テニスラケットに愛を込めて -ジャイガリン・グラフィティ-
オリーブドラブ
テニスラケットに愛を込めて -ジャイガリン・グラフィティ-
艶やかなブロンドの髪を靡かせ、ミニスカートを風に揺らし。その裾から覗く白い脚でコートを踏みしめ、ピンク色のラケットを振るう絶世の美女。
柔肌から飛び散る汗の輝きと純白のテニスウェアが、彼女の美しさにさらなる彩りを添えている。
「ゲームセット! アンドマッチウォンバイ姉様! スコアイズ6-5!」
透き通るような肌を日傘に隠して、雲一つない晴天から降り注ぐ日差しを凌いでいる華奢な美少女が、声を弾ませ決着を告げた。
この試合の審判を務める彼女の愛らしい声色が、華美な庭園に設けられたテニスコートに響き渡る。対戦していた2人の美女は緊張の糸が切れたように、その艶やかな唇から吐息を漏らしていた。
「ふぅっ……完敗です、ゾーニャ様。やはり私めでは到底敵いませんね」
「何言ってるの、ほとんど僅差だったじゃない。このアタシといい勝負出来る相手なんて、もうアンタくらいのものよ」
互いの健闘を称え合うように、ダークブラウンの髪を靡かせる美女と、勝者たるブロンドの美女が握手を交わす。
その様子を見届けていた審判の少女は自分が最年少であるにも拘らず、「青春よのう」と言わんばかりに腕を組んで何度も満足げに頷いていた。まるで年長者のように。
――20XX年、ベルリン。
異星人の軍勢を退け、地球を救った世界防衛軍を歓待するパレードが連日のように開かれる中で。久々の休暇を得たゾーニャ・ガリアード大尉は今日、生家であるガリアード邸に身を寄せている。
今や防衛軍ドイツ支部の「英雄」として名を馳せている彼女は、パレードや広報関係に引っ張りだこなのだ。心を許せる「家族」と共に、趣味のテニスに興じる時間が、今の彼女にとっての数少ない「オアシス」なのである。
そんな彼女の対戦相手を務めるメイドのクリスティーネ・ヴァラハと、審判を引き受けた妹のレギーナ・ガリアードは、敬愛する主人にして最愛の姉でもある彼女に、惜しみない愛情を注いでいた。それを肌で感じていたゾーニャ自身も、朗らかな笑みを咲かせている。
「姉様、お疲れ様でした。如何です? クリスの腕もなかなかのものでしょう」
「アタシが居ない間に、よっぽど練習してたみたいね。……そういえばアユムの奴も、高校時代はテニス部だったんだっけ? ははーん、
「ふふっ……そうそう、殿方のご趣味にお付き合いするための嗜みですもの。
「ゾ、ゾーニャ様っ!? レギーナ様までっ……も、もうっ!」
テニスウェアに滲み、柔肌の隅々を伝う汗を拭いながら。一通り試合を終えた色白の美女達は、豪華絢爛なガリアード邸を眺めながら、木陰で穏やかに語らっていた。
全く練習に関わっていないはずのレギーナが「自分が育てた」と言わんばかりに平らな胸を張ったり、想い人に言及されたクリスティーネが顔を赤らめて慌てたり。そんな他愛のない、平和そのものな会話だ。
それこそが防衛軍の英雄として、彼女が何よりも守りたかった「日常」なのである。
(愛の力、ね……)
そして、会話の中に混じる「愛」という言葉に思うところがあったのか。
自分が今も愛してやまない、とある青年から貰ったラケットに視線を落として。ゾーニャは妹達の語らいを他所に、独り物思いに耽っていた。
◇
――栄えある防衛軍ドイツ支部の名門・ガリアード家。その長女として生を受けたゾーニャ・ガリアードは、かつて士官学校始まって以来の「落ちこぼれ」だった。
軍の家系に生まれていながら、病弱故に
ガリアード家としての誇り以上に、妹を想うゾーニャ自身のその心が、彼女を士官学校へと誘ったのだが。彼女も決して、意気込みに見合うほどの才能に溢れていたわけではなかったのである。
幼少期から英才教育を受けて育ってきたこともあり、座学では抜群の成績を修めたものの。単座式戦車を使った実技においては、落第点を連発していた。
だが、絶大な発言力を持つガリアード家の子女に対して、成績通りの評価を下せる者はいなかったのだ。誰もが彼女を、思ってもいない言葉で褒めそやし、「腫れ物」として扱ったのである。
