第6話 あっと言わせてやるぜ

ローリィ 「ともかく、アレンくんが現時点でこの水準の土魔法を使えるなら、理論面では中級土魔法の勉強に入っても大丈夫そうね。他の系統の魔法も見せてもらいたいけど、その前に――、長男のエルネストくんは土魔法、次男のジナンくんは火魔法に適性があるそうね?」


エルネスト 「いえ、先生。恥ずかしながら、私は魔力測定で土魔法に適性があると分かっただけで、魔力が少なすぎて魔法は使えないんです。ただ、魔法理論の基礎くらい勉強しておかないと魔道士を召し抱えるとき苦労すると、父に言われたのです」


ローリィ 「そう。分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」


エルネスト 「ありがとうございます、先生」


ローリィ 「アレンくんとジナンくんは、家庭教師から継続的に火魔法を教わるのは初めてだって聞いてるけど、今の時点で何か使えたりする?」


ジナン 「はっはっはっ! よくぞ聞いてくれた! 今こそ、俺の実力であっと言わせてやるぜ、ロリ子!」


ローリィ 「ジナンくん、私のことは『ハンバート先生』と呼びなさい」


ジナン 「ロリ子って何か『ロリ子』って感じなんだよなぁ」


ローリィ 「……」


アレン 「先生、ジナン兄さんはミラー先生のことも『ミラせん』って呼んでるんです。自分独自の呼び方を設定しないと気が済まないタチみたいで……。ほら、この年頃だと、そういう変なところにこだわる子もいるじゃないですか」


ローリィ 「はぁ……。それで、ジナンくんの実力が何ですって?」


ジナン 「聞いて驚け、俺はなんと、アレンでもまだ全く使えない火魔法を、使ことができるんだ!!」


ローリィ 「あら、アレンくんって火魔法は使えないのね。やっぱり本を読んだだけじゃコツを掴めなかった?」


アレン 「いえ、そうでもないんですが、ジナン兄さんの前ではそういうことにしておいたんです。使えると明かしてしまうと、面倒くささに拍車はくしゃがかかるでしょうから」


ジナン 「アレン、お前はまだ12歳のチビなんだから、気を落として負け惜しみなんか言うな。人生これからだ!」


アレン 「そう言うジナン兄さんは敬語を使えない13歳児ですけどね」


ローリィ 「それで、ジナンくんは火魔法が使えるのね?」


ジナン 「目ん玉ひんいてよく見ろ、ロリ子! これこそが、バーロン男爵家の隠された神童ジナン様の、超-究極-最上位-火炎魔法『炎獄をべる神の鉄槌てっつい』だっ!」


アレン 「こういうのも中二病なんでしょうか? ちょっと早めの発症ですけど」


ローリィ 「大抵の患者は、覚えてないだけで小学生の頃には兆候ちょうこうが見られるし、大人になっても、症状が目立たなくなるだけでなおってはいないのよ」


アレン 「でも、精神的に不安定な思春期にわずらうから、『中二病』なんですよね?」


ローリィ 「そう言うけど、ナルシシズムとか、センチメンタリズムとか、防衛機制の『同一視』、『反動形成』、『逃避』、『代償』とかを、侮蔑ぶべつ的に言い換えた言葉でしょ? みんな他人事のふりをして表に出さないだけで、広い意味でなら老若男女に当てはまるんじゃないかしら。見る人によってはシェイクスピアや手塚治虫、村上――」


アレン 「先生、どうせ相手にされないからって、むやみにケンカを売り歩かないでください」


ジナン 「おい、呪文の詠唱を始めるぞ? ちゃんと聞け? 始めるからな?」


アレン 「ジナン兄さん、その前に指差し呼称を――」


ローリィ 「しなくていいから」


ジナン 「『大地にあふれる生命せいめい母神ぼしんにして、天をつつんで余りある慈愛じあいの女王よ! 大海さえ焼く我が感謝と喜びをささげん! 授けられし我が内なる力、つどいて我がかいなを輝かせたまえ! 罪深き魂の前に、炎となって顕現けんげんせよ、炎獄を統べる神の鉄槌!!』」


一同 「「……」」


ジナン 「待て、調子が悪いようだ。もう1回やる」


ローリィ 「燃料なしで空中に火をともす独立火炎魔法は、非効率で難しいわ。まずはこの木の枝に『着火』してみて」


ジナン 「バカにしてんのか! 俺の魔法は燃料依存系の『着火』なんかとは次元が違うんだ!」


ローリィ 「さっきはけど、『超-究極-最上位-火炎魔法』なんて危険すぎるわ。あなたのレベルが高いならなおのこと、あなたには『着火』をやって見せてほしいの。というか、他の魔法じゃ嫌なのよ。分かるでしょ?」


ジナン 「……いいだろう。そこまで言うなら、見せてやる」


 ジナンはローリィから木の枝を受け取った。親指より少し太いくらいの枝だ。握り方や腕の具体を調整してから、眉間にしわを寄せ、寄り目になるのも気にせずキッと枝を睨み、呪文を唱えた。


