第3話 覚悟の担当

 クガマヤマ都市のスラム街は都市の外側、荒野との境界辺りに広がっている。治安も経済も劣悪で、外からはモンスターが、内からは強盗が、弱者を食い物にしようと狙い続けている都市の掃きめだ。この掃きめから抜け出すために、アキラはハンターに成ったのだ。


 アキラはその住み慣れたスラム街の通りをアルファと一緒に歩きながら、アルファの異常性を改めて思い知っていた。


 見れるほどに整った顔立ち。輝くような髪の光沢。きめ細やかな肌の艶。異性を誘う魅惑の肢体。その身を包む露出過多の服装。アルファはこれだけでも注目を集めない方が不自然だ。


 加えて所謂いわゆる旧世界風と呼ばれる特有のデザインの衣服も人目を引くには十分だ。素人目にも非常に高価な服だと分かる質の違いも明らかだ。旧世界の技術に携わる者がその細部を見れば、間違いなく旧世界の高度な技術で製造された代物だと識別できる。旧世界の遺物としても高額なのは間違いなく、注目に値する品だ。


 それだけ注目を浴びる要素を集めれば、普通なら軽い騒ぎが起こっても不思議はない。だがそれにもかかわらず、誰一人アルファに反応していない。それはアルファを認識できる者は本当に自分だけなのだと、アキラに実感を持って納得させていた。


 アキラがアルファに小声で話し掛ける。


「他のやつには本当に見えないんだな」


『そう言ったでしょう? 信じていなかったの?』


 不服そうなアルファの様子に、アキラが少し慌てながら小声で弁解する。


「いや、そういう訳じゃなくて、基本的に見えないってだけで、他にも見えるやつがいるんだと思ってたんだ。俺には見えているんだから、他にも見えるやつがいても不思議はないだろう?」


『ああ、そういうこと。その辺の話はいろいろ説明が大変で長くなるのよ。後でゆっくり話しましょう』


 アルファはアキラとは対照的にはっきりとした声で答えている。その澄んだ声に反応しているのもアキラだけだ。アキラもはっきりと答えていれば、幻聴と会話する不審者が出来上がっていた。


『アキラはこれからどうするの? 何か予定でもあるの? 私は邪魔をしないから、安心して好きにして良いわよ』


「……予定か」


 アキラが空を見上げる。既に日が落ち始めていた。じきに夜になる。


「今日はもう寝る」


 アルファが少し意外そうな様子を見せる。


『もう寝るの? こんな時間に?』


「ああ。もうすぐ夜だからな。早めに寝床の準備をしないと」


 アキラが路地裏に入っていく。路地裏は既に薄暗く、完全な暗がりに落ちるまであと僅かな状態だ。その隅の普段寝床にしている場所に潜り込み、廃材などで作成した偽の壁を立て掛けた。


 ここに隠れたアキラを目視で見付け出すのは、事前にそこに誰かがいると分かった上で、意図的に探さないと難しい。この迷彩も子供がスラム街を生き抜く知恵の一つだ。


 アキラの活動時間は基本的に日出ひのでから日没までだ。太陽を無視して生活するには照明という文明の利器が必要だ。当然有料であり、金の無いアキラには手が届かない。加えて夜はただでさえ危険なスラム街が更に危険になる時間帯だ。アキラにはその時間帯を活動時間に出来るほどの強さなど無かった。


 夜間に動かない一番の理由は、他人が起きている時間に自分だけ寝ているという危険な状態を出来る限り短くするためだ。この選択が正しいかどうかなどアキラにも分からない。夜に起きていた方が安全かもしれない。


