第10話 エレナとサラ

 アキラがクズスハラ街遺跡近くの荒野で射撃訓練を続けている。


 正しい体勢を意識して銃をしっかりと構え、真剣な表情で照準器をのぞき込み、照準を標的の小石に合わせる。アルファのサポートにより視界に拡張表示されている弾道予測の青線は、今も呼吸による体の僅かな揺れの影響を受けて揺れ続けている。


 アキラは息を大きく吸って呼吸を止め、集中し、ほんの一時いっとき、青い線の揺れを止めた。そして引き金を引いた。


 撃ち出された弾丸が一直線に宙を駆けて標的に命中する。着弾の衝撃で小石が割れながらはじき飛ばされた。


「おっ! 良い感じじゃないか?」


 3回連続での命中に、アキラは自身の腕前の上達を実感してうれしそうに笑った。まだまだアルファのサポートに頼り切りであり、自力での狙撃成功にはほど遠いと分かっている。しかし以前の素人同然の腕前と比較すれば劇的な成長だ。


 アルファもうれしそうに笑う。


『もう素人は卒業できたようね。良い調子よ。大したものだわ』


 ひたすら駄目出しされ続けてきた相手からその上達振りを褒められれば、幾らひねくれたアキラでも流石さすがうれしく思う。僅かだが得意げにも見える笑顔をアルファに向けた。するとアルファがアキラに向けていた笑顔を、どこか楽しげな様子で少し意味深なものに変えた。


『その調子で次も頑張って。そこそこ当たるようになったから訓練の内容を少し進めるわ。次から標的を少し変えるけれど、今まで通りに、前にも話した通りに、外したら殺される、その覚悟で狙いなさい』


 アルファが次の標的を指差す。アキラも少し嫌な予感を覚えながらそちらに視線を向ける。そして標的を視認した途端、顔を恐怖で大きく強張こわばらせた。そこには先日アキラを殺しかけたウェポンドッグが立っていた。


 ウェポンドッグの体長は2メートルほど。その見る者を威圧する巨体と、背中から生やしたガトリング砲の所為せいで、どうしても目立ってしまう外見だ。いつの間にか忍び寄るような真似まねは絶対に出来ない。だがアキラはその存在に全く気付けなかった。


 驚きの余り動きを止めていたアキラが、我に返って逃げ出そうとする。だがその前に、アルファに笑って種明かしをされる。


『安心して。私と同じ映像だけの存在よ』


 アキラが思わずアルファを見る。そして危険は無いと示すアルファの笑顔から少し落ち着きを取り戻した。次に心臓の激しい鼓動を感じながら怪訝けげんな顔でウェポンドッグを見る。どう見ても本物にしか見えない。だがその巨体が微動だにせず、視線の方向から考えれば自分を間違いなく認識しているにもかかわらずに、全く反応を示さないことに気付くと、その不自然さからようやく実在していないと理解して、安堵あんどの息を吐いた。


「脅かさないでくれ」


 不満げな表情で非難の視線を送るアキラに、アルファは悪怯わるびれた様子もなく笑顔を返した。


『これから先、ああいうモンスターと山ほど戦うことになるのだから、突然の遭遇時の対応、反応、心構えを兼ねて、今の内に慣れておかないと駄目よ。あの狼狽うろたえようでは、実戦なら死んでいたわよ?』


 アルファが手でアキラに訓練の再開を促す。アキラは釈然としないものを覚えながらも銃を構え直した。


『弱点は相手の眉間。一発で決めなさい』


 アキラが照準器越しにウェポンドッグを見る。標的は赤く縁取りされた状態で、眉間に弱点を示す印が表示されていた。落ち着いて標的の眉間に弾道予測の青線を合わせようとする。だが上手うまくいかない。両腕の震えが銃に伝わり、青い線を揺らし続けていた。


(……落ち着け。あれは映像だ。ただの的で、小石を狙うのと同じなんだ……)


 そう分かっていても、怖いものは怖い。一度は殺されかけた相手であり、動かないことを除けば本物にしか思えない。しかも狙っている以上、どうしてもその姿を直視しなければならない。平静を保つのは困難だ。


 それでも深く大きい呼吸を繰り返し、心身を少しずつ整えていく。震える腕に力を込めて弾道予測の青線のぶれを抑え、出来る限り平静を保ち、息を止め、集中する。そして険しい顔で引き金を引いた。


