第3話 覚悟の担当
クガマヤマ都市のスラム街は都市の外側、荒野との境界辺りに広がっている。治安も経済も劣悪で、外からはモンスターが、内からは強盗が、弱者を食い物にしようと狙い続けている都市の掃き
アキラはその住み慣れたスラム街の通りをアルファと一緒に歩きながら、アルファの異常性を改めて思い知っていた。
見
加えて
それだけ注目を浴びる要素を集めれば、普通なら軽い騒ぎが起こっても不思議はない。だがそれにも
アキラがアルファに小声で話し掛ける。
「他のやつには本当に見えないんだな」
『そう言ったでしょう? 信じていなかったの?』
不服そうなアルファの様子に、アキラが少し慌てながら小声で弁解する。
「いや、そういう訳じゃなくて、基本的に見えないってだけで、他にも見えるやつがいるんだと思ってたんだ。俺には見えているんだから、他にも見えるやつがいても不思議はないだろう?」
『ああ、そういうこと。その辺の話はいろいろ説明が大変で長くなるのよ。後でゆっくり話しましょう』
アルファはアキラとは対照的にはっきりとした声で答えている。その澄んだ声に反応しているのもアキラだけだ。アキラもはっきりと答えていれば、幻聴と会話する不審者が出来上がっていた。
『アキラはこれからどうするの? 何か予定でもあるの? 私は邪魔をしないから、安心して好きにして良いわよ』
「……予定か」
アキラが空を見上げる。既に日が落ち始めていた。
「今日はもう寝る」
アルファが少し意外そうな様子を見せる。
『もう寝るの? こんな時間に?』
「ああ。もうすぐ夜だからな。早めに寝床の準備をしないと」
アキラが路地裏に入っていく。路地裏は既に薄暗く、完全な暗がりに落ちるまであと僅かな状態だ。その隅の普段寝床にしている場所に潜り込み、廃材などで作成した偽の壁を立て掛けた。
ここに隠れたアキラを目視で見付け出すのは、事前にそこに誰かがいると分かった上で、意図的に探さないと難しい。この迷彩も子供がスラム街を生き抜く知恵の一つだ。
アキラの活動時間は基本的に
夜間に動かない一番の理由は、他人が起きている時間に自分だけ寝ているという危険な状態を出来る限り短くする
だが今のところは死なずに済んでいる。アキラはその結果から、自身の判断は間違ってはいないと信じて、その生活を繰り返していた。
寝床の準備を進めていると、腹が音を立てて空腹を訴える。アキラは
アルファが一応提案する。
『可能なら、何か食べた方が良いわよ? 空腹が続いて体力が落ちると、遺跡探索の効率も落ちるわ』
アキラが軽く首を横に振る。
「……無理だ。都市からの配給なんてとっくに終わってる。食べ物を買う金もない。銃と弾薬の代金で消えたからな。今日は我慢するよ。明日の朝の配給まで辛抱だ。……そういえば、アルファは食事とか要る……のか?」
『不要よ。食事も睡眠も私には必要ないわ。だからその辺の心配は不要よ』
「そうか。じゃあ悪いけど、俺は休ませてもらう。お休み」
それだけ言って横になったアキラに、アルファが優しく声を掛ける。
『お休みなさい。ゆっくり休んでね』
目を
(……お休みなさい、なんて言われたのは久しぶり……、いや、初めてか?)
