第107話 戸次川(大野川)沿いの戦い

 伊地知重貞と島津昌久を大将とする島津実久軍は薩摩(鹿児島西部)を出立すると北上し、肥後(熊本)に入る。肥後南東部の北郷忠相領、肥後北東部の菊池義国(大友義鑑の弟)領で補給を受けながら北上し豊後(大分南部)に入る。

 そこから戸次川(大野川)沿いに大友氏に組する国人衆の兵を吸収して兵の数を5000に増やしつつ東に進軍している。ここで「兵力差5倍近くかぁ」とはならない。大友氏に組する国人は、島津氏以上に士気が低い。義鑑の主軍は義隆くんによって豊前で足止めされ、大友氏の居城である西山城は毛利軍によって占拠されているのだから当然。

 調略はしっかり仕掛けさせてもらってます。積極的に支援しなければいいよ程度で十分だからね。


「渡辺太郎左衛門殿、粟屋弥三郎殿。ご武運を」


「畝方石見介殿、赤川又四郎殿。ご武運を」


 西山城城下で渡辺勝さんと粟屋元秀さんに挨拶する。ふたりはこれから兵4000を率いて北上。豊前にいる大友の背後を脅かすために出陣する。赤川就秀さんは兵2000を率いて南下し、硬軟混ぜて日向(宮崎)にある大友領の国人を平らげていく。

 俺は東から攻めてくる島津軍の迎撃に、福原広俊さんの兵1000を加えた兵1800を率いて出発だ。



 1528年(大永8年)7月


「毛利の大殿が豊前(福岡北東部から大分北部)に入ったそうです」


 島津軍と対陣した頃、今川貫蔵さんが元就さまの豊前入りを報告してくれる。どうやら俺たちがほとんど損害なく豊後急襲に成功したのを受けて、萩から豊後に向けて物資を送る船に便乗して豊前に渡ったらしい。ちなみに、萩から送ってもらっているのは西山城周辺に構築している土塁を築くための土嚢袋とセメント。陣地構築はお手の物だからね。


「そろそろかな・・・」


 島津軍の正面に展開していた多久和八朗が指揮する兵800がゆっくりと下がり始める。我が軍には、盾による防衛専門の兵がいるので、被害を最小にして撤退のはお手の物だ。

 たまに後方から長槍が振り下ろされたり突き出されたりして、島津軍の前衛を削り取っていく。あ、島津軍の陣が崩れていく・・・陣形を変える気か?

 ゆるゆると陣が鶴翼に・・・うーん。組織だっていないから鶴翼というより単なる塊の移動だな。島津軍の陣が崩れているのを察知したのだろう。ジリジリと下がっていた多久和隊の速度が上がる。

 当然だが、正対していた一部の島津軍が釣られて突出して、鶴翼に広がろうとしていた左右の島津軍もそれを追うように集まってくる。グダグダだなぁ。

 程なく島津軍が、伏兵ポイントに差し掛かる。


「鐘を2つ」


「はっ」


 俺の命令で斜め後ろにいた兵が銅鑼を叩く。


 ジャーン!ジャーン!!


「孔明の罠だ」


「え?何か?」


 俺の呟きを聞いた供回りのひとりとなった周藤九太が訝しげに尋ねる。


「あ、いや、気にしないでくれ。効果、いや、独り言だ」


 俺は気にしないようにと九太に向かって右手を挙げる。


「攻撃開始!」


 島津軍を囲むように、左右から500の兵が姿を現し、ありったけの矢を打ち込む。このとき島津軍の将に少しでも冷静に周りを見る目があったのなら、我が軍の兵が少ない事には気付けただろう。しかし現実は厳しかった。


「引けぇぇ」


 ぱーん


 乾いた音が戦場に響き渡り、馬に乗った島津の兜首がぐらりと崩れて落馬する。

 おお、東郷十三さん。いい仕事してますねぇ。今なら戦場で鉄砲を使っているのは十三さんだけだから手柄は立て放題だ。

 後退していた多久和八朗隊も後退するのを止め島津軍の包囲に加わる。程なく島津軍は潰走。伊地知重貞は討死して、島津昌久は僅か数騎の供回りと共に薩摩へと逃げ延び、豊後東部に拠点を置く国人の一族が調略していた成果もあって何人かがすぐに降伏した。

 そしてこの勢いを活かして俺たちは豊後東部へと軍を進める。人質を取られた国人はすぐに降伏し、そうでない国人も数度の交渉で毛利氏に下ってくれる。勢いって大切よね。


「肥後、宇土城城主で名和七郎武顕と申します」


「肥後、隈府城城主で菊池十郎義国と申します」


 豊後と肥後の国境を越えたところでふたりの国人頭領が俺の陣を訪れた。菊池十郎義国は大友義鑑の実の弟。豊後大友の崩壊の始まりを意味するものであった。

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