第9話 社の主
朧気は少しの間、突然の訪問者に呆然としていたが、すぐ我に帰ると外では失礼なのでと言い、社の中に招き入れた。
社の中と言っても、稲荷の時みたく、中と外のありようが全く一致していない。
靴のままで良いよと言われ通されたのは、白い大理石が美しく光るリビングだった。
15畳はあろうかと思われる広い空間に、落ち着いた茶色で塗りあげられたダイニングテーブル、幅が3メートルはある巨大なシステムキッチン。
窓からは柔らかな太陽の光が射し込み、大理石と白壁に反射して、美しく輝いていた。
「高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)様と人の子よ。どうぞお好きな席に」
朧気がリビングの椅子を指す。
僕と高良玉垂命は言われたままに、椅子に腰掛ける。椅子はほどよい固さのクッションが張られ、心地よい高さまで沈みこむ。
「……ふう、これはなかなか」
思わずそう呟くと、彼女の方に目を向ける。
『スヤァ……』
寝てる。
「あ、あの、高良玉垂命さん?」
とりあえず肩を叩いてみるも、起きる気配は全くない。首が折れそうなくらい前にかしづきながら、穏やかな寝息をたてている。
「あー、えと、どうしようか」
まさか一瞬で寝てしまうなど、一体誰が考え付くのか。
「あれ、寝てしまったんですか…」
いつの間にか朧気が戻ってきていた。
両手にお盆を持ち、その上には3つの珈琲カップが載せられている。
「いい匂い…」
思わずそう呟く。
「ありがとう。これを褒められたのは初めてだ」
つぶやきが聞こえたのか、朧気はこちらに目を向ける。表情はどこか自慢げだった。
「そう言えば、高良玉垂様とはどのような関係で?」
「えっと、店主と客の関係ですかね。あ、僕の篠ノ木 科斗といいます」
名前を名告っていなかったことを思い出し、慌てて付け加える。
「どうぞよろしく、篠ノ木くん」
朧気は持っていたお盆をテーブルの上に置き、載っていた珈琲カップを手渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
ありがたく珈琲をもらう。それにしても、高良玉垂命も稲荷も朧気も、なぜ珈琲を出したがるのか。何か暗黙の了解でもあるのか。
「それで、なぜ私のところに来たのかい?」
朧気が席に着くように、身振りで示しつつそう問う。流されるままに椅子に座る。
「…僕たち、呪いがかけられているんです」
「…ほう、それで?」
「なぜか僕の記憶の中に朧気さんの記憶があるんです。それで朧気さんのところに行けば、何か分かるかなと」
「私の記憶が?」
朧気は信じられないという顔で、こちらを見る。
「はい」
「その、呪いをかけた者は私と同じ容姿なのか?」
「いえ、違います」
「それならばなぜ私の記憶と断定したのだ?」
「断定はできないです。ですが、僕にあるほかの記憶を思い出そうとしたとき、自分は朧気だとはっきり分かるんです」
朧気は一口珈琲を飲む。
「私の記憶を持ち、それでいて全く別の存在…」
朧気は困惑した表情を浮かべる。
そして、ふと朧気の服装に目を留める。
朧気は法衣を身にまとっていた。いわゆる神様が着ている服というイメージのある服だ。
神様が神様らしい。それ自体は疑問はないのだが、ふと高良玉垂命を見る。今まであってきた神様はどうにも神様らしくない服ばかり着ていた。
だが、朧気はどこか神様らし過ぎるのだ。
「あの、朧気さんは、今」
「はい?」
「記憶があるのですか?」
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