第16話:コノハとスクナとメイロ

「誰でもいいから………お願い、私を殺して」






白銀の少女が、虚ろな瞳で私にそう懇願する。辺りを見渡せばそこには何十名かの少女たちと、先ほどなにかを焼いたであろうその燃えカスと、何らかの血肉、血、血血血血血血血血血血血血血血血。


「お願い………ころ、して。おね……が…い」

「!?」


少女がふらりと気を失い、地面に倒れる。私は思わず駆け寄ってそれを受け止めてしまった。うぅ重…………あれ、軽い。ちゃんとご飯食べてるのかしら。


腕の中でスヤスヤと眠る少女を眺める。可愛い。いや、それだけではない。何故か心臓の動悸が止まらない。こんなにも、目の前の少女に心を揺さぶられる。何か、どこかで会ったような。私の忘却された記憶のどこかで、この子の存在が残っているみたいで。


「貴方は……誰?どうして私の心を揺さぶるの?私は……誰?」


そんなことを呟いてみても、誰もその問いには適切な答えなど出してくれないのは分かっているのに、私はそう呟かずにはいられなかった。玉座の間を流れる不気味な隙間風が冷たい。ここでは風邪を引いてしまう。


「玉座……」


少女を担ぎ上げ、その体躯を玉座に座らせる。灰で煤けていたけどその椅子は間違いなく玉座で、そこに座る白銀の鬼の少女はまさしく…


「魔王……」


少女のステータス画面。戦闘後おそらく閉じ忘れたであろうそのステータス画面には、間違いなくそう書かれていた。けれど、そこに恐怖はない。何故だかもうそのことがわかっていたかの様に、私はそれを受け入れることができた。


三代目魔王:【月の光】


だけど私はそれを何処かで待ち望んでいて、あぁ、駄目だ。全く思い出せない。



「わたしは……だれ?」


私は、もう一度だけそう呟いた。


……


…………


…………………


「………こ、こは」

「夢の中だよ、文字通り」


目を開けると、いつもの空と草原。そして…


「スクナ……」

「うん、そうだよ。スクナだ。木葉のスクナ、スクナの木葉」

「………ねえスクナ。私は、何?」

「何……って?」


目を伏せる木葉を前に、スクナは無表情で言い放つ。


「………魔王。魔王なんだよ、木葉。とある宿命を背負った魔王」

「宿命?」

「宿命だよ。それまでは、スクナがちゃんと木葉を補ってあげる。木葉は優しいから、、強くて弱いから、補ってあげる」

「私は………弱い子だよ。自分で自分を制御できない、自分のことを何も分かっていない、弱い子だよ」

「そうだね、弱い。でも大丈夫。目を閉じて十数えて。前と同じ、、いいね?」

「わた、しは」



その瞬間、木葉の意識が消えていく。スクナは鉛色の空をみてつぶやいた。


「木葉の闇は取り敢えず祓ったよ。そう、一人の人間が背負いきれないその業をスクナが背負う。でも、それでも溢れていった罪悪感を背負えるほど、木葉は強くないんだよ?わかってるのかな?○○○○○」



霧が濃くなっていく。夢が、覚める。


……


……………


……………………………


………………………………………………



「起きた?」

「あぅ、私、、あれ?うわぁぁぁ!!!」


木葉が飛び起きる。あ、ナレーションに視点は変更してお送りしております。辺りを見渡すと、そこは前の玉座の間。血みどろになる前の状態に戻っていた。


「汚かったから掃除したわ。一体何やったらああなるのか…」

「えっと、、だれ?」


木葉はあのソファから立ち上がって目の前の少女と向き合う。鮮やかなブルーの髪にサファイアのような深い青の瞳。どこかミステリアスな雰囲気。


(凄い綺麗な子………お目々なんか宝石みたい……ってあれ?)