「『輝ける神の哀れみに、卑小なる者、身を焦がすべし! その身を捧げよ、罪深き者! 燃え上がれ、煉獄れんごくみそぎ!』」


「……」


アレン (小声で)「先生、何か言ってくださいよ」


ローリィ 「火が、いたわね」


アレン 「(ろうそくの火より小さいですけど)」


ローリィ 「なるほど、ね。ありがとう、ジナンくん」


ジナン 「そうだろう、大したものだろう! まるで、煉獄の亡者たちが懺悔ざんげの叫びをあげるみたいだろう?」


ローリィ 「『大したもの』とは言ってないし、そのセンスはよく分からないけど、そうね。絶対にそう見えないとは言えない可能性もないわけじゃないと言ってもバチは当たらないかもしれないわね」


ジナン 「アレン、ちゃんと見てたかぁ?」


アレン 「はい、見ました、アレンです」


ローリィ 「じゃあ、次はアレンくんね。今度はあそこのまとねらって撃てる?」


アレン 「分かりました」


ジナン 「……っ! おい、アレン! おいっ!」


アレン 「何ですか、ジナン兄さん?」


ジナン 「『何ですか』じゃない! これは一体どういうことだ? 何なんだ、その巨大な火の玉は?」


アレン 「巨大だなんて大袈裟おおげさですよ。せいぜい2mくらいの高さしかありません。火は上に向かって伸びるので高く大きく見えますが、これでも小さくまとめた方です」


エルネスト 「これは珍しい。ナーロッパで火球ファイア・ボールと言えば本当に丸い形をしていることが多いものだけど、アレンの火魔法は物理法則に従って、上に伸びるんだね」


ジナン 「おい、出番が少ないからって妙な横槍よこやりを入れるな! アレン、そんなものを作って、何をする気だ?」


アレン 「何って、火魔法の実演ですよ。先生に僕の魔法を見てもらわないと」


ローリィ 「いやいや、アレンくん、さすがにこれは……」


アレン 「えいっ」


ジナン 「ぎょわぁぁぁ!!」


エルネスト 「野原に燃え移った!」


 エルネストとジナンが真っ青になったが、ローリィは一瞬眉間にしわを寄せた程度で、落ち着いたものだった。


ローリィ 「ほら、アレンくん、火を消しなさい」


アレン 「すみません。今の僕は『点火』はできても『消火』はできないんです。水魔法も使えませんし」


ローリィ 「土魔法は?」


アレン 「砂を出せってことですか? そこまで大量の砂を出す練習はまだ……」


ローリィ 「あなた、自分では後始末あとしまつできないくせにこんなことしたの? 指差し呼称で安全確認までしておいて?」


アレン 「簡単な魔法しか求められていない場面でも、高威力の魔法を使って周囲を驚かせるべき、ってスタッフさんに言われたんですよ。どこに需要があるのか分かりませんが」


ローリィ 「たしかに私は木の的を狙うように言ったけど、野原に引火させろとは言わなかったわよ。バカなの? もう1回転生する?」


アレン 「さっきと打って変わって辛辣しんらつですね」


ジナン 「おい、そう言ってる間にも燃え広がってるぞ!」


エルネスト 「先生、どうしましょう?」


ローリィ 「私の魔法で消せるから、あわてなさんな。そりゃっ!」


ジナン 「消えたか? うん、消えたな! 良かった、良かった。ちびるかと思ったぜ」


エルネスト 「今回ばかりはジナンに同意するよ。それにしても、あれだけの火を一瞬で鎮火するとは、さすがは魔法のエキスパートですね」


ローリィ 「ありがとう、エルネストくん。アレンくんも、力の加減ができないのは致命的だけど、威力だけ見れば上々よ。火球の大きさと温度も見事だったけど、まっすぐ的に当てたコントロールも見逃せないわ。『いしつぶて』のときに続けて、今回も呪文詠唱なし。12歳の子供がこんなふうに魔法を使いこなすなんて、嫌な夢でも見ている気分よ」


アレン 「『嫌な夢』ですか? 僕は先生に練習の成果を見てもらいたかっただけなのに」


ローリィ 「自覚が足りないようね、アレンくん。あなたにも、あなたの力を見てしまった私にも、面倒なことがこれから色々降りかかってくるわよ。覚悟しておきなさい」


アレン 「……あの、決め顔のところ悪いんですが、どうしてそんなぼんやりした言い方をするんですか?」


ローリィ 「こういう、後で何が起こっても矛盾にならない言い回しは便利なのよ。私にとっても、監督にとってもね。私は家庭教師として聡明で、先見の明がある人物という雰囲気を出せる。監督としては、もし後々の展開をまだちゃんと決めていないときでも、お客様に対して次回予告的な何かを言った気になれるってわけ」


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