『最下層の悪魔』と呼ばれた迷宮育ちの少年は、その規格外な力で魔術学院を無双する。
月並瑠花
第一章『魔術学院 入学編』
プロローグ『最下層の悪魔』
セレイス王国。大陸の中でも特に魔術が発展しており、人口の約九割を魔術師が埋めている。魔術の発明においては世界一位といっても遜色ない。言わば魔術都市だ。
そしてその魔術を支えているのは、何といっても王都グレアの中心にある巨大な地下迷宮だ。
五十階層からなるその地下迷宮には多くの魔獣や宝石、そして未知のエネルギーが存在すると言われている。
そんな、まだ見ぬ『謎』を探し求めて迷宮に挑む者たちがいた。
人々は彼らを――『冒険者』と呼ぶ。
ここ最近、冒険者たちの中で奇妙な噂が立ち始めていた。
「なぁ、聞いたか? 『最下層の悪魔』の話」
「は? お前その話マジで信じてんの?」
迷宮最下層。冒険者の中でも数少ない実力者しか辿り着けないその場所に、白い毛並みをした魔獣が現れたという。
最下層に行ける冒険者は少ないため、その話を信じる者などいなかった。
誰が言い出したかも分からない都市伝説なんて、冒険者からすれば笑い話のネタでしかない。
だがある日、街で五本の指に入るほどの実力を持つ冒険者がそれを事実だと語った。噂は一瞬で真実として、冒険者の間に広がった。
「あのドレイクさんですら負けるなんて」
「いや、ドレイクさんソロだった言うじゃん……?」
「そうらしいけど……」
「俺たち組まねぇか? 大人数でパーティーを組めば、もしかしたらその魔獣も――」
それ以降、酒場では笑い話ではなく、誰が最初にその魔獣を討伐するかで盛り上がった。
いつしかギルドはその魔獣に対して多額の懸賞金もつけた。そしてついには王国騎士団の耳にもその噂は届いた。
「なぁ、今冒険者の間で噂になってる迷宮の魔獣いるんだけど、知ってる?」
「は? 魔獣?」
「白い毛並みに、闇を映した鋭い眼光。なんといってもその魔獣の見た目! 黒い雷が全身を纏ってるらしいぜ」
「なんだそれ。冒険者が適当に話を作ったんじゃないのか? それに魔術を使える魔獣なんて聞いたことがないぞ」
「それがいるらしいんだって」
「なんて名前だ?」
「名前はないらしい。冒険者の間での通り名は――」
――『最下層の悪魔』――
……………………
………………
…………
◇ ◇ ◇ ◇
それは暗く閉ざされた世界――迷宮・最下層。
実に五十階層からなるこの地下迷宮の最下層に、一人の少年がいた。
「そろそろ食糧も底を突きそうかな」
食糧庫に視線をやり、少年――ティアルは気だるげな声を漏らした。
覇気の感じない口調に、顔には一切の感情が見受けられない。
まるで闇を映したような黒い瞳が、暗闇に染まる天井を無感情に見つめる。
真っ白に染まった髪が、太陽の光を浴びない地下での生活の長さを物語っている。
短い息を吐いて、ティアルは冷たい壁を支えに立ち上がる。
光源代わりとして置いた魔石の淡い紫紺の光が、容赦なく襲いかかる
壁を掘って作った洞穴、そこがティアルの住処だ。
目眩が治り、ティアルは狩りへと向かう準備を始める。
魔剣を鞘に納めて、魔物の皮で作った服で身を包み、その上から黒の
念の為、外へ出るときは魔剣を常備している。黒い外套は暗闇で姿を消すため。
ちなみに全てティアルが上層で拾ってきた、冒険者の落とし物だ。
準備が整ったティアルは住処の外へと出た。
光源となる魔石が大量に埋まっているおかげで、外の明るさは住処と同じか、それ以上に明るい。
「――――」
久しぶりの外の空気を堪能することなく、索敵を目的にティアルは周囲を見渡した。
魔獣の匂いも気配もない。
基本ティアルの戦闘スタイルは不意打ちだ。そのため、魔獣に見つかるのだけはできるだけ避けたい。先に見つかって襲われるなんて以ての外だ。
敵がいないのを確認したティアルは、早速狩場へと歩を進めた。
「なっ⁉」
それは突然だった。狩場への道の途中。
地面が大きな轟音を上げながら揺れたのだ。
発生源はおそらく迷宮の上層。
揺れる地面の上、倒れないようにうまくバランスを取りながら、ティアルは何も無い天井に視線を向ける。
数秒間揺れた後、地面は何も無かったように静まり返った。
「何だったんだ……?」
こんな事態、ティアルも生まれて初めてだった。
上層にこれほどの破壊力を持つ魔獣はいない。
「となると、犯人は人間……?」
こんな威力の魔術を使える人間はいないはずだ。
