第32話石見銀山攻略戦 ・・・の影でこそこそ

1521年(永正18年)2月

-石見(島根西部)-


 安芸(広島)西部にいた大内軍が周防(山口南東部)に撤退した。思ったように尼子氏が釣れなかったので引いたのだろうか?成果と言えば、厳島神主家当主に大内氏に従属している小方重康を正式に据えたぐらいだ。まあ、年が明け本格的に石見に侵攻してきた尼子氏に対応しなければならないというのもあるのだろうけどね。

 その尼子氏だが年明けから元気だ。まず尼子経久さんの弟である尼子久幸さんが兵3000を率いて石見に侵攻してきた。尼子久幸さんの率いる軍は後に尼子国久さんが率いた尼子親衛隊「新宮党」の前身となる軍だ。侵攻速度はかなり速く、瞬く間に石見銀山の東の防衛ラインである石見城まで攻め込んできた。


 折角なのでこちらも尼子経久さんと元就さまの名前で近隣の国人に調略の手を伸ばしてもらう。本明城の福屋正兼、温湯城の小笠原長定には振られたが、龍岩寺城の佐波秀連さんは娘を吉川経基さんの後妻に送り込んでいたことが縁で同盟が成立した。あれ?敵が増えてない?とかいわないように。いずれ江の川下流域を抑える福屋氏、小笠原氏とは雌雄を決さないといけないからね・・・

 で、尼子久幸さんが石見城を包囲するのと同時に、大内義興が自ら兵2000を率いて周防を出陣。石見の大内派の国人と合流し石見城が陥落する頃に兵4000で山吹城に入る。福屋氏と小笠原氏から少なくない数の兵が大内軍に参陣してるところに国人の悲哀を感じてしまうが、遠慮なく背後を突かせて貰おう。


「では行ってきます」


「おう頑張ってこい」


 志道広良さんに見送られ、志道広長さんと俺は兵100を率いて矢羽城を出る。佐波秀連さんと共同で小笠原氏の赤城せきじょうを攻めて、上手くいけばそのまま小笠原氏の本拠地である温湯城を攻める予定だ。


-☆-


「えいえいおー」


 温湯城に佐波軍の勝鬨が上がる。佐波秀連さん率いる兵1500は、大内軍の後詰めに兵を出し小笠原氏の赤城せきじょうと飯の山城を早々と陥落させた。守備兵が減ったことで守ることが難しいと判断した長定が早々にふたつの城を放棄したのが理由だ。

 しかしこの判断が小笠原氏に悲劇を呼ぶ。大内氏の後詰めに来ていた小笠原氏頭領の小笠原長定が佐波軍の襲来を聞いて温湯城に軍を返したのだが、それを石見城にいた尼子軍に見つかり追撃を喰らったのだ。これにより小笠原長定は討死。さらに長定の嫡孫である小笠原長徳が捕縛されるという大敗北を喫する。

 この報を佐波軍に包囲された温湯城で聞いた小笠原長隆は、妻である佐波秀連さんの娘さんを通じて佐波秀連さんに降伏したのだ。近隣の国人同士が婚姻関係によって離合集散しているからこその降伏ともいえる。

 温湯城を落とした佐波秀連さんは、飯の山城に兵を入れると小笠原長隆さん(格上げ)を通じて近隣の国人の調略をはじめ、尼子氏への後詰めを条件に捕縛されていた小笠原長徳さんを引き取る。佐波秀連さんは吉川経基さんを尊敬していたというだけあって手際が良い。かなり研鑽していたんだろうな。


「この度はご助力かたじけなく」


 顔の皺と髪の色だけが年相応のかくしゃくとした姿の男がやってきて頭を下げる。佐波秀連さんだ。


「こちらこそ。お陰で矢羽城は東に背中を預けて戦えます」


「背中を預けて戦えますか、なかなか豪気な物言いよ」


 志道広長さんの言葉に佐波秀連さんはからからと笑いながら帰って行く。


「感謝されるほど活躍してませんからね」


「それは言わない約束だ」


 俺のツッコミに志道広長さんは乾いた笑いを返した。



 1521年(永正18年)4月上旬


 石見銀山を挟んで一進一退の攻防を繰り広げていた大内軍と尼子軍との間で動きがあった。石見銀山を含む山吹城から東を尼子領とし、大内氏と尼子氏との間で和議が結ばれたのだ。

 理由は即位21年を経て後柏原天皇の即位式典が挙行されることになったから。直前に10代将軍である足利義稙が、管領の細川高国と対立して京から出奔して開催が危ぶまれたのだけど、激怒した天皇は即位の礼を強行するって宣言したらしい。

 で、そんな目出度い式典を血で汚すなどけしからんというお達しが朝廷から来たようだ。大内氏も尼子氏も名門の出は辛いよね。本人が出向くかどうかは別にして、使者は立てないといけないし大変・・・


「そうだ京に行こう」


「はあ?」


 俺の突然の発言を志道広長さんが大豆珈琲を啜りながら半眼になって返して来る。


「殿はそろそろ従五位下の位を貰ってもいいと思うのです」


 元就さまはまだ官位を貰っていない。でも毛利氏は源頼朝に仕えた大江広元の子である毛利季光の末裔なので屁理屈を言えばこの位階に叙せられる可能性がある。(たぶん)

 史実だと1533年(天文2年)に大内義隆の口添えと銭4000疋(40貫文)の献上をして貰ってる。官位は、地域支配の正当性を掲げるのに便利なので出来れば早めに欲しい。


「どうした。いきなり」


「官位は殿の地域支配に便利な肩書きです。この度の主上さまの即位の礼に併せて金品を献上すれば・・・」


「伝手はあるのか?」


 ああ、志道広長さんの半眼が糸目になった。


毛利うちの縁戚に誰か居ませんかね?」


「まずそこからが手探りなのに、お前は京に行くつもりだったのか?」


「だって即位の礼。見たいじゃないですか」


 心の声が駄々洩れして、志道広長さんにガッツリ怒られた。

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