 アキラは出来る限りのことをした。だが撃ち出された弾丸はウェポンドッグの眉間どころか体にも当たらず、その近くの地面に着弾した。


 その途端、ウェポンドッグが突如動き出す。狙撃に反応したように巨体を素速く動かし、背中のガトリング砲をアキラの方へ向けて攻撃態勢を取った。照準器をのぞき込みながら驚き固まるアキラの先で、ガトリング砲の銃身が勢い良く回転する。そして銃口から大量の発火炎マズルフラッシュを吐き出した。


 死んだ。アキラはそう悟ってしまい、半ば呆然ぼうぜんとしながらすべも無く立ち尽くした。


 だがしばらくして、あれ程の弾幕を今も浴び続けているにもかかわらず、死ぬどころか怪我けが一つ負っていない自分に気付いた。訳が分からず、ひどく困惑したまま怪訝けげんな顔で立ち続ける。そしてようやく敵が映像だけの存在であることを思い出した。


 これが訓練でなければ、この光景のように反撃されて殺される。それを教えるために狙撃失敗時の光景を表示している。やっと思考がそこまで追い付いたアキラは、へたり込もうとする体を何とか支えて息を吐いた。


「先に言っておいてくれよ……」


 アキラが非難の意思を視線に込める気力も弱々しい状態でアルファの方に顔を向けると、アルファが地面を指差していた。そこには全身に無数の銃弾を浴びた凄惨な死体が転がっていた。アキラがその死体の顔に気付いて顔を強張こわばらせる。映像の死体は、アキラだった。


『標的の弱点をしっかり狙って、即死させるか最低でも戦闘能力を喪失させる負傷を与えないと、反撃でこうなるわ。外したら殺される、その覚悟で狙いなさいって言ったでしょう? 実戦でこうならないように、しっかり訓練しなさい』


「……、了解」


 いつものように笑っているアルファと、先ほどの失態を責めるような恨みがましい視線を向けてくる自分の死体を見て、アキラは表情を大いに引きらせた。




 標的を映像のモンスターに変更した射撃訓練が続く。標的は今のアキラの装備でも弱点に命中させれば倒せるモンスター達だ。そしてアキラの実力では必中など不可能であり、様々な方法で反撃された無残なしかばねの山が生まれていた。アキラはその死体の山を見て、本物の自分をその山に加えないように必死に訓練を続けていた。


 積み上がった死体の分だけ繰り返したおかげで、アキラもそろそろ慣れてきた。平静を保ち、照準を合わせ、これなら当たると確信して引き金を引こうとする。するとその直前で標的のモンスターの姿が消えた。不思議に思って銃を下ろすと、自分の死体の山も一緒に消えていた。


「アルファ。今日はもう終わりか?」


『アキラ。誰かがこっちに向かってきているわ』


 アキラは怪訝けげんな顔で双眼鏡を取り出した。双眼鏡の性能とアルファのサポートのおかげで対象はすぐに見付かった。こちらに向かっているのは、荒野仕様の車に乗って荒野を進む2人組のハンターだった。


 それを見た途端、アキラの顔が険しくなった。先日2人組のハンターに襲われたこともあって、どうしても警戒が先に出てしまう。今回は女性ハンターの2人組だが、警戒を下げる理由にはならない。


「……また、俺を追ってきた訳じゃないよな?」


『恐らく違うと思うわ。多分単純にクズスハラ街遺跡に向かっているだけよ。でも取りえず、私達も念のために遺跡に行きましょう。彼女達が友好的な存在ではなかった場合、車で追われるとこの辺だと逃げ切れないわ』


 荒野で他のハンターと出会うのは別に珍しいことではない。相手が善良ではないことも同様だ。その所為せいで互いに警戒し合った結果、余計な火が付いて無駄なめ事に発展する事例も多い。


 アキラは既に相手に強い警戒心を抱いている。火種の半分は既にかれている。そのアキラを見て相手がどう反応するか。それを考慮して、アルファは即時避難の判断を迷わずに下した。