非常に厳しいことで有名な教官でさえ、彼女にだけは手を上げず――彼女よりは成績が良かったはずの生徒を、容赦なく殴り飛ばしていた。
教官としては、ガリアード家の娘にだけは手を出さないようにするつもりだったのだろう。だが、最も殴られるべき者だけが殴られないという歪さは、体罰以上の痛みを彼女の心に残していた。
そんな彼女を見る同期達の眼は、到底直視できるものではなく。ゾーニャは誰とも打ち解けられないまま、独り自習に励むしかなかったのである。
「ちくしょう、ちくしょうちくしょうッ! アタシを誰だと思ってるの! どいつもこいつも、アタシをバカにしてッ! アタシは、アタシは栄えあるガリアード家の長女で、ドイツ支部の誇りでッ……!」
訓練用のVRゴーグルが、涙による湿気で曇り。余計に狙いが悪くなり、成績も落ちていく。
そうと分かっていながら。彼女は誰もいない自習室で嗚咽を漏らし、仮想世界の敵にやり場のない怒りをぶつける日々を送っていた。
『総合評価、100点中2点。役立たず以下なので、死んだ方がマシなレベルです』
「……ほんっと、アンタくらいよね。このアタシに、ウソつかない奴なんて」
当然ながら、VR訓練の進行役であるAIにはゾーニャを特別扱いする機能などない。故に彼は、「腫れ物」の実力をただ公正に評価している。
そこから飛び出る言葉は辛辣なものばかりだが、泣き腫らした眼を細めて、自嘲気味に笑う彼女にとっては心地良くすらあった。ここにいる間だけは、自分はただの士官候補生でいられる。AIだけは、ありのままの自分を見てくれている、と。
「訓練は終わったはずだろう。君、いつまでそこに座ってるんだ」
「……! ア、アンタは……!」
だが、そんな独りでいられる貴重なひと時さえ。無情にも踏みにじってしまう無粋な男が、ある日――彼女の前に現れたのである。
艶やかな黒髪を靡かせ、ゾーニャからVRゴーグルを取り上げた彼は。「腫れ物」扱いを受けてきた彼女にとって、
家柄が理由で殴られなかった自分とは違い、殴る理由が全く見つからなかったが故に殴られなかった、正真正銘の天才。誰に対しても分け隔てなく接し、その人柄から殆どの同期と友好な関係を築いていた、士官学校きっての優等生。
まさにゾーニャにないものを、ゾーニャが求めているものを、一つ残らず手にしているような完璧超人。それが、ドイツ人と日本人のハーフだという碧い眼の美男子――
「なっ……なんの用よッ! どうせアンタもアタシのことバカにしてるんでしょッ!?」
「何の話だ? オレは仮想訓練をしに来ただけだが……おい、何で邪魔するんだ。離してくれないか」
「だ、だめ! まだ使ってる! まだアタシ使ってるからっ!」
「さっき、総合評価が表示されたはずだ。規則上、続けての使用はできない。それを知らない君じゃないだろう」
淡々とVRゴーグルを付けようとする竜史郎の腕を掴み、ゾーニャは懸命に彼の訓練を妨害する。それは害意によるものではなく――自分の涙で曇ったままのゴーグルを使われることが、たまらなく恥ずかしいからであった。
他の同期達ですら、陰では彼女の成績を笑っているのだ。彼のような本物の天才が、嘲っていないはずがない。きっとこの男も、同じだ。
そう思えてならなかったゾーニャとしては、無駄とは知りつつもこれ以上の恥を重ねたくはなかったのである。曇ったVRゴーグルを見られては、先程まで泣き喚いていたことまでバレてしまう、と。
「なによ! 自習の許可は取ってあるんだから、どれだけ訓練したってアタシの勝手じゃない! ほっといて!」
「そうはいかない。この訓練用VRだって、君1人のために用意されてるわけじゃないんだ。効率の悪い練習は結果として、君だけの問題では済まなくなる」
「何が言いたいわけ……!?」
だが。竜史郎は一切の他意を感じさせない真摯な眼差しでゾーニャを射抜き、彼女が思わずたじろいだ瞬間に腕を振り解いてしまう。
