周囲の変化

 月曜日、学校にエルシィは来ていなかった。

 国営放送でも伝えられていたとおり、隣国プロメマン公国の外交官が王城に訪れたようで、彼女は対応にあたっているらしい。


(私と2、3歳程度しか違わなそうなのに、よく頑張るなぁ……)


 ステラは窓際にある彼女の席をジッと見つめながら、一人感心した。

 模擬戦で気を失ったエルシィとは、まともに会話出来ていない。ブリックルやエルシィの取り巻き達が大騒ぎし、医務室に運んだからだ。伝え聞いた話ではあの後、城から回復魔法の使い手が呼ばれたり、ブリックル先生が教頭先生からこってり絞られたりしたらしい。


 ホワイトボードの方を向くと、ちょうど前方のドアから存在感の薄いクラスメイトが入って来たところだった。

 たしか彼はエルシィの付き人。

 エルシィ同様、彼も朝から居なかった気がするのけど、いつの間にか登校していたようだ。

 彼は何故かステラの目の前で立ち止まる。


「ステラ・マクスウェルさん。少し時間いいですか?」

「あ、はい」

「エルシィ様から伝言を預かって来ました。あの方は今日、学校におこしになれませんので」


 もしかすると、エルシィの付き人はステラにメッセージを届ける為だけに、学校に来たのかもしれない。

 そう察してしまえば、恐縮せざるをえない。


「ふむふむ。私なんかの為にワザワザどうもです」

「手短に済ませます。エルシィ様は模擬戦において、ステラさんに敗北したわけですが、『伝えるべき事をあやふやにしてしまった』と、気に病んでおられました。約束通りに、ステラ・マクスウェルさんを売店係に戻すとのことです」

「わ! 有難うです! それで、えーと……。模擬戦の後、王女様の身体は大丈夫でしたか?」

「ええ。ステラ・マクスウェルさんには、随分気を遣って戦っていただいたようで。エルシィ様の身体にはなんの障りもございませんでした」

「なら良かったです。もしまだどこか悪いようなら、私のポーションをあげようと思ってたんですが、必要なさそーですね」


 机の中からポーションの瓶を取り出して、付き人に見せると、彼は考えるような素振りをした。


「それはいただいもいいですか? エルシィ様が喜ぶかもしれませんので」

「どうぞです」


 身体がなんともないなら、ポーションを貰っても喜ばないだろうと思ったものの、取り敢えず素直に渡す。


「一つ忠告を」

「ゴクリ……。何ですか?」

「僕が言うことでもないのですが、ステラさんは今後身の振り方に気をつけた方がいいかもしれません」

「ん? 不穏です?」

「クラスメイト達の、貴女を見る目の色が変わってしまったのを理解してないようですね」


 クルリと教室の中を見回してみる。

 すると、何人かのクラスメイトと目が合った。

 好戦的な感情を隠そうともしない者。悪意一色な者。どこかウットリしている者。

 全てがその目の中に、これまで無かった感情を浮かべている。

 ステラはトンガリ帽子を深く被り、顔を隠した。


「僕はここで失礼します。午後からはエルシィ様の公務を手伝わなければなりませんから」

「おつかれさんです」


 来た時と同じく、前のドアから出て行く彼を見送ってから、ステラも教室を出た。


 行くあてもなくぶらぶらしていると、前方にブリックル先生がいた。

 ステラに目を留め、ツカツカ歩いて来た。顔面が強張っているのがとても怖い。


「ステラ・マクスウェル。よくもノウノウと登校してこれたものだ」

「ええと……。一応学生なので……」

「先週の金曜に自分がやった事を覚えているか?」

「授業です」

「だからその授業で許されない事をしでかしたと言っているのだ! この国の臣民でありながら、王族の柔肌に傷を負わせたのだぞ! 兄妹共々厚顔無恥な者どもめ!」

「義兄と一括りにされましても……」

「煩い!」


 声を荒げるブリックル先生に廊下を歩く生徒達が嫌そうな顔をする。


「エルシィ様は言いづらいだろうから、私が代わりに言ってやる。あの模擬戦はノーカウントだ! そもそも開始から最後まで一切姿を見せない等言語道断!」

「ふみぃ」


「ちょっと、ブリックル先生!! ステラを虐めないでよ!」


 向こう側からレイチェルが慌てたように走って来た。


「他国出身の者が口を出すな!」

「他国とか、自国とか関係ない! こんな小さな生徒を口汚く罵るなんてサイテー!」


 レイチェルの行動に後押しされたのか、周囲に居た生徒達も「そーだ、そーだ」と加勢してくれた。

 生徒と教師は基本的に対立関係にあるのだ。


「チッ。厄介な……」


 ブリックル先生は忌々し気に毒づいてから、立ち去って行った。

 ステラは「うへぇ」とうめく。

 いくらこの世界に魔法使いが少なくても、ああいう人間を採用するのはやめてほしいと思わずにいられない。



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