第6話 不純異性交遊


「あぁ、いたいた。ほんと綺麗きれいだな。こいつ……」


 幸彦は保奈美のチリや埃を軽く手で払っていく。


 彼女は気絶しているのか、眠ったように規則正しい吐息をしていた。どうやら、保奈美も真白と同様、部位欠損は免れなかったらしい。


 彼女の虎の子の黒脚と、白く肉付きのいい両足が真白によって、根元から焼き切られていた。


 彼はその痛々しい生傷に胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。


 それは幸彦を救うために保奈美が払った代償だいしょうであった。

 幸彦は溢れ出る衝動しょうどうに身を任せ、保奈美の頭を愛おしげにでる。


(ありがとよ、こんなクズ男の命救ってくれて。ありがとよぉ。ありがとよぉ〜)


 幸彦は感謝かんしゃの気持ちをひたすら込めて、保奈美のサラサラの髪をき分けていくのだった。


 彼女のつやのある黒髪くろかみ絹糸きぬいとのような手触りがあり、幸彦は彼女の黒々とした美しく滑らかな黒髪が好きであった。


 彼は、いつものように保奈美の髪に指を通す。眠っている彼女は本当に美しく、幻想的で、完璧かんぺき大和撫子やまとなでしこであった。早く起きていつものように眠そうな瞳で見つめてほしい幸彦であった。

 そんなことを思ったからだろうか。幸彦の脳裏にあの声が響く。


 ――そんなに愛してる女をほっといて他の女とキスした味はどうだった? 美味かったか?


「――こひゅー、ひゅー、ひゅーひゅー!」


 いつもの声が聞こえる。その声は、朝も、昼も夜も、幸彦を苛み続けるのであった。


「がはっ! はぁはぁはぁはぁ、ぐあーぁぁ! はぁ、はぁ、はぁ!!」


 幸彦はチラリと保奈美と氷の彫刻ちょうこくになった真白の両名を見比べる。彼女らは何も責めてはいない。


 それは幸彦が生み出した罪悪感の心そのものだった。


 真白のあいに答えてられないジレンマに……保奈美だけに愛を絞り切れない己の優柔不断ゆうじゅうふだんさに……


 彼は痛む胸を押さえながら、保奈美に愚痴を零す。それは懺悔でもあり、幸彦の我儘でもあった。


「俺がこんな美少女に二股ふたまたかけることになるとはなぁ……人生何があるか分からん。俺にはちっとも分からん……」


 当然、保奈美は何も答えてくれない。それでも幸彦は自分のどうしようもない気持ちを、彼女に吐き出さずにはいられなかった。


「なぁ、俺は保奈美を愛してるんだ。ちゃんと心の底から愛してるんだ。なぁ、それだけで、どうしてそれだけで完結させてくれなかったんだ。過去の俺よ……」


 保奈美と真白、両名の美少女に好かれている状況は大変うれしい。死ぬほど嬉しい。男冥利みょうりとはまさにこのことであろう。嬉しいのだが、それは幸彦に多大なる葛藤かっとう苦悩くのうを与えるのであった。


 保奈美だけでも持て余しかけているのに、真白に同程度の愛を施すことは到底無理である。

 真白はどうしても保奈美の次にならざるを得なかった。幸彦には保奈美一人を真剣しんけんに愛するだけで精一杯だった。


(俺は、どうすれば良かったのか……彼女を見殺しにすれば良かったのか……生かしたのが悪かったのか……真白と出会ったのが間違いだったのか……)


