第3話 すみませんでした


 * * *


「監督、この場面以降に出てくる小説の地の文みたいなのは何です? そういうナレーションが入ると思っておけばいいんですか?」


「いや、演技メモだよ。ナレーションで読み上げる予定のものもあるが、役作りや演技に活用してほしくて書いたんだ」


「戯曲なら戯曲、小説なら小説の形式を守ってくれないと、お客様にとって読みにくくなりませんか?」


「ちょっと独自だけど、そういうのが必要なこともあるんだよ」


を書きたい皆さんに、悪影響がないことを願います」


 * * *


 アレンの魔力測定の結果に大喜びしたバーロン男爵バーナード・レインカは、自分の居城でパーティを開くと決めた。田舎の貧乏男爵のこと、あまり派手なことはできないが、町の連中に小遣いを与えて少し凝った料理を作らせたり、楽器の演奏をさせたりするだけでも、それなりに華やかな雰囲気になるものだ。

 手当たり次第に招待状を送った甲斐かいあって、3日後、パーティ当日には、城で働く者たちに加えて、ご近所付き合いをしている他の男爵や、ビジネスチャンス探しに抜け目のない商人、この辺りでは比較的豊かな地主の家族、町の魔道士など、30人余りの客が集まった。


「父さん、僕ひとりのためにこれだけの方々を集めてくださって、ありがとうございます」


「なぁに、お前は将来、この帝国を支えていく男、いや、ひょっとすると国際情勢を左右するかもしれん男だ。伝説の始まりを祝う宴として、こんなホームパーティでは物足りないくらいだ!」


「買いかぶり過ぎですよ」


「人間、若い内はでっかい夢を見ておけ。もしその夢が叶わなくても、努力した経験は残る。自分がいざとなりゃ頑張れる人間だって分かってれば、別の夢に向かって再出発できる」


「(『でっかい夢』か……。日本にいた頃、僕は何歳まで『でっかい夢』を見ていたっけ?)」


「真面目な話、優秀な魔道士はいくらいても足りない。人類はまだまだ多くの脅威に晒されているからな」


「『魔道士』? 魔法使いや魔術師とは違うんですか?」


「この帝国独自の使い分けだが、魔道士ソーサラーという言葉には、魔法を学問や武道などと並ぶ『道』と捉えるニュアンスがある。魔法を身につける人間に精神性を期待し、敬意を払っているわけだ。それに対して、魔法使いウィザード魔術師マジシャンは単に魔法が使える人というだけの意味合いだ。一般的には魔道士と言っておくのが無難だな」


「分かりました。ところで、この世界ってそんなに危ないんですか?」


「そりゃ危ないとも。いくら魔法があっても、干ばつや暴風雨があれば農作物が育たないし、帝国内外に広がる森には多くの魔獣が跋扈ばっこしている。王宮と諸侯が舵取りを誤れば、民衆はすぐに困窮して盗賊にちてしまうだろう。

 敵は自然だけじゃない。帝国周辺の国々はどこも油断ならない相手だ。特に、隣国リックサード帝国は、5年前に和平協定を結んだばかりだというのに、最近また不審な動きを――」


長男(エルネスト) 「父さん、来賓の方々がお揃いになりました」


「おお、ありがとう、エルネスト。さあ、アレン、パーティの始まりだ。

 ――やあやあ、皆さん! 本日は我が居城にお集まりいただき、誠にありがとうございます! グラスは行き届いていますね? 魔法の女神ネーヴェに、偉大なるプロスペロ帝国に栄光あれ。さあ、祝福してやってください、私の息子アレンの輝かしい未来を。乾杯!」


「「乾杯!」」


 乾杯の後、アレンはバーロン男爵と共に来賓ゲスト一人ひとりと形式的な挨拶をこなしていった。だが、それが終わらない内に、パーティはすっかり、大人たちがおしゃべりをするだけの、日本にもよくある飲み会のような具合になった。


エルネスト 「改めておめでとう、アレン」


アレン 「エルネスト兄さん、ありがとうございます。母さんの具合はいかがですか?」


「『久しぶりに多くの人たちの顔を見てとても楽しかったけれど、少し疲れた』とのことだ。ハートマンさんのすすめで念のためお休みになっただけで、具合が悪くなったわけではないよ」


「それなら良かったです」


 エマリアが寝室に引っ込んだと気づいたバーロン男爵は、妻への気遣いもそこそこに、テーブルの1つをけさせ、来賓や家の者たちと賭け事を始めた。このゲームは、投げ手シューターが2つのサイコロを投げて出目の合計が特定の数字になるかを予想するというもので、アレンはアキラの頃から馴染みがないが、クラップスに似ている。

 バーロン男爵は賭け事を始めると、いつも財布がからになるまで続けてしまうタチだった。負けているときは「そろそろ勝てなくては嘘だ」と思い、勝っているときは「この調子なら次も勝てる」と思うのだ。

 エマリアにこの悪癖をとがめられる度、男爵はいつも反省した気になるのだが、遊び仲間が集まるとつい誘惑に負けてしまう。エマリアが体の不調に耐えて、こまめに男爵の「お小遣い」を管理していなかったら、レインカ家はアレンが生まれる前に没落していただろう。