アキラは疲労の
翌朝、アキラは
すぐ
『おはよう。よく眠れた?』
その瞬間、アキラの意識が一気に覚醒した。その場から飛び
アルファは少し驚いた様子を見せたが、機嫌を損ねずに優しく話し掛ける。
『ごめんなさい。驚かしてしまったかしら?』
アキラの表情が危険な見知らぬ誰かへ向けるものから、
「…………アルファ?」
アルファはアキラとは対照的な笑顔を浮かべている。
『そうよ。忘れてしまったの?』
アキラが緊張を解いて
「……悪かった。ちょっと驚いたんだ。起きた時に誰かが
『良いのよ。気にしないで』
アキラはアルファの様子から本当に怒っていないと判断して、
(……そもそもアルファに銃なんか効かないんだから、銃を向けられてもそんなに怒ることでもないんだろうな。良かった。危なかったな)
その後アキラはスラム街にある食糧の配給所に向かった。配給所では都市が食事を無料で提供している。朝夕の1日2回で、朝の配布が開始されるのは早朝だ。開始時刻までには結構時間があるが、既に数人の列ができており、その最後尾に加わった。
列には大人しく整然と行儀良く並ばなければならない。騒ぎを起こしたり横入りをしたりすると、その人物には食料が配給されない。場合によっては配給そのものが中止となる。当然、その原因となった者は後で袋
これは都市による無言の教育でもある。スラム街の住人であっても列の並び方ぐらいは学んでもらった方が都市側にも都合が良い。そして都市側の規則を守らない者がいる場合、全体が不利益を得ると認識させるのにも都合が良い。それらの教育の成果もあり、袋
そして配給所は自力で食料を買えない貧困者をスラム街に
配給が始まり、アキラの順番が来る。今回の食料を受け取って列から少し離れる。この距離もアキラのような子供にはかなり重要だ。離れすぎると
アキラが
アキラはなかなか食べ始めない。アルファが少し不思議そうに声を掛ける。
『食べないの?』
旧世界の遺跡から発掘された動作状態の怪しい生産装置が生み出した合成食料。土壌の汚染状況の確認が困難な農地で試験的に栽培した比較的安全な野菜。生物系モンスターの食用に回しても恐らく安全だと考えられる部位の肉。それらを原材料にした加工品などが、有り余る善意で、金の無い者でも手に入るように、無料で提供されている。
そしてそれらの食料をスラム街の希望者に一定期間提供した後に
それがこのサンドイッチだ。パンも具材も、その手の何かだ。
「……。食べる」
配給側はそれらの事情を一々説明などしない。だが受け取る
味は微妙だった。値段と安全性
ハンターとして成り上がり、安全で
アルファは優しく
スラム街を無料の食料で生き延びた者達は、その善意の見返りを支払うことになる。時折都市を襲撃するモンスター達とスラム街の立地の
その襲撃を生き残った者達の中には、モンスターと戦えるほどの実力を身に付ける者も出てくる。その者達は大抵ハンターとなり、
つまりアキラはある意味で、都市の思惑通りにハンターを目指したのだ。力の無い者は逃れようのない選択を強いられることもある。だが選んだのはアキラ自身だ。選ばされたのだとしても、そこに後悔はなかった。
アキラは再びクズスハラ街遺跡にやって来た。今はアルファの案内で遺跡の中を進んでいる。
遺跡は道の一部が倒壊したビルの
遺物を求めて遺跡に入るハンター達は、その過程でその障害となるモンスター達を撃退する。時には奥に進みやすいように遺跡内の道の整備なども行う。そして強力なモンスターと遭遇し、返り討ちに遭って命を落とす。それらの繰り返しにより、遺跡は奥部ほど進み
アキラもそれぐらいは知っていたので、昨日は遺跡の外周部、それもかなり外側の辺りを探索していた。しかし今日はアルファの勧めで遺跡の奥を目指していた。
奥に進まなければ高額な遺物は手に入らない。自分が案内するので、アキラがその指示に従う限りは大丈夫だ。アルファにそう言われてしまうと、アキラも引き下がるのは難しい。成り上がる
初めの内はアルファの指示通りに黙って進んでいた。しかし
壁沿いに壁に背を付けながらゆっくり進む。指定されたビルの中に、見えている出入口からではなく、近くの
ウェポンドッグに襲われた時のこともあって、指示の理由を一々聞くのもどうかと思い黙っていた。しかし一見無意味に思える行動を取るたびに、僅かな不信感が少しずつ積もっていく。そして、アキラは
「……なあ、アルファ」
『何?』
「もしかして、道に迷っていたり、
アルファがはっきりと答える。