最下層に来れるほどの実力を有す冒険者ですら、この破壊力を持つ人間はいなかった。
それをティアルは”実戦”から身を持って学んでいる。
脳内でありえない憶測を立てながら、ティアルは歩みを再開する。
数多の憶測が脳内を縦横無尽に飛び交う中、気が付くとティアルは狩場へと到着していた。
さっきの揺れは一先ず忘れて、今は狩りに集中する。
「1、2、3……5匹か。ざっと2週間分てところかな」
息を殺し、角から顔だけ出して魔獣を数える。
狩場には5匹の魔獣。黒い毛並みに鋭い牙と長い爪が特徴的な四足歩行の魔獣――アドラヴェール。
あの強靭な足のおかげで、他の魔獣より俊敏性に長けている。その上、噛む力は非常に強い。人間なんてひと噛みで容易に真っ二つだ。
人間なんて一度見つかれば絶対に死ぬと考えた方がまず妥当だろう。
「んじゃあ、まぁ殺るか」
魔獣の群れを前に、依然無表情でティアルが呟く。
何故こんなにも冷静なのか。それはティアルの持つ『力』にある。
目を瞑り、意識を一点に集中させる。
九割感覚で成り立つその力に、一割の意識で制御する。
「――来た」
ビビっと、電気が流れるような感覚で全身を駆け抜ける。
目を開けると、数本の細く黒い雷が全身を纏っていた。
この力こそが、ティアルが迷宮で一人で生きてこれた理由だ。
それこそ今はこの力を制御できるが、昔はティアルの意思なんて完全無視で暴走していた。ティアル自身、何度もこの能力に怪我させられているが、それと同じくらい命を救われている。
手のひらに意識を集中させ、全身に纏う黒雷を集める。
この操作がなかなか難しい。制御を身につけて数年経ったティアルだが、これだけは感覚でどうにかできるものではないらしい。
と、その時。
こちらの存在を認知したのか、アドラヴェールがティアルの方へ振り返った。
集中しすぎていたせいで、体を隠すのを遅れたティアル。
雷の発生に伴う音と光、どちらも最小限に抑えていたはずだったが、見つかってしまった。
いつも見つからずに仕留めることができるだが。
「もしかしてさっきの揺れで警戒してるのか……」
その憶測は正解だった。
魔獣とはいえ、知性がある。揺れが天敵の人間によるものだとすれば、当たり前だが魔獣は警戒を強くする。
とはいえ、見つかってしまった以上、そんなこと考えていても仕方がない。
今できることに思考を集中させる。
手のひらの上のチャージはまだ未達。だが、アドラヴェールに存在を気付かれた以上、逃げることはできない。
つまり、ティアルには戦う以外の選択肢がないというわけだ。
「ガラァァアアアア!」
「……まだ溜まってないんだってっ」
数秒の睨み合いの末、先に動いたのはアドラヴェールの方だった。大きな雄叫びを空間に轟かせ、アドラヴェールの群れは同時にティアルの死角へ回り込もうと間合いを詰めてきた。
容赦なく襲いかかる最初の一撃。人間の目では捉えることすらできない速度の初撃を、お世辞にも華麗とは言えない身のこなしでティアルは躱す。
真横から迫る追撃には、念の為に常備していた魔剣でなんとか防御する。
しかし魔剣といえど衝撃を吸収できるわけもなく、ティアルは後方の壁へと吹っ飛ばされてしまう。
アドラヴェールが壁に寄りかかるティアル目掛けて、その長く鋭い爪を立てた時――
「しゃっらぁぁぁあああああああ!!!!」
黒雷のチャージが完了した。
攻守一転。普段静かなティアルの大きな叫びと黒雷から発せられる衝撃音が、洞窟内に響き渡った。
「……はぁはぁ、制御させてくれればもっと楽に倒せたんだけど……」
制御無しの渾身の一撃が、ティアルに襲いかかる魔獣たちの心臓を穿つ。
ティアルの周りには黒雷に打たれた魔獣たちが白目を向けて横たわっている。その真ん中で、ティアルもヘタりと地面に膝を落とした。
「当分は帰れなさそうだな」
途轍もない疲労感を自覚して、ティアルは呟く。
制御の大事さを身を持って思い出した。
ついには背中も地面へ倒して、天井を見上げる。
傷だらけになった手を伸ばして、今日何度目かのため息を吐いた。
ゆっくりと真っ暗闇が、ティアルの視界を埋める。
だが、その声は突然――
「……闇をも映す黒い瞳に、雲のように白い髪。そして全身に纏う黒い雷――そうか、お前が『最下層の悪魔』か」
――頭上から降ってきた。
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