模擬戦争の中での休息(SIDE ステラ)

 コリンと再開後、彼の傷を診てみると、状態はなかなかに酷かった。

 皮膚の切り傷や、火傷や凍傷の痕、制服がアチコチ破れ、血がにじんでいるため、直視するのが申し訳ないくらいだ。


(早く治療してやらないと……)


 ステラはアジ・ダハーカからポーションの瓶を受け取ると、彼の頭上で逆さにし、中身を派手に振りかけた。

 腕や足にも同様にポーションを流す。

 すると、シュウシュウと音を立てながら傷が消えていった。


 こうして、自分が作ったアイテムが人の身体を癒す様子は何時見ても感動するものだ。改めてマジックアイテム製作に遣り甲斐を感じ、口の端が自然と上がる。


 コリンは身体の痛みが消えたからなのか、ようやく戦況について滑らかに話し出した。  


 彼は罠を使うなどして、飼育係員5人を戦闘不能にしてくれていたらしい。

 ステラ達もこの場にやって来るまでの間に、別の2人を倒しているので、今しがたコリンと対峙していた2人と合わせれば、マロウの陣営から9人も削ったことになる。

 これにはステラも感心せざるを得ない。


「コリンさん。ナイスな仕事ぶりなのです」

「君に褒められると照れるなぁ~。僕ってインドア派だから、30分も走りっぱなしはホントきつくてさぁ。君に貰ったポーションがぶ飲みしてたよ」

「筋肉疲労にも効くアイテムですからね」

「だねっ! それより、聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「さっき、ステラちゃん、僕の体内にエーテルを入れてくれなかった?」

「ん。入れたです」

「そんな事出来る人と初めて会ったよ!」

「皆使いたがらないだけなんじゃないですかねー。たぶん」


 先ほどやってのけたのは、ステラのアビリティのうち、【エーテル抽出】と【エーテル添加】の2つである。

 飼育係員の身体から、コリンの身体へとエーテルをゴッソリと移してやったのだ。


 アイテム士として習得するこのアビリティは、通常人間に対しては使わない。

 何故かというと、やはりMP消費量が絡んでくるからだ。

 ”無生物から無生物へのエーテルの移動”や、”死体から無生物へのエーテルの移動”はアビリティ使用に係るMP量が割と固定なので、出来る者が結構いるそうだ。


 しかしながら”生きた動物から生きた動物へのエーテルの移動”は、他人の身体の深部へ強引に介入しなければならない事から、どうしても反発される。各生命体のVIT値防御力に比例してMP消費量も多くなる。


 生体への適用をする者がいるとするなら、自分では出来ない魔法を他人に使ってもらう為等の目的だろう。ステラの様に気まぐれで使うアイテム士は少ないはずだ。


 あの時はステラも衝動的に使用した。自分が手を出すよりも、コリン自身に幕を引いてほしいと考えたから、した。

 だけど今は後悔し始めている。

 「凄い、凄い」とひたすら口にするコリンへの対応がめんどくさすぎる……。


 無言で地面の草をむしり始めると、レイチェルが声をかけてくれた。

 

「ステラ~。ショートブレッド食べる? お茶も持って来たから少しエネルギー補給しなよ」

「うん!」


 ステラはパタパタと駆け寄った。

 レイチェルが差し出す黄金色のショートブレッドは、少し不格好な立方体で、上にだけ小さな穴が8つ空いている。受け取って齧れば、バターと小麦の風味を感じられ、ホッとした気持ちになった。

 紙コップで受け取ったアイスティーも美味しい。


 模擬戦争中だと忘れかけたところで、同じ様にマッタリしていたアジ・ダハーカが現実に戻してくれた。


「ステラよ。今後の動きを決めてはどうだ?」

「あぇ? ぅんうん。そぅですね……」

「こちら側はここに居る3人と、捕虜になっている2人がフィールドに残っている。合計で5人だな。対して向こうは6人だと判明しているわけだ」


 残り時間はもう1時間を切っている。

 このままここに居る人数さえキープ出来たなら勝利をつかみ取れるだろう。

 マロウはこの戦場に居る誰よりもジョブのレベルが上であり、交戦するのは負ける可能性を生むだけだ。

 それに、彼女と会ってしまっては、ステラに脅しをかけるため、今掴まっているエルシィとクリスが何かされる可能性もある。


「もうクリスさんのドローンもないので、マロウさん達が今どの辺に居るか不明なんですよね。下手に動けば鉢合わせてしまいそうだし、アジさん静かに飛んで今彼等がどの辺に居るか見て来てくれませんか?」

「よいぞ。今日の礼として、ドワーフ族の火酒かしゅを買って貰うがな」

「うぐぐ……。最近妙に仕事ぶりが良いと思ったら、狙っている物があったからかぁ。仕方がないですねっ。買ってあげますよっ」

「うむうむ」


 ドワーフ族の火酒とは、強いアルコールを好む彼等がこだわりの原料で作った物であり、金額は余裕で金貨30枚を超える。

 ステラのお金がなかなか貯まらないのは、こうして相棒が使い込むからというのも一因としてあるのだが、我慢させるのも可哀そうなので、散財を許容している。


 機嫌よく飛び立ったアジ・ダハーカを恨みがましい目で見送るステラであった。

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