第2話 その1

 鮎川真幌はスマホを前にして戸惑っていた。

 帰宅してからずっと、机の上に置かれたノートパソコンとスマホの前で腕を組み続けていた。

(むぅ……今日の配信どうしようかな……なんか学校でウザいやつに絡まれたし)

 もし今日も配信をして悦司が来てしまったら、嘘で自分を飾ることができなくなってしまう。それは避けたいところだった。

(くっそー、あんなこと言われたら、もう配信できないじゃん!)

 放課後、昇降口で悦司から言われた「それでよく『クラスの人気者』なんて言ってたな」という言葉を思い出し、恥ずかしさで顔から火が出そうになった。

(絶対に許さない!)

 鮎川は自分が不器用で、人付き合いが苦手なことがよくわかっていた。しかしどうしていいのかわからないのも事実だった。

(そういえばあいつ、元有名人だっていうし、クラスでも人気があるっぽいから、使わせてもらうか……)

 人付き合いが少ない鮎川でも、悦司が人気のお笑い芸人だったということは、クラスメイトたちの噂で知っていた。

 鮎川にとって、自分より先に有名になっている同年代の人間がすぐ近くにいることは、妬ましくもありプレッシャーでもあった。

「……やっぱり今日はやめよう」

 鮎川は机の前を離れ、ベッドの上で横になった。

 天井をぼーっと見ていると、悦司が書き込んだ「なんで配信してんの?」というコメントが浮かんできた。

(あの時、私は『有名になりたいから』って言ったけど……)

(わたしが有名になりたい理由は……)

 鮎川は目を閉じ、そのまま眠りについた。


 同じ頃、椎名悦司は家のノートパソコンで、動画サイトの生配信のページをずっとリロードし続けていた。

 しかし何時間たっても「マホトーン」こと鮎川真幌の配信が始まる様子はなかった。

 数時間後、ようやく諦めた悦司は、今日の放課後にあった鮎川とのやりとりを思い出していた。

(あんなに目が泳ぐ人間、初めて見た)

 動揺した鮎川の狼狽ぶりを思い出し、悦司の顔がほころんだ。

(あんな卑屈なやつが人気者のわけないのに)

(でも、ちょっとやりすぎたかな……)

 悦司は無関係の美穂がいる前で、鮎川を攻めすぎてしまったことについて、少し後悔していた。

(二人だけだったらまだしも、友達でもない同級生がいる前で、あのツッコミは可愛そうだったな)

 目を閉じると、鮎川の鞄で揺れていたキーホルダーと、昇降口から走り去っていく背中。その光景が交互に浮かんできた。

 悦司はノートパソコンをそっと閉じ、ベッドの上で横になった。

(それにしても「見栄を張りすぎてボロが出るイケてない女子」か。あのキャラクターは使えそうだな)

 目を閉じ、何かを考え始めた悦司は、やがてうなずくと、目を開き、声に出して言った。

「あいつとなら新しいお笑いが作れそうだ」

 悦司は明日学校で鮎川に話しかけることを決意し、眠りについた。

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