敵は魔王
一国の姫を呼び捨てに出来る人物。即ち王様だ。
「父上?」
「それは流石にやり過ぎというもの。暫く自宅謹慎と降格で良かろうよ」
これにはエリーザも、アーダルベルトも、当のアンナも驚いた。
「お、お言葉ですが、国王陛下の御前で剣を抜いたのです。それだけでも許されざる暴挙。その上、救世の英雄となる白夜様の殺害を目論んだのですから、その様なぬるい処罰で済むはずがありません」
それは正当な言い分であり、国王もそれを認め、頷いた。
だけど、ちょっと聞き捨てならない台詞があったよ。救世の英雄になるつもりなんてないよ?
「だが、当の勇者殿はそれを望んではいない様だ。まずは白夜殿の意見を聞き入れるのが良かろう」
王様は俺も見つめ、それに続いて、エリーザ、アーダルベルト、アンナを始めとした多くの兵の視線が俺に集まった。
うん、まず“勇者”って呼ぶのをやめてほしい。
でもここは皆がゴクリと唾を飲みこんでいるから答えないと。
「あー、その。まずはなんですけど、剣の破片で彼女にはいくつか切り傷がついてます。それを治療してあげるべきだと思うんですけど」
俺の発言に誰もが目を丸くした。
まあ、気持ちは解るさ。
俺だって人が良す過ぎるとは思うよ。
でもなあ、やっぱり女の人が傷ついてるのを放っておくのはどうかと思う。顔に傷がなかったのが救いだけど。
「白夜様は自分を殺そうとした相手を助けようというのですか? それはお優しすぎるというものです」
善良と思われるエリーザでさえも呆れている様子だ。
「まあ、そう思いますよ。でもその反面、気持ちが解るって部分もあるんですよね。騒がしいと思い、駆け付けてみれば、自分が慕っている上司が酷い怪我で倒れていて、それをやったと思われる見知らぬ男がいる。やり返そうとしたらその上司にすら叱られて、死刑宣告。余りに可哀そうじゃないですか?」
まあ、いきなり斬りつけられるのはどうかと思うけどね。
俺は自ら苦笑した。
これで俺が少しでも傷を負ったらこんなお人好しな発言は出てこないだろう。恨んでいたかもしれない。
だけど、理不尽だとも思うんだ。
叱られるのは仕方がないだろう。
でも、それがいきなり死刑はやり過ぎだ。というか、俺自身が目覚めが悪すぎる。
「白夜様の寛容な心、とても尊いと思います。そうは言われましても、このままという訳には参りません」
「ええ、、ですから減給と自宅謹慎でいいのではないかと」
ある意味で一番驚いているのはアンナ本人だろう。自分を殺そうとした相手に施しを受けるとは思わなかっただろうな。
「・・・解りました。では、直属の上司であるアーダルベルト。貴方の判断に委ねます」
「そうは言われましてもな。白夜殿が許した以上、私がどうこう言うことでもありますまい?」
ため息をつき、アーダルベルトはアンナを見ると、厳格な表情でこう告げた。
「アンナ下級兵。貴官を最下級の新兵の階級へと降格処分のする。そして、二週間の謹慎を言い渡す。良いな」
「はっ!」
「では、行け!」
「はっ! 失礼いたします」
そう言い残し、アンナは敬礼すると振り返る。
その際、俺を見つめ、複雑な顔をした。
余計なこと言ったかな? 憐れんだと思われたかもしれない。そしてそれは実際にその通りだ。
結局俺は自分が原因で誰かが死ぬのが嫌だっただけなんだ。
つまり、助けたのは俺自身の為。
アンナの内心は測りかねるけど、俺に一礼すると去って行った。
アーダルベルトは目を閉じると俺に向けて一礼をした。
「白夜殿。此度の件。感謝致します。あの者は、実は私の友人の忘れ形見でして」
「ああ、そうなんですか」
だったら良かった。この人にまで恨まれたくないもんな。
余りにも小心な俺の心を傷つけない為の手段。
誰かに感謝されたりしたら、それこそ見当違いで据わりが悪い。
エリーザはぺこりと頭を下げた。
「白夜様。醜態をお見せして申し訳ありません」
「いや、いいんだ。貴方にも辛い思いはさせてくなかったし」
「え?」
「あんな辛そうな顔をしていたじゃないか。俺には想像もつかないけど、人に死刑を言い渡すのは本当に辛いことだと思うよ。だから、貴方を助けられてよかった」
「あ・・・」
エリーザは目に涙を溜め「処分を下すのはわたくしの責務ですから」と、言った。
だけど、俺には『ありがとう』と言っているように感じた。
そんな泣きそうになって喜ばれても気恥ずかしいな。
俺の罪悪感を薄める為だったのに。
「で、では、先程の話を続けさせて貰ってもよろしいですか?」
「なんだっけ?」
「貴方様の力を確認していただくことです」
「・・・ああ、そうでしたね」
うん、忘れてなかったよ。
むしろ、忘れていて欲しかったけど。
エリーザは気を取り直す意味でコホンと咳ばらいをする。
「我が国屈強の戦士であるアーダルベルトを一撃で倒し、鋼の剣すら生身で打ち砕く。例え武術の経験がなくとも、これならば、どの様な相手にも後れを取るなどあり得ないでしょう」
「・・・それは、そうかもしれないけど」
マズい。
これなら本当に戦えるかもしれない。
これで役に立たないからという理由で帰してくれとは言いづらくなった。
いや、そもそもだ。
「この国はどんな窮地に陥っているんですか? 敵国ですか? モンスターの群れですか?」
エリーザは口に手を当てて頬を赤らめた。
もっとも言わなければならない情報を伝えてなかったことに気が付き、恥じている様だ。
うーむ、これだけ綺麗な女の子が恥じらう姿は中々可愛い。いや、何を考えているんだ。俺には絢羽という大事な人が。
邪心を捨てるべく、俺はブンブンと頭を振った。
「この世界を脅かす恐るべき存在。それは、魔王です!」
「魔王、だって!?」
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