 だが今のところは死なずに済んでいる。アキラはその結果から、自身の判断は間違ってはいないと信じて、その生活を繰り返していた。


 寝床の準備を進めていると、腹が音を立てて空腹を訴える。アキラはめ息を吐いて、その訴えを無視した。


 アルファが一応提案する。


『可能なら、何か食べた方が良いわよ? 空腹が続いて体力が落ちると、遺跡探索の効率も落ちるわ』


 アキラが軽く首を横に振る。


「……無理だ。都市からの配給なんてとっくに終わってる。食べ物を買う金もない。銃と弾薬の代金で消えたからな。今日は我慢するよ。明日の朝の配給まで辛抱だ。……そういえば、アルファは食事とか要る……のか?」


『不要よ。食事も睡眠も私には必要ないわ。だからその辺の心配は不要よ』


「そうか。じゃあ悪いけど、俺は休ませてもらう。お休み」


 それだけ言って横になったアキラに、アルファが優しく声を掛ける。


『お休みなさい。ゆっくり休んでね』


 目をつぶったアキラが何となく思う。


(……お休みなさい、なんて言われたのは久しぶり……、いや、初めてか?)


 アキラは疲労の所為せいでいつもより力を増している睡魔に身を委ねながら記憶を探ってみた。その経験があるかどうかは別にして、少なくとも眠りに就く前にそれらしい記憶を思い出すことはなかった。




 翌朝、アキラは日出ひので前に目を覚ました。身を起こして軽く伸びをする。ここまではアキラのいつも通りの朝だった。


 すぐそばにいたアルファが微笑ほほえみながら挨拶する。


『おはよう。よく眠れた?』


 その瞬間、アキラの意識が一気に覚醒した。その場から飛び退いて声の方向へ銃を構える。得体の知れない誰かが、いつの間にかそばにいたという危機に対する強い警戒を示していた。


 アルファは少し驚いた様子を見せたが、機嫌を損ねずに優しく話し掛ける。


『ごめんなさい。驚かしてしまったかしら?』


 アキラの表情が危険な見知らぬ誰かへ向けるものから、怪訝けげんながらも恐らく安全な知人へ向けるものへ変わっていく。ようやくアルファのことを思い出したのだ。


「…………アルファ?」


 アルファはアキラとは対照的な笑顔を浮かべている。


『そうよ。忘れてしまったの?』


 アキラが緊張を解いて安堵あんどの息を吐き、銃を下ろして気不味きまずそうに謝る。


「……悪かった。ちょっと驚いたんだ。起きた時に誰かがそばにいると、大抵強盗とか、そういうやつらなんだよ」


『良いのよ。気にしないで』


 アキラはアルファの様子から本当に怒っていないと判断して、折角せっかくできた協力者を失わずに済んだと安心した。


(……そもそもアルファに銃なんか効かないんだから、銃を向けられてもそんなに怒ることでもないんだろうな。良かった。危なかったな)


 ささやかな騒動はあったものの、アキラにとって昨日までとは違う一日が、アルファと一緒に過ごす新しい日々が始まった。


 その後アキラはスラム街にある食糧の配給所に向かった。配給所では都市が食事を無料で提供している。朝夕の1日2回で、朝の配布が開始されるのは早朝だ。開始時刻までには結構時間があるが、既に数人の列ができており、その最後尾に加わった。


 列には大人しく整然と行儀良く並ばなければならない。騒ぎを起こしたり横入りをしたりすると、その人物には食料が配給されない。場合によっては配給そのものが中止となる。当然、その原因となった者は後で袋だたきにあう。


 これは都市による無言の教育でもある。スラム街の住人であっても列の並び方ぐらいは学んでもらった方が都市側にも都合が良い。そして都市側の規則を守らない者がいる場合、全体が不利益を得ると認識させるのにも都合が良い。それらの教育の成果もあり、袋だたきにあって死亡した者達の犠牲を積み重ねた結果、基本的に物騒なスラム街にもかかわらず、列は整然とした落ち着きを保っていた。


