反対勢力を力に

 帝都コンサルの岩槻さんがスケジュールや各チームのタスクを定例会で報告している。私はシステム開発チームと本社業務改革チームの進捗を特に注視していた。


 システム開発チームには田中さんが、本社業務改革チームには秋山さんと八宮くんが参加しているからだ。このPJには、他にも各ビジネスユニット担当のチームがある。デジタル事業部は横断的なチームに属しているのだ。また、各チームには総務部の担当者がリーダーとして参画している。


 システム開発チームはその名の通り、今回の業務改革プロジェクトの施策に資する開発を行う。ベンダーや社内SEとプロジェクトの橋渡しである。


 本社業務改革チームはプロジェクトの全体方針策定や各ビジネスユニットチームから挙がった課題を取りまとめ、優先順位をつけて運用の見直しやシステム改修指示を出す。また、本社部門の業務改革の推進も担当する。



 プロジェクトが始動した頃は執行役員の小林さんも定例会に顔を出していたので、オンスケジュールで進んでいた。しかし、一ヶ月が経とうとした頃から小林さんは顔を見せなくなり、それと同時に各チームの進捗に遅れが出始めた。

 PMを担当している帝都コンサル、PMOを担当する私はその微妙な空気が気がかりだった。




 定例会後、総務部が用意してくれたプロジェクト室にはデジタル事業部と帝都コンサルの二人が集まっていた。


「司さん。本社業務改革チームは先週から進捗がよくありません……」

 申し訳なさそうに秋山さんと八宮くんが報告する。

「システム開発チームも思うような進捗がありません……」

 田中さんも同様だ。

「わかった。一度各チームの会議に私も出席させてもらえますか?」


 実はこの一ヶ月、私は本社業務改革チームとシステム開発チームの会議には出ていない。何故かというと、デジタル事業部の川崎さんに止められていたからだ。「それぞれの成長のために、現場に飛び込ませる」という方針らしい。以前から、川崎さんと島田さんはデジタル事業部の人材育成に力を入れようとしているし、私もまずは経験したいタイプなので、この方針に従っていた。

 それに、PMOたるもの一部のチームに肩入れするのもよくないかと思ったのだ。ヘルプが来たら手を差し伸べようと思っていた。その時が来たようだ。




 ◇◇◇

 システム開発チームの会議に参加した。本日は珍しく社内SEの責任者が出席しているらしい。

「言いたい事はわかりますが、うちは対応できるリソースが少ないので、これ以上このプロジェクトに人員を割くことが出来ません。総務部とうちの責任範囲を決めてください」

「我々はITの素人です。支援をしていただけないと、先に進めることが出来ません」


 社内SEのチームと総務部担当が火花を撒き散らしている。田中さんはその様子をオロオロと眺めているだけだった。



 会議終了後、田中さんに訊ねる。

「会議はいつもあんな感じなのですか?」

「今日は責任者が出ていたから余計にヒートアップしていたけど、だいたい総務部の担当者とSEチームが押し問答をしているんだ……。僕は総務部の事情もSEチームの状況も分からないから、ただ場を収めることしかできないんだ」

 田中さんは苦笑いで答えた。



 SEのリソース不足は計画書を見た段階で感じていた。全社的大プロジェクトの割に、SEが五人もいない。ベンダーもいるが社外ベンダーに全てを委託すると莫大な費用がかかるため、ある程度は内製してほしいというのが総務部の意見だ。だが――

「田中さんは正義の反対は何だと思いますか?」

「えっ? えっと、悪かな?」

 突然何? という表情で答えてくれた。



「正義の反対は、また別の正義という言葉があります」

「別の……正義?」


「えぇ。社内SEの責任者は別にこのプロジェクトに反対しているわけではないと思います。デジタル事業部も人材不足ですが、社内SEも同様です。昨今のIT推進で人が圧倒的に足りていない。その中で、できる人を集めてくれていると思いますよ。でも、元々残業過多であるため、これ以上負担をかけられないというのが責任者の意見でしょう。IT関係者あるあるです」

