第8話 その4

 悦司と真幌は総合演出の五反田から前室で待機しているように言われた。

 「出番が来たら呼ぶので、それまで待つように」という指示だった。

 悦司は「収録の雰囲気を見たい」と言ったのだが、それは五反田から止められた。

 理由は「ホワイトブレンド」の目の前にサプライズで登場するから、それまで目につかないところにいて欲しいということらしい。

 この番組では普段はサプライズのような演出は用いられないが、五反田によると今回は二人の可愛い意外の一面を見せたいがために、特別にそういう演出になっているということだった。


 真幌は二人しかいない前室で、台本をパラパラめくりながらつぶやいた。

「でもさ、アンケートにわたしたちの名前を書いたんだったら、出てくるのバレバレじゃない?」

「いや、さすがにあいつらも、オレたちみたいな無名のコンビを出すとは思ってないんじゃないか?」

「だよねぇ」

「あいつらに比べたら、オレたちは知名度も視聴者の期待値もレベルが違いすぎるもんな」

「だからこそのサプライズなのかもね」

 予想もしていなかった形での二組の初共演となったが、二人はもう一つ重要なことを忘れていた。

「そういえば、私、テレビ初めてなんだけど……」

「あぁ、確かにコンビでテレビに出るのは初めてだな」

「もっと心の準備とかしたかったのに……」

「大丈夫だよ。いつもみたいな自然体の真幌でいれば、絶対に視聴者は好きになってくれるよ」

「視聴者は、ねぇ……」

「この番組は深夜だけど5%ぐらい視聴率とることもあるから、500万人は観ている計算だな」

「500万人!?なんでプレッシャーかけるの!?」

「ははっ、それがテレビってもんだからな」

 真幌はその言葉に「はぁ~」とため息を付いた。


 その後も前室で待っていると、メイクさんがやってきて、悦司と真幌に簡単なメイクを施した。

 一瞬だけ五反田もやってきて「台本で立ち位置だけチェックしておいて」と言い残してすぐに出ていった。


 しばらくすると、急にスタジオがにぎやかになった。

 どうやらMCとホワイトブレンドがスタジオ入りしたようだった。

 その様子は、悦司と真幌がいる前室のモニターにも映されていた。

 すぐにMCが立ち位置にスタンバイすると、本番がスタートした。


 悦司はモニターの画面に釘付けになっている真幌に声をかけた。

「真幌、そろそろ出番がくるぞ。気持ちの準備しておけ」

「もう出るの!?早いね!」


 続いてMCの呼び込みで、ホワイトブレンドの二人が登場すると、スタッフの大きな歓声が前室まで響いた。

「やっぱり人気だねぇ~」

「おい真幌、そろそろ出番だぞ。オレが前を歩くから、真幌はついてくればいいぞ」

「わ、わかった」

 真幌は緊張しているのか、急に背筋をピンと伸ばした。


 台本通り、すぐに二人が呼ばれた。

 コソコソとセットの陰にまわりこむと、MCからきっかけとなるコメントが発せられた。

「ホワイトブレンドが認めるライバル、高校生男女コンビの「ゆーめいドリーム」です!」

「よろしくおねがいしまーす!」

 悦司と真幌は台本通り、下手から入り、センターにいるMC横に並んで立った。

「えぇっ!!」「悦司!?なんで!?」

 ホワイトブレンドの二人は、目を丸くして驚いていた。

 五反田の狙い通り、いつもの可愛いイメージから、素の高校生の顔になっていた。

 悦司と真幌はセンターに立って挨拶をした。

「はじめまして、ゆーめいドリームです!」

 続けてMCが自己紹介のためのきっかけトークを振り込んできた。

「ゆーめいドリームの二人は、ホワイトブレンドの二人と一緒で、まだコンビを組んだばっかりなんだよね」

「そうなんです。今年の5月に結成しました」

「悦司くん、テレビで会うの久しぶりじゃない?」

「そうですね……みなさん!僕のこと覚えていますか!?前のコンビは解散しちゃいましたよ!」

「久しぶりだからテンション上がってるね~。それでお隣が、新しい相方の」

「あ、鮎川真幌でしゅ!」

 真幌は緊張のあまり、自己紹介で噛んでしまった。

 しかしそのおかげで、スタジオの空気が少し和んだ。

「あはは、緊張してるのかな!?テレビは初めて?」

「は、初めてでちゅ!」

「赤ちゃんか!」

 たまらず悦司がツッコむと、スタジオに笑いが起きた。

「いやー。相変わらず悦司くんの切れ味は鋭いね!」

「この人、ツッコまずにはいられないんですよ」

「いい相方見つけたじゃニャい!」

「あんたは猫か!」

 再びスタジオが笑いに包まれた。


 MCに促され、ソファに腰掛けたところで「ホワイトブレンド」との対談がスタートした。

 「なぜ「ホワイトブレンド」は「ゆーめいドリーム」のことをライバルだと思っているのか?」「魅力的なところ」「ジェラシーを感じているところ」などのトークテーマを元に、四人が答える形で、対談が進んでいった。


