天然たらし系美少女が、クラス転移して"魔王少女"として無自覚に百合ハーレム作るだけのダークなお話

ただの理解

1章:月光の魔王は祭りを楽しむ (全26話)

プロローグ:夢の中の女の子



いつからか、私は毎日同じ夢を見るようになった。


具体的にいつからか、なんて覚えていないけれど、多分9歳頃だったと思う。ちょうどその頃剣道を始めたから。いや、きっとその頃からなんだろう。


広い草原。濃く立ち込める霧。小川の水の音。その水を堰き止めている細木に水がチャプチャプと跳ねる音。少し冷たい、湿った風。淀んだ空。真っ黒な雲。


夢のはずなのに、私はいつしかそこを現実のように感じるようになった。だって私が見るもの、聞く音、嗅ぐ匂い、感じるものは全て現実のソレと大差無いものだったのだから。遊び盛りの幼少期の私にとってそこは秘密の場所で、遊び場で、楽園で、異世界で……





夢が始まってしばらくすると、前方の霧から人影がやってくる。顔はハッキリとは見えないけれど、それが女の子であることは何となく分かった。とても可憐で、お姫様のような女の子。




_______だけどその子はただの女の子ではなかった。




「今日も、やろう」


彼女の腰に当てられているのは、桜の柄が入った鞘に収められた日本刀。彼女がそれをゆっくりと鞘から引き抜く。美しい鋼の刃がその姿を現わす。灰色の空と暗い草原の中でも、確かにその存在感を示す銀の刀身に、私はひどく魅了されたのを覚えている。それこそそれをきっかけにして剣道を始めたのだから、私の衝撃は計り知れないものだったのだろう。


「うん、やろう!」


私も彼女から日本刀を手渡されて、その刀を抜く。一瞬陽炎のように刀身が揺らめき、まるで刀が生きているかのような錯覚を覚える。冷たく無機質な鋼鉄の刃に、私の血が巡らされていく。知らない間に魂までも吸い取られてしまうような、研ぎ澄まされたこの太刀も随分と私の手に馴染んだものだと思う。


「さぁ、構えて、コノハ」


名前を呼ばれて、少しドキッとしてしまう。けれどそれもつかの間、私は剣に己の集中力を全てつぎ込むようにして構える。もう、音も感じなくなる。この瞬間だけ、私は現実の世界にも、夢の世界にもいないような気分になる。その感覚を私はとても面白いと感じる。



霧はますます濃くなっていくが、私たちの興奮は止まらない。私は彼女の顔も知らない、名前も知らない、何も知らない。けれど、私の大切な親友との大切な時間が確かにあった。



_______叶うなら、このまま醒めないでいて欲しいこの夢は、いつだって無慈悲に、あっさりと醒めてしまう


だけどいつか…………私は貴方の、名前を…



………


………………


………………………


……………………………………


「名前を………」


(あれ?カーテンの向こうが眩しい。うぅ、さっき寝たばっかのような気がするのに……)


「「朝だよ!朝だよ!起きて起きて」」


なんかの教材の付録の目覚ましの音だ。朝から非常に耳障りで、有り体に言えば超うるさい。


「……うぅ、あ、あと5分…」


「お・き・な・さ・い!!」


「ふぁ〜い」


なかなか高性能な目覚まし時計である。2度までは猶予があるのだが、3度目となると何故か鶏の鳴き声になって強制的に起こしにかかる。その煩さは近所中に響き渡るレベルなため、木葉の家は常にご近所からのクレームの危機に晒されているといっても過言ではない。嘘、過言である。


布団を跳ね除け、くしゃくしゃの髪を手櫛で軽く整えてから、ドアノブを回して廊下に出る。階段を降りる前から今日の朝ごはんのことを考える。トーストと、目玉焼きと、熱いベーコンと、それから……


「えへへ、ごっはん♪ごっはん〜♫」


今日は何故か起きてから直ぐにお腹が空いてしまった。よし!朝はいっぱい食べることにしよう!!と心に誓って、ウキウキのまま大盛りのお米をお椀によそった。






「…………で、ご飯食べ過ぎて遅刻……っと」






「ち、違うんです先生っ!!私にもう少し言い訳をさせてください!!」

「ほう、一応聞いてやろう」

「ほら、あれです!朝ごはんが、私を魅了して離さなかったんです!く〜、今日の卵焼きめ〜!!あんなに美味しく出来上がっちゃって!!」

「そうか、それは大変だったな。今日で7日連続っと」


容赦無く遅刻表にぺけ印がつけられる。本当に容赦ない。血も涙もないとはこのことである。


「あぁあ!なんで書いちゃうんですかぁ!」

「逆になんで書かれないと思ったこの馬鹿タレがぁ!!あんまし最上先生(もがみせんせい)に迷惑かけんなよ櫛引(くしびき)ィィ!」








「うぅ、ぐすっ、ぐすっ、うぇぇぇん…」

「ま、また遅刻したのね木葉(このは)ちゃん……ナデナデ」

「うぅ、花蓮(かれん)ちゃんは優しいよね……。山形先生朝から激おこだったよぉ…」


教室で、2人の少女が朝から注目を集めていた。1人は先程遅刻して大泣きしたまま教室に入ってきた女の子。名前を櫛引 木葉(くしびき このは)という。ここ満開百合高校(まんかいゆりこうこう)1-5の生徒にして、おそらくこの高校で最も有名な人物だろう。その理由は実に単純だ。


