憎悪

 今日一日に得た情報から、目の前に立つ半裸の男の正体を割り出せる。

 ステラは自分の口元に手を当て、彼の名を呟いた。


「貴方はオベロン……さんですね」

「オベロン? ああ、私の事か。この国ではそう呼ばれていたんだった」


 小さくわらった彼は、ふらふらと危なげな足取りで歩きだす。

 向かった先は、今までステラが入っていた部屋の中。

 『先を越された』等と言っていたことから、彼もここに用があるのは明白だ。


「あのヒトは……聞いていた通り、死んでしまったのか」

「えぇと」

「このダンジョンに……私の教師だった女が住み着いていたはずなんだ。……私はオスト・オルペジアに、彼女を迎えに来て……」


 途切れ途切れの話し方は、まるで、記憶を辿るかのようだ。

 ステラはドアの外から、暗い室内で光る男の胸の石をジッと観察する。

 モンスターの魔石に似ていると思うのは、気のせいだろうか。


「……それなのに、何時の間にか、美しい妖精――ティターニアと毎夜共に過ごすようになって――」

「あうあうあー」


 聞いてはいけない話が始まるのかと、ステラはソワソワする。

 しかし、オベロンはそれ以上深い話をすることなく、こちらを振り返った。


「ここに、先生の遺体が有ったんじゃないのか?」

「遺体? 私達は見てないですが」

「じゃあ、どこに……」


 目に見えて焦りだす男にかける言葉が見つからず、とても居心地が悪い。

 このままずっと彼に付き合っていなければいけないだろうか。


「おい、オベロンよ。気の毒だから教えてやろう。お主が生体兵器として使われた戦争から、もう200年以上経っておるぞ」

「生体……兵……器?」


 小さなドラゴンは無慈悲に話を続ける。


「お主は、あの時祖国の人間を虐殺した。それも、大量にな」

「嘘だ」

「アジさん、もう止めたほう良いような」


 頭を抱えるオベロンの姿は哀れだ。

 昔何があったかなんて、ステラには想像も出来ない。

 だけど、アジ・ダハーカが言うくらだいだから、何か衝撃的な事件が起こったんだろう。

 セルトラ共和国の歴史に、彼の名が悪いように刻まれていなければいいが……。


「あの。私、待ったく把握出来ていないのだけど、この方は一体どなたですの?」


 混乱した様子のエルシィに、ステラはザックリ説明する。


「セルトラ共和国が王国だった時代の王子様で、ティターニア様の配偶者――――」

「やめろ!!!」

「ふぁ」


 怒鳴りつけられてしまい、ステラは身を竦めた。

 オベロンが憎々し気にステラを睨んでいる。

 これ程強い感情を向けられた事などないため、その視線を受け止めるのがとても辛い。


「全部……全部……あの女、ティターニアの所為だ。リメールが死んだのも、俺が化け物になって、大切な人達をこの手で殺したのも!!」


 絞り出すように低い声に呼応するように、地面が波打つ。

 ステラの傍から、ニョキリと巨大な手が生えたかと思えば、次はエルシィの近くから5本の指が出て来る。

 これらは人のモノではない。ザラついた岩だ。

 ステラが咄嗟に放った【疾風】を受けても、ソレはビクともしない。


「銀髪の女の身なりから察するに、お前達は身分ある者だろう。ティターニアとの交渉に使えそうだ」

「交渉って、何ですか!?」

「リメール――私の恩師の遺体と交換させる!」

「なぬぅ!?」


 巨大な手は、そのままステラの胴を握った。

 ちょっとでも力を込められたなら、容易く潰されそうである。


「ステラさん!! 今助けに……きゃあ!?」


 こちらに走ってこようとしたエルシィに、巨大な腕が遅いかかる。

 頭部が露わになると、自分たちが何と対峙しているのかが判明した。


「これって、ゴーレムなんです!!」


 ゴーレムは強烈なパンチで天井を破った。

 見上げれば、そこに、満天の星空が広がっている。あまりの派手さに、言葉を失うステラである。


「ステラさんをお放しなさいな!!」


 エルシィが瞬時にゴーレムの頭部付近に移動し、綺麗な回し蹴りを食らわした。

 しかしながら、ゴーレムを構成する岩が硬すぎるのか、ダメージを負ったのはエルシィの方だったらしい。涙目で足を抑えている。


「儂はオベロンを食い止めるぞ。お主等二人は、力を併せ、その巨大人形を倒すのだ」

「えええ……」


 色んな衝撃で今にも気を失いそうなステラは、大きくジャンプしたゴーレムの所為で、ちょっとした恐怖体験を味わされたのだった。



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