 収録もだいぶ進んだ頃、総合演出の五反田が、MCに何やら合図を送った。

 MCはその姿をチラッと見ると、こう切り出した。

「今回は、番組をご覧の皆さんにも、メディアにも初めてお伝えする情報があるのですが……」

 こういう場合、収録前に事前に聞かされていることも多いのだが、四人は本当に何も聞かされてなかった。

 悦司は「これが五反田さんの言ってた仕掛けか」と直感的に悟った。

「実はこの4人、同じ高校の同じクラスの同級生なんです!!」

 スタッフが一斉に「えぇ~!!」と声を出した。

「美穂ちゃん、どうして今まで秘密にしていたの?」

「秘密にしていたわけじゃなくて、言い出すタイミングがなかったので」

「同級生ってことは、お互いに話をしたりするの?」

「私と悦司は同じ町内の幼馴染なのでよく話すのですが、真幌ちゃんとはあまり……」

「おぉ~、これは面白そうな関係だねぇ」

 案の定、MCが食いついてきた。

「悦司くんはホワイトブレンドの二人とは話すの?」

「美穂とは幼馴染なのでよく話すのですが、聖愛さんとはほとんど喋ったことがなく……」

 そこへ急に聖愛が割って入った。

「で、でも、悦司さんは、私のあこがれの人なんです!!」

「えっ!そうなの?こっちはこっちでいろいろありそうだだねぇ」

 MCがさらに食いつく様子を見せた。

 するととつぜん真幌がソファから立ち上がった。

「わ、わたしは有名になりたいんです!」

 真幌は対抗意識むき出しで鼻息を荒くしていた。

 そんな真幌を見て、MCが爆笑した。

「あはははは!君たちホント、おもしろいなぁ」


 そのまま、学校の話や、普段の様子など、いつもの「ライバルズ」とは違い、笑いが多めの和やかな雰囲気で番組は展開した。

 その雰囲気を生み出していたのは、主にナチュラルにボケ倒していた真幌のせいだったのだが……


 収録も終盤に差し掛かった頃、MCに突然カンペが出された。

 MCも聞いてない話だったのか、少し驚いた様子だった。

「えー、ここで突然ですがお知らせです。どうやら近日中に、この4人が出演する面白いイベントが開催されるそうです」

「えぇ!」「聞いてないです!」「初耳なんですけど!!」「なにそれ?」

 全員が同時にリアクションした。みんな本当にこの発表のことを聞かされていなかった。

「どうやら、たった今、この収録中に決まったそうですよ」

「急すぎるだろ!」

「詳細が決まり次第、この番組でも発表していきます!続報をお楽しみに!」


 それから感想トークがあって、番組は終了した。

 いつもの緊張感のある番組とは少し違う内容だったが、笑いという意味では真幌の大活躍で面白い番組になった。


 演者やスタッフへの挨拶を済ませ、前室に戻ってきた真幌に悦司はこう尋ねた。

「真幌、初めてのテレビはどうだった?」

「おもしろかったよ~」

「自然体でできて良かったな」

「うん、最初の方はなんか真っ白になっちゃって、あんまり覚えてないんだけど……」

「最後の方はみんなが真幌に夢中になってたぞ」

「あはは、嬉しいなぁ」

「真幌はコメントにキレがあるから、テレビ向きなのかもな」

「そうなのかな?でも、すっごく楽しかった!」


 二人が感想を語り合っているところで、前室のドアがノックされ、聖愛が入ってきた。

「聖愛?どうした?」

「あ、あの……悦司さん、このあと時間ありますか?」

「えっと……予定は何もないけど……」

 聖愛は次の言葉が出ないようでモジモジしていた。

 真幌は聖愛の様子を見て気を利かせたのか「先に帰るね~!バイバ~イ」と一人で前室を出ていった。


 二人になったところで、改めて聖愛がこう切り出した。

「今日の話とか、お笑いの話とかいろいろしたくて……」

「いいよ。オレも聖愛と話したかったんだ。この前の続きをしよう」

「ありがとうございます!それじゃ、帰り支度してきます!」

 聖愛は嬉しそうに前室を出ていった。

 その直後、悦司のLINEに美穂から「聖愛をよろしく」というメッセージが届いた。

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