「分かった。急ごう」


 アキラはリュックサックを背負うと、足早にクズスハラ街遺跡に向かった。




 2人組の女性ハンターが荒野仕様車両でクズスハラ街遺跡を目指している。


 彼女達の装備は遺跡の奥部を目指すには性能が全く足りていない。だが外周部の探索には少々過剰なほどに高性能だ。素手でモンスターを殴り殺すような極めてまれな例外を除けば、ハンターの実力は大抵装備の性能に比例する。その装備を購入し運用する実力を持っている証拠だからだ。つまり彼女達の実力はクズスハラ街遺跡にハンター稼業に向かう者としては中途半端なものだった。


 運転席のエレナが助手席のサラに声を掛ける。


「サラ。そろそろ着くわ。準備して」


 サラは遺跡の遠景を見ながら、僅かに怪訝けげんな顔を浮かべている。


「エレナ。今更だけど、本当にここで合ってるの?」


「その話は昨日したでしょう? クガマヤマ都市から子供が徒歩で行ける遺跡なんてここぐらいよ」


「他の遺跡への定期便にこっそり紛れ混んだとか、そういう可能性はないの?」


「ハンターオフィスの定期便が通っている遺跡は、大抵クズスハラ街遺跡の外周部より高難度よ。あのうわさは素人同然の子供が高値の遺物を買取所に持ち込んだから広まったの。その子供が他の遺跡でも通用するように見えたのなら、そもそもあんなうわさにはなっていないわ。クズスハラ街遺跡の外周部ならスラム街の子供がいてもそこまで不自然じゃないし、運良く高値の遺物を見付けても不思議はないわ。ここよ」


 都市近場の遺跡のどこか、素人同然の子供でも行ける場所に、高価な遺物が大量にある未調査部分が残っている。クガマヤマ都市のハンター達の間では、最近そのようなうわさが流れていた。


 低難度の遺跡は当然生還率も高い。そのため、高難度の遺跡には手を出せない多数のハンターが、強力なモンスターと交戦するよりはましだと考えて、時間を掛けて遺跡内をしらみ潰しに探索する。その結果、まだ遺物が残っている可能性が高い未調査部分はすぐに無くなってしまう。もう都市周辺の低難度の遺跡には未調査部分など残っていない。多くのハンター達がそう考えていた。


 だがそれが覆された。真面まともに武装もしていない子供が、比較的高価な遺物を買取所に持ち込んだからだ。


 その子供を実際に見た。一度ならも角、買取所に何度も遺物を持ち込んでいる。その金を巡ってスラム街で殺し合いがあった。その子供の跡をつけたハンターが未調査部分を見付けて大金を手に入れた。仮定の話に尾鰭おひれが付いて、既にうわさは独り歩きを始めていた。その結果、今では多くのハンターが低難度の遺跡の再調査を検討し始めていた。


 エレナ達もそのうわさを聞き付けて再調査を決めたハンターだ。クズスハラ街遺跡の外周部は、既にエレナ達の実力では遺物の価値が低すぎて採算の合わない場所だ。だがうわさが真実ならば十分な利益が見込める。間違っていたとしても危険は少ない。エレナがそう判断して再調査を強く提案し、サラも同意した。


 ただ、サラはエレナほどは強い期待を持っていなかった。


「でもあの辺は前にエレナが結構しっかり調べたでしょう? その時も収穫は大してなかったし、正直に言って余り期待できないわ」


「まあ、良いじゃない。調べましょうよ。しばらく来ていない間に何か変わったかもしれないしね」


 エレナはそこまで笑って言った後、視線をサラの胸に移すと、その笑顔を少し心配そうに陰らせた。


「……あとさ、サラのナノマシン、流石さすがにそろそろちゃんと補給した方が良いわ。最近の私達の稼ぎが微妙だからって、補給量を減らしてるでしょう。大丈夫なの?」


 サラも視線を自身の胸に向ける。起伏に欠けたその胸には、かつての豊満さなど見る影もない。エレナもサラもその意味をよく分かっている。だからこそ、サラはエレナを心配させまいと明るく笑った。


「大丈夫よ。心配しないで」


 サラは消費型ナノマシン系の身体強化拡張者だ。そしてサラの胸はそのナノマシンの補給庫を兼ねていた。


 ハンター稼業にモンスターとの戦闘は付き物だ。敵は旧世界製の生物兵器の末裔まつえいや、各種施設の防衛機械など、生身ではきつい相手ばかりだ。それらに対抗するために、大抵のハンターは自身の身体能力の強化手段を求める。強化服の着用。義体化。サイボーグ化。東部の人々は旧世界の存在に対抗するために旧世界の技術を解析し、まるで物理を超越したかのような様々な手段を生み出していた。