 いっそのこと死ねば、楽になるのかとくだらない妄想に吹ける。

 しかし、幸彦には死ぬ度胸も死んだ後に恨まれる覚悟もなかった。笑いたければ笑うといい。自分のしたことに責任を持つということは、本当に大変である。


 それでも幸彦は、悩みながらでも前に進むしかなかった。今更彼女かのじょらとの関係をなかったことにはできないのだから。


「そろそろ、起こすか……この寝顔ともおさらばだと思うと寂しくなるな……」


 己の感情にとりあえずの整理をつけた幸彦は、彼女を起こすべく名残惜なごりおしそうに彼女の頭から手を離そうとする。


 しかし、幸彦の手は寝ている保奈美によって上から抑えつけられた。寝ているはずの彼女によって。


「――はっ⁉︎ えっ⁉︎」


「おはよう。幸彦君。私の髪はいかがだったかしら? 感想を聞きたいのだけれど」


 彼女はゆっくりと目を開き、幸彦に微笑んだ。




「グッドモーニー。元気にしてたかしら? 私のマイダーリン」


 彼女は片目を閉じてウインクをする。それを見た幸彦は思いっきり動揺をした。


 ――まさか、まさか、まさか⁉︎ 彼は保奈美を震えながら指差す。それを見た彼女は広角を上げて、ゆっくりとうなづくのであった。


「お、お前⁉︎ いつから起きて⁉︎ いや、それよりも寝たふりなんかなぜ!」


 まさか、さっきの悲劇ひげきのヒロインのような自分によっった独り言を聞かれていたのだろうか。

 彼は急に恥ずかしくなり、ほおが、りんごのように真っ赤に染まるのだった。


「――そうねぇ……頭を愛おしそうに撫でられた時からかしら? ふふふ、あんなに優しく撫でられて愛の告白なんて夢みたい。顔をにやけさせないようにするのは大変だったわぁ」


 彼女は、にまにまと嬉しそうに笑う。それは幸彦の記憶にあった、トラウマを思い出させた。


 電車の中で、見知らぬ綺麗なお姉さんの手を無意識に握りつづけ、微笑ましく笑いかけられた記憶を……


「のぉぉぉぉぉぉ⁉︎」


 幸彦は頭を抱えて身悶みもだえる。恥ずかしいなんてもんじゃない。穴があったら入りたい。


 彼女はくすくすと、子供を見るように目を細める。それを見て、幸彦の顔はリンゴから茹で蛸へと、進化するのであった。


 保奈美は、溢れ出る母性を幸彦に向けて、話続ける。


「本当は私だけに愛をささやくように洗脳するつもりだったけど……杞憂だったみたいね。安心したわ。幸彦君が私を一番に愛してくれて」


 洗脳するとナチュラルに言える所が保奈美の恐ろしい所である。生粋きっすいのドSと言えるだろう。


「お前、本当に趣味しゅみが悪いよ」


めないでよ。照れるじゃない」


「褒めてねぇ。けなしてるんだ」


「そんな私を一番にあいしてるのに?」


「ぐっ……お前、ちょっとは、恥ずかしがったら……」


 よく、臆面おくめんもなくそんな発言を言えるものだ。幸彦はずかしさがピークに達し、彼女から目をらしてしまうのだった。


 彼女はそれを微笑ほほえましそうに見た後、廃ビルの屋上には似つかわしくない、氷像ひょうぞうを指差す。


「それでどうしてあの爬虫類はちゅうるいは氷像に閉じ込められているの? 私にもわかるように説明してくれるかしら」



「説明すると長いんだが……大丈夫か?」


「えぇ、眠気を覚ますのにちょうどいいわ。ゆっくり話しましょう」


 幸彦は先ほどの真白との状況を説明するのだった。あえて不都合な部分を隠して……






「なるほど、そんな一悶着ひともんちゃくあったのね。つまりあの子から妖気を多少奪ってるから、あの子に勝てたと。あの子が馬鹿で助かったわね。幸彦君って、接近戦そんなに得意ではないでしょう?」


 万全の状態なら、幸彦は真白にも保奈美にも絶対勝てないだろう。

 しかし、真白に関していえば、心の機微きびを読めば勝算は無きにしもあらずであった。


「いや、今は多少改善された。至近距離しきんきょりで術放てるようになったし」


「ふ〜ん。それは残念ね。幸彦君がおそいづらくなっちゃったわ」


「そこは普通、喜ぶ所なのでは?」


青姦あおかん嫌い? ブルーシートと結界いつも貼ってるじゃない。何が不満なの?」


「いや、そういうことじゃ……」


「そう、なら屋内での回数を増やしましょうか」


「――青姦はもういいから、とにかく、今は関係ないだろ。今は真白に付いての教育方針を決めることが先決だ!」


 どうにも彼女と話すと話の主導権しゅどうけんを持っていかれる気がして上手く話したいことを喋れない幸彦であった。


「そうは言っても、あの子、根本的に術師に向いてないわよ。勝負はいくら強くても、戦闘はからっきしじゃない」


「おっしゃる通りで。俺もあそこまで酷いとは思わなかったよ……」

 