エルネスト 「それにしても、アレンのことだから何かあるだろうとは思っていたけど、まさか全系統の魔法を使いこなせるとはね」


アレン 「今はまだ何もできませんよ。今後、訓練すれば使える可能性があるというだけです」


「12歳の返答とは思えないけど、アレンなら当然か。何しろ、1歳にして『乳幼児の体ってのは不便だなぁ』って愚痴を言ってたものね」


「あっ、いや、そんなこと……。聞き間違いですよ」


「そうかい? なら、そういうことにしておいてもいいけどね。ところで……」


「どうしたんですか、急に顔を近づけて?」


「アレン、兄として一応警告しておく。悪意をいだく者たちが君を見ている可能性を気にめ、常に気を休めずにいなさい。今後、君の才能をねたみ、君の存在をうとましく思う者たちが、君の前に立ち塞がるだろう。あるいは、君を利用して甘い汁を吸おうとしたり、自分たちの問題に君を巻き込んだりしようとするかもしれない。父さんも私も君を守るために尽力するけど、自分の身は自分で守る意識を持たないといけないよ」


「(さすがに貴族の長男だけあって、まだ15歳なのにしっかりしてんなぁ。僕が15歳の頃なんて誰がクラス委員長になって面倒事を引き受けるかで戦々兢々きょうきょうとしてたのに。)

 はい、ありがとうございます、エルネスト兄さん」


次男(ジナン) 「おい、アレン、兄貴から離れろ!」


アレン 「あ、ジナン兄さん」


エルネスト 「どうした、ジナン?」


ジナン 「兄貴、アレンなんかにだまされちゃダメだ!」


エルネスト 「またその話か」


ジナン 「どうしておやじも兄貴も、こんなバカげた話を信じてるんだ! こんな奴が誰よりもすごい魔法を使えるようになるなんて、そんなのあり得ねえよ!」


エルネスト 「ジナン、せっかくの祝宴の場で大声を出すのはやめなさい。それに、父さんと神官様の話を疑うなんて、良くないことだよ」


ジナン 「何かイカサマがあるに決まってる! 水晶玉に細工したんだろ! それか、水晶玉を虹色に光らせるためだけの魔法があるんだ!」


エルネスト 「それこそあり得ないよ。変な言いがかりをつけて、何がそこまで不満なんだ?」


ジナン 「俺は今まで、次期領主の兄貴を支えられる人間になるために努力してきた。これからもそうする覚悟がある。それなのに、こんな……! 末っ子のくせに俺たち全員を見下してるヤツが、他の誰よりも強い魔道士になるだなんて、そんな理不尽な話があってたまるか!」


エルネスト 「ジナン、君は少し冷静になった方がいい」


アレン 「あの、エルネスト兄さん、ジナン兄さん……」


エルネスト 「あのね、ジナン、君はまだ13歳だ。私もまだ15歳だから、君に偉そうに説教できる立場ではないけど、よく聞きなさい。私たちは世間的にはまだまだ幼くて、この世界について何も知らないも同然なんだ。そして、私たちは物事を判断するとき、それと気づかない内に、先入観や偏見に頼りがちになる。他人をこうだと決めつけて非難する前に、自分自身の未熟さに目を凝らすんだ」


ジナン 「兄貴はいつもそうやって、アレンをかばって!」


エルネスト 「アレンが時々見せる、妙に大人びた目が、君を見下しているように思えてならないんだね。でも、それは――」


ジナン 「俺だけじゃない! 兄貴も、おやじも、この町のみんなも、見下されてるんだ!」


エルネスト 「ジナン、アレンは私たちよりもずっと賢い子供なんだ。アレンからすれば、私たちの振る舞いはひどく幼く見えるんだろう。君のなすべきことは、シャンと背筋を伸ばして、一日も早く、彼に見下されないくらいしっかりした大人になることだ。彼の目を見ても自分は見下されていないと思えるくらい、自分に自信を持てる大人になることだ」


ジナン 「それは――」


エルネスト 「実を言えば、私も君と同じように悩んだ。今でも時々悩まされている。自分はなんて子供で、無力で、無学で、バカなんだろうと自己嫌悪になる。ジナン、私は君の代わりに努力してあげることはできない。でも、同じ悩みを抱えながら努力を続ける姿を見せてきたつもりだ。もう一度、私と一緒に頑張ってくれないかい?」


ジナン 「……っ」


アレン 「あー、ジナン兄さん。何か、すみませんでした」


ジナン 「クソヤロー! そういうところがムカつくんだ、気のない謝り方しやがって! 今に見てろ、お前なんか追いつけないくらい、徹底的に魔法を極めてやるんだからな!」


アレン 「え、あの……。行っちゃいましたね」


エルネスト 「あれで少しは落ち着いてくれればいいんだけどね。もし話が通じたのではなく、単に私にしかられて委縮してしまっただけなら、今後も似たようなことでアレンにケンカを売ってくるかもしれない」


アレン 「難しい年頃ですね。どうしたものでしょう?」


エルネスト 「……アレン」


アレン 「すみません。エルネスト兄さん、僕もなるべくならジナン兄さんとケンカなんかしたくないんですが、どうすればいいのか、アドバイスを頂けませんか?」


エルネスト 「そうだね……。ひとまず、勉強をするときはジナンと一緒にいて、もし分からないことがあったら頼ってみるのがいいんじゃないかな」


アレン 「切磋琢磨しつつ、頼りにも思っていると態度で示しておくってことですか?」


エルネスト 「君が言うと不穏に聞こえるけど、そうだね、端的に言えばそういうことだよ。アレン、君が才能面でジナンより優れていることは間違いない。でも、ジナンは君の兄だ。ジナンは一生、君の存在から逃げることができない。だから、君に正面から精一杯ぶつかる経験が必要なんだ。ジナンがもっと広い世界を知るとき、いつまでも劣等感を引きずらないためにね」


アレン 「(貴族の三男なら、跡取りの長男や次男に比べて気楽かと思ったけど、人間関係としてはむしろ面倒かもしれない。成人して家を出るまでの辛抱かな……)」


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