 その手段の一つにナノマシンの投与がある。効果は力場操作による筋力強化、細胞機能そのものの強化、遺伝子改造を含めた人体機能の再設計など様々だ。極めて高度なものになると、全身の細胞をナノマシンで構成された機械細胞に置換し、その体を高度なサイボーグとの区別が曖昧な存在に変えるものさえある。外見は生身と全く変わらないが、強化服も着用せずに車を投げ飛ばし、銃弾すら弾き返す超人へ変貌させるのだ。


 サラは以前諸事情により瀕死ひんしの状態になり、治療としてナノマシンの投与を受けた。治療自体は成功した。死を免れた上に強化された身体能力まで手に入った。だがその代償として生命維持にナノマシンが不可欠となってしまった。


 ナノマシンは日常生活を送るだけでも消費する。ハンター稼業で身体を酷使すれば、消費量は飛躍的に増加する。加えて補給代もそれなりに高額だ。


 ナノマシンが枯渇しても死なないようになる治療は可能だ。だがそれには更なる大金が必要で、しかも強化された身体能力を失う所為せいで病弱になる。病弱な体の治療にも高額の治療費が掛かる。全ては金で解決可能な問題だ。そしてその金が無い所為せいで、サラは現状維持の生活を続けていた。


 エレナが今回のうわさに乗り気なのは、サラを気遣ってのことでもあった。弱いモンスターしかいない場所ならば、火力担当のサラの負担も大幅に減るからだ。身体のナノマシンが消費されると予備分が胸から全身に補給され、その胸は小さくなる。豊満な、十分な予備分を保持していた頃の大きさを知っていると、今の大きさはもう危険域としか思えない。


 エレナが強い視線をサラに向ける。


「……サラの体のことは、サラが一番よく分かっているだろうから、余り口を挟むつもりはないわ。でもその状態が続くようなら、私の装備を売ってでも、無理矢理やりにでも補給させるからね」


 サラも強い視線をエレナに返す。


めてよ。そんなことをしたら装備の性能が激減して更に稼げなくなるわ。その装備を調えるのに、どれだけ時間が掛かったと思っているのよ」


「サラの命には代えられないわ。その時はその時よ。もう一度一緒に下からい上がりましょう。今回の件が上手うまくいったら、真っ先にサラのナノマシンの代金に充てるからね」


 異議は認めない。エレナはその強い意志を目に込めていた。エレナ達の付き合いは長い。ハンター稼業を始める前からの付き合いだ。この状況でどちらが引くかはどちらも分かっていた。サラが根負けして軽く笑う。


「分かったわ。全く、本当に金が無いのは首が無いのと同じね」


 エレナも笑って返す。


「今更何を言っているのよ。ハンターってそういうものでしょう?」


「それもそうね。今更だったわ」


 諸事情を抱えつつ、エレナ達は笑いながらクズスハラ街遺跡に乗り込んだ。




 アキラはクズスハラ街遺跡の外周部を移動し続けていた。折角せっかく遺跡に来たのだから、ついでに遺物収集を、とも思っていたのだが、遺跡にはアキラやエレナ達以外にも結構な数のハンターがいて、遭遇を避けるために移動を続けなければならなかった。


 アルファの異常に高度な索敵能力のおかげで、他のハンターやモンスターとの遭遇は避けられている。だが射撃訓練や遺物収集など出来る状況ではなく、アキラは少しげんなりしていた。


『アキラ。また移動するわよ』


「またか。何でこんなに混んでるんだ? それとも遺跡で他のハンターと会うって、そんなに多いことなのか?」


『そういうのは遺跡によって異なるのでしょうね。でもここは寂れていたはずよ。私がアキラと会った時も、アキラ以外のハンターの姿は全然見当たらなかったわ。その後もこの辺でアキラ以外のハンターを見たのは、今日を除けば前に返り討ちにした2人組だけだったわ』


