第30話 黒鬼の守護者
久坂が苦痛の叫びを上げて倒れた。ホブゴブリンは嬉しそうに醜悪な笑いを浮かべ、倒れている久坂の顔を踏み潰す。その口から大量の血が吐き出された。
その血を見て、顔が強張るのを感じた。
「俺って馬鹿だ。心臓石にならなかったんだから、死んでないのは分かったのに」
言い訳すると、久坂に注意が移ったのでホブゴブリンのことを一時的に忘れてしまったのだ。違和感を感じていたのに、久坂に対する感情が邪魔して、その正体を探ろうとしなかった。
「考えるのは、やめだ。まず、こいつを倒さないと」
ホブゴブリンが俺に向かって棍棒を振った。それを戦棍で受け止める。ガシッと受け止めた瞬間、ホブゴブリンの体重が俺の腕に伸し掛かった。
地力では無理だったので、豪肢勁を使って筋力を倍増させ棍棒を押し返す。ホブゴブリンのパワーは予想以上だと感じた。一方的な攻撃を必死に防御する。なぜか身体が重く思うように動けない。
身体の動きと気の流れが一致せず、豪肢勁が本来の働きを発揮していないのだ。久坂の血を見て動揺しているのをかもしれない。心の中で、落ち着け、落ち着けと念じる。
その必死な思いが効き目を発揮し始めた。次第に豪肢勁の本来の力が表れ始め、俺の動きが加速する。人間離れした動きになった俺の戦棍が、ホブゴブリンの頭蓋骨を砕いた。致命傷である。
ホブゴブリンが心臓石に変わるのを確認してから、俺は久坂の傍に寄った。呼吸をしていない。脈もないようだ。ポーションを無理やり飲ませて、心臓マッサージを施す。
無駄だった。一度死んだ人間は、ポーションでも生き返らないようだ。
「あああっ、俺もまだまだ未熟だな」
久坂が居た診察室を覗くと、そこにリュックがあった。中は薬剤を中心に医療関係の消耗品が入っている。中途半端な量なので、加藤医院から奪ったものなのかもしれない。俺はシャドウバッグを出して中に仕舞う。
俺は久坂の遺体が横たわっているところまで戻った。
「……こいつ、何で一人だけで居たんだ?」
仲間がバラバラになって逃げて、ここに追い詰められたのだろうか。それなら煬帝たちもどこかに隠れているかもしれない。
ゴブリンが集まり始めた。三匹ほど仕留めた後、久坂に手を合わせてから階段に戻った。地下一階に下りる。地下は陽光が入らないので真っ暗だった。
俺は『操闇術』のスキルレベルが3になったことで手に入れた【暗視】の能力を使った。光のないところでも見える能力なので便利である。ただ白黒映像で見えるので少し不便だ。
薬剤倉庫を探しながら気配を探る。ゴブリンは居ないようだ。暗闇だと目が見えないのだろう。ただホブゴブリンの気配がする。こいつだけは暗闇でも見える能力を持っているのかもしれない。
包帯などの備品が仕舞ってある倉庫で、煬帝の仲間らしい男が死んでいた。
「ホブゴブリンに殺られたようだな」
俺は暗い表情で呟いた。包帯やガーゼなどが棚に並んでいるのを見て回収することにした。シャドウバッグに詰め込む。
その後、いくつかの部屋を確認し、やっと薬剤倉庫を発見した。ドアの鍵が壊されていたので、煬帝たちが先に侵入して荒らしたのだろうと推測する。
中に入って薬剤棚をチェック。かなりの量の薬剤が残っていた。煬帝たちは薬剤倉庫を発見して間もなく、ホブゴブリンと遭遇し逃げたのかもしれない。
俺は手当り次第に薬剤をシャドウバッグに仕舞った。各種類満遍なく集めて詰め込む。シャドウバッグが一杯になったので、影空間に沈める。
その時、上の方で凄まじい轟音が響き、建物自体が揺れた。地下一階から上に戻ろうとした時、地下一階の奥から吹いてくる風を感じた。
気になった俺は、どこから吹いてくるのか確かめた。地下一階の壁に穴が開いており、隣の農協ビルの地下と繋がっているのを発見した。
「守護者の居る場所に繋がっているなら、非常にまずいな」
俺は上に向かった。一階に気配はなかったので、二階に上がる。階段を上りきった瞬間、また奥の方で轟音が響いた。
ここまで来て、禍々しいほど強烈な気配を感じた。この気配には覚えがある。どうやら守護者が、気配を抑えて移動したようだ。
「気配を抑えるなんて、高等技術じゃないのか」
俺自身はできないので、守護者が只者じゃないと感じた。
正直、ヤバイと感じた。それほど守護者らしい気配が、禍々しかったのだ。
その守護者と誰かが戦っている。誰が戦っているかが問題だ。煬帝だったら無視して逃げるんだが、エレナや黒井だったらと考えると、無視できなかった。