「いやぁ、やべぇわ。今日も木葉(このは)ちゃんマジ可愛い!あれもうアイドルとかそのレベルじゃないっしょ、、二次元っしょ」

「おい零児(れいじ)、お前オタクバレんぞ。でもま、気持ちはわかる。うちの学校だけじゃなく、他校でも噂になってるからなぁ。ほら、この前 花蓮(かれん)ちゃんの『ポイッター』で写真上がってたろ?あれ西高で話題になりまくってるらしいぜ?」


そう、この櫛引 木葉という少女は、、あまりこういう言葉を使うとインフレした時に悲しいから使いたくないのだが、あえて使おう。


"美少女"である。それも学校一と噂されるほどのだ。下手したら日本一……これは、偶然天気のインタビューで全国放送に映ってしまった時のネットの評価だからあまり気にしないで欲しいが。


長い睫毛と、大きな茶色の瞳、薄い桜色の唇が大変色っぽく、まだ中学生か?と思わせるような幼くあどけない顔立ち。水色のリボンで作られたポニーテールがひょこひょこと揺れ、セミロングくらいに伸ばした明るい茶色の髪は、彼女の天真爛漫さを体現している。発育もよく、その体型はまさに黄金比のプロポーションといっても差し支えないだろう。


無論これだけでは終わらない。男子たちが惹かれるのはその明るさと無邪気さだ。昼休みは男子に混ざってサッカーをやり、全く無意識にスキンシップを求めるため彼らの理性は色々ヤバイことになっている。誰にでも平等に接し、常に笑顔を提供する少女を『女神』と呼んで崇め奉る男子も実は一定数存在する。


「あ!!零児くんそれ新作のやつ!!」

「お、おう?朝一で買ってきたんさ!」

「え、朝一!?すごい!見たい見たい!」

「え、お、おう?イヤホン、俺のでいいか?」

「うん!!」


と、こういった感じで距離感に躊躇いがない。ここまで来ると女子たちに嫌われそうなものであるが、櫛引 木葉のすごい点はその女子から異常なほど好意を寄せられるというところだ。


「こ、木葉ちゃん!」


木葉の前に、ひとりの少女がおどり出る。


「ふぇ?どうしたの?梢(こずえ)ちゃん」

「く、クッキー作ってきたんだけど……食べる?」

「え!?クッキー!いいの!?やったー!食べる食べる!」


クッキーを前に、喜びの表情を露わにする木葉。この表情に、クラスの女子たちはトゥンク!と心が跳ねた。クラスの男子たちは『萌え死に』というものを体験している頃だろう。


「じ、自信作なんだ……」

「楽しみだなぁ!……ん!」

「え、な、なに?」


木葉はその顔をクッキーの箱を持った梢という少女に近づける。梢は木葉の仄かに香るシトラスの香りに、クラっとしてしまうが、それをなんとか理性で抑える。がしかし、顔が真っ赤である。さて、ここからが櫛引 木葉の本領発揮だ。



「あーん、して欲しいな!えへへ♪」



一応言っておこう。これはなんの他意もなく、木葉にとっては恥ずかしいことでもなんでもない。無意識かつ無自覚だ。だが梢というウブな少女にとって、それは彼女の心拍数を跳ね上げさせる一言である。


「…ふぇぇ!?え、あ、あーんって……」

「梢ちゃんに食べさせて欲しいな!って……だめ、かな?」


少し悲しそうな表情をする木葉に対し、梢の庇護欲が掻き立てられる、、と同時に物凄い罪悪感が生まれた。あとやらないと周りの女子たちからの反応が怖いらしい。


「わ、わかった。あ、あーん!」


梢が手作りクッキーを木葉の口に近づける。すると、


「あーん、パクっ」


そう言って木葉は、梢の指ごと口の中に含んだ。甘噛みだ。


「ひゃぁぁ!!??こ、木葉ちゃん!?」

「えへへ、梢ちゃんの指、砂糖ついてておいひいよ〜、ご馳走さま!」



ズキュンッ!!



