弱肉強食
冒険者ギルドでの一件から二日後、店番をするステラの元に予想外の人物が訪れた。
歳は三十代くらいだろうか。
清潔感溢れる身なりの男性がカウンターごしに、丁寧な礼をする。
「こんにちは。ステラ・マクスウェルさん。このような所にまで押しかけてしまって申し訳ないね」
「いらっしゃいませ?」
まるで見覚えのない人物に自分の名前を把握されているのが、少々薄気味が悪い。しかし、マジックアイテムを目的とした客かもしれないので、ステラはしょうがなくお辞儀を返す。
「今日は何をお求めですか?」
「いや、物を買いに来たというか、君と話をしに来たんだ」
「私とですか?」
「ほう。まさか幼女趣味の男が堂々と構内に乗り込んでくるとはな。恐れ入ったぞ」
カウンターに寝そべるアジ・ダハーカが痛烈な嫌味を口にすると、男は動揺するどころか、明るく笑う。
「アッハッハ。さすがの私でも仕事中に女性を口説く真似はしないさ。ここへ来たのは、ビジネスの為なんだ」
「ビジネス?」
「ああ。私はガーラヘル国有鉄道会社の物販部を統括する立場の者なんだが、君の出品権のことで話し合いたくてね」
「駅の売店に関係します?」
「大当たりだよ」
男の差し出した名刺には、確かに”物販部部長”の役職名が書かれてあった。
そろそろこの件について、きちんと話し合いの場が欲しいとも考えていたので、向こうの方から来てくれたのは好都合だ。
ステラは彼に少しだけ待ってもらうことにし、カウンター前に残っている客たちの相手をした。
◇
いつもよりも少し早くに店じまいをし、物販部部長と共に食堂の片隅に陣取る。
わざわざ魔法学校に足を運ぶくらいだから、改まった話をされるのだろう。
もしかすると、決闘等を含めた素行を問題視され、販売権を取り消ししたいのかもしれない。
そう考えると自然と緊張する……。
「実はわざわざここに来たのは、弟に君の作ったポーションの話を聞いたからなんだ」
「弟さんって、この学校の生徒ですか?」
「いや、違う。既に冒険者として活躍しているんだよ。アイツの話では、この学校に相当品質の良いポーションを作る生徒が居るとのことだった。だからもしかすると君かもしれないと思ったんだ」
「ふむ?」
「ほら、若くて腕の良いアイテム士なんてそう多くないだろう? きっとこの間、国王陛下のお墨付きを得た子じゃないかって」
「冒険者さんにアイテムを売ったこと……。海でかき氷を売ってた時のお客さんかなぁ」
「お主、まさかもう記憶から飛んだのか? 一昨日、巫女と買い物から帰ってきた後に、儂に話しただろう。『怖い人にポーションを渡した』と」
「ああ!! 二日前の剣士さん!!」
ようやく合点がいき、ステラはポムッと両手を合わせた。
目の前の人物と二日前の剣士の風貌は全く異なるが、血縁関係があると知ってしまえば、何となく声が似ているような気がしなくもない。
「やっぱり君か。だったら、是非冒険者ギルド前の売店にマジックアイテムを出品してくれないか? 弟たっての願いなんだ」
「えっと……。でも、あの売店には他のアイテム士さんが出品していたような……」
昨日購入したポーションを分析してみたところ、確かにあの剣士が言うように、【感電】の効果があった。
駅の売店のような不特定多数が買い求める場に、このような危険なアイテムを置くとは考え難いので、製作者がワザとやったわけではなさそうだ。
(うーん……。なんか事件の香りがするなぁ。とばっちりを食らわなければいいけども)
微妙な顔をするステラには構わず、物販部部長は話を続ける。
「あのアイテム士のマジックアイテムは最近かなり評判が落ちているんだ。名前を見たら避ける人間がいるくらいにね」
「そんなに……」
「ポーションの所為で弟の腕が痺れたのなんか、まだいい方さ。下痢が止まらなくなったり、嘔吐したり――」
「うぇぇ」
「おっと、失礼! とにかく、鉄道会社自体の評判にも関わってくるんだ。彼女が出品していたところは全て君に任せたい」
「ちなみに何店舗分なんです?」
「王都内だと、西区、南区、そして中央の三店舗分になる。一日の販売数にして、約600本といったところだ。可能かな?」
「ろっ、600本!?」
想定していたよりもずっと多い数だ。
現在ステラが一日に作れる量は頑張っても30本程度なので、それよりも20倍も多いことになる。
「絶対に無理なんですっ! 学校辞めても作れないんですっ! お断り――」
「――ステラよ、待つのだ。もう一度クリス
「ふむぅ。帰る前に、クリスさんと話してみますか」
相棒の言う事にも一理あるので、取りあえず物販部部長には、この件は保留にしておいた。
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