第3話 その4

 放課後になり、再び中庭にやってきた二人は、コンビを組んで初めて、ネタ合わせに挑戦した。

 ネタの触りの部分だけだったが、しっかりと立ってネタを演じてみた。

 最初はスムーズに行っているように見えたが、悦司は真幌に大きな欠点があることに気が付いた。

「ねぇ真幌、配信の時もそうだったけど、もっとお客さんを意識しないとダメだよ」

「お客さんを意識って、どういうこと?」

「今までお客さんを意識しないで生配信してたの?」

「えっ?だって私がなにかやってたら、お客さんは見てくれるでしょ。それじゃダメなの?」

「ぜんぜんダメだよ。『何を見せるか』の前に『どう見えているか』がわかってないと」

「どう見えてるか?」

「“ボッチスキル”で自分のことを客観視できているみたいだけど、それはあくまでも自分目線なんだよ。真幌はお客さんに興味を持ってもらうための、最初のステップがごっそり抜け落ちてるんだよ」

「どうしたらいいの?わたし、お客さんにどう見えているかなんてわからないよ」

 真幌は冗談ではなく本気でそう言っているようだった。悦司はここまでスムーズに来てしまったことで、真幌がまだ一度も舞台に立ったことすらないことを忘れてしまっていた。

「そっか……ごめんな」

 悦司は改めて丁寧に説明することにした。

「オレがテレビに出ていたのを見たことあるだろ?」

「うん、何回かあるけど」

「その時オレは、どう見えていた?」

「うーん、なんかわたしに話しかけてるみたいだった」

「そうだろ。だってオレは意識的にそうしていたからな」

「……そうなの?」

「オレはこれまでずっと、テレビの向こう側にいる『お前』に、どう見えているか想像しながらネタを作ったり、演じたりしてきたんだよ」

「へぇーすごいね」

「いや、感心するんじゃなくて、お前にもそうなってほしいんだ」

「……」

「まずお前はオレの方を見すぎだ。話を聞く時に人の顔を見るのはいいことだけど、オレたちはお客さんに向けて話さないといけない。だからお前はあまりオレの顔を見るな」

「えっと……『お前』じゃなくて、真幌ですが」

「……真幌にも、そういうつもりで舞台に立ってほしい」

「うん」

「あとは、カメラを意識する動きをした方がいい。どのくらい動いたらフレームから外れるか、二人がどの距離を保っていればカメラに収まるかとかね」

「うん、なんとなくわかったから頑張ってみるけど……それ以前に、なんか違和感があるんだよね」

「違和感?何のことだ?何でもいいから言ってくれ」

「前を見たまんま話すっていうのはわかったけど、それを抜きにしても、ちょっと話しづらいんだよね」

「話しづらい?」

「なんかそわそわするっていうか、しっくりこないというか……相性悪いのかな?」

「なるほどね。それが真幌の言う『違和感』か」

 悦司は何かに気付いたようだった。

「それじゃ、ちょっとデートしようか?」

「デ、デート!?」


 二人は校内を歩きながらネタ合わせを始めた。廊下や階段、教室の中や校庭など、様々な場所を並んで歩いた。

 すれ違う生徒たちが驚いた顔をしていたが、悦司は気にしなかった。

 さすがに真幌は少し恥ずかしいようで、伏し目がちに歩いていた。

 しばらく校内を歩くと、今度は左右のポジションを入れ替えた。

 そうして四回ほどポジションを入れ替えたところで、真幌がついにしびれを切らした。

「ねぇ、これに何の意味があるの?」

「えっ?真幌の違和感を解消するためにやってるんだけど」

「……よくわかんない」

「立ち位置を決めてるんだよ」

「立ち位置?」

「そう。立ち位置ってのはすごく大事で、舞台でもアー写でも、立ち位置はずっと変わらないから、いちばん自然でしっくり来る方がいいんだ」

 ここまで二人が校内をしゃべりながら歩いていたのは、違和感が無い立ち位置を確認するためだった。

「例えばさ、友達と並んで歩くときも、自然にポジションって決まってるだろ?オレの右隣りがアイツで左隣りが……みたいな」

「……わたし友達と並んで歩いたことなんてないから」

「うっ、それは失礼」

「でもなんとなくわかるよ。わたし、あんたが右にいる方が歩きやすいみたい」

「あぁ、それは良かった。実はオレも真幌が上手……って言ってもわかんないか。真幌が左側にいた方がやりやすいんだ」

「いいね。気が合うね」

 真幌はポジションを入れ替えた。なんだか少し楽しそうだった。

「うん。これこれ」

「ああ。これだな」

 二人はそのまま歩いて中庭のベンチに戻った。

 帰宅時間ギリギリまでネタ合わせを続けた二人は、家でも自主トレをする約束をして別れた。


 翌朝、この日は土曜日。明日行われるオーディションは13時開始と言われているので、あと一日半しかない。

 悦司が朝食を食べ終わり、ネタのブラッシュアップをしていると、インターホンが鳴った。

「おう!遅かったな」

「ご、ごめん!1時間も遅れた!」

 インターホンの画面に映っていたのは真幌だった。

「いいよ。先は長いし」

「で、ど、どうすればいいの?」

 悦司は一瞬、真幌が何を言っているのかわからなかった。真帆をよく見ると、立ったままプルプルと震えていた。