「あ、私戻ってる」

「びっくりしたわ。突然髪が白から茶色になって、目の色も元に戻ったんだもの。私のビックリ顔はレアよ?」

「えへへ、お騒がせしました〜」

「全くね。身体は大丈夫かしら?コノハ」

「うん!!問題ないよ!寝たら元気いっぱい!………で、貴方はだれなの?」


少女が逡巡する。が、決意したように口を開いた。


「ごめんなさい、私記憶がないの」

「へ?」

「名前を筆頭に過去の思い出とかすっぽり飛んでるわ。記憶が迷子になってる…」

「た、大変だよ!すぐにお医者さんのところに!!」

「迷宮内にお医者様なんていないわ。ここ調べてみたけど、中立都市:リヒテンの近くの山地ね。レスピーガ地下迷宮とか呼ばれてた気がしたけどあんまり覚えてないわ」

「あ、そっか。私、ここに連れてこられて、そして…………あれ?何にも覚えてない」

「覚えてない?私が貴方を見つけた時、すごく虚ろな目をしてたわよ?何かあったのだとは思うけど…」

「うーん、、あ、待って。なんか段々思い出してきた………私、この太刀で……」


木葉の瞳がまた濁り始める。


「まぁ、魔王には魔王なりの苦労があるのでしょう?あんまり辛いことは思い出すべきじゃないわよ?」

「違うの……私、さっき魔族の人たちを…………この手で……」

「【スキル:精神安定】!!落ち着きなさい!」


木葉に向かって名無しの少女が魔法をかける。木葉は、心臓の鼓動がゆっくりになっていくのを実感した。


「ご、ごめん」

「いいわ。でもね、コノハ。魔族を殺すことに、この世界の住民は抵抗がないわ。奴らは人間を殺すのよ?」

「でもっ!!相手だって、心を持ってる人たちなんだよ!?私、その人たちを……」

「………でも、貴方はそれでこの子達を救った。違う?」

「……あ」


名無しの少女が先ほど奴隷として連れてこられた子達を指さす。皆んな介抱されて横たわっていた。


「でもっ!!救えなかった子だって!!」

「みんな生きてるわ」

「え?」

「貴方が何かしたのか知らないけど、取り敢えず皆んな息はあったから後は私が回復させた。まぁ後遺症とかあるかもだけど、流石にそこまでは無理ね。生きてるだけで儲けものだと思ってもらうしかないわ」

「………私、たしかに死んじゃった瞬間をみて……あ……」


木葉は思い出した。木葉に送り込まれたエネルギーを少女たちに返還したことを。でも、それはつまり…


「…蘇生?」

「そうね。まぁ死んでから時間がかかってないっていうのもあったのでしょうけど。貴方はそうやって、奇跡的にも全員を無事に生かして守った。これは誇るべきことよ」

「…………そっか。良かった。皆んな生きててくれて……」


木葉は安心したように微笑む。それは本当に心の底から喜んだ優しい表情だった。


「………って、あれ?なんで私のこと魔王って」

「ステータスを見たわ。ごめんなさい。介抱するときにちらっと」

「わぁぁぁぁぁぁ!!何してるの!!あ、あの私!魔王は魔王でも魔王なりたてというか!見習いというか、初心者というか!」

「落ち着きなさい。別に私は貴方が魔王だからと言って変な風に見たりしないわ」

「へ?」

「……貴方のさっき見せた優しい表情は本物よ。それだけでわかる。貴方は、役職は魔王でもちゃんと優しいふつうの女の子だって」


木葉の表情がぱぁっと華やぐ。魔王だから怖がられるのではないかと、内心穏やかではなかったのだ。


「な、名無しちゃん!!ありがとう!!」

「変な名前をつけないで」

「じゃあ迷子ちゃん!」

「それも十分変よ」

「じゃあ迷路ちゃん!なんかミステリアスで、記憶迷子で、迷路みたいな地下で出会ったから迷路ちゃん!!うん、これがしっくりくるよ!!」

「却下よ。名無しより変だわ」

「迷路って名前可愛いと思うよ!!私は好き!!」


木葉の『好き』を聞いて、少女は心がトゥンクと跳ね上がるのを自覚した。


(え、何これ。私何か嬉しがってない?)