 そして配給所は自力で食料を買えない貧困者をスラム街にまとめる機能でもある。同時に最低限の治安維持の手段でもある。金も食料が無ければ大人しく飢え死にする者ばかりではない。どん詰まりの者がスラム街に不自然に供給されている銃器を手に取って強盗に転職するのを、最低限の食糧供給である程度防いでいる。この配給のおかげでアキラも何とか生き延びていた。


 配給が始まり、アキラの順番が来る。今回の食料を受け取って列から少し離れる。この距離もアキラのような子供にはかなり重要だ。離れすぎると折角せっかくもらった食料を奪いに来る者が現れるのだ。配給の邪魔をしないように、後で袋だたきにされないように、暗黙的にめ事を起こさないと決められている距離で食べてしまうのが一番だ。奪うがわも奪われるがわも、銃ぐらいは持っている。不要な殺し合いを避けるためにも重要だった。


 アキラがもらった食料をじっと見ている。透明な包装の中にサンドイッチらしきものが入っており、包装には識別コードである文字列が記載されている。


 アキラはなかなか食べ始めない。アルファが少し不思議そうに声を掛ける。


『食べないの?』


 旧世界の遺跡から発掘された動作状態の怪しい生産装置が生み出した合成食料。土壌の汚染状況の確認が困難な農地で試験的に栽培した比較的安全な野菜。生物系モンスターの食用に回しても恐らく安全だと考えられる部位の肉。それらを原材料にした加工品などが、有り余る善意で、金の無い者でも手に入るように、無料で提供されている。


 そしてそれらの食料をスラム街の希望者に一定期間提供した後にしばらく様子を見る。それで死亡者や突然変異者が続出しなければ、その原材料は比較的安全だと判断されて一般に値を付けて販売される。そして別の安全性未確認の何かが、新たな食料の原材料となる。


 それがこのサンドイッチだ。パンも具材も、その手の何かだ。


「……。食べる」


 配給側はそれらの事情を一々説明などしない。だが受け取るがわも薄々は気付いている。アキラもおぼろげにだが何となく察している。しかし食べないという選択肢は無い。食べなければえて死ぬからだ。


 味は微妙だった。値段と安全性云々うんぬんを別にしても、好き好んで食べたくなるものではなかった。


 ハンターとして成り上がり、安全で美味おいしい食事を毎日食べる。アキラは味も安全性も微妙なサンドイッチを食べながら、その夢をかなえる手助けをしてくれるという者に何となく視線を向けた。


 アルファは優しく微笑ほほえんでいた。




 スラム街を無料の食料で生き延びた者達は、その善意の見返りを支払うことになる。時折都市を襲撃するモンスター達とスラム街の立地の所為せいで真っ先に戦う羽目になるのだ。人間を食い殺すようになった変異動植物や、人間を攻撃対象にする自律兵器などを相手に、都市の防衛隊が駆除を終えるまで、スラム街に不自然に散蒔ばらまかれている銃火器と、新鮮な自身の肉体で時間稼ぎを強いられる。


 その襲撃を生き残った者達の中には、モンスターと戦えるほどの実力を身に付ける者も出てくる。その者達は大抵ハンターとなり、上手うまくいけば遺跡から遺物を持ち帰り、都市の経済を潤す。その利益の一部は配給所の維持費にも使われている。


 つまりアキラはある意味で、都市の思惑通りにハンターを目指したのだ。力の無い者は逃れようのない選択を強いられることもある。だが選んだのはアキラ自身だ。選ばされたのだとしても、そこに後悔はなかった。




 アキラは再びクズスハラ街遺跡にやって来た。今はアルファの案内で遺跡の中を進んでいる。


 遺跡は道の一部が倒壊したビルの瓦礫がれきなどで埋まっている所為せいで、注意しないと下手な迷路より迷いやすい。また乱立している廃墟はいきょの中が遺跡に適応したモンスター達の住みになっていることもある。一帯にモンスターによる独自の生態系が構築されている場所もある。