「そうか。彼は彼なりに自分の正義があり、部下を守っているんですね」

「彼の意見も尊重し、総務部でできることと社内SEに任せるところを明確に分けてみましょう」





 ◇◇◇

「イマイチ腹落ちしないんだよね。一体この業務改革プロジェクトの目的は何で、ゴールは何なの? このスケジュールで行けると思ってるの?」

 本社部門担当者が口々に不満を漏らす。


「この前説明しましたよね?」

「では、どうすればいいと考えているんでしょうか?」

 八宮くんと秋山さんはイライラしているのか、口調強めに回答する。


 会議室が静まり返った。本社部門の担当者の顔色が変わり、眉間にシワが寄る。



「二人共、モノの言い方は気をつけたほうがいいよ」

 空気の悪いまま会議は終了し、執務室に変える道中で二人に伝える。


「でもむかつくんすもん! 何度も説明してるんすよ? 文句ばかりで何も進めてくれないんす」

「説得させたいのですが、いつもぶり返される感じです」



「二人は発言者の立場に立ったことはある? 私は今日一日の会議しか見ていないが、どうもプロジェクト側は自身の正当性を主張しているだけのように見える」

「でも、これは経営陣直下の肝入プロジェクトで、進め方も決まっているんですよ? それに反抗するほうが悪いのでは」

 秋山さんがすかさず反論する。



「気持ちはわかる。でも、今日本社部門の担当者が『イマイチ腹落ちしない』と言っていた。どこかモヤモヤしているのだと思う。このモヤモヤを何故今になって解消できていない? 何故モヤモヤを拾いきれていない?」

「向こうのプロジェクト理解が浅いとか?」

 八宮くんが言う。



「私はプロジェクトチームがモヤモヤを拾おうとしていないからだと思う。今日の会議の雰囲気は最悪だった。おそらく毎回こうなのだと推測する。なんでも発言していいという雰囲気を作れないとプロジェクトは上手くいかない。なんでも発言できる環境ができれば、小さなモヤモヤも拾うことができる」

「どうやってするのですか?」秋山さんが訊く。


「正当性を主張すると、高圧的に聞こえてしまう。とても簡単なことだけど、まずは相手に共感することが大事。共感していないくても、フリをすればいい」

「共感?」

「そう。例えば、『ご指摘ありがとうございます。そう感じますよね』、『やはりそうですよね、他にも似たようなご意見をもらいまして……』のように、相手の言葉に共感と感謝を添えるだけ。それだけで、発言者はもとより周りにいる人にも発言を促すことができる」

「確かに、俺らは交戦ばかりで、あまり共感と感謝は言っていなかったかもしれません」


「あの雰囲気を続けていけば、むこうの気持ちが完全に外を向いてしまい、何を言っても反対されてしまう。まずは、みんなが気持ちよく発言できる環境を作るところから始めてみて」




 ◇◇◇

 あれから数週間経ったが、劇的な改善というのは見受けられない。プロジェクト室にデジタル事業部と帝都コンサルが集まり、対策を練っていた。



 パンッ

 風間さんが手を叩き、明るい声で言う。

「では、これからハッピー会をしましょう」

「ハッピー会っすか?」

「そうです。各チームそれぞれ自分が感じる違和感や、課題、誰かから言われたこと等を教えてください。では、まずはシステム開発チームからお願いします」


 ハッピー会という名称はこれと言って深い意味はないのだと思う。


「えっと、システム開発チームはですね、進捗がないため何もしていないと言われていますが、そもそも総務部の要件が不明確で動けないという状況があります。丸投げされている感が否めません」

