ロリコンではないシスコンとは?

「可愛いなぁ。尻尾が左右に揺れてる」

「うー!! ジロジロ見んなですっ!」


 ステラは振り返り、後ろから付いてくる男に向かって、舌を見せる。

 彼の考えることは、本当に良く分からない。


 遡ること30分前、ステラの義兄ジェレミーはエディ・マクスウェルを王都に戻す条件を提示した。

 その条件というのが珍妙で、尻尾ドレスを着用したステラと街を歩くというものだった。

 たったそれだけのことが対価になるのだろうかと不思議であったけれど、条件を飲む方がステラにとって都合が良いので、取りあえず尻尾ドレスを着用した。

 

 しかしながら、いざ道を歩いてみると、すれ違う人々に好奇の眼差しを向けられてしまい、かなり気分が下がる……。


(なんか腹が立ってきたー!!)


 短い脚をドンドン動かし、ジェレミーから距離をとろうとするも、長身の彼に通用するはずがない。


「帝国に行っている間に、ずいぶん歩行速度が上がったみたいだね」

「ジェレミーさんの隣を歩きたくないから、足をいっぱい動かしてるですー」

「悲しいなぁ。ほんの数年前までは手を繋いで街を歩いてたのにさ。あのまま成長が止まってくれていたら良かったな」

「う゛……」


 ステラは自分のペッタンコな胸を抑えた。

 彼はきっとステラの地雷を踏んだことに気がついていない。

 ちょうど成長が止まってしまったことについて悩んでいるというのに、そこをピンポイントで突いてくるだなんて、性質が悪いにも程がある。


「ジェレミーよ。そのことなんだがな……」


 沈黙するステラの代わりに、アジ・ダハーカが会話に入ってきた。


「どうかした?」

「ステラの義兄であるお主の耳にも入れておきたい。実はな、ステラは一生このサイズかもしれんのだ」

「……そうなの?」


 ステラはギクリとして足を止めた。

 やっぱり、これはマズイ事なんだろうか?

 家族の中の誰かがずっと幼いままでいたら、近所の住民などに気味悪がられ、居心地の悪さを感じるのかもしれない。

 そう思い至ると、急にジェレミーが気の毒に思えてきた。


「えっと……。将来的に問題がありそうなら、すぐに出ていくです。郊外のアパートに移り住んで、暫く暮らせるくらいのお金はあるので、心配いらないんです」


 ジェレミーの顔を見上げると、彼は感情の読み取れない表情で自分を見ていた。

 一体何を考えているのだろうか??


 反応が無くても、この辺の事はハッキリさせておきたいので、ステラは話続ける。


「ジェレミーさんはもう数年したら結婚? とかして、家族が増えるかもですから、私が家に居続けたら、邪魔だと思うんです」

「…………邪魔? そんなわけないよ」

「ジェレミーさんがそうでも、私はいつか独り立ちしないといけないですよ。私の姿が変わらなかったら、マクスウェル家の悪評がまた一つ増えるかもですから」

「ウチの悪評なんて、今更だよね。っていうかさ。子どもなんかうっとおしいだけだから、要らないよ。後継者が必要になったら、分家の誰かを選べばいいだけ」

「んん?」

「それに、僕は何でも一人で出来るのに、結婚する必要なんかあるのかな」

「つまり独り暮らししたいですか?」

「……違うから」

「違うんだ??」

「そんなことより、今はどこに向かっているのかな?」

「デーメニア通りの、アレムカさんとブリジットさんのお店です」

「そっか。じゃあ、早く行こう。夕方には雨が降るみたいだからね」


 そう言うと、ジェレミーはステラを追い越して歩いて行った。

 そんな彼の頭のてっぺんからかかとまでジロジロ観察し、ステラは首を傾げる。


「良く分かんないです」

「何がだ?」

「ジェレミーさんは子供がうっとおしいって言ってたですよね。だったら、私の事も内心邪魔だと思いそうです」

「お主はあやつを理解しておらんのだ」

「アジさんは解るですか?」

「無論だ。ジェレミーはな、ロリコンではなく、シスコンなのだ。つまり、お主が妹で居続けることに意味がある」

「うーん。やっぱり分かんないです」

「特殊な性癖の者を理解するには、生きた時間が足りないのだろうな」

「はへぇ……」


 残念すぎる義兄の性分に呆れつつ、ステラは再び足を動かした。



 アレムカの店に着くと、先客が二人居た。

 大小凸凹の二人のうち、1人はローブ姿なので、顔を見なくてもエマだと分かる。

 彼等はブリジットと真剣な話をしているようだ。


「――アレムカ氏からの承諾は得ております。この契約に従い……」

「今朝、私もおばあちゃんに面会したんだよね。『アレを渡すように』って頼まれてるけど、本人に直接渡さないと~」

「じゃあ、マクスウェル家に直ぐにまいりましょう」

「私、店番してるから――あっ! 噂をしてたら、本人が登場したじゃん!」

「あ、どもです~」


 相変わらずド派手な外見のブリジットに、ステラは適当なお辞儀をし、エマに近寄った。


「エマさん。もしかしてレシピを受け取りに来てくれたですか?」

「うん。売店を観察するついでに、来てみた」

「有難うなんです! 隣の人は誰ですか?」


 この疑問には、ジェレミーが答えてくれた。


「この人は僕が依頼した弁護士さんだよ。アレムカとマクスウェル家との間での、契約を文書にしてまとめてくれたんだ」

「そうだったですかっ! お世話になってるです!」

「ジェレミー・マクスウェル様……、と、妹様、この度はうちの法律事務所をご利用下さいまして、感謝いたします」


 老紳士に丁寧な挨拶をされ、ステラも慌てて頭を下げる。

 法律の専門家が間に入ってくれるなら、例のレシピの件も片付くだろう。



 


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