そして曇ったままのVRゴーグルを付けながら、自習室のディスプレイにプラグを繋ぐと、自身が見ている仮想空間をゾーニャにも見えるように調整していた。
自分の操縦を見ていろ、とでも言わんばかりに。
「放ってはおけないと言ってるんだ。君が1番、
「……ッ!」
簡潔に、明瞭に。今まで誰もが避けてきた、禁断の一言を呟いて。彼は何事もなかったかのように、VR訓練を始める。
ゴーグルを付けていないゾーニャにも見えるように調整された、その舞台となる仮想空間は――まるで、竜史郎という「主役」を引き立てるための「劇場」のようであった。
一切の無駄を感じさせないその挙動は、鈍重な鉄の兵器であるはずの戦車を優雅にすら見せている。曇ったままのゴーグルを使っているとは、到底思えない正確さだ。
しかし、そんな完璧過ぎる操縦よりも。当たり前のように、100点満点の評価を得ている光景よりも。
(下手……)
訓練を始める前に、彼が何気なく発した一言が。ゾーニャの心を、掴んで離さなかったのである。
――竜史郎だけだったのだ。誰もが彼女を「腫れ物」のように扱い、誰の目にも明らかなはずの「弱さ」に、背を向ける中で。
竜史郎だけが、特別扱いすることなく。あるがままに、ありのままのゾーニャ・ガリアードを、真っ直ぐに見ていたのである。
孤独に苛まれてきたガリアード家の長女は、その事実が生む衝撃に――初めて、「嬉しさ」に由来する涙を零していた。
「……どうしたんだ? 別に泣くほど面白いものでもなかったと思うが」
「……うっさいッ!」
だが、罵倒されて喜ぶなどガリアード家末代までの恥。何より
そんな防御本能に基づく、本心とは裏腹な態度を示したばかりに、素直な好意を持って接する機会を逸してしまった彼女は。不器用で天邪鬼な人柄のまま、不吹竜史郎との「共同訓練」を始めていくことになる。
『総合評価、100点中98点。役には立つので、せいぜい華々しく死んでください』
「コイツ結局死ねとしか言わないの!?」
「だからオレ達しか使ってないんだよなぁ……」
それから、およそ1年間。
歯に絹着せない物言いながら、的確にゾーニャの弱点とその克服法を探り当てていく竜史郎の尽力もあって――誰もが見て見ぬ振りをしてきた「落ちこぼれ」は、ようやく
竜史郎に次ぐ、士官候補生のNo.2。それはドイツ支部の頂点とも言うべきガリアード家の者としては、決して誇れる成果ではない。
だが、ゾーニャ・ガリアードという
最も近い場所から、竜史郎を支えられるような存在でありたい。1人の女としての、その想いを胸に秘めてきた彼女にとっては――この成果こそが、誇りだったのである。
それは、進む道を違えてしまった
卒業を目前にして士官学校を去ってからは、日本の大学に通っている竜史郎。彼を想う日々の中で、ゾーニャは彼との思い出を頼りにあらゆる戦場を乗り切ってきた。
地上征服を目論む地下帝国。地球の植民地化を狙う異星人の軍。この星の平和を乱す彼らとの戦いを経て、ゾーニャはその地位と名声を確固たるものにしてきたが――その威光に寄せられてきた者達の縁談には、一切応じることなく。
弱いところも、情けないところも、意地っ張りで恥ずかしがり屋なところも。自分の全てを知った上で、なお真っ直ぐに向き合い、受け入れてくれたただ1人の男だけを、愛し続けている。
(皆はアタシを、誇りだって、英雄だって言うけれど。アタシにとっては今でもアンタが1番だし、アンタをそばに感じられないと……怖くて、操縦桿すら握れない)
クリスティーネとの試合を終えた後。控室で愛用のテニスラケットを磨く彼女は、竜史郎に見立てているかのように、ピンク色のフレームへと頬を寄せていた。
――士官学校に居た頃、少しでも日頃の感謝を伝えたくて。竜史郎の誕生日に、テニスラケットを送ったことがあった。
いつも休日に、彼が同期達とテニスを楽しんでいる姿を遠くから見つめていた彼女にとっては、それが最善手だったのである。だが、実は竜史郎も同じ考えだったのだ。
いつも頑張っている彼女を労おうと、彼もテニスラケットをプレゼントするつもりでいたのである。