『していないわ』
「……本当に?」
『本当よ』
「同じ道を何度も通っている気がするんだけど……」
『その必要があったからよ。危険なルートを
アルファは軽く
「……俺の
『そうよ』
アルファは再びそう言い切った。そのはっきりとした口調と態度には、アキラの反論を封じる程度には説得力があった。しかしアキラの中に
その後も
『また戻るわよ』
「……またかよ」
アルファがアキラの横を通っていく。アキラも
路地の先には大通りが見えていた。アキラはその先の様子が気になってしまった。その先の光景を見て、引き返すだけの理由を少しでも発見できれば、今までの一見無意味に思える指示にも納得して、不満も一気に解消できるはずだ。そう思ってしまった。
(……ちょっと見るだけだ)
アキラはそう言い訳して、路地から少しだけ顔を出して警戒しながら大通りを見た。しかしそこには今までの光景と大して変わりのない荒れ果てた遺跡の姿が広がっているだけだった。
(……別に何もないじゃないか)
アキラが更に不満を募らせた瞬間、アルファが非常に強い口調で叫ぶ。
『すぐに戻りなさい!』
その直後、アキラの視界の先、その中の何も無いように見える空間から、何の前触れもなく
アキラが何も無いと思っていた場所には、迷彩機能を有効にしていた巨大な機械系モンスターが存在していたのだ。
大型口径の弾頭がアキラから少し離れたビルに直撃する。ビルはその一撃で爆音、爆風、衝撃とともに半壊した。大量の巨大な
余りの驚きで固まっているアキラをアルファが怒鳴り付ける。
『急いで戻る! 死ぬわよ!』
我に返ったアキラは死ぬ気で走り出した。路地は周辺のビルに砲弾が着弾した
アキラはアルファの指示に従って
アルファが厳しい表情と声をアキラに向ける。
『今のは危なかったわ』
アキラは部屋の隅で
「……ごめん」
その短い謝罪には強い自己嫌悪が籠もっていた。その声も誰でもすぐに分かるほどに暗く沈んだものだった。
アルファが厳しい表情を少し
『……指示の内容に不満があったのかもしれないけれど、私はアキラの不利益になるような指示は出さないわ。後で細かく質問してくれれば、アキラが納得するまで答えるわ。前にも話したけれど、一見変な指示であっても、指示の理由を説明している最中に死ぬ確率が飛躍的に上昇することがあるから、その説明を省くことはあるの。昨日出会ったばかりでいろいろと信じられないところはあると思うけれど、アキラが死んだら私も
気遣われている。アキラにもそれぐらいは分かった。罪悪感を覚えながら何とか答える。
「……分かった。疑って悪かった。ごめん」
『良いのよ。私もアキラにすぐに全面的に信頼してもらえるとは思っていないわ。こういうのは積み重ねないと。お互いにね』
アルファの口調も表情も、アキラをどこまでも気遣っていた。それでアキラは少し気力を取り戻した。そして、気を切り替える
「……。そうだな。俺もちゃんと積み重ねるよ。次は、俺はどうすれば良いんだ?」
アルファがアキラの様子を確認する。そしてその精神状態がある程度回復するまでは、下手に動かさない方が良いと判断する。
『外の状況が落ち着くまではここで待機よ。一応モンスターがこの辺りから離れていくように誘導しているけれど、それなりに時間が掛かると思うわ』
「誘導って、アルファはそんなことも出来るのか?」
軽い驚きを見せているアキラに、アルファが少し得意げな笑顔を向ける。
『一部の機械相手に限って、特定の状況下ならば、出来る場合もあるの。あの機械系モンスターは、自動操縦で外敵を襲い続けるタイプの自律兵器よ。その類いの機械は、周囲の状況を把握する
「……もし、そのローカルって方のタイプのモンスターだったら、俺はどうなっていたんだ?」
アルファが明るい声で笑って答える。
『
「そ、そうか」
アキラは少し顔を引き
『もう少し話でもしましょうか。そうね。何か私に聞きたいこととかはないの? 何でも良いわ。適当に言ってみて』
何でも良いと言われてしまうと逆にすぐには思い付かない。しかし優しく
アキラは聞くことを探してアルファとの出会いから思い返してみた。そしてあることを思い出した。
「それじゃあ聞くけど、アルファと初めて会った時、どうして全裸だったんだ?」
アルファは今も服を着ている。出会った後もすぐに服を着た。つまり意図的に全裸だったことになる。あの時は余りの衝撃でそれどころではなかったが、今になって思い返せば非常に不自然だ。
アルファが少し不敵に
