第83話


「本当にありがとう! なんてお礼を言えばいいのか」


「いいや、我輩も体を動かしたかったのだ。 礼など要らぬぞ」


 ビャクヤの手を握ってしきりに感謝を述べる彼女は、ドーラと名乗った。


 彼女の関節部分や体の節々には鱗の様な物が覗いており、彼女は人間でないことはすぐに窺えた。

 だがそれ以上に、特徴的なこめかみから伸びる一対の角が、なによりも目を引いた。

 ただ、片方の角は半ばよりへし折れており、それが正常が姿でないことはすぐに見て取れる。

 

 この街で言うところの異種族と呼ばれる部類の住人で間違いなさそうだ。


 目立つ姿ゆえか、彼女は異種族狩りに会うのは初めてではなく、以前から男達には前から目を付けられていたのだという。

 見てみれば大小様々な傷が体に残っている。その中には刃物で出来たと思われる物もあった。

 痛々しい傷の数々を見てアリアが眉をひそめる。


「なぜこの街に留まってるの? 普通、身の危険を感じたらよそへ移ると思うんだけど」


「本当はそうしたいんだけど、見ての通りそんなお金なんてないから」 


「それは……ごめんなさい」


「謝らないで。 こうして生きてこられた事を思えば、私の故郷よりずっとましなんだから」


 気丈に振る舞うドーラを見て、アリアはそっと視線を外す。

 街の情勢では異種族がまともな職に就くことは難しいだろう。


 先立つ物がなければアリアの言うような別都市への移動はできない。

 特にこのエルグランドは周囲を厳しい自然に囲まれており、カセンまでの道のりも険しい。

 必要な物資や移動手段がなければ、到底徒歩で向かえる距離ではない。

 例え命の危険があったとしても、彼女はこの街で生きることを強いられているのだ。


「ひとつだけ聞いてもいいか? この街での排斥活動は、最近始まったのか?」


「元々ひどい扱いを受けることはあったけど、こんな過激になったのは最近ね」


 思い出すように、ドーラはつぶやいた。


「同胞が何人も私刑で殺されてしまったわ……。 今日は生き延びれたけれど、次はきっと、私なのでしょうね」


 そう言い残すと、彼女は姿を消した。

 その後、ふたりはなにも言わず、聖女の依頼を受ける事に賛成した。

 一刻も早く、この流れを断ち切るべきだ。

 俺達三人は聖女の教会へと引き返すのだった。


 ◆


 例の教会へと戻ると、すでに鋼の聖女の姿はなく、代わりにローナと呼ばれていた従者が出迎えた。。

 すでに聖女は戦場へと向かったらしく、連日出撃しているというミリクシリアの言葉も偽りではなかった。

 先ほどは本当に俺達と顔を合わせるために時間を作ったのだろうか。

 

 聖女らしく律義というか、真面目というか。

 その多忙さゆえに俺達に依頼を持ち掛けた、というのもあながち嘘ではないのだろう。

 それでも信頼できると決まったわけではないのだが。

 

 最低限の警戒はしつつも、ローナの言葉に耳を傾ける。

 彼女は事務的な言葉遣いで依頼内容を語り始めた。


「依頼の内容は、街で流行っている奇病の原因を、内密に究明すること。 そしてその原因をエルグランドに持ち込んだと考えられる組織の調査となります」


「組織の目星は付いているのであろう? であればなぜ我輩達に頼むのだ?」


 ビャクヤのもっともな問い掛けに、ローナは小さく首を振った。


「お恥ずかしい事ですが、我々には自由に動かせる戦力は存在しないのです。 憲兵団は日々増加する暴動や争いに追われ、明確な証拠の無いこの件に関しては協力を望めません。 そこで、皆様に目を付けさせていただきました」


「つまり、私兵代わりに私達を雇いたいって事ね」


「本来なら冒険者を人間同士の争いに巻き込むのはタブーなんだがな」


 とはいえここまで来て引き返すわけにはいかない。

 ローナへ視線を向けて話の先を促す。


「外部の魔族と結託して、エルグランドの物資や情報を流しているとされる、クラウレスと呼ばれる組織です」


「される、という事は確実ではないと」


「その通りです」


「ならその情報はどこから手に入れたんだ? 自由に動かせる戦力が無ければ、諜報も難しいと思うんだが」


 諜報は純粋な戦闘よりもよほど人材が必要になるとパーシヴァルがぼやいていたのを思い出す。

 冒険者を雇うような人員不足の状態でそんな情報をどこから手に入れてきたというのか。

 俺の疑念を払うように、ローナは淀みなく答えた。


「信者や同胞達からの密告です。 個人名は言えませんが、街には聖女様を信奉する同士が大勢いるのです」 


 これぞ、聖女様の人徳がなせる技なり、といったところか。

 混乱の最中にあっても自浄作用があるのは結構なことだ。

 その作用が排斥活動の自制につながっていないのが残念だが。


 ただ、いくら善意で集まった情報とは言え、それを完全に信じろと言うのは無理がある。

 これは慈善活動ではなく、俺達と聖女の間に交わされた利害関係による協力だ。

 もしその信者の密告が間違いだった場合、俺達の努力は気泡に帰す。


「最初に確認しておきたい。 その情報が不確かな物で、俺達の調査が無駄に終わったらどうなる。 俺達の依頼は受けてもらえるのか?」


「住人の不安を取り除くこともまた、聖女様が望むところです。 貴方達への協力は保証しましょう」


 確約は取れた。

 ならば後は行動あるのみだ。


「お願いできますか?」


「最善を尽くそう。 その代わり色々と聞きたいことがある。 答えてくれるか?」


 むろん、この依頼を遂行するために必要な情報や知識を彼女から引き出すための質問でもある。

 そして同時に、確かめなければならない。

 この女性や聖女が、本当に使徒でないのかを。

 

 その後の話し合いは、日が傾くまで続けられた。

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