その瞬間、梢の中で幸せゲージがカンストした



「あ、もう無理…」


バタンッと盛大な音を立てて、梢がぶっ倒れる。


「こ、こずぇぇ!!気持ちはわかるが鼻血がぁあぁ!!」

「こ、木葉ちゃんのDNAがこの指に((幸))」

「な、なんかヤバイ顔してるわよ!?」

「う、羨ましいわ…」

「え?」

「え?」


……


……………


……………………


「大丈夫かな、梢ちゃん。顔真っ赤だったから熱でもあるのかも……」


木葉は、ひたすらに鈍感だ。この無自覚すぎる鈍感さで、数多くのガチレズを輩出してきたため、一部で『ガチレズほいほい』とまで言われてしまっている。褒め言葉らしい。本人に伝わってはいないが伝わったらどんな反応をするのか非常に気になる。


そしてそのガチレズ筆頭が、木葉の親友の尾花 花蓮(おばな かれん)と鮭川 樹咲(さけがわ きさき)という2人の少女だ。


「木葉ちゃんにあんなことされたら、誰だってああなるわよ。あぁ、私も木葉ちゃんに指を食べて欲しいわ……」

「え?指は食べ物じゃないよ?」


尾花 花蓮は根っからのガチレズだ。見た目は黒髪ロングでスタイルもよく、男子から人気もあるのだが今は木葉にもう夢中だ。実はいくつか木葉から私物を盗んで色々集めているらしいが、それはバラしたら殺されるので割愛させて頂こう。ナレーションはまだ生きていたいんですぅ。


「全く木葉は無意識すぎなんだよ。うりうりぃ!!」

「わわっ!樹咲ちゃん!髪が崩れちゃうよぅ」


木葉の頭を撫で回す短髪のこの子が鮭川 樹咲だ。元はノンケだったのだが、木葉の可愛さが彼女を百合の道へと引きずり込んだ。バレー部に所属していて発育のいい彼女のおっぱいが容赦なく木葉の顔に炸裂する。


それを見た花蓮は、少しムッとした顔をして樹咲に言う。


「ちょっと、樹咲ちゃん?木葉ちゃんへのスキンシップが過ぎるんじゃないかしら?」

「おいおい花蓮、正妻気取りか??木葉はお前のじゃないんだぞ?」

「樹咲ちゃんのでもないわ!!だったら私も木葉ちゃんをぎゅっとするんだから!!ぎゅーーー!」

「うぅ、ふ、2人とも〜、苦しいよぉ〜」



こんな感じで、朝の百合百合した空間が繰り広げられていくのが1-5の日常風景だ。クラスの男子たちはそのキマシタワーに思いを馳せて遠くから温かく見守っているし、他の女子たちはそれはそれは羨ましそうにその様子をやはり見守っている。主に木葉の可愛さに注目して。そういうわけで1-5の結束力は木葉を中心にしてある程度堅固なものとなっていた。


キーンコーン♪カーンコーン♪


「お、おはようございます皆さん。あ、櫛引(くしびき)さんも来ましたね!また遅刻ですか?もう…」


怒ったように顔を膨らませるこの女性は、まだまだ若手の教師:最上 笹乃(もがみ ささの)。担任をするのはこのクラスが初めてで、些か緊張気味だった。しかし入学時から木葉が積極的に話しかけていった結果、今では生徒と友達のように接するまでになっている。身長が小さいから本当に生徒にしか見えないことについては言うと本人がキレるので再びナレーションは保身に走らせて頂く。


「えへへ、ごめんなさい。笹ちゃんセンセーは怒らないから好きだよ!」

「せ、先生をからかうんじゃありません!あと、笹ちゃん先生はやめてください!」


と、慌てる笹ちゃん先生は顔が真っ赤である。木葉の毒牙は老若男女を問わないのだ。


………


……………


……………………


「こーのーはっ!テストどーだった?ってうわぁ、78点!?平均点30点超えかぁ…」


昼休み、チャイムが鳴ると同時に樹咲が木葉の席にやってきて絡み始める。実は櫛引 木葉はアホっぽく見えて勉強も一応出来る。数学が壊滅状態なため、学年順位は振るわないが、その他の教科はトップレベルと言っていい。


「そーや、木葉今度の剣道の大会はどうなんだ?」

「当然!!目指すはてっぺんだよ!!中学の全国大会は惜しかったんだもんっ!次は勝つ!」

「木葉の太刀筋はカッコいいもんなぁ。3年生も立つ瀬がないよな〜」

「ううん、そんなことないよ!先輩たちだってすっごく格好良いんだ!それに、練習終わった後いっつも『お疲れ様、木葉ちゃん』って言って撫でてくれるんだ〜♪」

「せ、先輩もライバルなのね……でも負けない!」


花蓮は密かに闘志を燃やしていた。昼休みの木葉グループはいつも燃え盛っている。冬は絶対あったかい…。


「木葉ちゃん、すごいスピードで上達するんだよねぇ。なんか秘訣でもあったりするのかなぁ?僕も教えて欲しいもんだよ」


木葉はいつも4人でご飯を食べている。木葉と樹咲と花蓮と、そしてクールビューティな眼鏡のイケメン女子:鶴岡 千鳥(つるおか ちどり)だ。一人称が『僕』であり、少し変わった性格の持ち主の彼女は、木葉と同じ剣道部所属である。一応付け足しておくが、彼女も木葉の毒牙にかかっている。