 アキラが表情を険しくする。


「……じゃあやっぱり、俺はつけられてるっていうか、あいつらに探されてるのか?」


 自分を狙う理由は前と同じで、今回は多人数で実行しているのではないか。アキラは思わずそう考えてしまい少し不安になっていた。


 アルファが笑ってアキラを落ち着かせる。


『安心しなさい。たとえそうだとしても、私がいれば大丈夫よ』


「まあ、その辺は頼りにしてるけどさ……」


『それに他のハンター達はアキラ本人を積極的に探している訳ではないはずよ。理由にも心当たりがあるわ。だから大丈夫よ。安心して』


 アルファがアキラにその理由を説明する。エレナ達のような他のハンター達が聞いたであろううわさの内容とその根拠。その話を聞いた者達がするであろう行動。それらを聞いたアキラは、原因が自分であることを理解しながらも少し険しい顔を浮かべた。


「そういうことか。面倒なことになったな」


『まあ、ちょっとしたうわさが広まった程度のことで、半信半疑の人がほとんどでしょう。遺物が見付からなければすぐに収まるわ。だから余り気にしなくても良いと思うわよ。行きましょう』


 アキラがアルファの後に続いて遺跡の中を進む。自分の行動の所為せいで有りもしない遺物を探す羽目になった者達に少々複雑な思いを抱いたが、自分にはそんなことを気にする余裕などないと考え直し、すぐに気を切り替えた。




 遺跡探索を続けるエレナ達だったが、今のところ成果は出ていなかった。予想通りとはいえ、かんばしくない状況にサラがめ息を吐く。


「余り期待はしていなかったけど、ここまで成果無しだと嫌になってくるわね」


 エレナが苦笑しながら、サラを励ますように明るい声を出す。


「すぐに誰にでも見付けられるのなら、もっと早くに誰かが見付けているわ。地道に探しましょう」


「そうは言っても、当てもなく探しても見付かる気がしないわ。エレナ。何か当てとかないの?」


「一応、子供の足跡を探しているわ。うわさ通り子供が遺跡の未調査部分を見付けたのなら、子供の足跡がそこに続いているかもしれないから」


流石さすがエレナ。目の付け所が違うわね」


 エレナ達はチームでの役割を明確に分けている。エレナが情報収集を担当し、サラが火力を担当している。それぞれの装備もそれぞれの役割に偏った内容になっている。


 エレナの主装備は情報収集機器だ。情報収集機器は動体探査機、反響識別マップ、高機能スコープなどの機能が複雑に組み合わさった高機能な製品だ。遺跡内の構造把握や索敵など幅広い情報収集に使用されている。一応銃も装備しているが、サラの武装と比べると軽い備え程度のものでしかない。


 サラの主装備は強力な銃火器だ。重量や反動から本来は強化服を着用して使用する銃火器を、身体強化拡張者の身体能力で軽々と扱っている。着用している防護服は、万一の場合にエレナの盾となるためにかなり頑丈なものを着用している。


 エレナが見付けてサラが倒す。場合によってはサラがエレナを担いで脱出する。エレナ達はそうやって危険な遺跡を探索してきた。


 エレナはチームの情報収集担当としてサラの期待に応えるべく尽力していた。硬い瓦礫がれきに積もった僅かな砂ぼこりの凹凸などから他者の足跡を見付け出したのも、エレナの高い実力のたまものだ。だが満足できる結果は出ておらず、サラに苦笑を返す。


「まあ、その子供の足跡がまだ見付かっていないんだけどね。大人の足跡なら無駄にたくさんあるけど」


「それでも当てがないよりはましよ。次はどこを探す?」


「引き続き子供が歩きそうな場所を探しましょう。あ、そうそう、今の内に言っておくわ。サラ。色無しの霧が濃くなってきたから注意して」


「了解。その影響がひどくなったら撤退しましょう。撤退のタイミングの判断はエレナに任せるわ」


 エレナ達は警戒を強めて遺跡探索を続けた。




 他のハンター達と遭遇しないように遺跡の中を移動し続けていたアキラは、その過程で身を隠すために廃ビルの中に入った。そして今は休憩を兼ねて廃ビルの中から双眼鏡で外の様子を見ていた。


 双眼鏡越しに他のハンターの姿を見掛けるたびに、早く帰ってくれないかなと思いながら適当に外を見ていると、アルファに声を掛けられる。


『アキラ。良い機会だから色無しの霧について説明しておくわ』


「色無しの霧?」


『そう。さっきから大分濃くなってきているの。向こうを見て』


 双眼鏡越しの視界にアルファの姿が入ってくる。そしてその先の景色を指差した。


『向こうと向こうを見比べて、違いを見付けてみて』


「……違いなんかないだろう。どっちも同じだ」


『本当に?』


 念押しするように微笑ほほえむアルファの態度に、アキラは一応もう一度注意深く見比べてみた。しかしどちらも廃ビルが建ち並ぶ遺跡の光景であり、同じにしか見えない。だが答えを期待しているようなアルファの様子に、無理矢理やりにでも違いを探そうとする。


