第1話 その3

 放課後になり、部活に入っていない悦司は一人で家に帰ることにした。

 いつもは同じ町内に住む美穂と一緒に下校しているのだが、この日は所属している吹奏楽部の部活動に参加していた。

 一人で帰宅した悦司は、ベッドに寝転び、友人たちとLINEのやり取りを始めた。

 昨日までこの時間は、ネタを考える時間にあてられていたが、急にコンビが解散したため、ネタを書く意味が無くなってしまっていた。

(そのうちこれが日常になっていくのかな……)

 悦司は少しだけ心に穴が開いたような気持ちになった。


 やがて友人たちとのLINEのやりとりが収まると、悦司はスマホで他の芸人たちの配信動画を見始めた。

「すごいな。やっぱり勉強になる」

 悦司は動画を見て笑ったポイントや、感心したところ、新たに思いついたことをノートにメモしていった。

 こうした積み重ねが、いつか自身の笑いの役に立つと考えての行動だった。

(さっき感じた穴がこれで埋まるのかはわからないけど……)

 本人は無自覚だったが、この行動は心の穴を埋めるためだけではなく「お笑いは努力しないとすぐに腕が落ちる」という、5年間の芸人生活を経験した上での教訓を形にしたものでもあった。


 何十本もの動画を見終えたところで、突然ハプニングが起きた。

 ――部屋の中を、あの黒光りした恐ろしい虫が駆け抜けたのだ。

「おわっ!」

 驚いた悦司は床にスマホを落としてしまった。と同時に黒光りした虫もどこかへカサカサと走り去っていった。

「まったく、いつも突然すぎるんだよ……」

 スマホを拾い上げた悦司は気を取り直し、動画の続きを見ようと画面をタッチした。

「ん?なんだこれ?」

 スマホの画面には見たことが無いページが表示されていた。どうやらスマホを拾った時に画面のどこかを触ってしまったらしく、ずっと見ていた動画サイトの「ライブ配信」のページを開いてしまったようだった。

 そのページには、今まさにライブ配信をしている動画がいくつも並んでいた。

「へぇ『5000人が視聴中』か……人気ある人もいるんだな」

 悦司もコンビ時代にネタの動画を配信してはいたが、生配信をしたことはなかった。

 五千人が多いのか少ないのかはよくわからなかったが、劇場の座席数を考えたら五千という数は、パシフィコ横浜に匹敵する数だった。

(お笑いのライブとしては、想像を絶するキャパだな……)

 ライブ配信のことが気になってきた悦司は、配信中の動画のサムネイルをひとつずつ見ていった。するとその中で、ある異質なサムネ画像に目が止まった。

「うわっ、こんな人もいるんだ……」

 視聴中の人数はわずか「7人」。

 ギャルっぽい女の子の顔のサムネにつけられたタイトルは『有名になりたい』。

(ちょっとこれは……内容が見えないひどいタイトルだな)

 配信者の名前は「マホトーン」。

(名前もありがちだ。これはかなりヤバそうだぞ)

 二桁にも届かない絶望的な視聴者数に、逆に興味を持った悦司は、その生配信を見てみることにした。


 そこには、ふわふわした金髪の、ギャルっぽい女子がカメラ目線で喋っていた。

『……で、わたしはクラスの人気者だし、スクールカーストの頂点だし、みんなから「同じもの欲しい!」って言われたんで、全員に配っちゃった』

 画面の中では「マホトーン」と名乗る女子が、変な色をした人形のキーホルダーを見せている。

(この人は高校生かな?見た目はギャルっぽいけど、な~んか違和感があるな……)

 悦司はマホトーンの姿を見て、何かちぐはぐな印象を抱いていた。

 顔立ちは整っているようにも見えるが、今っぽい可愛さでは無く、どこかステレオタイプな、付け焼き刃的な、コスプレ的な違和感があった。

 何よりも、元気に振る舞っているように見えるが、目に力が感じられず、奥に潜む闇がにじみ出ている。

 視聴者にもそれを見抜かれているのか、視聴者数は悦司を入れて8人……いや、いつの間にか2人減って6人になっていた。

 言うまでもなくコメントは全く書き込まれていない。

(この人、何をモチベーションに配信を続けているんだろう?)

 素直に疑問を感じた悦司は、コメント欄に「なんで配信してんの?」と書き込んだ。

『えっ?ちょっとまって!コメントきてんだけど!マジで?』

 マホトーンは明らかに動揺していた。普段どれだけコメントが来ないのか、悦司は戦慄した。

『えーっと、なんだって?』

 マホトーンはコメントを読もうと立ち上がった。どうやら配信用のスマホとは別に、コメント閲覧用のノートパソコンを立ち上げているらしい。

(……おいおい、カメラから完全にフレームアウトしたぞ。どんだけ慣れてないんだ?)

『えっと~『なんで配信してんの?』だって?』

 立ち上がったままの彼女から、大きな声だけが聞こえてきた。

『有名になりたいから!!』

 マホトーンは声を張り、高らかに宣言したが、残念ながらその姿はカメラに映ってなかった。

 ようやくそのことに気が付いたのか、バツの悪さを感じている様子でカメラ前に戻ってきた。

『ゆ、有名になりたいから配信してんの!』

 悦司は呆れつつも、続けてコメント欄に「配信でキーホルダー見せてたら有名になれんの?」と書き込んだ。

『ひどいな!なれるよ!わたし「インフルエンサー」だから!』

 マホトーンは恥ずかしそうに目を泳がせながらそう言った。悦司はさらに「インフルエンサーって視聴者ひと桁でもなれんの?」と書き込んだ。

 すると彼女は、さらに顔を赤くして、慌てながら『あわわわ』と奇声を発した。

(おもしれー!リアルで『あわわわ』って言うやつ、初めて見た)

 からかっているうちに、悦司はだんだん面白くなってきていた。

 悦司はここで、さらに追い打ちをかけるように「クラスの人気者なんだろ。みんな見てくれてないの?クラスメイトひと桁しかいないの?」と書き込んだ。

『だ、だってクラスに女子一人だけだし、男子はわたしに遠慮してるっていうか……』

 最後の方は消え入りそうな声でモゴモゴと口ごもっていた。最早言ってることも矛盾しまくっている。

 ちょっと可愛そうになった悦司は「いつか有名になれるよ」と書き込んだ。

『うるさい!ば、ばーか!』

「こら!人前でバカって!」

 悦司は思わず声を出してツッコんでいた。

「もう、なんだよ。親切心で書いたのに……」

 マホトーンは何やら捨て台詞を吐き、泣き顔で配信をやめてしまった。

「オレの他に5人ぐらい見てたのに……視聴者に失礼なことするなよ」

 悦司は呆れながらも、見栄っ張りだけど不器用なところに、ボケとしての可能性を見出していた。

 もっと彼女の配信を見てみたくなり、ネットでいろいろと調べてみたが、この配信以上の情報を得ることはできなかった。

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