時短勤務の天使

「お先に失礼しまーす」

「セラもう帰るの? まだ15時だけど」

 この会社の就業時間は9時〜17時だ。



「司には言い忘れたけど、私は時短勤務なのよ。親の介護があってね。ちゃんと夜ご飯までには帰るから」

 セラはウィンクして退社していった。




 だから、面接の時、『フルタイムで働けますよ』って言ったのか。




 視線を机に戻したところで、セラと秋山さんの間、私の目の前の席はディスプレイはあるが、誰も座っていないことに気がついた。

「秋山さんの隣の席って、誰かいるの?」

「……育休中の方がいるんですよ。昨年度末に休暇に入ったので、復帰は一年後くらいですかね」




 間の悪い質問をしたのか。なんとなく、秋山さんの表情が曇った気がした。




 ◇◇◇

「あらあら堕天目前で人間界に逃げた者が何をしにきたのかしら」

 聞こえるように、わざと大きな声で嫌味を言われる。


「あなた達おやめなさい」

 上級天使様が場を収めてくださる。静まり返った天界で、上級天使様が言葉を発する。


「セラ、人間界に住むことは心身ともに負担があるはずです。天界に帰ってきてはどうですか」

「……ご心配ありがとうございます。しかし、何度も申し上げている通り、人間界に住み一番近いところで人々の幸せを祈り、導くのが私の信念です」

「上級天使様になんて生意気な口を聞くの!」


 周りから罵声が聞こえてくる。目を閉じながら自身の怒りを鎮める。


「セラから了承の意が聞けるとは最初から思っていません。あなたの決意は変わらないのですね?」


 私の目をじっと見つめる気配がした。上級天使様の周りは光が満ち溢れているため顔は見えない。心の奥底を透かして見られ、嘘をついてもすぐにバレると本能で悟った。



「あの日から私の気持ちは変わっておりません」

 顔を上げて、斜め上を真っ直ぐに見つめる。


「……わかりました。昔から、あなたは私の言うことを聞いてはくれませんね」

「私は上級天使様をとても尊敬しています! ただ、……私の信念と少し違うだけです」



 上級天使様は言うなれば神に一番近い存在。そのお方の考えに歯向かうというのは、天界のタブーである。だから、周りの天使に何を言われてもいい。彼らの行動は天使として正しいと私も思うから。



「セラ、あなたには再起の仕事を与えました。この意味はわかりますか?」

 周りがざわめき出す。再起はとても珍しい仕事のため、経験している天使はごく僅かと言われている。そして、その最後は悲惨なものと決まっているのだ。


 再起のチャンスを得た人間は最終的に不幸になる。これは、人々の幸せを願う天使としては最悪の結末なのだ。そのため、再起の仕事を請け負った天使はその結果に耐えきれず堕天する。これが天界での言い伝えだ。



「……私を天界から追放するためでしょうか」

 背中に汗が伝う。


 はぁとため息をつき、上級天使様は消えるような声で呟く。

「……いずれ、あなた自身で気づくでしょう」


 頭上にあった大きな光が消え、人間界に戻される。

「私自身で気づく……か。何なのかしら」




 今何時かを確かめるため、スマホを取り出す。

“豚バラ肉買ってきて〜”


 司からの間抜けなチャットに、先程までの緊張が一気に緩む。

「ふふっ。はいはい。スーパー寄って帰るから、あと15分くらいで帰ります。っと」




 ◇◇◇

「上級天使様。無礼を承知で言わせていただきますが、セラにはもっと直接的な言い方をせねば理解はしませんよ」

「確かに、今はまだ理解していないでしょうね。でも、いずれ自身で必ず気づきますよ。さあ、下級・中級天使の仕事状況を報告してくれますか」

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