アルファは恥じらう様子もなく惜しげもなく肌を
『どう?』
驚きながらも見
「どうって……、いや、良いからまずは服を着てくれ!」
アルファは満足そうに
『なかなか魅力的な体でしょう? 人目を引くと思うでしょう? 注目を集めるとは思わない? あの時のアキラもよく見ていたしね』
「し、仕方ないだろ!?」
『つまり、それが理由よ。さっきの質問の答えね』
「どういう意味だ?」
『私の姿を認識できる人を効率的に探す方法ってことよ。クズスハラ街遺跡に来る人はハンターぐらいで、その数も別にそんなに多い訳ではないわ。そこから私を認識できる人を探すのは大変なの。だから、私を認識した人が確実に何らかの反応を起こすように、あんな格好をしていたのよ。それ以外にも、私を見た人が逃げたり警戒して隠れたりしないようにとか、その辺を交えていろいろ試した結果、あの格好が一番良いと判断したのよ』
「俺は思いっきり警戒したんだけど」
『それでも、見た瞬間に走って逃げたりはしなかったでしょう? もし遠目で私を認識していた時に、その姿が銃火器で武装した屈強な兵士だったりしたら、アキラはどうしていたと思う?』
「まあ、逃げるな。最低でも近づかないようにする」
『そうでしょう? 私が武装していないと一目で判断できて、その上で誰かの興味を確実に引いて、私を認識していると判断できる分かり
アキラが僅かに顔を
「……でも、やっぱり全裸はどうかと思うぞ?」
『良いのよ。所詮は作り物。目的さえ達成できるのなら、私は気にしないわ』
「作り物?」
『ええ。私の姿はコンピュータグラフィックスで作成されたものなの。老若男女、
その証拠だとでも言わんばかりに、アルファがその姿をアキラよりも幼い少女のものに変えた。驚くアキラの前で、更に妙齢の女性へ変化し、老婆になり、少女になり、その姿を様々な年齢の姿に次々と変えていく。
その後、アルファは外見を初めの姿に戻すと、今度は髪を短くしたり、床に着くほど長くしたり、明確に重力を無視した髪型にしたり、更に髪を七色に輝かせたりもした。服装もどこかの学校の制服のようなものから、社交界で着るようなドレス、派手な水着、迷彩服、パイロットスーツ等、様々なものに変えていく。
アキラは次々に変わるアルファの姿に、初めのうちはただ驚いていた。だが
スラム街で過ごすアキラに、娯楽等は無いに等しい。踊るようにポーズを変えて、舞うように様々な衣装を身に
アキラはアルファを眺め、アルファはアキラを観察する。当初ランダムに変化していたアルファの姿が、その年齢、体型、髪型、衣装等が、少しずつ自分の好みに沿うように移り変わっていったことに、アキラは気付いていなかった。
楽しげな、妖艶な、穏やかな、魅惑的な、優しげな
『服装とかのリクエストがあるなら何でも受け付けるわよ。あ、それとも全裸の方が良い? 全裸。やっぱり全裸の方が、この魅惑の裸体を堪能できるから、そっちの方が良いかしら?』
その誘うような言葉に、アキラがまた少し慌て出す。
「何でも良いから服は着てくれ! 何でそんなに全裸押しなんだ!?」
『アキラも今のうちからそういうのに慣れておいた方が、後でハニートラップとかに引っかからずに済むと思ったのよ。そういう訓練も必要だと思わない?』
思う、と答えたら大変なことになりそうだ。アキラはそう考えて苦笑いを浮かべた。そして率直な感想の代わりに、照れ隠しを兼ねて少し
「……こんな子供を引っかけるやつはいないよ」
アルファが逃げ道を塞ぐように反論する。
『今のアキラを引っかける人はいないかもしれないけれど、大金を稼ぐ有能なハンターを引っかける人は山ほどいると思うわ。アキラがそんなハンターになった時に、そういう人達にいろいろ邪魔をされたくないのよ。昔から女性で身を崩す男性は多いのよ?』
それほど稼ぐハンターに成りたいとは思うが、成れるかどうかと問われれば、そこまでの自信は無い。その自信の無さがアキラの口調に出る。
「……俺、そんなハンターに成れるのかな?」
それに対して、アルファが自信満々な態度で答える。
『成れるわ。何しろアキラには私のサポートがあるのだからね。少なくともアキラの意思以外は、私が誓って絶対に何とかするわ。意思とかやる気とか覚悟とか、そういうもの以外はね。
アキラは
「分かった。意思とやる気と覚悟は、俺が何とかする」
アルファはとても
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