帝国の宮廷魔法使い

 ゴンチャロフ皇帝が用意した魔法使いはユミル・ウスタールという名の男だった。

 ステラは打ち合わせを兼ねた朝食の席で彼と顔合わせし、特に面白くもない時間を過ごしている。


(はぁ……。食事後に会いたかったなぁ)


 面識の無い相手との食事は緊張でしかなく、ステラの食欲はいやおうなく下がる。


 一介の魔法使いである彼が、ガーラヘル王国の王女エルシィとの同席を許された理由。それは、ひとえに彼自身が相応に高い階級にあるからだ。

 20代半ばという若さでそこまでの階級にのし上がれたのはやはり確かな実力あってのこと。ステラがこっそりとステータスを分析してみたところ、なんとレベル128もあった。

 てっきり2軍クラスの者が送られてきたんだろうとたかを括っていたので、結構驚かされてしまった。


 ステラは大きなパンに夢中なフリをしてもう一度彼を観察してみる。

 赤銅色の髪はひとまとめにして肩に流され、顔全体はキツネ風だ。

 細められた目が時折開くと、狡猾そうな宵闇色の瞳が現れる。


 そんな彼はステラの視線に気が付いたのか、素早い動作でコチラを向いた。


「僕の顔がどうかしましたか? ステラ・マクスウェルさん」

「むぐぐっ」


 視線に気付かれると思っていなかったので、パンを喉に詰まらせそうになった。

 エルシィとの会話に集中しているとばかり思っていたが、ステラ達にも関心があったらしい。


「顔は別に……。あ、ごめんなさいです。けしてそういう意味ではなくて」

「ククク……。いいんですよ。これでもご婦人受けはいいのでね」

「ほー。そうですか」


 以前ナルシストと関わったことのあるステラはこの短いやり取りだけで、辟易としてしまい、適当に流した。

 それはいいとして、彼はなかなか興味深い存在だ。話しかけられたついでに、多少探りを入れてみたい。


「あの。一つ聞いてもいいですか?」

「ええ。勿論」

「どうしてゴンチャロフさんは私達に貴方を付けてくれたですか?」

「……エルシィ殿下にゴンチャロフ皇帝陛下直筆の任命書をお渡ししたはずですよ」


「たしかにユミルさんからいただいておりますわ」


 エルシィはステラの目の前に座り、優美な所作でティーカップを揺らす。

 ステラの不躾ぶしつけな質問により、少し心が陰っただろうか? 柳眉を寄せ、ゆるりと不安げな表情をしてみせた。


「ステラさんは何かを懸念していらっしゃるのかしら? もしユミルさんに疑わしいところがおありなら――」

「い、いえ!! そんな事はないんです!! ゴンチャロフさんは強い人を出し惜しんでいるみたいだったから、強い魔法使いさんを――ユミルさんを行かせる理由を知りたくなったっていうか……。何て言ったら伝わるんだろ」


「ああ、そのような質問だったのですね」


 しどろもどろなステラの言葉は、幸いにもユミル自身に理解されたようだ。


「僕は孤児院出身ですので、宮廷で働く魔法使いの中では身分が低い方なのです。人員の使い方について、皇帝陛下がエルシィ殿下とステラさんにどのようにおっしゃったかは存じませんが、帝国内においては身分差によって命の価値がある程度決まっております。僕の様な身分の低い成り上がり者は、危険な任務を押し付けられやすいんですよ。でも、そのおかげで多くの手柄を立てられるというメリットもあります。不満は持っていません」

「ふむふむ。この国はウチの国よりも階級差が凄いって聞いたことありますねっ」


 よどみない早口に圧倒されながら、ステラはコクコクと頷いた。

 彼の言葉を一言一句吟味するのは不可能かもしれない……。


「――さっきからエルシィ殿下とステラさんの会話を聞いて思ったのですが。ステラさん、貴女が本件における全体の行動を考えていらっしゃるように思えます。その辺どうでしょう?」

「そうなのかな? そんな事もないような……。あんまり分からないです」

「ノンビリさんなんですね。では質問の仕方を変えるとします。貴方はレイフィールドに着いた後、どのように行動なさりたいとお考えですか?」

「一緒に行くから、知りたいんですね。……そうだなぁ。インドラさんが見たって言っていた、”空の術式”は早く確認しないといけないかもです。それと、術式がずっと空に残っているってことは、どっかからエーテルが供給され続けているはず? そのルートも調べないとですね。危険な人物もレイフィールドの居るっぽいですので、いっぱい気を付けたいです!」

「なるほど。それらを遂行した後はどうなさいますか?」

「うー! 質問ばっかりは困るんです! ユミルさんはどうするのがベストだと考えているか聞きたいです!!」


 口数がかなり多いユミルが、聞き手側に回るのにはやり辛さを感じる。圧迫感から逃れるためにステラは質問を返したのだった。


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