「……強いて言えば、右側の方がぼやけて見えるような気がする」


 アルファが笑って少し強めにうなずいた。


『正解。右側の方が、周辺の色無しの霧が濃いのよ』


「…………、それだけ?」


『ここからが大事な話。東部のハンターがこれを知らないのは致命的だから、しっかり聞きなさい』


 軽く困惑気味のアキラに、アルファは念を押すように笑って話し始めた。


 色無しの霧。東部にはそう呼ばれる事象がある。通常の霧とは異なり、光の乱射によって白く見えたりはしない。事象を目視で確認する時は、視界の景色のぼやけ具合から濃度や範囲を識別できる。


 色無しの霧の影響下では周囲の景色がぼやけて見える。それだけならば視界が多少悪くなる程度のことであり、確かに問題ではあるが、高性能な情報収集機器等を活用すれば済む。だが霧が高濃度になるとそれでは済まない。他の様々な原因不明の事象が加わるのだ。


 電波、通信、それどころか音や匂いまで、生物機械問わずに周囲の状況把握に必要な情報の取得が著しく困難になる。非常に強力な各種妨害装置が一帯に使用されている状態に近い。熱光学迷彩機能もその性能を著しく低下させられて、迷彩効果をほぼ無効化される。光学式を初めとする様々なロックオン機能もほぼ使用不可能になる。無線通信も非常に不安定になり、場合によっては有線であっても影響を受ける。


 加えて様々な火器の威力や射程距離まで低下する。弾道のぶれまで増大し、命中率を悪化させる。霧の濃度によっては、銃撃後の銃弾の弾道を目視ではっきり見えるようになる。


 これらの事象は東部のハンター達の活動に大きな影響を与える。だがハンターとしてまだまだ素人のアキラには、それらの説明を聞いてもその危険性を正しく理解できなかった。


「取りえず、その色無しの霧が濃いと大変なのは分かった」


 アルファがアキラの表情からその理解の浅さを察して、厳しい表情で首を横に振る。


『分かっていないわ。アキラに強く関わることだけ詳しく説明するわね。まず東部の人間がモンスターに襲われにくいのは、この色無しの霧のおかげでもあるのよ。モンスターも霧の影響を同様に受けるの。そのおかげで東部の人間はモンスターに発見されにくくなって、何とか生存できているわ。もし色無しの霧がなければ、地平の果てにいるモンスターにだってここにいるアキラの居場所を把握されるわね。旧世界の技術で製造された兵器の索敵能力は信じられないほどに高性能なのよ』


 その認識の、重要性の程度は別にして、敵に見付からないことの大切さぐらいはアキラも理解できた。感心したように軽くうなずく。


「そうだったのか。なるほど。大切だな」


『そしてもう一つ。色無しの霧が非常に濃い場合は、人もモンスターも機械もあらゆる索敵能力が下がるの。私の索敵能力も大幅に下がるわ。最悪の場合、私よりもアキラの方が先にモンスターに気が付くかもしれないぐらいにね。だから当面の間は、色無しの霧が濃い時は都市に籠もることになるわ。急に霧が非常に濃くなった時に遺跡に向かうのは残念だけれど諦めてね』


 アキラはやはり感心した様子でアルファの話を聞いていた。だがようやくその危険性を理解する。


「……それって、色無しの霧が濃い時には、アルファのサポートがあっても、モンスターと遭遇する確率がすごく上がるってことだよな?」


『そうよ』


「……今の俺がモンスターと遭遇したら、どれぐらいの勝率があると思う?」


『私のサポートでは補えないぐらいに高濃度の色無しの霧の影響下で遭遇することになるから、かなりの近距離での遭遇になるわ。まあ、生存は絶望的ね』


「……今、霧が濃くなってきているんだっけ?」


『そうよ』


 アキラが無言で双眼鏡を構えて周囲の索敵を始める。もっともそこまで霧が濃くなることは極めてまれなのだが、アルファはそれを知った上で黙って微笑ほほえんでいた。

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