 遺物を求めて遺跡に入るハンター達は、その過程でその障害となるモンスター達を撃退する。時には奥に進みやすいように遺跡内の道の整備なども行う。そして強力なモンスターと遭遇し、返り討ちに遭って命を落とす。それらの繰り返しにより、遺跡は奥部ほど進みにくい地形の上に生息するモンスターも強力になる傾向にあった。当然、到達者も少なくなるので、貴重な遺物も大量に残っている。要は奥部ほど危険で稼げる場所になりやすいのだ。


 アキラもそれぐらいは知っていたので、昨日は遺跡の外周部、それもかなり外側の辺りを探索していた。しかし今日はアルファの勧めで遺跡の奥を目指していた。流石さすがにアキラも躊躇ちゅうちょしたが、自信満々な様子のアルファに説得されて、結局はその提案に従うことになった。


 奥に進まなければ高額な遺物は手に入らない。自分が案内するので、アキラがその指示に従う限りは大丈夫だ。アルファにそう言われてしまうと、アキラも引き下がるのは難しい。成り上がるためにハンターになった。そしてアルファと取引してここにいる。そのアルファが一定の安全を保証しているのに先に進めないようでは、成り上がることなど出来ないからだ。


 初めの内はアルファの指示通りに黙って進んでいた。しかししばらくすると、アキラは少しずつアルファをいぶかしみ始めていた。アキラには意味があるとは思えない指示が続いていたからだ。


 壁沿いに壁に背を付けながらゆっくり進む。指定されたビルの中に、見えている出入口からではなく、近くの瓦礫がれきの山をよじ登って窓から入る。その後すぐに先ほど見えていた出入口から外に出る。同じ道を何度も通る。しばらく道の中央で立ち止まる。同じ道を数回往復してから奥に進む。それらを指示通りに続けてはいたが、無駄なことを繰り返しているようにしか思えなかった。


 ウェポンドッグに襲われた時のこともあって、指示の理由を一々聞くのもどうかと思い黙っていた。しかし一見無意味に思える行動を取るたびに、僅かな不信感が少しずつ積もっていく。そして、アキラはついに耐えきれなくなった。


「……なあ、アルファ」


『何?』


「もしかして、道に迷っていたり、あるいは適当に進んでいたりしていないか?」


 アルファがはっきりと答える。


『していないわ』


「……本当に?」


『本当よ』


「同じ道を何度も通っている気がするんだけど……」


『その必要があったからよ。危険なルートを迂回うかいしたら、結果としてそうなっただけよ。そこにそれ以上の理由を求めるのなら、アキラの運が悪い所為せいね』


 アルファは軽く微笑ほほえんでそう答えた。アキラの顔が僅かにゆがむ。


「……俺の所為せいなのか?」


『そうよ』


 アルファは再びそう言い切った。そのはっきりとした口調と態度には、アキラの反論を封じる程度には説得力があった。しかしアキラの中にまっていた不満と不信を払拭するほどではなかった。


 その後もしばらく遺跡の中を進んでいく。そしてある路地の出口の手前で、アルファが振り返って再び似たような指示を出す。


『また戻るわよ』


「……またかよ」


 アルファがアキラの横を通っていく。アキラもい加減うんざりしながらも振り返って後に続こうとする。しかしそこで、ふと足を止めてしまった。


 路地の先には大通りが見えていた。アキラはその先の様子が気になってしまった。その先の光景を見て、引き返すだけの理由を少しでも発見できれば、今までの一見無意味に思える指示にも納得して、不満も一気に解消できるはずだ。そう思ってしまった。


(……ちょっと見るだけだ)


 アキラはそう言い訳して、路地から少しだけ顔を出して警戒しながら大通りを見た。しかしそこには今までの光景と大して変わりのない荒れ果てた遺跡の姿が広がっているだけだった。


(……別に何もないじゃないか)