「うーん、、為せば成るっ!としか、言えないかな」

「あ〜、木葉ちゃんらしいね。でもほんと、身体が2つあるんじゃないかってくらいのスピードで上達するんだよねぇ。勉強もそうだし、剣道もそうだし」

「あ、う、うん。そーかな?あはは…」


(夢の中でも剣を振ってるからね、なんて、言っても信じてもらえないよね。本当に全部、あの子のお陰なんだ)


(でも私、あの子の名前すら知らない。もう6年近く一緒にいるのに、どうしても聞く前に夢が覚めちゃう。どうやったら聞けるのかな…)


「……ちゃん」


(……知りたいな。どうして教えてくれないんだろう)


「……はちゃん」


(………顔も思い出せないや。うぅ、もどかしいな)





「木葉ちゃん!!」


「わっ!?びっくりした!」


近くで千鳥が呼びかけていたのにも全く気づかなかったようだ。木葉は一度集中すると、なかなか戻ってこない癖がある。剣道の集中力の賜物だろう。


「具合悪いの?」


花蓮が心配そうに木葉を覗き込む。心配をかけてしまったことに気づき、慌てて木葉は返答した。


「ううん。ちょっと、考え事」

「……そっか。でも何かあったら何でも相談してね。私、木葉ちゃんの親友だもの」

「うん♪ありがとね、花蓮ちゃん!」


花蓮は気づいていた。木葉が時々見せる暗い一面。木葉が時々どこか遠くの方を見ていて、それでふと心配になるのだ。




木葉がどこか遠くへ行ってしまうのではないか?と





無論それは千鳥や樹咲も気づいていたが、なかなか踏み込めないでいた。親友だから、いつか話してくれるだろうと、信じきっていた。


そのことを後悔するのは、ほんのその何週間か先のことになるのだが、そのことを彼女たちはまだ知る由もなかった。


……


…………


……………………


午後の授業は眠気を誘う。木葉の席は、所謂主人公席といわれる場所で窓際の一番後ろとなっている。故に4時間目は彼女のお昼寝タイムだ。国語担当の笹ちゃん先生は毎度木葉を起こす羽目になる。



「zzz……うぅ、くっきー、好きぃ」



「やべぇ、寝言が可愛すぎる…」

「梢を見ろよ。あいつ顔真っ赤にして伏せてるぞ」

「キマシタワー」

「と、隣の席の俺には起こす特権があるよな?」


「「「起こしたら殺す!!」」」


「そこうるさいですよ!櫛引さんも起きて!」


笹ちゃん先生が何度か注意して、やっと木葉は起きる。それがいつものパターン。






_______だけど、今日は何かがおかしかった






起きてすぐ木葉は直感した。何かがおかしい。何だ?わからないけど………何か、何か、








………嫌な予感がする








「……………て」


「へ?」


どこからか声が聞こえた気がした。木葉は周囲を見渡すが、みんな眠そうな目をこすって授業を受けているだけで、誰も木葉に話しかけた様子はない。


「……………けて」


何かがおかしい。何か、どうしようもないことが起こる気がする。でもそれって何だろう?わからない、わからないけど、とにかく!




「行かなきゃ……」




「どうしたんですか?……櫛引さん?」


突然立ち上がった木葉を、クラスのみんなが怪訝そうに見つめる。どこか懐かしいこの声は、みんなには聞こえていない?


「……みんなは聞こえないの!?誰かがよんで!」








________その瞬間、教室が真っ赤な光で満たされた。







金縛りにあったかのように、足がすくんで動かない。声も出せない。周りの生徒たちや、笹ちゃん先生も気づいているだろうが、皆同様に一言も発することができなかった。


血の色をした光の線が教室中に満ちていく。それらは重なりあって、混じり合って、1つの魔法陣のようなものを形成していった。




(何もできなかったけど、これがとても良くない状況なのはわかる!なんとかしなきゃ!私が、なんとか!)







「……助けて」







「え?」





またあの声が聞こえた。それと同時に、木葉は目の前が真っ暗になった。深く深く微睡に落ちていく。身体が地面の奥底に沈み込んでいく。




木葉が最後にみたのはぐにゃりと歪んだ教室と、、、1人の女の子の影だった。

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