第7話

 半狂乱で振り回されたナイフをバックステップで回避して、腰から剣を抜き放つ。

 大きすぎる頭を支える首筋に吸い込まれた刃は、なんの抵抗もなく首を切断して、斬り飛ばした。

 頭を失くした胴体が揺れて、ボールのように飛んだ首と共に、地面に崩れ落ちる。

 素早く周囲に視線を走らせるが、俺を狙っているゴブリンの姿は確認できなかった。

 剣に付着した血を振り払いながら、もう一度周囲を確認する。


「こんな感じか」


 久しぶりの戦闘だったが、思うように動けていたと思う。 

 一息ついて、ビャクヤを見れば、


「ぜりゃぁぁぁぁああああっ!」


 体重と遠心力を乗せた一撃が、ゴブリンの持っていた棍棒と胴体を同時に切り裂く所だった。

 切り飛ばされたゴブリンは数メートルは吹き飛び、先の通路に転がった。

 確認するまでもなく、即死である。

 力業だけではない。技術にも裏打ちされた一撃は、見事という他なかった。

 彼女の周囲を見れば数えきれないほどのゴブリンの死体が転がっている。

 俺が三匹を相手にしている間に、彼女はそれだけの数を仕留めていたのだ。


「凄まじいな。 鬼という種族は、そんな戦い方をするのか」


「どうだ!? 我輩を仲間にしてよかっただろう?」


 薙刀を振り回しながら、ビャクヤは笑みを浮かべた。

 

「あぁ、確かに。 正解だったかもしれないな」


「だがファルクスも相当な腕前だった。 我輩の眼に狂いはなかったな!」


 世辞なのかと思ったが、深読みしすぎかと素直にうなずいておく。

 ジョブのレベルは低いが、彼女の実力は確実に俺を上回っていた。

 魔導士と比べても、近接職の方が身体能力が高くなるが、それに加えて鬼という種族の力が加算されているのだろう。

 羨ましくもあり、そして頼もしくもあった。

 ただ疑念もある。


「そういえば、なぜ俺と組もうと思ったんだ? 見ただろ、俺のジョブを」


 自分でいうのも悲しくなるが、転移魔導士はパーティ参加お断りの常連でもある。

 一方の槍術士は前衛と中衛をこなせる近接職として、人気のジョブだ。どう考えても釣り合わない。

 パーティを組むのであれば、もっと優良な相手が見つかるはずだ。ビャクヤの実力も高いため、格上の冒険者のパーティに入ることも不可能ではないだろう。

 そんなビャクヤはなぜ自分と。そう考えるのは自然な流れだった。

 俺の問いかけにビャクヤは、考える素振りをして首を傾げた。


「理由か? あの男……なんといったか。 我輩に難癖をつけてきた」


「バルロか」


「そうだ! 冒険者ギルドでバルロのナイフを、転移魔法で飛ばしてくれただろう。 その時に思ったのだ。 お主は見ず知らずの相手の為に、躊躇いなく行動できる人間なのだと」


「あれは、反射的にやった事なんだが」


「それでいい。 いや、それがいいのだろう。 咄嗟の行動で人を守る事ができるのは、心の底から人を守る事を良しとしている証だ。 美しい心意気だと、我輩は思うぞ」


 幼い頃に憧れた冒険者。

 その真似事をしている内に、彼と同じ行動ができるようになっていた。そう考えるだけ、今までの努力は無駄ではなかったのだと、実感が湧いてくる。

 これまで勇者の荷物持ちとして活動してきたが、こうして一人で行動することで実感できる物もある。

 少なくとも、パーティを離れて、初めて良かったと思える言葉だった。


「もちろんそれだけではない。 お主の魔法は見事だ。 無駄がなく、それでいて狙いが正確と来ている」


「長年、荷物持ちをしてきたからな。 アイテムを正確に、迅速に使う。 それが俺の仕事だった」 


 以前のパーティでは、前衛の勇者や剣聖は凄まじい速度で戦闘をおこなっていた。

 毒になったり麻痺になったりしても、多少の動きが阻害されるだけで、俺から見れば人間離れした速度だった。

 ただ、状態異常を治すから戦闘中に止まってくれとは言えない。かといって放っておくこともできない。

 必然的にアイテムを使うには正確さと速さが求められた。

 その結果、身に付いた芸当が転移魔法でのアイテム使用だ。ただ、それを評価されるのは少々複雑な気分ではあったが。

 そこで小さな違和感を覚えて、前を歩くビャクヤを呼び止めた。


「……いや、待て。 ビャクヤは魔法が使えないと言ったな。 なのになぜ俺の魔法を視認できる」


 その問いかけに、前を行くビャクヤは歩みを止めた。

 小さな違和感は徐々に膨れ上がり、疑念へと変わっていく。

 

 転移魔法は、魔法が使えるジョブでなければ視認できない。

 火炎魔導士などが使う『ファイアーボール』などの攻撃魔法は誰でも視認できる。

 実際に存在している炎を魔法として生み出しているのだから。

 

 しかし転移魔法は違う。

 魔法を起動させて、対象を選び、どこへ飛ばすかを決める。

 その過程で、他人に見られる可能性はゼロに等しい。

 唯一、転移魔導士はそれら魔法のプロセスを視認できるが、もちろんのこと彼女は転移魔導士ではない。

 だというのに、どうして俺の魔法が見えたというのか。

 ぞわりと上ってくる冷たい感情を抑え込み、ビャクヤを見つめる。

 立ち止まったビャクヤは振り返り、そして首を傾げた。


「……我輩、そんなこといったか?」


「確かに、言ったはずだが」


 いや、俺の聞き違いだったか。

 そんな不安を抱くほど、彼女は自分の言ったことを忘れていた。

 そもそも興味の無いことは覚えていないと、彼女も言っていたではないか。

 過去に発言した自分の言葉など覚えていないのだろう。

 結局、彼女は俺の問いに答えることなく、満面の笑みを浮かべて、薙刀を振り回した。


「まぁ細かいことはいいではないか。 早く先へ進もう。 鬼の血が戦いを求めているのだ!」

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