swe大好きおじさん

絵具で塗ったような遠くの緑が揺れて、疑わしい透明感の雲が街道上空を通過した。集団は一つの単位になったまま、それぞれが踏む敷石までも予め定められているかのように振舞っている。


雲は、如雨露で巻いたように大地を一度濡らして、水を哀願してやまない大地はすぐさま鮮やかな苔色になって薫り立ち、それから瑞々しい紫色の花が咲いた。


双子は、水鉢の中の金魚の様に隔離された会話をして、大猫は、名前も知らないプレイヤーに馴れ馴れしく頭をこねられてまんざらでもない様子だ、ジゼルは、また違うプレイヤーを相手取って、今では、時代遅れになって、使用者が減ってしまったらしい『エレメント』について、ああでもないこうでもないと感覚的な説明を行っていた。


セイムは、何時ぶりか下界を見渡す賢者のような気になって。


騒がしく行き交う色とりどりの自由を眺めていた。


その時だった。


「そんな!!あんまりです!お願いします!それが無いと困るのです!」


ガチャガチャとした人の騒ぎの中ひときわ大きな、悲鳴にも似た声がどこからか聞こえて来た。 


セイムが声の方を見てみると、片目眇めの男が見上げる程の体躯を持った男にすがりよって、往来の流れを妨げていた。


「あの、ほんとにそういうの知らないんで・・・・」


「お願いします!どうしても必要なのです!どうか!お願いします!一生のおねがいです!」


大男は粗暴な見た目に反し現代人らしい理性的な態度を取っていたが、眇め男の、あまりのしつこさにだんだんといら立ちを募らせ、最後には、片目眇めの男を街道の外に突き飛ばしてしまった。眇めの男は軽く土を高く盛ってある街道から1回転しながら転がり落ちて、その先で目を回し、情けなく座り込んだ。


その場所がたまたまセイムのすぐそばだった事もあり、彼がその男に声をかけたのは半ば必然だったのかもしれない。


大男は、眇め男を案ずるセイムの様子を冷ややかに横目で見ると、一度鼻を鳴らし、それから大勢の流れの一部に戻りどこかに流れて行ってしまった。


「あの?大丈夫ですか?これ良ければ・・・」


曲がりなりにも御尋ね者であるセイムは街道から出て、人の流れから無意識に顔を隠すようにして、すっかり絶望しきって打ちひしがれた眇め男に水筒を手渡した。


「あぁ・・・。どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます!ありがとうございます・・・!」


片目眇めの男は、水筒に口をつけたまま大げさにそれを逆さにして中の水を飲み干した。


「・・・セイムさん?」


知らぬ間にジゼルがやってきて、セイムのコートの裾をつまんで引いた。


先程の雨に撫でられた細い髪は、それぞれが馴染んで普段と異なる可憐さを讃えていた。が、薄い唇はきゅっと絞められて、透き通った瞳は、危険におびえるような変化に対する疑心ぎしんに満ちていた。


その時セイムは、この水筒を何度かジゼルも使っていたことを思い出し、全く持って見当違いな焦りを感じていた。


「あとで、きちんと洗います」


「セイムーおじさん大丈夫だった?」「そのおじさん・・・誰?」


昼の瞳をぎょろぎょろさせて白猫がやってくる。


その背中には双子が乗ってそれぞれ左右に体を斜めにして様子をうかがっていた。


「あっ!これはこれは、失礼いたしました!!わたくし、見ての通り、旅の生物学者でございます。つい先ほども、ほら!新種の生物を発見してきたところです!」


男は、そういうと昔の復員者のような装備の内ポケットから小さな手帳を取り出してそれを目一杯広げて一堂に見せるように差し出した。


「・・・・モモフチツノゼミ・・・・?」


「そうです!失礼ですが。あなたお名前は?」


「・・・グラスシルフィードと呼んで」


「グラスシルフィードさん。よろしくお願いします。わたくしの事は『霧崎・投げ』とお呼びください、ただ単に霧崎だけでも大変結構です」


男は、最も興味を示したカゼハをすっかり気に入ったのか、その小さな手帳を彼女に手渡し、続けた。


「その生物は、現実世界にも存在する『ツノゼミ』に大変よく似た外見的特徴を持っています。よって、わたくしが発見した類似種にはすべて『ツノゼミ』の名がつけられています。そのモモフチツノゼミは、ほかのツノゼミにはない特徴としまして、羽の先端が鮮やかなピンク色をしています」


「ねぇおじさん?角の形が色々あるけどこれもみんなモモフチツノゼミなの?」


クウコが身を乗り出して小さな手帳を指さした。


「なんと、そこに気が付くとは・・・。わたくし自身それらは全て別種類の生物だと思い、それぞれに名前を付けました。しかし、図鑑に名前が登録されたのはモモフチツノゼミ一つだけでした。なので、それらは角の形がまるで異なりますが全くの『同種』と推測されます」


「へぇ・・・。全然違うのに。面白いね」「ほんとぉ。ヒヒッこれみてタマタマ」


初め疑っていたジゼルもいよいよ好奇心にそそのかされて、つま先立ちをして双子と一緒に小さな手帳を覗き込んだ。


虹や霞が出た日の講義好きの理科の先生の話よろしく、長くなりそうな気配を感じ取った白猫は、そっとその場に伏せ、毛むくじゃらの手を舐めて顔を洗い、それから、セイムに無言の要求をした。


セイムは、そっと顎の下の皮の薄い骨の所にある毛の根元をかりかり掻いた。


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