第109話 移住

 日本政府はガタガタになっているようだ。仮首都には食料エリアへ避難したいという人々が溢れている。だが、食料エリア側には大人数を収容するだけの生活基盤が整っていないという。


 貴島が俺に視線を向けた。

「摩紀さん、ヤシロはどのような状況ですか?」

「耶蘇市の全員が、ヤシロに移住しました。まだまだインフラが足りていませんけど、生活できるようになりましたよ」


「素晴らしい。そこまで開発が進んでいるのですか。そういう状況だと聞いて思ったのですが、ヤシロに仮首都の者を移住させられませんか?」


 俺たちは即答できなかった。

「それはヤシロに居る者と相談しないと答えられません」

「まあ、そうでしょうね。ですが、ヤシロにとっても利益になる話ですよ」


 貴島の話では、仮首都に残っている者の中には、技術者や専門職だった者が多いらしい。専門職というのは医者や看護師、研究者である。


 政府が意図的に集めたのだが、大量に役人や政治家が死んで面倒を見られなくなったらしい。それを聞いた俺は、チャンスかも知れないと思った。


 美咲が医者や看護師が不足していると言っていたからだ。貴島と話し合い移動手段にどういうものが利用できるか検討した。


 仮首都の転移ドームから食料エリアへ移動した後、徒歩で北西に進むと日本海側の都市に転移できる場所があるらしい。その都市から船で耶蘇市へ行けば良いと貴島が言う。


「でも、それには問題が一つある。北西に向かうルートの途中に、化け物がいるのです」

 貴島が化け物と呼んでいるのは、巨大な猿の化け物だそうだ。巨大な猿と言っても全長三メートルほどだというので、守護者の化け物に比べれば倒しやすいだろう。


 俺たちは貴島と別れ、一度ヤシロに戻ることにした。来た道を戻り隣町の転移ドームへ転移する。

「転移ドームの周りが、どうなっているか調べてみないか?」

 河井が言い出した。俺も気になっていたので、無理しない範囲で調べる事にした。


 調べてみると面白いことが分かった。この町の異獣テリトリーは、弱い異獣が集まっていたのだ。

「ああ、そうか。人間の居なくなった町に、弱い異獣が追いやられたのか」

 俺はシフトのパターンが分かり納得した。


「そうすると、無人の町に若い探索者たちを連れて行って、守護者を倒させれば、新しいガーディアンキラーが誕生か。どんどん増やそうぜ」


 河井は若いガーディアンキラーを誕生させて、自分の下にガーディアンキラーの集団を組織しようと考えたらしい。


「そんな集団を作って、どうするんだ?」

「大量の資材や物資を、日本から食料エリアに持ち込まなきゃならないだろ。それを若い連中にやらせる。そして、その組織の代表である自分は、何もしないで優雅に暮らすんだ」


 そんな組織の代表になったら、絶対に優雅に暮らせないと思う。力のある若い連中が集まるのだ。問題が次々に起こるに決まっている。


 まあ、やりたいのなら河井にやらせてみよう。面白そうだ。河井が俺とエレナに視線を向けた。

「その時は、若い連中の武器や防具は二人に頼むから、よろしく」


 勝手なことを言っている。だが、武器を作りながら生活するのも悪くない。異変が始まってから走り続けて、ずっと先の将来について考えたこともなかった。


 家庭を作って武器屋として商売を始める。面白いかもしれない。まあいい、それよりヤシロに戻って、美咲と竜崎に相談しよう。


 俺たちはヤシロに戻って、貴島から頼まれたことを美咲と竜崎に伝えた。

「その人材は欲しいけど、何人ほどなの?」

「一万でも二万でも、できるだけ多くということだった」


「ヤシロは、五十万人ほどの人々が生活できるだけのキャパシティがあるけど、一万人分のインフラを整備するとなると時間がかかりそうよ」


「でも、土地の整備は操地術でやれば早いし、クゥエル樹脂の素材となる実が生ったと聞いたけど」


 クゥエル樹脂というのは、巨船や遺跡の防壁に使われている素材である。その樹脂が詰まった洋梨のような形の実を収穫したという話を聞いたのだ。


「クゥエル樹脂を建設資材として使えるのは、挿し木して木を増やし、大量にクゥエル樹脂が収穫できるようになってからね」

 美咲にそう言われた俺たちは、まだ時間がかかるのかとガッカリした。


「そうだ、耶蘇市に移住してもらえばいい」

「それだと仮首都と同じじゃないの?」

 美咲が疑問を口にした。

「仮首都の近くに、毒虫区がシフトしてきたらしいんだ。かなり深刻な事態になっている」


「そうなると、耶蘇市に移住というのも、悪い考えじゃないのね。問題は食料か。余分な食料を、どれほど生産できるかね」


「吉野さんに聞いたけど、米は五万人分、小麦は三万人分が収穫できそうだ」

 プチ芋と甲冑豚は十分にある。魚介類は武藤たちが漁をして定期的に提供してくれる。だが、二万も住民が増えると漁師の人数を増やさなければならないだろう。


 野菜は大勢の小規模農家が栽培している。食料は十分にあるのだ。そんなことを話し合っていると、日本政府が役立たずだという話になった。


「政府は日本をどうしようと思っているんだろう?」

 俺が漠然とした不安を口にした。美咲が厳しい顔をする。

「あまり政府を当てにしない方がいいかもしれない」


「でも、ある程度の生活水準を保つためには、大きな組織が必要だと思うんだ」

「それはそうね。でも、私たちは電気を確保している。食料エリアには様々な鉱石がありそうだから、電気を使った道具は利用できると思う」


 水洗トイレや上下水道・電気自動車・電車・洗濯機・冷蔵庫は作れるだろう。だが、そこまでが限度だ。テレビやインターネットが使えるようになるのは、ずっと先のことになるだろう。


「ところで、外国のことは何か聞いた?」

 美咲が尋ねた。

「そう言えば、アメリカが生き残った人々の三割ほどを食料エリアへ移住させたそうだ」

「さすがアメリカね。日本は一割くらいなのに」


 耶蘇市が先行しているが、日本全国では一割ほどである。

「中国や韓国はどうなったんだろう?」

 河井が首を傾げて質問した。


「連絡がつかないらしいから、全く様子が分からない」

「日本政府が連絡を取ろうとしてないのは、なぜだろう?」

 電話やネットで連絡が取れなくても、船を出して確かめることはできるはずだ。それを日本政府はしないようだ。


「連絡が取れても、日本と同じように混乱していたのでは、協力して何かやろうという話にならないからだろう。特に中国は十四億人くらいの人口があったんだ。それらの人々が騒ぎ出したら、大変なことになっているだろう」

 俺は渋い顔をして答えた。


 日本政府も他国を心配する余裕がないというのが実状なのだろう。

 俺たちは仮首都の二万の人々を引き受けることにした。労働力として欲しいということもあるが、それらの人々が持つ技術が欲しかったのだ。


 数日後、仮首都へ行った俺たちは、貴島と生駒総理に二万の人々を引き受けると伝えた。

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