いつか竜史郎と2人きりでテニスをしたい――という想いから、休日に独り壁打ちに励む彼女の姿を頻繁に見掛けていた彼は、そうとも知らずに新しいラケットを渡そうとしていたのだ。
結果、誕生日が同じだった彼らは同時にラケットを送り合うことになってしまい。そのあまりの可笑しさに、初めてお互いに満面の笑みを浮かべてしまったのである。
いつも素直になれず、つっけんどんな態度になりがちだったゾーニャとしては、ありのままの好意を表せた数少ない思い出なのだ。
その時に貰ったピンクのラケットは、今でも彼女の支えになっているのである。
(そんなアタシにはまだ、アンタに気持ちを伝える資格なんてない。だから今は……これが、精一杯)
暫し、頬を擦り付けた後。一途な愛を捧げんと、桜色の柔らかく温かな唇をフレームに押し当てて――竜史郎を想うゾーニャは、うっとりと目を細めていた。
不器用で天邪鬼な自分にはまだ、本人にこれを実行できるほどの勇気がない。それでも、いつかは。そんな妄想が彼女の白い頬を桃色に染め上げ、艶のある貌へと上気させていく。
(アンタが誰を選んでも……これだけは、このラケットの思い出だけは、アタシだけのものにさせてね……リュウ)
竜史郎の容姿と人柄ならば、恐らく日本にも彼に惹かれた女性達が現れているはず。
士官学校の頃から、ずっと抱え続けているその不安を拭えないまま――それでも彼女は、せめて、という一心で愛する男の幸せを祈り続けていた。
「……ふぁっ!? ク、クリス!? レギーナまでッ!?」
「わ、わぁ……レ、レレ、レギーナ様、なんて情熱的な口付けなのでしょう……! 見ているこちらが熱くなってしまいます……!」
「ご、ご覧なさい、クリス! あぁ、姉様ったらあんなに美しいお顔を蕩けさせて……! これは何としても写真に収めて、日本にいらっしゃるというフブキ殿にお伝えしなくては! ささっ、姉様! もう1回あのぶちゅーを! ぶっといぶちゅーをッ!」
「あ、あぁあ、アンタ達ぃいーッ! くぁwせdrftgyふじこlpッ!」
恍惚の貌を窓越しに覗かれていたことに、視線が合うまで気づかないほど。
◇
――20XX、東京。
その大都会に位置する某大学のテニスコートでは、卒業生でもあるプロ選手が指導を兼ねた練習試合のため訪れていた。の、だが。
「あぁ、そんなっ……!」
「も、もうだめだぁっ……! おしまいだぁあ……!」
眩い日差しの下、彼の試合を観ていたテニスサークルの男子達は――皆一様に、その表情を「絶望」の色に染められている。
だが件の卒業生に、彼らがそのような顔をする原因があったわけではない。
「ゲームセット! アンドマッチウォンバイ
原因はむしろ、対戦相手にあったのだ。
プロ選手としての実績もある卒業生の、ストレート勝ちで終わるはずだったこの試合は。バイトで忙しく、活動自体が休みがちだったはずの――
「くっ……そがあぁあ! なんなの! マジなんなのアイツ! 相手はウチのOBで、しかも実業団に入ったプロなんだぜ!? なんで良い勝負どころかフツーに勝ってんだよッ!」
「なんてこった……! 練習試合にかこつけてアイツをボコボコにして、女子の前で無様な格好にしてやろうって算段だったのにッ……!」
この大学のテニスサークルは、会員の多くを女子が占めている。そこには出会いを求める男子達も居るのだが、彼らにとって容姿端麗な竜史郎の存在は、まさしく目の上のたんこぶだったのである。
そこで。母校のよしみということでプロ選手との練習試合を取り付け、竜史郎を女子達の前で徹底的に負かせて恥をかかせてやろう、という作戦を立てたのだ。
部活動と遜色ないレベルの実績と練習量を持つこのサークルでは、出会い目的の男子など異性としては論外であるらしく、彼らは今に至るまで全く彼女が出来ていない。
その上、彼らでは全く勝負にならないほどの腕前を持つ竜史郎が、見目麗しい容姿もあって女子達の人気を独占してしまっている状況なのだ。このままではサークル内だけでなく、大学中の女子を奪われかねないという危惧が、彼らをこの作戦に駆り立てていたのである。
