コロニア事件

 侍女選出試験の次の日は、朝からマクスウェル家に来客が続いた。

 まず最初に訪れたのは、警察の人間だ。

 家政婦のノジさんから来訪者の職業を聞き、ステラはポカンとする。

 マクスウェル家は昔から汚れ仕事を引き受けていたため、警察とかなり縁がありそうなものだが、過去も現在も逮捕者はほとんど居ない。隠蔽いんぺい工作のためか、はたまた口止め料のおかげか、その辺は知ってはいけない領域だ。


 しかし、義兄が何かヘマをしていないとも言い切れず、ついつい彼のほうを横目で見てしまう。ステラの疑いの視線は、本人の完璧な笑顔に受け止められ、質問しづらい気分にさせられた。

 彼はステラからノジさんに視線を移し、問いかける。


「ノジさん。警察の方は誰に用があるのかな?」

「エマさんにです……。幼い子供に、一体何の用があるのやら」


 ノジさんはエマをただの子供だと思っている。

 だからなのか、このまま警察と会わせていいものかと悩んでいそうだ。

 当の本人は無表情で立ち上がり、スタスタと出て行こうとするものだから、こちらの方が焦る。


「エマさん! 私も一緒に警察に会うですよ!」

「一人で大丈夫。ステラ様は学校」

「うぅ……」


 気になって仕方がないけれど、あまり踏み込まれたくないこともあるのかもしれない。それに、ノジさんがエマを追って行ったので、ステラが出しゃばるより、よっぽどまともな対応になるだろう。


 そうこうしている間に、ジェレミーが席を立つ。


「さて、僕は先に仕事に行くから」

「いてらしゃい~です」


 昨日から何となく義兄の雰囲気が胡散臭い気がしていて、ドアから出て行く背中をジットリと見つめる。変なことが起こらなければ良いが……。


 ステラもまた登校の準備を済ませ、家から出てみて、再び驚く。

 門扉のあたりに黒塗りの魔導車が止まっていて、見知った人物がその傍に立っているのだ。


「げげげ……生徒会長。何で家に来てるですか」


 もしかすると、昨日の戦闘実技の働きが悪かったため、モルフォ・ソレイユは譲れないと言われてしまうかもしれない。ただ働きになるのはご免なので、ステラは盛大に顔をしかめる。


「よぉ。ステラ・マクスウェル。何で変な顔をしているんだよ?」

「おはようさんです。変な顔ではないですよ! いつも通りに麗しい顔面なんです!」

「麗しい? そんなことはどうでもいい。共に学校に行かないか?」

「と、共に??」


 少女漫画で見たようなシチュエーションでありながらも、何一つトキメカナイのはそこに恋愛感情が一切なく、面倒くささはシッカリとあるからだ。

 しかも迷惑なことに、セトンス家の魔導車を使わず、彼みずからの足で歩き出す。

 車に乗って楽できるなら許容できると思っただけに、落胆が半端ない。


「うはぁ……」

「朝からため息をつくなよ。うっとうしい」

「……何か話したい事でもあるんですか? モルフォ・ソレイユとか、モルフォ・ソレイユとか、モルフォ・ソレイユとかっ! ですか?」

「そうだな。まずは、礼を言おうと思った。姉さんを助けてくれて、ありがとうよ。ステラ・マクスウェル」

「あ! ……はいです」

「お前が参加してくれなかったなら、姉はテロに巻き込まれ、命が無かったかもしれない。本当に感謝してるぞ」

「で、でも。戦闘実技では、ミレーネさんをトップの点数にしてあげれなかったです。そこは大丈夫ですか??」

「あのゴタゴタの中、確実な成果を上げれたんだ。よくやったほうだろ」


 昨日の戦闘実技は微妙な感じで終わったので、依頼者から褒められるとちょっと嬉しい。ニタニタしながら、グウェル・セトンスの顔を見上げる。


「モルフォ・ソレイユは、姉が管理している。10匹程度は譲渡できるようにしてあるから、後で受け取りに行ってくれ」

「わ~い! 十匹も貰えるなんて、嬉しいんです!」

「ガキ丸出しだな。それと、ここからが本題なんだが」


 生徒会長の声が急激に低まる。しかも足を止めるので、ステラは彼よりも3歩ほど進んでしまった。


「今朝、ダウニー・コロニアが何者かに暗殺された」

「え……」


 今の話を聞き、警察官がエマに会いに来ていたのを思い出す。

 義父の不幸を伝えに来たのか、それともエマが暗殺に関与しているのか。

 詳しいことはまだ分からない。

 だけど、一つハッキリ言えるのは、ステラ自身、ダウニー・コロニアの手の者に暗殺された過去があるため、彼が死んだ事に全く心が揺れなかった。

 いだ心のまま、グウェルに問う。


「犯人は捕まったですか?」

「まだだ。ただ、ダウニー・コロニアの実の娘パーヴァ・コロニアが現在行方不明になっているらしい。一番怪しいといえば、怪しいか」

「……そうなんだ」


 昨日のパーヴァの様子はかなり憔悴しょうすいしていた。

 あの状態で実の父を殺せるとは思えないが、ステラは彼女の事を何一つ知らない。グウェルには頷いておくにとどめた。


◇◇◇


 放課後ステラはセトンス家に立ち寄り、グウェルの姉ミレーネからモルフォ・ソレイユの鱗粉をたっぷりと貰った。貴重品をいつまでも手で持っているのは危険なので、早く相棒に収納してもらおうと帰り道を急ぐ。しかし、マクスウェル家へと続く一本道の角を曲がろうとして、慌てて足を止める。

 気になる声を耳にしたのだ。


「――これから他の国を転々とするつもり。――の罪をつぐなわないのは良くないけれど、人生をやりなおしたくなったのよ」

「そう。反対はしない」


 すぐそこで会話しているのはエマと、パーヴァ・コロニアだろうか?

 グウェルから聞いた話を覚えているだけに、会話の内容が気になる。


「エマ。今まで悪かったわ」

「……慣れてるから」

「そうなの……。成人したなら、コロニアの姓を捨てたら良い」

「貴女も」

「有り難う。貴女の信じる神によろしく……」


 会話が止まり、ヒールの音が遠ざかる。

 ここで行かせてしまったら、コロニア家当主の暗殺犯は解らずじまいかもしれない。だけど、ステラは角から顔だけだし、パーヴァを見送った。


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