第35話 東上町の市長
小鬼区から戻った俺は、武藤たちと会いに探索者の集会場へ行った。
「武藤さん、居ますか」
「おっ、コジローじゃないか。酒を飲みに来たのか?」
俺は首を振って否定した。
「真面目な話があって来ました。今、いいですか?」
「おう、上がってくれ」
集会場は元ペンションだったので、
「他の探索者は?」
「まだ早いんだよ。後二時間くらいしたら集まると思う。集まってからの方がいいのか?」
「いや、武藤さんと佐久間さんだけでも構わない」
俺は小鬼区で農地を発見したことを伝えた。
「そこで農業でも始める気なのか?」
「ええ。そこで相談なんですが、忙しい時に探索者の人たちや佐久間さんたちに手伝ってもらえないかと思って」
黒井が酒を飲みながら質問した。
「その農地は、どれほどの広さなんだ?」
「一五〇アールほどだから、一.五ヘクタールかな」
「俺は農業をしたことがないんで、ヘクタールで言われても分からねえよ」
「東京ドームが、四.七ヘクタールだと言ったら想像できる?」
「へえ、東京ドームの三分の一くらいか。広いような気がするけど、微妙だな」
俺と黒井の話を聞いていた佐久間が笑った。
「問題は、その農地から、どれほどの食料が収穫できるかだ」
俺は渋い顔になった。小鬼区の家から掻き集めた本の中に農業関係のものもあり、その中には各作物の反収が書かれているものもあった。反収というのは、一〇アール当たりで収穫できる作物の量である。
「サツマイモなら一〇アール当たり三~四トン、ジャガイモも三トンくらい、小麦は三〇〇キロほど、大豆は一五〇キロ……」
俺が本で調べた各作物の反収を教えると、黒井は目を輝かせた。
「そんなに……」
「但し、これは農業のプロが出した記録だから、俺たち素人が農業を始めた場合は、何分の一になるかは分からない」
それを聞いて武藤たちと佐久間はガッカリした顔をする。
「でも、サツマイモやジャガイモは、比較的簡単だと言われているから、まずはその二つから栽培しようと思うんだけど……どう?」
武藤が頷いた。
「そうか、その二つの種芋は吉野さんがかなりの量を保存しているからな」
異獣から追われた人々が町に逃げ込んだ時、農家である吉野は最初に食料の心配をした。そこで空いているビニールハウスにジャガイモとサツマイモを植え、収穫した今では大量のイモ類を保存しているのである。
「イモか……米も食いたいな」
佐久間がポツリと言った。俺たちが見つけた農地は、山の上にあるので稲作は難しい。
「それには、水田にできそうな土地を見つけるしかないな」
小鬼区は元々水田が広がる土地だったと聞いたことがある。探せば、水田に戻せる場所もあるだろう。そういう土地を積極的に探して、水田に戻そうと提案した。
大工の佐久間が嬉しそうに笑った。
「声をかけてくれた礼に、俺も何かしなくちゃな」
「いいですよ。佐久間さんたちは異獣が町に入り込まないように見張るという重要な仕事をしているんだから」
見張りという仕事は、意外と重要である。他の異獣のテリトリーには決して行こうとしない異獣だが、人間のテリトリーには入ろうとするのだ。
「そうはいかねえよ。どうだ、家を建ててやろうか」
「家? 今の時期に贅沢じゃないですか?」
「余っている家があるんだよ」
俺は理解できずに首を傾げた。
佐久間の話では、東にある山地の一角にログハウスの貸別荘を建設する計画があったらしい。その計画自体は、異獣の騒ぎで中止になったが、ログハウスの建築資材は購入済みで草竜区の倉庫に保管されているという。
「草竜区か、東下町の連中が活動している場所だな」
武藤から東下町の連中が活動している場所を聞いていた。連中は小鬼区の南隣である草竜区と、その北にある小獣区を中心に活動しているらしい。
「草竜区は、山科町だった土地だ。あそこには大きな建設会社があって、倉庫も多かった」
佐久間たち大工は、その大きな建設会社の下請けとして働いていたらしい。
「東下町の連中が持っていったんじゃ?」
