悪役令嬢ルリのあやかし日和!

赤猫柊

第1話 死!

「あのゲームね、心葉こころは瑠璃るりとかいう悪役女がキモすぎること以外は神ゲーだったわ」


 放課のチャイムが鳴るや否や、私から飛び出た発言に、隣の席のミサキは戸惑いつつも意を唱えた。


「えぇ、キモすぎるって……そんなにかな?」

「うん。陰湿なイジメはするし、相手で露骨に態度変えるし、家の力をかさに着てばかりだし、バレたら嫌われるってわかりきったことを平気でするくらい頭悪いし、自分のことカワイイって思ってるところがウザいし、なんかもう全部ムリ。良いところがマジで一ミリもない」


 指折り数える私を見て、ミサキは苦笑を浮かべた。

 心葉こころは瑠璃るりはミサキに借りた和風ファンタジーの乙女ゲーム『くくり姫』に出てくる悪役キャラだ。

 とはいえ、プレイヤーから悪い印象をもたれるのが悪役の役目なので、そういう意味では満点ともいえる。


「わたしはリッちゃんほどイヤじゃなかったよ? 嫌がらせをしてくるのも、主人公に好きな人をとられたくなかったからと思えばちょっとカワイイし」

「はっ、何しても『好きだから』が免罪符になると思ったら大間違いよね」

「でも、ルート次第では仲良くなれるし。根は悪い子じゃないっていうか」


 ふむ、ミサキもなかなか粘りおる。

 だけど、別に私だってこんなことを言い争いたいわけじゃないのだ。

 心葉こころは瑠璃るりへのディスりもそこそこに、『くくり姫』のシナリオや攻略対象の良さへと話題を変えると、ミサキの表情も明るさを増した。


 そのまま、帰宅部女子高生の私たちは、教室を去っていくクラスメイトたちを横目に、延々と『くくり姫』談議に花を咲かせた。


 そんな会話がしばらく続いた頃。

 私の椅子を引く音が、二人しかいない教室に響き渡った。


「あ、ごめん。盛り上がりすぎて忘れないように、先に薬飲んでくる」


 私は持病をおさえるために、定期的に薬を飲まなきゃいけない。

 今それを言い出したのは、ちょうどトイレに行きたくなったというのもあるけど、そんなことは口にする必要がない。


「おっけー」


 そう言ってスマホを取り出すミサキの姿も、もはや見慣れたもの。

 私は『くくり姫』談議に心を置き去りにして、お手洗いへと走った。


 お腹の痛みと奮戦することしばらく。


 無事、勝利で戦いを終えた私は鏡の前にいた。

 手に残る冷たさをふき取り、ハンカチをポケットへと戻した私は、そこにあるべきものが無いことに気づいた。


「薬、カバンに入れっぱじゃん」


 どうやら、教室に置き去りにしたのは心だけではなかったらしい。


 慌てて教室へと向かうと、開けっ放しのドアからは夕陽のオレンジがもれていた。

 教室へ入ろうとした私は、ドアの先に広がる景色に思わず足を止めた。


 ドアに隠れながらそろりと中の様子をうかがうと、一人きりで待っているはずのミサキの横には、もう一人の姿があった。

 ミサキよりも頭ひとつ高い背丈。夕焼けに照らされる学ラン。


 顔はミサキの方を向いていて見えないけれど、それでもそれが誰かは一瞬でわかった。

 私がその横顔を見間違えるはずがない。その横顔だけは誰よりもたくさん見つめてきた。この高校の、いや、この世界の誰よりも。


「い、池井くん……ダメだよ」


 これまでに聞いたことがない程しおらしい声が、ミサキから聞こえる。


 私は反射的にドアの影に顔をひっこめた。


 今にも弾けそうな心音と、自分の呼吸がやけに耳につく。

 嫌気が差すほど敏感になった耳がひろうのは、蝉の声や野球部の「えいおー!」というかけ声ばかりで、教室の中の声は何も聞こえない。


 ちゃんとふいたはずの掌が、いつの間にかじっとり湿っていた。


 私はドアの影に身を潜めながら、一部オレンジ色に染まった廊下を見下ろした。

 そこには夕焼け色を穿うがつ二つの影ぼうしがあった。


 何もできない私の前で二つのシルエットは見つめ合う。

 そして、一つの影になった。


 気づけば、私はそこから逃げ出していた。


「……なんでなの」


 私は鏡の前に戻ってきていた。

 夕陽に照らされていてもなお、顔色が悪い。


「なんで、私じゃなくって」


 振り絞るようにつぶやいて、鏡から目をそらした。

 無理やり呼吸を整え、取り出したハンカチで顔をぬぐう。これ以上、弱音がこぼれ落ちないように何度も。


「……どんな顔して戻ればいいのよ」


 それでも、せき止められなかった言葉が口からこぼれた。


 鏡に視線を戻すと、そこには何の取り柄もない一人の女の子がいた。

 一時間かけて整えた黒髪も、ニキビが目立たないよう頑張って手入れした肌も、ブラウンのナチュラルカラコンも、全部がムダになるようなひどい表情。


 そういえば、持病で倒れた時もこんな顔色をしていた――なんて思った時だった。


 身体中から力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。

 手足が動かないどころか、まばたき一つ、いや、呼吸すらできない。

 何もできずに視界が真っ白に染まっていく。


 意識を手放す最後の瞬間。

 私は「もういいや」と思いながら、死神の鎌へと首を差し出した。


 それが私――夏目なつめ花凛かりんの最期だった。

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