第88話 豊後上原館の乱(前編)

 - 三人称 -

 - 豊後(大分南部)上原館近くの屋敷 -


 中肉中背、つり目の中年男性が鎧姿のまま、どたどたと床を踏みしめながら廊下を歩いている。


「くそがくそがくそが、くそがぁあああ」


 男の名は大内高弘。大内義興の弟とも庶兄とも言われ、27年前に計画が上手くいっていれば、今頃は大内氏の頭領として九州と中国地方を支配していたはずの男だと本人は思っている。だが現実は厳しかった。計画は頓挫し、命からがら豊後に落ち延び27年もの間ずっと冷や飯食いだった。

 しかし絶好のチャンスが訪れた。大内義興が僅かな供回りと共に豊後に来ることが判ったのだ。大内義興の嫡男である大内義隆は毛利の人質となっており、今現在は人質として石見(島根西部)にいるという。

 ここで大内義興を討てば、自分に大内家を継ぐチャンスが回って来るのではないか?いや、一敗地に塗れた大内義隆より俺の方が相応しいはずだ!と簡単に妄想の階段を昇って行った。

 それからの大内高弘の行動は早かった。

 自身の家臣団と、最近大友家で肥後や筑後に遠征する機会が多いため近隣から集まっていた傭兵などに声を掛け、50人ほどの兵をかき集めると、主君である大友義鑑には無断で出陣してしまう。


「やあ、お帰り。随分遅かったねぇ」


 部屋に入った大内高弘は、糸目のネコ科の動物を連想させるような青年が待ち受けていたことに驚愕した。


「と、殿・・・」


「うーん。同盟中である大領の頭領を勝手に討ちに行くような人間に殿とか呼ばれたくないなぁ」


 糸目の青年の名は大友義鑑。豊後を治める大友家の若き頭領である。なぜバレてる?一回りも年の離れた若造に自分の行動が筒抜けなことに大内高弘は驚く。


「ん?まさか、なぜバレてるとか失礼なことを考えてないよね?」


 心を読まれ大内高弘は一段と驚く。


「いや、自分の領内で勝手に兵を集めて行動してたら普通にバレるでしょ」


 細目の片方を大きくしながら、種明かしでも何でもないと大友義鑑は笑う。


「君は単純だからさあ。義父殿(大内義興)が来るよって情報を流したら飛んで出ていくと思ったんだよね」


「・・・」


 大友義鑑の指摘に、大内高弘は自分が踊らされたことにようやく気付く。


「討てたら、まだ良かったんだけどねぇ。あ、息子さんの名前は太郎くんだっけ?彼は罪に問わないよ」


 大友義鑑は「彼にはまだ価値があるし」と言ったところでパンと手を叩く。ワラワラと武装した兵士が部屋に飛び込み、大内高弘を取り囲む。


「は、謀ったな!」


「いや、流石にこんなのはかりごとでもなんでもないし」


 大友義鑑は苦笑いする。


「左京大夫殿に賊の正体がバレてなければ蟄居で済ませてあげるよ。おい、連れていけ」


「はっ」


 大内高弘は引立てられていった。


 - 主人公 -


「うむ。通られよ」


 俺の道化師仮面の下の火傷と今川貫蔵さんの狐面(移動中に買った)の下の刀傷をチェックした衛兵は、俺と貫蔵さんの屋敷への通過を認めてくれた。俺と今川貫蔵さんは大内義興さんの護衛のお供として残りの3人は城下で待機だ。


「申し訳ないが、この筒にいっぱいの水と椀を2つ頂けないか」


「はい」


 図々しいとは思うが、俺は腰に吊っていた孟宗竹の大きな竹筒を差し出して水をお願いする。暫くすると竹筒と椀が運ばれてきた。俺は焼いて粉にした大麦を入れたお茶パックを竹筒に投入する。


「おお、もしかして開発中の水出し麦茶ですか?」


「うむ。やっとこさ実用化だよ」


 目立たぬよう、俺と今川貫蔵さんは部屋の隅っこに陣取って内緒話。5分ほど待って椀に竹筒の中身をあけると、椀の中に茶褐色の水が注がれる。


「ほお。香りが良いですな」


 今川貫蔵さんは狐面を押し上げて椀の香りを嗅ぐとずすっと麦茶を啜る。


「ただの水を飲むより、ずっとよいですな。何より手軽なのが、うむ」


「この麦茶は水出しでも煮だしても良いぞ」


 今川貫蔵さんは笑う。ちなみにこのお手軽食品は年寄りを雇って色々と開発させていたりする。筆頭は最近ようやく生産に目途が付いた味噌を使った簡易食。煮立ったお湯に、味噌と粉にした昆布。炊いた米を天日干しにして乾燥させた干し飯と混ぜて煮た粥が人気だ。

 これに干した芋やカボチャ、煮干しの小魚をオカズにするのが今の畝方領と周防・長門で土木に携わる人間の昼食スタイルでもある。いずれは毛利軍の携行食へと昇華させるのが目標だ。


「なんぞ面白いものを飲んでおるな」


 俺たちの行動を監視していたのであろう。一人の濃い眉にギョロっとした目の坊主頭が声を掛けてくるのであった。

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