 アキラが更に不満を募らせた瞬間、アルファが非常に強い口調で叫ぶ。


『すぐに戻りなさい!』


 その直後、アキラの視界の先、その中の何も無いように見える空間から、何の前触れもなく轟音ごうおん閃光せんこうが放たれる。その閃光せんこうと砲撃の衝撃がモンスターの光学迷彩機能を一瞬だけ低下させ、その姿をあらわにさせた。それを見た途端、アキラの表情が凍り付いた。


 アキラが何も無いと思っていた場所には、迷彩機能を有効にしていた巨大な機械系モンスターが存在していたのだ。


 大型口径の弾頭がアキラから少し離れたビルに直撃する。ビルはその一撃で爆音、爆風、衝撃とともに半壊した。大量の巨大な瓦礫がれきが辺り一帯に降り注ぐ。その衝撃で地面が揺れ、アキラの足下を強く揺らした。


 余りの驚きで固まっているアキラをアルファが怒鳴り付ける。


『急いで戻る! 死ぬわよ!』


 我に返ったアキラは死ぬ気で走り出した。路地は周辺のビルに砲弾が着弾した所為せいでかなり揺れており瓦礫がれきが降り注いでいる。その路地を必死に走り続けた。




 アキラはアルファの指示に従って然程さほど離れていないビルの一室に何とか避難した。砲撃音と振動はいまだに続いている。天井からちりや細かな破片が降り続いていた。


 アルファが厳しい表情と声をアキラに向ける。


『今のは危なかったわ』


 アキラは部屋の隅で項垂うなだれていた。しばらく黙ったままだったが、ようやく小さな声で答える。


「……ごめん」


 その短い謝罪には強い自己嫌悪が籠もっていた。その声も誰でもすぐに分かるほどに暗く沈んだものだった。


 アルファが厳しい表情を少しかなしげな微笑ほほえみに変える。そして優しい声を出す。


『……指示の内容に不満があったのかもしれないけれど、私はアキラの不利益になるような指示は出さないわ。後で細かく質問してくれれば、アキラが納得するまで答えるわ。前にも話したけれど、一見変な指示であっても、指示の理由を説明している最中に死ぬ確率が飛躍的に上昇することがあるから、その説明を省くことはあるの。昨日出会ったばかりでいろいろと信じられないところはあると思うけれど、アキラが死んだら私もすごく困るの。だからアキラに死んでほしくないわ。難しいかもしれないけれど、出来れば、それだけは信じて』


 気遣われている。アキラにもそれぐらいは分かった。罪悪感を覚えながら何とか答える。


「……分かった。疑って悪かった。ごめん」


『良いのよ。私もアキラにすぐに全面的に信頼してもらえるとは思っていないわ。こういうのは積み重ねないと。お互いにね』


 アルファの口調も表情も、アキラをどこまでも気遣っていた。それでアキラは少し気力を取り戻した。そして、気を切り替えるためにも、空元気でも、装いだけでも意味がある、そう思ってその気力を振り絞って、少しだけ無理矢理やり笑った。


「……。そうだな。俺もちゃんと積み重ねるよ。次は、俺はどうすれば良いんだ?」


 アルファがアキラの様子を確認する。そしてその精神状態がある程度回復するまでは、下手に動かさない方が良いと判断する。


『外の状況が落ち着くまではここで待機よ。一応モンスターがこの辺りから離れていくように誘導しているけれど、それなりに時間が掛かると思うわ』


「誘導って、アルファはそんなことも出来るのか?」


 軽い驚きを見せているアキラに、アルファが少し得意げな笑顔を向ける。


『一部の機械相手に限って、特定の状況下ならば、出来る場合もあるの。あの機械系モンスターは、自動操縦で外敵を襲い続けるタイプの自律兵器よ。その類いの機械は、周囲の状況を把握するために映像を含む外部情報を、周辺の監視装置からも取得している場合があるの。今回は運良くモンスターの映像処理に使用される外部映像に割り込めたわ。あのモンスターは偽物のアキラの映像に向かって攻撃し続けているはずよ。初めの攻撃もそれでアキラの位置を誤認させたのよ。備え付けのカメラとか、ローカルの視覚情報のみで判断するタイプのモンスターだったら無理だったわ』