 簡単に手玉にとれて少々拍子抜けであった。今のままでは術を覚えたとしても簡単に出し抜かれる。戦闘に対する経験が彼女にはなさすぎるのであった。


「まぁ、私がなんとかするとしましょうか。貴方の未来の伴侶なのだから。愛人候補の世話ぐらい私に任せなさい」


「すまねぇ……本当にすまねぇ……」


 幸彦は保奈美に平謝りする。それを見て彼女は手を横に振るのだった」


「もう気にしていないわ。それよりもあの子の体洗ったって……本当?」


「ダメだったか?」


「ダメじゃないけど、なら私の体も洗ってくれる?」


「ここで、か?」


「えぇ、隅々すみずみまでたっぷりねっとりと……」


「それはちょっと……」


 保奈美の体を洗って理性が持つ自信がない幸彦は口をにごらせる。


 しかし、しぶる幸彦もある一言で一気に乗り気になる。


「ならそうね……私の体を洗ってくれたら、もう使わない家財道具あげましょうか? 最近部屋が手狭になってきてしまって。もらってくれる人探してたの。どう?」


「しょうがない。恥ずかしいだろうけど洗ってやるよ。俺たちは一心同体。苦楽を共にする仲間じゃないか」


 感じられる妖気も全くなかったので、報酬に釣られるがままに安心して近づこうとする。

 後二歩と近づいた所で真白が後方から、鬼気迫ったテレパシーで幸彦に呼びかけるのだった。


『センパーイ、近づいたじゃダメです!! その人まだ妖気残ってる!!』


「へっ?」


 その声に足を止めて振り向く幸彦。しかしそれが逆に裏目となった。


「あはぁ? バレちゃったぁ? いけない後輩ね」


 背後から喜色きしょくに満ちた声が聞こえてくる。それは幸彦には地獄に落ちるカウントダウンのように感じられた。


「へっ……うわ!! ちょちょちょちょ⁈」


 先ほどまでは、一切感じられなかった妖気が溢れ出してくる。いったいどういうことだ。即座そくざに彼女は妖気を一気に注入して両足と四本の脚を再生させた。


 そして保奈美は、再生させた脚で幸彦の義手に掴みかかる。


(クソ、こいつ……隠してやがったのか。さっきの戦闘で使い切ったんじゃないのかよ!!)


 幸彦は掴まれていた右手の義手を咄嗟とっさに溶かして抜け出そうとする。しかしそれはより事態の悪化をまねいた。


「あらぁ、自分から捕まりやすくしてくれるなんて、愚策かしら? 貴方らしくもない」


 彼女は舌舐めずりをしながら即座に幸彦の胴体どうたいに脚を絡ませる。


「――しまっ⁉︎ がっは⁈ っててて…… ひぃぃぃぃぃ!!」


 瞬く間に地面に引き落とされた幸彦を、彼女の四本の脚が抑えにかかる。

 そうしてマウントを取った彼女は幸彦のボロボロの衣服を掴む。そして中心から豪快ごうかいに引きいた。


「イヤァーーーー!! 何てことしてんだ、テメェ⁉︎ 今週泊まるって言ったろうがーーーー!!」


「まだ罰を与えてないじゃない。私に逆らって愛人なんてものを作った罰を!」


 彼女は自分の残ったボロボロの衣服も脱ぎ去って全裸になる。


「あの娘とのキスはそんなに楽しかったかしら? なら私のキスでそんな記憶かき消して上げる」


「むぅぅぅぅ……んっうぅんむ」


 そうして保奈美は幸彦の体に覆いかぶさり、脳が痺れるような、甘く蕩ける極上の口づけを落とすのだった。


 それはさながら大きな雌蜘蛛めすぐもに捕食される哀れな小さい雄蜘蛛おすぐものようであった。


 そんな中、幸彦は視線を感じて上を見上げる。


『まさか、先輩がそんなに不潔だったとは……幻滅しました。女の唇なら、誰でも貪るんですね……』


 幸彦は真白に申し訳ない気持ちと後輩の女子に見られながらキスをされている興奮を多大に感じるのであった。


 しかし、彼女が罰というからには快楽で終わるだけの筈がなかった。この後、幸彦は新たなトラウマを刻むことになる……

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