「……す、好きに呼びなさい。メイロでもなんでもいいわ」

「うん、そうする!よろしくね、メイロちゃん♪」

「………え、えぇ。よろしく、コノハ」

「メイロちゃぁぁん!!」

「きゃっ!ちょっと、いきなり抱きつかないでよ!!」

「メイロちゃんいい匂いする〜♪ラベンダーの香りかな?」

「は、な、れ、な、さ、い!!はずかしいから!!」


木葉の人懐っこさが、さっそく1人のヒロインを毒牙にかけた瞬間だった。


……


…………


…………………


「あとね、私も言っておかなきゃいけないことがあるんだ」

「魔王ってだけでも結構びっくりしたけど、それ以上に何かあったりするのかしら?」

「私ね、二重人格ってやつらしいんだよ」

「…はぁ?」

「えっとね、実際にやってみればわかってもらえるかな?スキル:鬼姫!!スクナおいで!」


木葉がスキルを使用して、その体が揺らめく。


「木葉、ポケ○ンみたいに呼ばないで。特殊スキルは体に負担が掛かるんだよ?」

「えっと……」


メイロが首をかしげる。


「はじめましてメイロ。スクナはスクナ。もう1人の木葉であるスクナだよ。よろしくね」

「え、えぇ。喋り方はあんまり変わんないのに雰囲気はすごい変わるのね。ていうか本当に二重人格なの?」

「そう思ってもらって構わないかな。今は木葉のスキルで降霊している状態なわけだけどね」

「はぁ……まぁ害はなさそうだし別にいいわ」

「助かるよ」



「でさ、スクナ。あの子達を解放して外に出さなきゃなんだけど、どうすればいいかな?魔王の能力に瞬間移動とかってないの?」


木葉は人質になっていた少女たちを指差す。


「ないかな。あぁそれと、さっきも言ったけどスクナをあまり降ろすのはおススメしないかな。燃費は悪くないけど、節約に越したことはない」

「燃費?」

「木葉の『精神力の補助』が両面宿儺というスキルだよ。さらにいえば木葉じゃできないことをやりたい時、スクナを使ってくれればなんでもやり遂げてみせる」

「やりたいこと…?」

「やむを得ないこととかかな。例えば、ヒト殺し」

「!?ひ、ヒト殺しは良くないよ!!だって……そんなの…」

「魔族だけが悪人じゃないよ。人間だってものすごい外道が存在する。そういう時、もし本当に止むを得ず殺さなくてはならなくなった時、、木葉にはヒト殺しをして欲しくない」

「スクナは……いいの?」

「そのためにすくながいるの。人を『殺す』という行為は等しく悪なんだよ、木葉」

「……」

「だけど、魔族に関していえば、そんなことは綺麗事なの。魔王である以上いつかは彼らと事を構えなきゃいけない。だから魔族殺しは問題ない。だけどね、ヒト殺しはダメだよ」

「………でも、スクナにも殺して欲しくない」

「スクナは感情がないから。言ったよね、そのためにスクナは存在する。木葉がやると木葉の心が傷つくことをスクナが肩代わりするのがスクナの存在理由。それに、『両面宿儺』としてスクナは既に人間を殺している」

「!?」



「あの、何をさっきから喋っているのかしら?」


メイロが尋ねる。そう、2人の話し合いは心の中であって、実際に口に出しているのはスクナだけなのだ。


「あぁ、ごめんね。取り敢えず、この子達を運ぶのは無理だ。おそらく迷宮の入り口は閉じてる。さっきのジャニコロ辺りを取っ捕まえて脱出するしか方法がないかな。 」

「ジャニコロ?」

「魔族の男だよ。さっき木葉がここで大暴れした時にひとり逃げ延びた連続殺人鬼だ」

「そう、じゃあここに結界術を施してからその男を探しましょうか」

「そうだね。さて、道中スクナのことでも説明しながら行くとしようかな。木葉も少し気になっているでしょ?」

「うん、お願い!!」




そうして木葉、もといスクナとメイロは玉座の間に簡易の結界を施した。因みに一応基礎魔法の類である。基本王の入る玉座の間に、その辺の雑魚が入ることはないから結界自体貼る必要ないのだが、念には念を入れてだ。


当分少女たちには眠っていてもらわなくてはならないので、催眠魔法もかけてある。



「じゃあ行こうか、魔族狩りだ」

「その言い方はやめなさい。なんか楽しそうじゃない、それ」




2人は扉をあけて、暗い迷宮へと進んで言った。

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