 風間さんは頷きながら話を聞く。


「本社業務改革チームは色々メンバーが言っていますね。上からの指示を待っている人や、まだプロジェクトの趣旨に納得していない人もいます」

「あとは定常業務が多くて、それどころじゃないって怒られたっす」



「総務部の責任の欠如と反対勢力が拡大している」

 私の発言に、風間さんはその通りというポーズをした。

「プロジェクト責任者の総務部には一度集まってもらうとして、反対勢力は早めに潰さないとね」


「勢力にはどう対応するのでしょうか……」

 田中さんが恐る恐る訊く。


「反対勢力は絶対悪ではないんですよ。いくつかパターンがあり、それぞれにきちんと対応方法があります」

 風間さんの言葉に、デジタル事業部メンバーと岩槻さんはメモをとる。私はただ耳を傾ける。


「今の話を聞いている限り、まだ反対レベルは高くありません。ただ、放っておくとプロジェクトを中止に追い込むモンスターになりかねないので、早めに対処しましょう。まずは、各チームで定例会をする時、参加者の顔をみてください」

「顔ですか?」

「何かの説明をする時、資料だけではなく参加者の表情を読み取る必要がある。難しい顔をしたり、納得いかない顔をしている人のフォローをするんだ」

 私から付け加えた。


「表情は口程に物を言うんですよ」

 風間さんも続けていう。


「その場で対象者に意見を求めるのもよいです。でも、さらに大事にしてほしいのは会議が終わった後です。納得していなさそうな人にフィードバックをもらってください」

「……ちょっと怖そうっすね」

「最初はそう感じるかもしれませんが、可能な限り行った方がいいです。人は自分の意見を聞いてくれたり、言葉にするだけでもすっきりする場合があります。私もよくやっている手法ですよ」

 風間さんは周囲の不安を取り除くように、優しく説明する。


「それから、コミュニケーション時に大事にしてほしいことがあります。それは、すぐに反論しないことです。反論したい気持ちはわかりますが、まずはその人の気持ちに共感してあげてください」

「特に、秋山さんと八宮くんは注意な」


 二人から「うっ……」という声が聞こえた。



「さっき秋山さんが言ってたけど、何のためにやっているのか?を伝えるのは大事だと思う。ただでさえ忙しい担当者に、無理に動いてもらっているんだから、協力することで、どのようなメリットがあるのかをきちんと伝える必要がある」

「そうですね。本来はプロジェクトオーナーが発信すべきですが、私たちがチームのモチベーションを上げるために、何度も何度も伝える必要があります。残念ながら人は一回の説明で完璧には納得してくれませんからね」

「結構地道なんすね……」



「この世にあるプロジェクトのほとんどは失敗する。プロジェクトを成功に導くために必要なのは絶対的なリーダーじゃない。地道にがんばるプロジェクトメンバーだ」


 私の発言に、風間さんは驚きの表情を見せた。

「私も全く同じ考えです。一部の優秀なリーダに光が当たりがちですが、そんなの本当に一握りです。また、その人の陰には犠牲者が沢山いるものです。私はそうではなく、皆のモチベーションを上げながら全員で取り組み、全員で成功を掴むプロジェクトを目指したい」

「なんか、俺がんばろうと思いました!」

 八宮くん含め、デジタル事業部メンバーのやる気が高まった。



 風間さんが担当するプロジェクトは過酷なものが多かったけど、彼の人望もあり辛くても全員笑顔で頑張っていた。今でもその方針に変わりがなく、彼らしいと思うとともに、心の傷をさらにえぐられた気分になった。私は苦しい表情を悟られないよう皆に背を向けた。



「それにしても……風間さんと橋本さんは息も考えもぴったりですね」

 岩槻さんの発言に、私はハッと振り返った。確かに喋り過ぎだった。


「ははは。私もびっくりだよ。なんだか、懐かしい気持ちになりました」

 風間さんの言葉に、とても複雑な気持ちになり、再び背を向けてパソコンに向き合った。





 ◇◇◇

 銀座某所

 二人の男がグラスを合わせ、甲高い音を奏でる。


「プロジェクトの進捗はどうなんだい」

「えぇ、順調ですよ」


 プロジェクトの裏で大きな影が動き出した。

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