよな? いや、帰る。帰るからな』


 アキラのどこか必死な様子に、アルファが少し楽しげに笑う。


『分かったわ。今日は帰りましょう』


 元より大丈夫だろうと思っていたものの、アキラは少し安堵あんどした。


「お願いします」


「よし! 乗った乗った!」


 カツラギは豪快に笑ってアキラをトレーラーに乗せると、ダリスに機銃の整備を手早く終わらせて、勢い良く車両を発車させた。進行方向にモンスターの死体の山があったが、荒野仕様車両の出力で笑って豪快に吹き飛ばした。その様子にアキラは少し引き気味だったが、カツラギ達は全く気にせずに、むしろ笑い声をより大きくさせていた。

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