ヴァンパイア兄妹
調べものをしに行った医者を待つ間、ステラとアジ・ダハーカはこれからの行動を話し合う。力技で医者を追い詰めるか、あの医者のように何か罠をしかけるか……。
戸口の方から足音が聞こえてきた。もう医者が戻って来たのだろうか?
予想以上の速さに慌てる。
しかし、その音から察っせられる歩き方や、靴底の質感は、医者のソレとは違っているようだ。女性が高いヒールを履き、床を踏み鳴らす音に近い。
「この足音……医者さんじゃないですね? 誰だろ?」
「女の足音かもしれんな」
やや乱暴な音を立ててドアが開き、姿を現したのは、見覚えのある少女だった。
先ほどケーキ屋で会った――ウェイトレス――もとい、ヴァンパイアだ。
驚いたのはこちら側だけでなく、相手もだった。
目を見開き、人差し指をステラに向ける。
「お前……、さっきの……」
「奇遇ですね」
「……ちゃんと忠告してあげたのに、どうしてお兄ちゃんの病院――ここに来ているのよ。気を遣った意味がないじゃない」
「お兄ちゃんて、医者さんなんです?」
「ええ。そうよ。私はフランチェスカ。あのナルシストな医者の妹なの」
「私はステラで、こっちがアジさんです」
何故この状況で自己紹介しあっているのか、サッパリ分からないが、取りあえず名乗っておく。
(このフランチェスカさん。家族の中に変態さんが居るから、さっき、わざわざ警告してくれたんだ……)
考えてみれば、フランチェスカはステラ達の為にわざわざケーキ等を給仕してくれるくらいには親切だった。彼女の性格を”善”と捉え、言葉の意味を考えるべきだったのだ。”美青年クリニック”に入る際、もっと注意を払うくらいは出来たはず。
シュン……と黙り込むステラに、少女は盛大なため息をついた。
「大通りまで送ってあげるから、早く帰りなさいよ」
「え!? いいんですか? 私はヴァンパイアの未来の為に血液を要求されてるですよ?」
「ヴァンパイアの未来を考えてる場合じゃないわよ。このままお兄ちゃんの愚行が続けば、ウチの未来がなくなるんだからね」
「妹の方はまともな思考で助かったな、ステラ」
「うん――」
「ただ、お前達の記憶は消させてもらうつもりよ」
「「え!?」」
今記憶を消されるのは、ステラにとってあまり望ましくない。
(区長さんが持って来た案件で、被害者の話がことごとく曖昧なのって、もしかしたらフランチェスカさんが記憶を消しているからなのかな……。今起きてることは出来たら覚えていたいよ)
ステラが現状考えている”この建物から出た後の筋書き”はこうだ。
①医者を西区での騒動の犯人だと警察に突き出し、感謝状を貰う。
②それをジェレミーの手柄なのだと、魔法省に報告することで、義兄の評価を上げる。
③快く妖精の国へ送り出される。
①~③これら全てが、記憶が無くなってしまったら実行できない。
フランチェスカにさり気なく尋ねる。
「私達の記憶は、どうやって消すですか? 魔法?」
「魔法じゃないわ。私達の祖先がとある闇の組織から買った”忘却薬”を飲んでもらうのよ。人によって効き方は違うけれど、私やお兄ちゃんと会った事くらいは忘れてくれるはずよ」
「闇の組織? ふむぅウチ以外でもそういう団体があるですね」
彼女はポケットの中から小瓶を取り出し、振ってみせた。
その中身をジッと見ながら、ステラは集中力を高める。
(アイテムの効能を変えて、記憶を留めおきたい)
ステラが無言で使用した【効能反転】により、液体は記憶を増強する薬に替えられたはずだ。強い力の気配を感じたのか、フランチェスカはステラの顔をジッとみてくる。
「今、小瓶があったかくなったような……」
「ずっとポケットに入れてたから、ぬるくなったんですね!」
「そういうのとは違う気が……」
疑問は消えないようだが、彼女はステラ達を外に連れ出すのを優先することにしたらしい。手招きし、どんどん通路を歩かされる。
彼女がドアを開くと、外はすっかり夕焼け色に染まっていた。
(うわぁ! もう夕暮れ時なんだ! 絶対ジェレミーさんが怒ってるよ)
内心焦りはじめたところで、後方から寒々しい声が聞こえてきた。
「――フランチェスカ。貴女はまた勝手な事を……」
「あら? 思ったより早く気が付いたのね。お兄ちゃん」
声の主は医者だった。
目を吊り上げ、彼の妹を憎々し気に睨み付けていた。
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