「そっか、お前、友達の家に来たことないんだな?」

「そ、そ、そのくらい……」

「ないんだろ」

「ないです」

「……鍵開いてるから入っていいよ」

「う、うん、わかった」

 インターホンの画面から真幌が消えた。


 悦司が玄関で待っていると、真幌が恐る恐るドアを開けて入ってきた。

「お、おじゃましまーす」

「遅いから来ないのかと思ったよ」

「……ちょっと、緊張しちゃって」

「なんで緊張するんだ?今日は両親とも泊りがけでキャンプに行ってるからいないぞ」

「な、なーんだ!早く言ってよ!」

「あー、そういうことか。お前、親と会うかもしれないっていうんで緊張してたな?」

「そうだよ!大人と話すのは怖いんだよ」

「なーんだ。てっきりオレは『初めて男子の家にお呼ばれしちゃった!どうしたらいいの?』なんて思ってたのかと……」

「それは無い」

「無いんか!」

「だってわたし、あんたのこと恋愛対象として認識してないし」

「それは助かる。オレも同じだから」

「っていうより「動物動画」の動物?みたいな感じ?」

「なるほど。完全に鑑賞物扱いだなそれは。画面のあっち側の人って扱いだね」

「そりゃそうでしょ。あんたのことテレビで見てた時間の方が長いんだから」

「それはそれは、芸人としては光栄な話です」

「でも実際に話をしてみると、こんなに話しやすいとは思わなかった。テレビの中だともっと厳しいツッコミが多かったから」

「さすがにオレも常にオンの状態じゃないから」

 悦司はフフッと笑った。するとここで、悦司はあることに気がついた。

「あれ?お前、なんで上がらないんだ?」

「えっ!?上がっていいの?」

「お前、ずーっとここでネタ合わせするつもりか?」

「だって……許可がないと上がっちゃいけないのかと思ってたから」

「あ、そうなんだ。それは悪かったな」

 悦司はそう言って、頭を下げた。

「ようこそ椎名家へ。どうぞお上がりください」

「お、おじゃまします」

 ペコリとお辞儀をすると、真幌は靴を揃えて悦司の家に上がった。


 二人はそれからリビングで練習を続けた。

 ネタを覚える練習の他にも、ビデオカメラをまわしながら、自分たちがどんなふうに見えているのか、真幌に意識させるような練習をした。

 お腹が空いたら昨日の夜のうちにスーパーで大量に買い出ししておいたお弁当を食べた。

 リビングなら大声を出しても隣の家まで聞こえないので、本番さながらに練習ができた。


 ほとんど休む時間もとらずネタ合わせをした結果、時計はすでに夜の10時をまわっていた。さすがに二人とも疲れた様子だった。

「シャワーありがとう」

 真幌は髪をタオルで乾かしながらリビングに入ってきた。

「ああ、おつかれ」

 悦司はネタ帳のノートに向かいながら、何やら考え事をしていた。

「何か悩んでる?」

 真幌からそう尋ねられた悦司は、ノートに書き込んでいたものを真幌に見せた。

「すっかり忘れてたんだけどさ、コンビ名考えないとオーディションにエントリーできないんだよ」

「そんなの何でもいいんじゃない?」

「まぁ、確かに売れたら何でも良くなるってのは一理あるんだけど……」

「あんたが前に組んでいたコンビは、どうやって名前つけたの?」

「あれは事務所がオレたちの名前からとっただけだから、特に思い入れはないよ。椎名と宝月で『しいな&ポケッツ』だもん」

「シンプルでわかりやすいね」

「まぁ小学生っぽいし、覚えやすいってのはあったかもな」

 悦司は少しだけ懐かしむような目をした。

「でもさ、迷ってるってことは、何かこだわりたいことがあるからなんでしょ?」

 真幌が鋭いところをついてきた。

「いや、なんかさ、せっかくオレたち二人で組むんだから、オレたちの想いをコンビ名に入れたいなって」

「へぇ~、ロマンチストだね」

「悪い?」

「ぜんぜん悪くないよ。むしろいいかも」


 二人はそこからいくつかアイデアを出し合った。

 時計の針が頂点を指して重なる頃、完全に煮詰まったところで、ずっと黙り込んでいた真幌が口を開いた。

「わたしさ、今、あなたに会ってから今日までのことをいろいろ思い出していたんだ」

「……うん」

「あんたと過ごしたこの数日間は、夢みたいな世界の話と、実現したい目標の話で、胸がいっぱいになった」

「……うん」

「だからね、この胸いっぱいの想いがコンビ名に込められたらいいなって」

「……」

「二人の想い……。あんたの夢は『もう一度、有名人になって華やかな舞台に上がること』。わたしの目標は『有名になること』。だから……」

 真幌はちょっと恥ずかしそうにしながら、ポツリとつぶやいた。

「『ゆーめいドリーム』なんてどう?」

 悦司はニコリと笑った。

「いいねそれ。想いが込められた、いいコンビ名だ」

 悦司はネタ帳に「ゆーめいドリーム」と書いてみた。

「うん、人気者が出そうなコンビ名だね」

 悦司はこの時、二人が舞台に立って、スポットライトを浴びている姿をハッキリと思い描くことができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る