「いや、ログハウスの建築資材が保管されている倉庫は、西にある公園近くにある倉庫だ。あそこは分かり難い場所にあるし、鍵は俺が持っているから、大丈夫だ」
佐久間はログハウスの建築を請け負い、倉庫の鍵を借りたまま非常事態に遭遇したという。依頼主は行方不明であり、たぶん死んだらしい。
「そのログハウスというのは、どんな間取りになっているんです?」
「二階建て、5LDKの間取りになっている」
水道や風呂、トイレ、暖房などは改修しなければならないが、他はそのまま使えるという。
「今までログハウスの建築資材を取りに行かなかったのは、なぜ?」
「自宅があるから必要なかった。それに東下町の連中の目を盗んで取りに行くには、夜間に行くしかないだろ。危険だと思ったんだ」
その時、集会場にエレナが走り込んできた。
「コジローさん、加藤医院に東下町の探索者が来ているの」
俺と武藤は急いで加藤医院へ向かった。
「先生、大丈夫ですか?」
俺が医院に入ると、加藤が数人の男たちに囲まれていた。
男の一人が俺に視線を向けて
「無断で入ってくるんじゃねえ」
俺は男を無視して、加藤の前に割り込んだ。
「ここは加藤医院だ。お前たちの家じゃないだろ」
「誰だ貴様は?」
「探索者の摩紀だ。加藤先生は東上町の医者だぞ。乱暴は許さん」
その瞬間、凄まじいプレッシャーを感じて身構える。男たちの後ろにいた目付きの鋭い男から放たれた殺気だった。
「若いの、少しはやるようだな。だが、世間は広いんだ。自分より強い者が居ると思わんのか?」
「そんなことは分かっている。だが、それはお前たちも同じだ」
「はっ、言うねえ。しかし、お前は勘違いしているぞ。俺たちは加藤先生に暴力を振るっていたわけじゃない」
「だったら、何をしていたんだ。脅しているようにしか見えなかったぞ」
「煬帝の行方を聞いただけだ」
俺は顔をしかめた。
「お前……煬帝の行方を知っているのか?」
「ああ、煬帝は小鬼区の病院へ行って、農協ビルの化け物に殺された」
目付きの鋭い男は、俺を睨んだ。
「なぜ、それをお前が知っている?」
「俺は、加藤先生に暴力を振るい、薬剤を奪っていった煬帝たちを追いかけたんだ」
「お前は摩紀と言ったな。東下町の市役所に来て、市長に説明してもらう」
「いいだろう」
俺は男たちと一緒にまそ川の方へ移動した。川岸には小型ボートが係留されており、それに乗って対岸へと渡る。
東下町の農地で耕運機が動いているのを目にした。この町には燃料の備蓄があるようだ。もしかすると、中央政府からの配給なのかもしれない。
今は市役所として使っている旧公民館へ歩いて行く。
その建物の最上階が市長室になっているらしい。俺たちは階段を上って市長室に行った。中に入ると、見覚えのある顔を見つけた。
この耶蘇市の市長である御手洗
「竜崎、その若い者は何者だ?」
「煬帝さんの行方を知っているという男です」
俺は簡潔に煬帝とその仲間が農協ビルの化け物やホブゴブリンに殺されたと思われると語った。
「お前は、殺されるところを見ていないんだな?」
「ええ。でも、病院から誰も戻ってこなかったのは確かです」
俺は正直に話す気はなかった。
「なぜ、確かめに行かなかった?」
竜崎が、農協ビルに居る化け物の脅威を説明した。
「チッ、東上町の奴らは、使えん者ばかりだ。竜崎、貴様なら農協ビルの化け物を倒せるか?」
「戦ってみないと分かりません。しかし、簡単に勝てる相手でないのは確かです」
「政府に強力な武器の支援を要請するか。どう思う?」
「大量の心臓石を要求されますよ。それより自分たちが腕を上げるのを待った方がいい」
市長は煬帝の敵討ちをしたいらしい。敵討ちをするだけの価値がある男だとは思えなかったが、身内だからだろう。
「おい、貴様も探索者だったな。東上町の探索者に、心臓石を市に納めるように伝えろ」
「馬鹿を言わないでくれ。東上町は配給も何ももらっていませんよ。何もしてくれないのに、税金みたいに心臓石を納められない」
俺の言葉で、市長が唇を噛み締めた。
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