第49話 守護者討伐の報酬

 俺の頭の中で、あの声が響いた。


【守護者ボンディールを倒しました。倒した異獣の任意の部位を残し、武器を製作する能力をあなたに付与します】


 どういう意味だ? 俺は疲れすぎていて意味を理解できなかった。だが、不自然なものがあった。首を切り落とした守護者の死骸が消えずに残っているのだ。


 倒した異獣の任意の部位を残すとか言っていた。つまり、俺が残す部位を選べるということだ。守護者の武器は前足の爪だった。残すとしたら、これだろう。


「爪だ。爪を残す」

 俺が選択した瞬間、地面に長い爪が落ちた。そして、他の部分が粒子となって心臓石へと変わる。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


 疲れた身体に、レベルアップの苦痛はキツイものだった。俺は立っていることができず地面に座り込んだ。

「コジロー!」

 エレナの声が聞こえた。俺を目掛けて走ってくる。あっ、転んだ。立ち上がってまた走り出す。その後ろには美咲の姿があった。


「大丈夫?」

 エレナが心配そうに尋ねたので、俺は苦痛を堪えながら頷く。この痛みには慣れていた。


【レベルアップ処理終了。ステータスを表示します】


【氏名】マキ・コジロウ 【職業】学生 【レベル】33

【筋力】45 【素早さ】42 【体力】41 【器用】37 【脳力】26 【超感覚】33

【スキルポイント】49 〔スキル選択〕

【アクティブスキル】『投擲術:6』『斧術:5』『心臓石加工術:6』『気配察知:3』

          『小周天:7』『棍棒術:8』『操炎術:4』『操闇術:9』『刀術:4』

          『探査:2』『超速思考:3』『特殊武器製作:1』

【パッシブスキル】『物理耐性:7』『毒耐性:5』『精神耐性:5』


 いくつかの項目がアップしている。特に目を引くのは、『特殊武器製作』というスキルが追加されていることだ。特別な方法で入手したので星の数は分からないが、貴重さから考えると星三つか四つに違いない。


「エレナ、あそこにある爪を回収しておいてくれ。俺は分裂の泉に潜る」

「分かった」


 美咲が微笑んでいた。

「コジロー、本当に凄い男になったのね。あなたに頼むしかないけど、制御石に触れて、ここの支配権を人間の手に取り戻して」


「分かっている」

 俺は分裂の泉に跳び込んだ。目的のものはすぐに見つかり、巨大な水晶のような制御石に触れた。


【ボンディールエリアの制御石に触れました。あなたに選択肢が与えられます】

 例の声が、前回と同じような選択肢を示した。


 一、スキル一覧からスキルポイントなしで任意のスキルを一つ習得。

 二、巨竜から襲われなくなる護符を作る知識を得る。

 三、制御石を破壊し、一〇年間巨竜が増えなくなる期間を得る。


 俺は三番目を選んだ。その瞬間、制御石に無数のヒビが入り崩壊した。その時、頭の中に情報が刻み込まれた。

 制御石が崩壊した瞬間、巨竜区内に散らばっていた巨竜たちが咆哮を放った。その後、生き残っていた巨竜たちは探索者に狩られ、心臓石へと姿を変えた。巨竜区が一〇年間の休眠に入ったのだ。


 泉から浮かび上がる。エレナと美咲がホッとしたような表情を浮かべた。

 二人の美女に見詰められるなんて、人生で初めてじゃないかな。ついにモテ期が……はあっ、違うよな、分かっている。それに、そんな状況じゃないことも。


 でも、肉体的にも精神的にも疲れすぎて、まともな考えが浮かんでこない。

「帰りましょう」

 美咲の言葉に、俺たちは頷いた。


 俺たちは、なんとか宿まで帰り着いた。

「はあっ、疲れたぁ」

 河井が宿の部屋に寝転がった。


「ああ、あまり活躍できなかったな」

 武藤がちょっと暗い表情で声を上げた。巨竜ほどの大物になると、『操風術』の攻撃では仕留められなかったからだ。これには二つの理由がある。


 『操風術』は、攻撃を放つ速度が高速だということと同時に複数目標に攻撃を放てるという特性がある。多数の敵を相手する時に、本領を発揮するのだ。


 ただ武藤が活躍できなかったのは、取得したスキルが『操風術』だったからだけではなく、そのスキルレベルが低かったのも影響していた。


「武藤さんは、斧ばっかり使っているから、操術系スキルが上がらないんだよ。今度『操地術』を取得したらいい。農地でたくさん使うから、スキルレベルは上がるぜ」


 『操地術』を取得した河井は、農業をやっている人々から人気者になっている。

「農家のおばちゃんたちから、人気者になってもなあ」

「いいじゃん、武藤さんもおっさんなんやから」


 『操地術』の取得者を増やそうとしている河井を見て、仲間を増やしたいのだろうと思った。河井の両親が、息子はこんなに役に立つんだぞと吹聴したようで、手伝いを頼まれることが多いらしい。


