第36話

 

 周囲に散らばる魔物の死体。そして自分の腕があったであろう場所を見て、壁際を見る。

 確かに一瞬前まではそこにあった。だが今では飾り物の様に壁に縫い付けられている。

 ヴァンクラットは壁の自分の腕を見て、ようやく俺の方へと視線を向けた。

 それと同時に、俺は剣を回収する。

 ドサリと重い物が地面に落ちる音が、やけに大きく聞こえていた。


「え、なにを、どうして……!?」


「どうだ? 軽くなっただろ」


 間違いなくヴァンクラットの魔法は風を作っている。

 だが、遅すぎた。それより一瞬だけ早く転移魔法を発動させていた。

 おしゃべりが大好き過ぎて、気付いていなかった様子だが。


「ファルクス、お主」


「悪いが、俺は機嫌が悪い。 酷く、猛烈に、機嫌が悪い」


 あの村は甚大な被害を被った。

 それが災害ならば、まだ耐えよう。

 それが人災ならば、罪を償わせる。

 だがここまで来ると、もはや救いようがない。

 罪を償うどころが、楽し気に罪を重ねようとしているのだ。

 全てがこの男によって仕組まれていたと分かった今、怒りの歯止めが利かなくなっていた。

 これも魔素の影響か。それとも俺の純粋な怒りなのか。

 分かっているのは、目の前の男を殺すという事だけだった。


「お前が始めたことだ。 お前自身で全てを償ってもらう」


 瞬間、ヴァンクラットは飛ぶような速度で、出口へ走った。

 だが無駄なことだった。ヴァンクラットが何処へ走ろうと、瞬時に元の場所へと送り返す。

 この場所からは決して逃がさない。逃がしはしない。


「共鳴転移」


 間抜けなほどに、あっさりとヴァンクラットが地面に倒れる。

 俺が両足の腱を切り裂いたのだから、当然といえば当然なのだが。

 どうにか逃げ出そうともがくヴァンクラットの前まで行き、剣を首元に突き立てる。


「なぁ、聞かせてくれよ。 お前は魔素を使った研究をしていた。 なぜだ? なにを目的に研究をしていた? 黄昏の使徒は何を目的とした組織なんだ?」


「む、無駄だ。 私は何もしゃべらない!」


 瞬間、足に一本の剣が突き刺さった。

 ヴァンクラットは声にならない悲鳴を上げて、身を揺らす。


「なら質問を変えよう。 お前は見たよな? あの村を。 ワイバーンに襲われて、被害を受けた人々を。 なにも思わなかったのか? お前は一欠けらほどの良心も持ち合わせてないのか?」


 問い掛ける。無駄だと分かっていながら、そうせざるを得なかった。

 復興を共に行って理解していたのだ。あの村がどれだけの努力によって成り立っていたのかを。

 些細な平和をダンジョンによって奪われ、発展の希望だった岩塩抗を奪われ、それでも問題を解決しようと貧しい財政の中から冒険者への報酬を捻出していた。

 そこまでして必死に生きていた村の人々の命を、いとも簡単に奪ったこの男に、問わなければならなかった。

 なぜなのかと。

 だがヴァンクラットはじっと俺の眼を見て、そしていった。


「私は偉大なる黄昏の神々の使徒にして、第3の賢者。 ヴァンクラット・ヘーヴィル。 貴様等に語ることなど、何もない」


 黄昏の神々、そして第3の賢者。

 ヨミに説明してもらわなければならない言葉が出てきたが、その前にやることがある。

 ゆっくりと立ち上がり、ヴァンクラットの足に突き刺さった剣を回収する。

 そしてヴァンクラットの首元を掴む。


「それが答えか。 いいだろう」


 魔法を使うまでもない。

 血で汚れた刀身を振り上げて、そして告げる。


「沈黙しろ。 永遠に、永劫に」


 その宣告通り。

 ヴァンクラットは物言わぬ骸と化した。


 ◆


 ダンジョンを抜けると、すでに朝焼けが昇り始めていた。

 濃紺色の空が徐々に開けていく様は、見ているだけで気分が晴れやかになる。

 だがその色は少しばかり色あせて見えた。左右の眼で、見える色が少し違うのだ。

 俺の異変に気付いたのか、瞳を見てビャクヤはつぶやいた。


「左右の眼で色彩が異なっているな。 魔素の影響が抜けていないのか」


「どうも、そうらしい。 少しだけ見える色が変なんだ」


 だが大したことはない。

 ビャクヤの命と引き換えならば、安いものだった。

 しかし気付けばビャクヤは顔を伏せていた。

 拳が固く握られて、肩が小さく震えている。


「ビャクヤ?」


「済まぬ。 我輩が、油断をしたばかりに」


「いいや、違う。 俺達はパーティだ。 もし立場が逆でも、ビャクヤは俺と同じことをしただろ?」


 気付けば、小柄な鬼の少女を抱きすくめていた。


「だから謝らないでくれ」


 日が昇り、長い長い夜が明けようとしていた。

 仲間に捨てられ途方に暮れていた俺を、ビャクヤはこうして夜明けへと導いてくれた。

 どんな意図があろうとも、夢を実現するための力をビャクヤは俺に与えてくれた。


 きっと剣聖は世界を救う事で人々を救うのだろう。 

 だが俺は転移魔導士として、目に見える人々を救っていく。


 だがまずは、目の前の鬼の少女を守っていく事が先決だ。

 俺達は相棒なのだから。





 どれだけそうしていただろうか。

 感情に任せるまま抱きしめたビャクヤだが、彼女も俺に腰に手を回していた。

 受け入れられたという安心感がある一方で、問題も発生していた。


「ビャクヤ。 そろそろ背骨が砕けそうだから、腕をどけてくれ」


「転移で抜け出せばよいだろう」


「いや、そうなんだが……それは、味気ないというか」


 なんと無しに気恥ずかしく、他の冒険者がダンジョンの様子を見に来るまで、俺達は互いに動けずにいたのだった。

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