波止場の売店係
交換留学先である魔導国家テミセ・ヤは島国である。
なので、陸からは行けず、空または海から向かうこととなる。
2つのルートがあるので、好きな方から選びたいところだが、残念ながらそうはいかない。
ガーラヘル王国とテミセ・ヤの間の海域にはクラーケンが生息しているし、空には無人島を生息地とした飛行型モンスターが飛び回ってる。
魔法学校の教頭先生の話によると、最近はワイバーンが活発になっているらしく、空路は危険とのことだ。
船の上も安全ではないけれど、一応デッキに立ち、応戦出来る利点があるため、そっちの移動手段が選択された。
――そんなわけで、交換留学のために渡航する当日、ステラはジェレミーの運転でキングスコートの港まで来た。
車内に居るのは、ステラとジェレミー、アジ・ダハーカ。それに加えて、留学中のボディガードとして、エマも一緒だ。
昨年までは生徒達だけでテミセ・ヤへ行っていたようなのだが、何故か今年からは同行者を2名まで認められる。
レイチェルの考察では、今年はガーラヘル王国の王女であるエルシィが留学するからと、特例が出されているのではないかとのことだ。
彼女の場合、同行者2人だけには収まらず、護衛の為に極秘に多くの人員が割かれそうなものだけど、学校側で特別な配慮を示す必要があるのかもしれない。
後部座席に座るエマと目を合わせながら、ボンヤリしていると、ジェレミーの大きな手がステラの小さな肩に乗った。
「ん?」
「学校行事だからOKだしたけど、よく考えると、あんな国に行かなくてよくない?」
「”高純度ナスクーマ大聖水”がほしいから、行かなきゃならないんです! というか、3週間前にちゃんと話したハズなんです!!」
義兄はまだ十代だというのに、もう健忘症を
だんだん気の毒に思えてきて、ステラは目を細める。
「ジェレミーさん……、可哀想な人なんです」
「いや、ちゃんと覚えているんだけどさ、向こうの国は誘拐文化があるからね~。人口が少ないから、他国から優秀な子を調達しようとしたりさ。心配だなぁ」
「アジさんにステータスを改ざんしてもらったから、第三者から見たら、ただの無能な生徒に思えるですよ」
「君は外見だけでも、需要がありそうだからなぁ……」
「……」
海外に行くときはいつだってこうだ。
だんだんジェレミーの相手をするのが面倒になってきた。
気が遠くなりかけたステラだったが、ジェレミーの鬱陶しい絡み方から、帝国で遭遇した女工作員のことを思い出す。
レイフィールドにおいて、彼女はテイムしたモンスターを使い、どこぞかへと飛び去った。帝国からは彼女の身柄を確保したという話は聞いていないので、おそらく今でもどこかで生きているのだろう。
今回の留学で彼女に遭遇してしまったら、なかなかに厄介な事態に発展しそうな感じがする。
嫌な想像をしたステラは、ブルリと体を震わせる。
ステラの様子を観察していたからなのか、ジェレミーがにっこりと笑いかけた。
「やっぱり留学はやめた方がいいね。聖水は僕が買ってあげるから、家に引き返そう」
「うぅ……! そんなわけにはいかないんです!」
”高純度ナスクーマ大聖水”を買ってもらえるとの言葉に、うっかり心が揺れてしまったが、ブンブンと頭を振ることで正気を取り戻す。
ジェレミーのことだから、ステラに一度援助したなら、どんどん子供扱いが加速してしまいそうだ。それだけは避けたい。
咄嗟に反発する言葉が出てこなかったステラの代わりに、エマがジェレミーを挑発した。
「ステラ様は、私が守る。義兄殿は出しゃばらなくていい」
「なんだって? 君なんかに、僕たちの
目だけで笑うジェレミーに、真顔のエマ。車内が急激に冷える。
バチバチし始めた二人をおいて、ステラはアジ・ダハーカを連れて外に出る。
「はへぇ。――わわっ、風が! 寒いです!」
海からの突風をまともにくらい、その冷たさに驚く。
アレコレと忙しくしている間に、季節はすっかり冬になってしまったようだ。
しかし夏よりも濃い色の海の向こうには、まだ見ぬ異国の地がある。
ワクワクしない方が難しい。
「ステラよ。早く行かねば、
「あわわっ! 確かに!! ジェレミーさん、遅れたくないので、もう行くです! 元気でいてくださいです~!」
「いってらっしゃい。ステラ」
大きく両手を振り回せば、義兄はもう諦めたのか、小さく手を振ってくれた。
ノソノソと魔導車を出てきたエマと共に、船の発着場所へと行くと、魔法学校の面々が
制服の一団から、レイチェルとエルシィが抜け出て、ステラの方へと近づいて来る。
「おっはよ~、ステラ!」
「ステラさん。ごきげんよう」
いつも通りの二人に対し、ステラはニマッと笑う。
「お二人さん。おはようさんです!」
「ねねっ! 今さー、引率のセンセー達が話してたんだけどさ。テミセ・ヤの海路に、巨大クラーケンが出たらしい!」
「げぇ!?」
「でも、安心して。センセー達はあたし達で何とか出来るって考えたみたい。海なんてヒマだと思ってたけど、楽しみが1つ出来たね!」
「……」
この言葉には全く同意出来ない。
何を隠そう。ステラは夏に一度、クラーケンから酷い目にあわされているのだ。
同一個体ではないだろうが、トラウマを植え付けられている。
意気消沈したステラとは逆に、エルシィは弾んだ声をあげた。
「空にはワイバーンの群れ。そして、海には巨大クラーケン! 素晴らしい旅の始まりでしてよ!」
「う、うへぇ……」
相変わらず戦闘狂な二人に、ステラは苦笑いした。
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