 農家の吉野たちと話し合い、『操地術』を取れるまでレベルアップする人材を育てるということをするべきなのかもしれない。


 それらの人材を育成するには時間がかかる。俺たちのように毎日でも狩りに行けるという者たちではないからだ。農閑期に集中的に鍛えることになるだろう。


 風呂に入り夕食を食べ、その日はゆっくりと休んだ。次の日、探索者たちは広間に集められ、追悼式と慰労会が行われた。


 これだけ大きな作戦だと犠牲者がゼロというわけにはいかず、巨竜の討伐任務をしていた何人かが死んでいる。それに加え守護者と戦い死んだ者も居る。


 追悼式が終わり、功績が大きかった俺たちに特別な報酬が贈られることが発表された。

 県から贈られたのは、鍵だった。これは耶蘇市の伏見町にあるガソリンスタンドの鍵だという。この鍵を使えば、ガソリンスタンドの地下にあるタンクから、燃料を取り出せるらしい。


 現在の伏見町は、飛竜区と呼ばれている。マグネブバードと翼竜の一種であるベカラノドンが縄張りとしている地域だ。


 空を飛ぶ異獣は、縄張り意識が強くない。空全体が自分たちの縄張りだと思っているらしい。ただ寝る場所は、飛竜区に限定していた。


 武藤が目を輝かせた。

「凄いぞ。これで農地整備がはかどる」

 なぜこれほど喜んでいるのかと言うと、東上町にも耕運機やトラクターがあるのだが、燃料がなくて使えなかったのだ。しかも、ガソリンエンジンではなくディーゼルエンジンのものが多かったために、車から回収したガソリンは使えなかった。


 東上町では最低限の農地を整備できたのだが、まだまだ休耕地は残っていた。機械さえあれば農地に戻したいと町内会で話し合われていたのだ。町内会では探索者に『操地術』のスキルを取得してもらうことも案として出ていた。


 慰労会が始まると、何人かの探索者が俺たちのところに挨拶に来た。守護者を倒した探索者に敬意を表して、顔見知りになっておこうということだろう。


 不機嫌な顔の竜崎もやってきた。

「お前たちを甘く見ていたようだ。今回の件で東上町への配給も少しは配られるかもしれんが、あまり期待するな」


 それを聞いた武藤の顔が強張っていた。

「どういうことだ?」

「市長は、耶蘇市で生きている者なら、御手洗に従うべきだという考えを持っている。県の役人から注意されても、最初だけは従っているように見せるだろうが……」


 元々県知事には、御手洗市長を更迭できるだけの権限がないのだ。こんな時代だから、尚更役人などの言うことには耳を貸さないだろう。ただ配給の件があるので、県知事に従うような態度を見せるだろうが、上辺だけで心の中では舌を出しているだろうと思っていた。


「結局、御手洗が市長である間は、配給とかは期待できないということか。まあ、最初から期待しなければいいだけの話だ」

 俺は御手洗市長には一切期待していなかった。それは県や国も同様だ。


 世界は大きく変動している。各県や日本という組織が辛うじて残っているが、それがいつまで続くか分からない。独自に生き残る方法を探して、なるべく早く確立しなければならない。そんなことを漠然と考えていた。


「ところで、県がガソリンスタンドのタンクの鍵を持っているのは、どうしてなんだ?」

 俺は例の声が聞こえた当初から耶蘇市に居る竜崎と武藤に尋ねた。


 竜崎が教えてくれた。

「異獣が現れ人々が逃げ出した時、県の役人の中には賢い人間が居たようだ。その時は存在していた警察や自衛隊にガソリンスタンドのタンクの鍵などを集めさせたらしい」


 それを知った御手洗市長は、まだ集められていないガソリンスタンドの鍵を竜崎たちに集めさせたという。そのことを知ると、市長の判断力も馬鹿にできないと思った。


 足の骨を折っている美咲と県の役人がやって来た。

「ご苦労さまでした。あなた方には感謝しています」

 役人は強羅ごうらという珍しい名字を持つ男だ。


「いや、特殊精鋭チームが巨竜たちを片付けてくれたから、守護者だけと戦えば良かった。そうじゃなければ、勝てたかどうか」

 一応美咲たちの功績も伝えた。実際に守護者の他に巨竜が四匹居たらしい。それらを倒した後に、守護者との戦いが始まり、守護者一匹に圧倒されたようだ。


「いやいや、遠藤さんから聞きましたよ。摩紀さん一人で守護者を倒されたそうですね。凄いことです。それで、お願いがあるのですが」


「何でしょう?」

「県の特殊精鋭チームに入ってもらいたいのです」

 俺は強羅の顔を見つめた。柔和な顔をしているが、その目には強い光がある。したたかな役人なのだろう。俺を利用して、人間の支配地を広げようと考えているのかもしれない。


 強羅はいくつかの特権を提示した。県が管理する農地の一部に関する所有権を与えるというのも、その一つだ。その農地は管理する者が居て、何もしなくても収穫の半分が俺のものになると言う。


「申し訳ないけど、お断りします」

「どうしてだね? 条件的には十分なものを提示したつもりなんだが」

「俺は組織の一部となって、上手くやれる人間じゃないんです」


 強羅が俺の目をジッと見て、溜息を吐いた。

「君もか」

「どういう意味です?」

「この県に居るもう一人のガーディアンキラーも断ったんだ」


 俺はもう一人のガーディアンキラーを熊田隊長だと思っていたが、違ったらしい。


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