かなり確率は低いが、俺を心配して二人が病院へ来たということもある。戦っている現場へ向かった。そこで目にしたのは、追い詰められている煬帝と三本角の鬼だった。
体長は俺と同じくらいだが、筋肉量は倍ほどもあるようだ。皮膚は黒くデカイ口からは長い牙が見えている。その右手には柄が碧色の戦棍らしいものが握られている。
煬帝が俺に気づいたようだ。
「おい、助けてくれ」
大声で叫んだ煬帝を、俺は睨んだ。黙っていれば、守護者の後ろから奇襲できたかもしれないからだ。まあ、その奇襲が成功したかどうかは分からない。
煬帝が俺のところに逃げようと走り出した。守護者は楽しむように追いかけてくる。長い間逃げ回っていたらしい煬帝の顔色は悪く
俺は守護者を目にした途端、煬帝などどうでもよくなった。こいつは強敵だと本能的に悟ったからだ。
逃げてきた煬帝が、俺の後ろに隠れた。
煬帝は言い訳するように、今までの出来事をしゃべり始めた。煬帝たちは倉庫まで行ったが、ホブゴブリンがうろつき始めたので、出れなくなったらしい。
ホブゴブリンと戦いになり爆炎撃で攻撃したが、躱されたようだ。爆炎撃は威力ある技だが、飛翔スピードが速いとは言えない。時速一三〇キロほどなので、素早い者なら避けられるのだ。
「クソッ、ホブゴブリンが久坂の奴を追いかけて居なくなった隙に、逃げようと思ったのに……」
ホブゴブリンから逃げようとして、それより怖い守護者と遭遇したのだろう。こいつの運は尽きたな。
「でも、僕の運は尽きていないようだ」
「どういうことだ?」
「こういう意味さ」
煬帝が俺の背中を蹴った。
バランスを崩して前に出た俺に、守護者の戦棍が襲いかかった。振り下ろされた碧色の戦棍を、自分の戦棍で受け止める。しかし、その凄まじい威力を完全には受け止めきれず、片膝が床を突く。
片膝を突いた俺の腹を守護者が蹴った。腹が爆発したんじゃないかと思うほどの衝撃を受け、俺の身体は壁まで飛んだ。
背中がドンと壁にぶつかる衝撃、倒れないように壁に寄り掛かるだけで精一杯だ。
守護者が醜悪な顔で笑った。黒い鬼は碧色の戦棍を構えた。その戦棍の先端は少し赤みを帯びた銀色の金属で六角柱の形をしている。その先端が回転を始めた。
その回転スピードは急速に上がり、低い唸るような音を上げ始めた。
ヤバイ、あれはヤバすぎる。
先端が回転する戦棍を、守護者が俺の頭を目掛けて振り下ろした。俺は座り込むことで攻撃を避けた。守護者の戦棍が壁に叩き込まれた。
凄まじい破壊音が響き、壁に大きな穴が開く。壁に寄りかかっていた俺は外に投げ出された。空中を回転しながら落ちた俺は、病院の庭に落下した。
「がはっ」
地面に叩きつけられ、かなりの衝撃を受ける。レベルアップした身体だから耐えられた。だが、痛くなかったわけではない。猛烈に痛かった。涙目になるほど痛かった。
「命拾いした。けど……煬帝のクソ野郎、頭のネジが飛んだな」
無人島の時はミノタウロスから逃げるためであり、俺も仕方ないと考える点がある。しかし、今回は煬帝の悪意しか感じられなかった。
上を見て、背中を冷たい恐怖が走り抜けた。病院の壁に大きな穴が開いている。あの守護者の戦棍は普通じゃないようだ。
「守護者の奴、何で追いかけて来ないんだ?」
その理由はすぐに分かった。病院の二階で爆炎撃の音が響いた。守護者は下に落ちた俺より、逃げた煬帝を獲物に選んだようだ。
俺は助かったと思ったが、そうではないようだ。病院の庭にゴブリンとホブゴブリンが集まり始めたのだ。俺は戦棍を探した。二階から落ちた時に手放したものだ。
少し離れた場所に転がっていた戦棍を拾い上げる。
「柄にヒビが入ってる」
守護者の戦棍を受け止めた時に、ヒビが入ったようだ。痛みを感じてポーションを飲もうとポーチに手を伸ばした。
「嘘だろ。ポーションの容器が落ちた衝撃で割れている」
ポーションは全滅だった。俺は溜息を吐いて諦める。
急いでシャドウバッグを出し、予備の戦棍と柳葉刀を取り出す。自作の鞘に入れた柳葉刀を背中に括り付ける。予備の武器とするためだ。
ゴブリンが襲いかかってきた。戦棍で頭をかち割る。
「やはり、ここには近付くんじゃなかった」
後悔しながら戦棍を振るう。ゴブリンを一匹倒す間に、二匹のゴブリンが集まってくるという状況になった。
「クソッ、切りがない」
守護者に蹴られたダメージや二階から落ちた痛みに苦しめらながら戦っていた。いくら戦棍を振るい倒しても敵が尽きない。俺は農協ビルの方へ追い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます