第51話041「合宿三日目(最終日)」



——合宿三日目(最終日)


「では、合宿は今日で最後だ。皆、お疲れ様」


 朝、合宿所の食堂で食事を終えた生徒たちのところに教師陣が入ってきた。そして、その中から代表としてソフィア・ハイマンが前に立ち、生徒に挨拶を始めた。


「初日は自分自身の課題を持って厳しく鍛錬するよう指導した。大変だったとは思うが得るモノも大きかったはずだ。そして二日目は初日で得たモノを活かす場として対抗戦を行ってもらった。実戦にほぼ近い模擬試合でまた得るモノもあっただろう。そして最終日はこの二日間の仕上げとして『魔物狩り』を行う」


 この合宿の最終日は森の中に入って『魔物狩り』を行うことになっている。森は結界を張っているとはいえ、毎年、この時期になると結界外にいる魔物の数が増え、結界を行き来する動物たちが食い殺されたりする被害が多発する。そんなこの周辺の問題を解決しようと考え出されたのがこの『一年合同魔術演習』での『魔物狩り』なのである。


「皆も知っての通り、毎年、この地区の結界外の魔物の数が増える時期だ。なので合宿最終日の『魔物狩り』はその問題解消も担っています」

「ま、魔物⋯⋯」

「ほ、本当に大丈夫なの?」


 ソフィア・ハイマンの言葉に生徒たちが動揺の声をあげる。


「心配することはない。相手にする魔物は合宿初日で言ったとおり結界周囲にいる魔物は『C級』だ。レベル的には下級魔術士ジュニアでも十分対応できる魔物だ。なので、C組とD組は結界近くの魔物狩りを行ってもらう。そしてA組とB組の生徒はもう少し奥に入って『B級』を狩ってきてもらう」

「先生!」


 すると、ここでA組のテーブルから一人の女子生徒が手をあげた。


「なんだ、ベロニカ?」


 ベロニカ・アーデンブルグ。上級貴族で武器商人で有名なアーデンブルグ家の長女。A組に元々在籍していたカルロやティアラが有名人ということもありそこまで目立っていなかったが、本来、彼女はB級魔術士クラスBでしかもカルロ・マキャヴェリと同レベルの実力者として挙げられるほどの有名人である。


「A組からD組へと移動した裏切者⋯⋯⋯⋯失礼、生徒の方々はどうなさるおつもりですか?」


 ベロニカは周囲にもちゃんとわかるようにはっきりした口調で「裏切者」と口に出した後、訂正して言葉を続けた。そんな彼女の態度はカルロやティアラ、ソフィア・ハイマンに向けた「誹謗」であることは誰の目から見ても明らかだった。


「もちろん、D組へ移動した生徒は魔物狩りもD組の生徒と同じように扱う」

「そうですか。そうですわよね。安心しました。ちなみに⋯⋯⋯⋯ソフィア・ハイマン先生、あなたもですわよ? 本来、今日のスケジュールを教師を代表して説明するその立ち位置は『D組程度の教師』ではなく、A組担任のエンリル・ザビト先生が行うものではなくて?」


 他の生徒たちがベロニカの明らかにソフィア・ハイマンに喧嘩を売っている言葉にこの後どうなるのか、とおろおろしていた。


「うむ、そうだな。ベロニカの言う通りだ。すまなかった。というわけだ⋯⋯⋯⋯エンリル先生、続きをお願いします」

「い、いや、わたくしは、別に⋯⋯そのままソフィア先生が説明しても問題ない⋯⋯」

「よかったです! ソフィア先生が物分かりの良い先生で! さあ、エンリル先生! 説明をお願い致しますわ!」


 そう言ってベロニカがエンリルの手を掴まえ、ソフィア・ハイマンを押し除け前へと引っ張り出した。


「さあ、エンリル先生! 一年のエリート集団であるA組担任としてご説明を!」

「い、いや、わたくしは⋯⋯そんな人前で喋るような性格では⋯⋯」

「エンリル・ザビト!⋯⋯⋯⋯先生?」

「!? は、はははは、はい〜〜〜!!」


 半ば、ベロニカの強制でエンリル・ザビトが開始時刻や開始までに必要な準備についての説明をして話は終わった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ベロニカの奴、相変わらずだったな⋯⋯」

「いや、その怒りを買ったのはあなたでしょ、カルロ」

「いえいえ、それを言ったらベロニカがライバル視してるのはあなたですよ? ティアラさん」

「違うわよ! むしろ、ベロニカが意識⋯⋯コホン⋯⋯怒っているのはカルロのせいよ!」


 D組の生徒は魔物狩りの始まる時間の前に持っていく物の準備の為、合宿所の中庭に集まり、そこに必要な物を並べてチェックしていた。


「いや、ティアラさんがA組からいなくなったのが怒りを買った原因です」

「違うわよ! カルロがA組を去ったからよ!」

「はい、そこ、ストップーーーーっ!!」


 イザベラがティアラとカルロの間に入って二人を止める。


「イザベラならわかるでしょ? ベロニカが怒っているのはカルロのせいよね?」

「ヴェルヌーブならわかるだろ? ベロニカを怒らせたのはティアラだと?」


 イザベラの隣には心配になって駆けつけたカルロの執事、ヴェルヌーブ・アイハンスキーが立っていた。


 ヴェルヌーブ・アイハンスキー。永きに渡りマキャヴェリ家に仕えてきた上級貴族アイハンスキー家の次男でカルロの執事であると同時にカルロからの信頼も厚い良きパートナーである(まあ、主にカルロにいろいろと無理を強いられる場面もあるが)。


「あ、いえ、まあ、その⋯⋯」

「む? 歯切れが悪いな、ヴェルヌーブ。はっきり申せ」


 ヴェルヌーブがカルロの言葉にしどろもどろになっている横から、


「答えはどっちもよ!」

「ええっ?! ウソっ!」

「何っ?! バカなっ!」


 イザベラがティアラとカルロに最終通告のように告げると二人は「そんなわけがない」という顔で主張する。しかし、


「事実ですわ。それによくもまあ⋯⋯⋯⋯二人ともそこまで『自分は関係ない』と思えますわね? お二人以外は皆、周知の事実ですわよ。ご覧なさい?」


 さらにマリーがイザベラとヴェルヌーブの間に入り、ティアラとカルロに告げる。


 言われるがままにティアラとカルロが周囲のD組の生徒たちに目を向けると、皆が「うん、うん」と深く深くうなづく光景が目に入った。


「というわけで『ベロニカさんの怒りを買ったのはお二人だ』という事実を、もういい加減に、これを機に、マジで自覚ください⋯⋯⋯⋯ませ?」

「「ひぃっ!? ご、ごめんなさいぃぃぃっ!」」


 マリーは自分の顔が二人にしか見えない位置でトドメの言葉を告げるとティアラとカルロがマリーの顔に怯え即謝罪した。


「わかってくれてよかったです、ティアラさん、カルロさん」

「「ガクガクブルブル⋯⋯」」


 この時、周囲の生徒たちは悟った。


『マリアンヌ・ベルガモットこそが真の強者』だと。


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