「……もし、そのローカルって方のタイプのモンスターだったら、俺はどうなっていたんだ?」


 アルファが明るい声で笑って答える。


勿論もちろん、あの砲撃が直撃して木っ端微塵みじんになっていたわ』


「そ、そうか」


 アキラは少し顔を引きらせた。だがアルファの明るい態度に引きられたのか、自己嫌悪で項垂うなだれるような様子は無かった。


『もう少し話でもしましょうか。そうね。何か私に聞きたいこととかはないの? 何でも良いわ。適当に言ってみて』


 何でも良いと言われてしまうと逆にすぐには思い付かない。しかし優しく微笑ほほえみながら質問を待っているアルファを見ると、特に無いと答えるのも躊躇ためらってしまう。これも一応はアルファの指示であり、積み重ねるために、その指示に応えないといけないとも思う。


 アキラは聞くことを探してアルファとの出会いから思い返してみた。そしてあることを思い出した。


「それじゃあ聞くけど、アルファと初めて会った時、どうして全裸だったんだ?」


 アルファは今も服を着ている。出会った後もすぐに服を着た。つまり意図的に全裸だったことになる。あの時は余りの衝撃でそれどころではなかったが、今になって思い返せば非常に不自然だ。


 アルファが少し不敵に悪戯いたずらっぽく微笑ほほえむ。その様子をアキラが少し怪訝けげんに思った途端、アルファは服を消して、その魅惑の裸体をあらわにした。


 アルファは恥じらう様子もなく惜しげもなく肌をさらし、なまめかしく起伏に富んだ肉体の造形を一切隠さずにアキラに見せ付けている。そして少し誘うような仕草で楽しげな声を出す。


『どう?』


 驚きながらも見れていたアキラが、我に返った途端に慌て始める。


「どうって……、いや、良いからまずは服を着てくれ!」


 アルファは満足そうに微笑ほほえむと服を元に戻した。


『なかなか魅力的な体でしょう? 人目を引くと思うでしょう? 注目を集めるとは思わない? あの時のアキラもよく見ていたしね』


「し、仕方ないだろ!?」


『つまり、それが理由よ。さっきの質問の答えね』


「どういう意味だ?」


『私の姿を認識できる人を効率的に探す方法ってことよ。クズスハラ街遺跡に来る人はハンターぐらいで、その数も別にそんなに多い訳ではないわ。そこから私を認識できる人を探すのは大変なの。だから、私を認識した人が確実に何らかの反応を起こすように、あんな格好をしていたのよ。それ以外にも、私を見た人が逃げたり警戒して隠れたりしないようにとか、その辺を交えていろいろ試した結果、あの格好が一番良いと判断したのよ』


「俺は思いっきり警戒したんだけど」


『それでも、見た瞬間に走って逃げたりはしなかったでしょう? もし遠目で私を認識していた時に、その姿が銃火器で武装した屈強な兵士だったりしたら、アキラはどうしていたと思う?』


「まあ、逃げるな。最低でも近づかないようにする」


『そうでしょう? 私が武装していないと一目で判断できて、その上で誰かの興味を確実に引いて、私を認識していると判断できる分かりやすい反応を引き出しやすい格好となると、全裸が一番なのよ。まあ、アキラの反応は私の予想とは少し違った部分も多かったけれどね。あそこまで警戒されるとは思わなかったわ。ごめんなさいね』


 アキラが僅かに顔をしかめる。指摘されると確かに過剰反応だったかもしれないと思う。その説明に一応は納得もした。だが自分に裸を見せて揶揄からかって遊んでいるようなアルファの態度に、少しだけ言い返したくなる。