そして。作戦の失敗によって、その危惧は今まさに現実のものになろうとしていた。
「勝った……勝っちゃったよっ! きゃああっ、不吹くーんっ!」
「ふん、少しはやるではありませんか。……あ、あとで録画を見返しておきましょう」
ボブヘアーの黒髪を揺らす、空手部所属の美女――
そのプロポーションと美貌故、この大学で知らない男子はいないとまで言われている彼女達が、竜史郎の勝利を真っ先に喜んでいたのである。当然ながらテニスサークルの女子達も、揃って黄色い歓声を上げていた。
「無様どころかぁ! ウチの女子も綾奈ちゃんも千種ちゃんも……軒並み掻っ攫われてんじゃねーかぁああ! 誰だこの練習試合組んだ奴ぁあ!」
「てめぇじゃボケぇええ!」
やがて完全アウェーとなってしまった男子達は、号泣しながら取っ組み合いを始めてしまう。周りの女子達は養豚場で鳴く豚を見下ろすような眼差しで、その様子を一瞥するだけであった。
一方、大番狂わせによる興奮故か。サークルの会長を務める1人の女子大生が、溌剌とした表情で竜史郎の背に抱きついていた。金髪に染めたロングヘアを上下に揺らし、浅黒く焼けた肌を寄せる彼女の容姿は、いわゆる「黒ギャル」といった印象を与えている。
「ぶっきースゴいっ、OBのパイセンにも勝っちゃうなんてっ! もうバイト全部辞めてテニスに集中しちゃおうよ、マジでっ!」
「あ、あはは……お気持ちだけ貰っておきますよ、
「えぇー! 会費で困ってんなら、あそこのバカどもに払わせるから別にいいのにー! あ、生活費の方なら……ウチが貢いであげてもいいけど?」
テニスサークル会長、大学4年生の
自分の魅力で女を落とそうともせず、他人の威を借りようとした挙句、その目論見全てが破綻してしまった男子達。そんな彼らに敢えて見せ付けるかの如く、瑞希は己の妖艶な肢体を竜史郎の身体に絡ませている。
――よく見ておけ。これがオンナが望む、強いオスというものだ。そう、言わんばかりに。
「ちょ、ちょちょちょっと瑞希くっつき過ぎぃっ!」
「そうですよ沢宮会長っ! はしたないです! ふしだらですっ!」
「あっははは、あやなんもちぐちぐも真面目過ぎてウケるー。じゃあ……3人でぶっきーにベッタリしちゃおっか?」
「ふえぇっ!?」
だが、そんな扇情的過ぎる光景はいつまでも続くものではない。慌てて駆け寄ってきた綾奈と千種に引っぺがされた瑞希は、残念と言わんばかりに舌を出して苦笑している。
そして真面目で
そんな彼女達を背に、ようやく扇情的な温もりから解放された竜史郎は、改めて対戦相手の卒業生と硬い握手を交わしていた。彼らの後方では、瑞希が「青春よのう」と言わんばかりに腕を組んで何度も満足げに頷いている。
「……完敗だよ、全く。そんなに動けるのなら、今からでもプロにならないか? 君のセンスなら、オリンピックだって狙えそうだ」
「オレのはほんの付け焼き刃ですよ。その道に命を懸けるほどじゃないと、そんな高みには行けません」
「あはは……参ったなぁ。それじゃあ僕は、その付け焼き刃にコテンパンにされたってことか」
「とんでもない。ギリギリで運よく勝ちを拾えただけのことです」
「なら、運も実力のうちってことだね。……僕にとっても、良い刺激になったよ。ありがとう、不吹君」
「こちらこそ、ありがとうございました」
自分を呼んだ後輩達の魂胆を見抜きつつも、竜史郎との接戦を楽しんでいた卒業生は、満面の笑みで
そして、困った後輩達の喧嘩をため息混じりに一瞥した後。竜史郎が使っていた赤いラケットに視線を移した卒業生は、その出来栄えに嘆息する。
「……しかし、いいラケットだね。ドイツ製のようだけれど……海外に友人が?」
「えぇ。……かけがえのない仲間から貰った、オレの宝物です」
そんな彼の問い掛けに対して。赤のフレームを撫でる竜史郎は、朗らかな笑顔でそう答えるのだった。
ゾーニャ・ガリアードから受け取った愛の象徴は、今もその手に握られている――。
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