第69話うましうまし

- 京 建仁寺 -


「住職は、一度疱瘡に罹った者は二度と罹らないというのはご存知ですか?」


「いきなりですな畝方殿。ああ、知っておるぞ」


 どこぞの仙人かとツッコミを入れたくなるような坊主頭に長い髭の初老の男性が髭をしごきながら唸る。この人、建仁寺の住職である常庵龍崇さん。先日、5貫文のお布施をしたお蔭かかなりフレンドリーだ。


「明の医術書によると、一度体内に疱瘡が侵入すると、2度目からは撃退する武器が身体の中に作られる免疫という体の仕組みだそうです」


「うむ。敵が新しい武器を使って攻めてきても2度目には対策が出来るという訳じゃな」


 俺の言葉に常庵龍崇さんが如何にも知ってますよという顔をする。


「それで?」


 話を続けるよう常庵龍崇さんが俺をじっと見る。


「天竺の医術書にある疱瘡の予防策に、健常者に疱瘡患者の膿をつけるというものがあるのです」


 俺も常庵龍崇さんをじっと見る。


「その膿が疱瘡神の正体?」


「弱った疱瘡神ですね。まあ、弱ったと言っても体の弱い者に罹ると復活しますが」


 常庵龍崇さんが明らかに使えないではないかという顔をする。


「ときに住職は、疱瘡神が赤色の犬や猿、牛を苦手とするのはご存知ですか?」


「犬や猿は知っておる。牛は・・・知っておるか?承菊」


「東北に蔓延した疫病を祓った赤い牛の伝説があると聞いた事があります」


 常庵龍崇さんの問いに利発そうな青年僧が答える。彼の名は常庵龍崇さんの弟子で九英承菊さん。修行のため、駿河から常庵龍崇さんの元に来たらしい。


「赤べこというのですが、赤べこの加護を受けた子供は疱瘡にかからなかったという伝承があります」


 本当にあるかどうかは判らないけどね。


「疱瘡は犬や猿、牛も罹り、それが人にうつると?」


「いえ、似たものですが違う病気です。そうですな。例えるなら犬とオオカミでしょうか」


「ああ、なるほどのう」


 常庵龍崇さんはうんうんと頷く。


「そうか!免疫とは、知らない武器でも甲斐兵と尾張兵が使うのでは雲泥の差があるけど、先に尾張兵でその武器を見ていれば、次に甲斐兵が使って来ても対策も易いと」


 ぽんと九英承菊さんが手を打つ。いきなりぶっ飛んだ気がするけど、うん正しい理解・・・なのか?


「つまり、犬や猿、牛の罹る疱瘡を意図的に人に罹らせ人の罹る疱瘡に対抗させる武器を作らせようという話じゃ」


 司箭院興仙さんが補足する。


「で、そのワクチン接種というやつを今度の炊き出し会で民に施すと?」


「はい。それと我が毛利領では既に行っております」


 一応安全ですよアピール。発症しても風邪かな?で済むだろう。


「なお、このワクチン接種をすると」


 そういって俺と司箭院興仙さんはワクチン接種した右肩にあるレ〇ブロックの凸部分のような、馬痘に罹ってできた八つの軽い膿疱跡を見せる。


「あと、体が弱い人間に施すとちょっと高い発熱や疱疹が出来る可能性があるので注意が必要です」


 それから細かい打ち合わせをして、後日、東福寺でも同じ話をすることを確認した。


- 逍遙院邸 -


 三条西実隆さんこと逍遙院さんが主宰する茶会が始まった。参加者は建仁寺の常庵龍崇さんと九英承菊さん。東福寺の僧で逍遙院さんの三男の桂陽さん。絵師の狩野元信さんに逍遙院さんの娘婿の九条尚経さん。堺の豪商で若狭武田氏に連なる武野信久さん。

 そして俺の客として先日知己を得た小太郎さん。小太郎さんの正体を未だ俺は知らない。司箭院興仙さんは知っているみたいだけど、視線を合わせて頷いて正体をばらさないという取り引きが成立したらしい。


「申し訳ない。遅れてしまいましたな」


 逍遙院さん家の家人に案内され、見知った人が顔を出す。


「おお、伊勢殿。ご無沙汰しております」


 1年前に今川氏の名代として会った伊勢菊寿丸さんだった。

 なんでも、箱根権現の40世別当に就任したことを愛宕の権現に報告しに来た帰りらしい。なんか違う気がするけど、そこは指摘しない。たぶん愛宕山への参拝は建前だろうから・・・また40世別当に就任したことで伊勢三郎長綱さんと名を変えたそうだ。


ぴー


 囲炉裏の上で分福茶釜が甲高い音をたてカタカタと震えている。囲炉裏の火にかけられた茶釜のタヌキがジタバタしているように見える。実にいいギミックだ。


「・・・」


 逍遙院さんと司箭院興仙さんという当代きっての文人が、俺が作った唐芋サツマイモの練り物のお菓子を食べているのがシュールだ。


「畝方殿の唐芋サツマイモを使った菓子いとウマし」


「ウマしウマし」


 逍遙院さんと司箭院興仙さんの掛け合いで俺以外の参加者の腹筋が崩壊した。


 後日、逍遙院さんの所に狩野元信さんから「笑福分けたる茶釜狸」という掛け軸と「茶釜狸の京茶会」なるそれはそれは立派な風刺の襖絵が届いて、逍遙院さんはご満悦だったという。

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