「……でも、やっぱり全裸はどうかと思うぞ?」


『良いのよ。所詮は作り物。目的さえ達成できるのなら、私は気にしないわ』


「作り物?」


『ええ。私の姿はコンピュータグラフィックスで作成されたものなの。老若男女、としも性別も体型も服装も含めて、私の外見は自由自在に変更できるわ』


 その証拠だとでも言わんばかりに、アルファがその姿をアキラよりも幼い少女のものに変えた。驚くアキラの前で、更に妙齢の女性へ変化し、老婆になり、少女になり、その姿を様々な年齢の姿に次々と変えていく。


 その後、アルファは外見を初めの姿に戻すと、今度は髪を短くしたり、床に着くほど長くしたり、明確に重力を無視した髪型にしたり、更に髪を七色に輝かせたりもした。服装もどこかの学校の制服のようなものから、社交界で着るようなドレス、派手な水着、迷彩服、パイロットスーツ等、様々なものに変えていく。


 アキラは次々に変わるアルファの姿に、初めのうちはただ驚いていた。だがしばらくして余裕を取り戻すと、様々な衣装でポーズを取るアルファの姿を夢中で見ていた。


 スラム街で過ごすアキラに、娯楽等は無いに等しい。踊るようにポーズを変えて、舞うように様々な衣装を身にまとうアルファの姿は、アキラを魅了するのに十分なものだった。


 アキラはアルファを眺め、アルファはアキラを観察する。当初ランダムに変化していたアルファの姿が、その年齢、体型、髪型、衣装等が、少しずつ自分の好みに沿うように移り変わっていったことに、アキラは気付いていなかった。


 楽しげな、妖艶な、穏やかな、魅惑的な、優しげな微笑ほほえみを浮かべながら、アルファはアキラを観察し続けていた。


『服装とかのリクエストがあるなら何でも受け付けるわよ。あ、それとも全裸の方が良い? 全裸。やっぱり全裸の方が、この魅惑の裸体を堪能できるから、そっちの方が良いかしら?』


 その誘うような言葉に、アキラがまた少し慌て出す。


「何でも良いから服は着てくれ! 何でそんなに全裸押しなんだ!?」


『アキラも今のうちからそういうのに慣れておいた方が、後でハニートラップとかに引っかからずに済むと思ったのよ。そういう訓練も必要だと思わない?』


 思う、と答えたら大変なことになりそうだ。アキラはそう考えて苦笑いを浮かべた。そして率直な感想の代わりに、照れ隠しを兼ねて少しねたように答える。


「……こんな子供を引っかけるやつはいないよ」


 アルファが逃げ道を塞ぐように反論する。


『今のアキラを引っかける人はいないかもしれないけれど、大金を稼ぐ有能なハンターを引っかける人は山ほどいると思うわ。アキラがそんなハンターになった時に、そういう人達にいろいろ邪魔をされたくないのよ。昔から女性で身を崩す男性は多いのよ?』


 それほど稼ぐハンターに成りたいとは思うが、成れるかどうかと問われれば、そこまでの自信は無い。その自信の無さがアキラの口調に出る。


「……俺、そんなハンターに成れるのかな?」


 それに対して、アルファが自信満々な態度で答える。


『成れるわ。何しろアキラには私のサポートがあるのだからね。少なくともアキラの意思以外は、私が誓って絶対に何とかするわ。意思とかやる気とか覚悟とか、そういうもの以外はね。流石さすがにそれだけはアキラに頑張ってもらわないと、私にはどうしようもないわ』


 アキラはしばらく黙っていたが、やがて強い覚悟をはっきりと表情に出した。


「分かった。意思とやる気と覚悟は、俺が何とかする」


 アルファはとてもうれしそうに、満足げに笑った。その笑顔はアキラの覚悟をたたえるためのものであり、アキラの意思を自身の思い通りに誘導できたことへの評価でもあった。

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